Maria Callas

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プロフィール

オペラ界に存在する、B.C.(Before Callas=カラス以前)とA.C(After Callas=カラス以後)という言葉があるほど、オペラの歴史を変えた20世紀の永遠の歌姫。
1923年12月4日(2日説、3日説もあり)、ギリシャ移民の両親のもと、ニューヨークに生まれる。
本名マリア・カロゲロプーロス。32年にピアノを習い始めたカラスは、後に伴奏者なしで自分でピアノにむかい全ての役の練習が出来たという。
37年に両親が別居し、両親の故国ギリシャに母と赴き、アテネ音楽院でエルビラ・デ・イダルゴに学ぶ。
音楽院では、自分のレッスンが終わっても、終日他の生徒のレッスンを聴いて勉強を重ねた努力家であった。
38年学生公演で初舞台を踏み、41年からアテネ国立歌劇場で歌い、47年アレーナ・ディ・ヴェローナでイタリア・デビュー。
名指揮者セラフィンの指導と庇護を受けてイタリアを本拠地として活躍するようになり、 50年ミラノ・スカラ座、52年、ロンドンのコヴェント・ガーデン王立歌劇場にデビュー。
53年に旧EMIレーベル(現ワーナークラシックス)と専属契約を結び、名プロデューサー、ウォルター・レッグのもと初めてのレコーディングで「ランメルムーアのルチア」を録音。
54年、数ヶ月の間に30キロ減量して圧倒的に美しくなったカラスは、56年ウィーン国立歌劇場とニューヨークのメトロポリタン歌劇場、58年パリ・オペラ座などに出演。世界が注目する世紀のプリマドンナとなった。
60年代後半になると次第に舞台から遠のいていたカラスは、私生活でも68年に、愛人である大富豪オナシスが元アメリカ大統領夫人のジャクリーヌ・ケネディーと結婚してしまい、孤独に陥る。
69年、歌ではなく女優としてパゾリーニ監督の映画「王女メディア」に出演。71年にはニューヨークのジュリアード音楽院で行ったマスタークラスが話題になる。
74年10月~11月、ワールド・ツアー・コンサートでテノール、ジュゼッペ・ディ・ステファノとともに日本を訪れ、5都市で全7公演を行ったが、札幌公演を最後に、77年9月16日、パリのアパルトマンで死去。享年53歳

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