MARVIN GAYE

プロフィール

ポップ・ミュージックの歴史に残るソウル・シンガーの一人、マーヴィン・ゲイ(Marvin Gaye)。本名のつづりはGayだが、最後にeをつけたのは、尊敬するシンガー、サム・クックのCookeにあやかってだという。

1939年ワシントンD.C.出身。

67年にダイアナ・ロスとのデュエット曲「エイント・ノー・マウンテン・ハイ・イナフ」が、68年にシングル「悲しい噂(I Heard It Through The Grapevine)」がヒットを記録したが、マーヴィン・ゲイといえばやはり71年の名作アルバム『ホワッツ・ゴーイン・オン』にとどめをさすだろう。ジャズ、クラシックの要素を導入し、マーヴィンの政治意識が色濃く反映されたたこの作品は、あくまでポップ・ソウルを求めるベリー・ゴーディーにとって受け入れがたいものであったが、現実には「マーシー・マーシー・ミー」「インナー・シティ・ブルース」などのヒット・シングルを生み出し、高い評価を得た。 72年にはさらにジャズ・テイストを強めた『トラブル・マン』を発表。73年の『レッツ・ゲット・イット・オン』では、彼のセクシャルなヴォーカル・スタイルを全面に押し出し、物議をかもしたが、彼の最も売れたアルバムになった。73年にはダイアナ・ロスと再びデュエットしたアルバム『ダイアナ&マーヴィン』を発表。しかしこのころから妻のアンナとの離婚問題が発生。しばらくして正式に離婚したが、ベリー・ゴーディーとの確執などもあり、コカインにおぼれるようになる。82年にはヒット・シングル「セクシャル・ヒーリング」を生んだアルバム『ミッドナイト・ラヴ』を発表し、83年には米ナショナル・バスケットボール・リーグ(NBA)のオールスター・ゲームで国家を歌うという大役を務めた。

しかし1984年の45歳の誕生日の前日、激しい口論の末、父親に射殺されるという悲劇的な最後を遂げた。その死以後も、アーバン・ソウルの申し子として変わらずリスペクトされ続けている。

ディスコグラフィ

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