ハイレゾ音源ガイド
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Aretha Franklin
I Never Loved A Man The Way I Love
I Never Loved A Man The Way I Loved You/Aretha Franklin
高解像度で聴くアレサ一世一代の名盤
text by 青山陽一
 初めて訪れたアラバマのフェイム・スタジオで、初顔合わせのマッスル・ショールズのリズム・セクションとの噛み合わない時間に業を煮やし、そしてとあるきっかけの末に生み出された起死回生の「貴方だけを愛して」のエピソードは、先頃公開された映画『黄金のメロディ~マッスル・ショールズ』でも紹介されていたが、解像度を増したアレサの重苦しい空気を切り裂くような声は今さっき起きた出来事のドキュメンタリーのよう。
 同行していた当時の夫、テッド・ホワイト絡みのトラブルでフェイムでの録音は2曲にとどまるが、ニューヨークにマッスル・ショールズ部隊を迎え、現地のキング・カーティスらとともに続行された残りの曲では、CBS時代のポップ性も残しつつ、ファンキー、ブルージーな方向性を加味した傑作曲が目白押し。オーティス・レディングやサム・クックの代表作の再解釈も見事。果たしてアレサ一世一代の名盤が誕生したのだった。
Billy Joel
The Stranger
The Stranger/Billy Joel
サウンド面の発見も楽しい名盤のハイレゾ化
text by ソリアーノ・タナカ
 ビリー・ジョエルが今日まで続く名声を勝ち取るきっかけとなった名盤。1977年の発表以来、アナログ盤はもちろん、CD(『ニューヨーク52番街』などとともに世界初のCD作品)、SACD、高音質重量盤など、様々な音楽メディアで発売されてきた不動の人気作品に新たなリリース形態として加わったのが、このハイレゾ音源だ。
 エンジニア出身のフィル・ラモーンがプロデュースを担当していることで、それまでのビリー作品に比べ、明らかに“垢抜けた”音に仕上がっていることで知られる作品だが、“スタジオ・マスター・クオリティ”と表現されるハイレゾで聴くことで、フィルが手がけたサウンド・デザインの全貌を余すことなく堪能できるようになった。
 まず、1曲目の「ムーヴィン・アウト」のイントロが鳴った瞬間から、圧倒的な音の迫力に耳が引き込まれ、CDや圧縮配信音源とは異なる次元の“音のエネルギー”みたいなものを体感できる。レコーディングでも最初に録音され、プレーバックでスピーカーから流れてきたそのサウンドを耳にしたビリーとバンドの面々は歓喜し、フィルへの信頼が一気に高まったという。この曲やタイトル曲、「若死にするのは善人だけ」でスティーヴ・カーンとハイラム・ブロックが刻むギターのカッコいいカッティング音やストローク音は、弦の微細な振動まで再現して聴こえてくるかのようで、実に心地よい。
 第21回グラミー賞で“最優秀曲”と“最優秀レコード”の2冠に輝いた名曲「素顔のままで」では、ジャズ界の大御所フィル・ウッズのアルト・サックスがフィーチャーされているが、実はこのサックス・ソロは、ウッズが吹いた三つのテイクを収録したテープを切り貼りして、フィル・ラモーンが完成させたものだという。ハイレゾ音源でこの曲を聴くことで、その編集痕が確認できないものかと聴き込んでみたが、まったく判らず。どう聴いても、1テイクの録音にしか思えない。流石はフィル・ラモーンである。その「素顔のままで」ではハモンドB3オルガン(2分13秒~)の音色を新たに確認できた。こうしたサウンド面での発見も、ハイレゾ音源ならではの楽しみ方と言えるだろう。
 当時28歳だったビリーの音楽的才能が爆発的に開花し、それを脂の乗り切った43歳のフィル・ラモーンが最善の形でマスター・テープに刻み込んだ、まったく古さを感じさせない傑作である。
Bob Dylan
Highway 61 Revisited
Highway 61 Revisited/BOB DYLAN
力強くダイナミックにディランの音楽を描くハイレゾ
text by 山本耕司
 この試聴ではハイレゾ音源とCDの音を交互に比較してみた。ハイレゾ音源はMac miniにインストールした最新のAudirvana Plus2.1(プレーヤー・ソフト)で再生し、オーディオ・インターフェースのRME Fireface400で音を出したので、条件を合わせるため、CDはリッピングしたデータを同じAudirvanaPlusで再生した。
 一般的には、ハイレゾ=高精細ということなのだが、これまで体験してきたハイレゾの音にもいろいろな傾向があった。余韻が長く感じられたり、やわらかな空気感が出る、むしろハイレゾよりCDの方がエッジが立っていて好ましいと思ってしまうケースもあったりする。実際このタイプもかなり多くあるのだが、今回は正反対のケースだった。
 ボブ・ディランの『追憶のハイウェイ61』のハイレゾ音源を再生して感じたのは、まず音圧の高さとクッキリハッキリした明快なサウンドだった。比較した初期のアメリカ盤らしきCDの音質は、やや大人しめの音で良く言えば「作った感じのない自然な音」で、そこが好ましいのだが、装置によってはややもの足らない感じがする。その点、ハイレゾ音源の方は非常にわかりやすい高音質で、レコードで言えば33回転に対して45回転盤のようなバキッとした強力音が出て、たいへん説得力があるものだった。
 ボブ・ディランのファンなら誰しも「ハーモニカはこんな風にきこえて欲しいよなあ」というイメージをお持ちのことだろう。そんなあたりがハイレゾ版は実にリアルでダイナミック、ギターの音もまた同様の傾向で音に力強さがある。アナログ・レコードの持つ押しの強さ的なものを求めるなら、ハイレゾ音源は正に期待に応えてくれる感じだ。
 さて、肝心の声はどうだろうと考えて、ヴォーカル部分に意識を集中して比較してみると、やはり傾向は同じだった。ハイレゾ音源の方がメリハリがあり力強い。写真で言えばシャープネスが強い感じで、大見得を切るがごとくダイナミックなものに変身している。「元の音源が違うのだろうか」と思うほどで、あるいはマスタリングの思想がかなり異なるのか、とにかくハイレゾ音源とCDの音はだいぶ違う。
 念のため小型の装置でも再生してみると、こちらの場合は明らかにハイレゾ音源が有利で、装置を音源が救っているような感じだった。
Bob Marley & The Wailers
Legend
Legend(Remastered)/Bob Marley & The Wailers
アナログにも近い特性を持つハイレゾならレゲエもOK
text by 和田博巳
 ご存知、ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズのグレイテスト・ヒッツ・コレクションだが、本アルバムが幸運なのは、収録曲が1972年からボブ・マーリーが癌で亡くなった1981年までの録音から選ばれているということ。どういうことかと言うと、ここに収められた曲は全てアナログ録音で、それこそがポイントなのだ。ちなみにCDは1982年の発売、つまりボブ・マーリーが亡くなった翌年からデジタルの時代がスタートした。
 これはあくまで個人的な感想だが、レゲエはデジタルとは馴染みがよいとはどうしても思えない。CDで聴くよりはヴァイナル(アナログ・レコード)で聴くほうがはるかに気分だし、気持ちがいい。同様に、レゲエは録音そのものもアナログ録音に限ると思っている。アナログ録音には、レゲエに重要な柔らかさ、温かさ、太さ、豊かさといったオーガニックな要素がまんべんなく、たっぷり含まれている。これが聴いている人間を限りなく心地よくすると……。
 アナログ音声はCDのように高域が20kHzでばっさり切れているということがない。人間は、CDの44.1kHz/16bit PCMというフォーマットを何か自然ではないと聴き分けてしまうが、耳で聴こえる、聴こえないにかかわらず、高域が素直に伸びたアナログ音声は生理的な心地よさを損なわないと感じる。その点で、デジタルではあるがここで紹介する本作品のハイレゾ・ファイルは、96kHz/24bit PCMという極めて情報量が多く、かつ高域は理論値で48kHzまで伸びているというアナログにも近い特性を持つ。つまり柔らかさや温かさ、太さ、豊かさといった要素がちゃんと伝わって来る、そこが素晴らしいのである。
 収録曲に関してはいまさら何の説明も必要ないだろう。エリック・クラプトンによってカヴァーされU.S.シングル・チャートの1位に輝いた「アイ・ショット・ザ・シェリフ」を 聴けば、こちらのオリジナル・ヴァージョンがいかにしなやかでディープなグルーヴを醸し出しているか、たちどころに解るはず。あるいは70年代最高のライヴの一つとして記憶されるべきロンドンのライシウム・ボールルームにおけるコンサートの記録から、超優秀録音ではないものの、「ノー・ウーマン、ノー・クライ」での濃密な空気感と聴衆の発する熱気の凄まじさ、それがリアルに伝わってくるのだから、ハイレゾで聴く喜びは格別である。
Carole King
Tapestry
Tapestry/CAROLE KING
不朽の名作をハイレゾの自然な音で
text by 井上 肇
 本作はこれまでもハーフ・スピード・マスターをはじめ、SACD、MFSL盤など数々の高音質ヴァージョンがリリースされた。1999年には1971年のオリジナルOde盤でもミキシング、マスタリングを担当したボブ・アーウィンとヴィク・アネシーニの手によってリマスターがなされ、以降のSACDを含む高音質ヴァージョンのほとんどはこの音源が採用されている(MFSLは別リマスター)。今回の96kHz/24bitハイレゾ版はクレジットがなく不明だが、基本的に2012年のSACD版と同傾向の音質に感じられる(米盤のSACDに収録された5.1chはマルチからのリミックス)。オリジナルOde盤に聴かれるガッツのある音も魅力的だがハイレゾ版は誇張のないフラット・トランスファーに近い音質。バックの演奏は若干後退しているものの、本作の要であるヴォーカルの自然さが際立っていて、これこそがハイレゾ版の最大の魅力である。
Chic
Chic
Chic/Chic
バス・ドラムの風圧を伝える192kHz/24bit音源
text by サエキけんぞう
 マドンナ、デヴィッド・ボウイのプロデューサーとして有名なナイル・ロジャース率いるシックは、ディスコ音楽の初期1977年に現れた。これはその1stアルバム。フュージョン的な音色感を持ちながらも、ディスコに特化してる。技量が聴き物だが、歌物だから楽器のインプロヴィゼーションを主体とするフュージョンとは聴きどころが全く違う。192kHz/24bitのFLACファイルから飛び出てくるのは、突出したドラムの4ツ打ちキック。トニー・トンプソンのアーティキュレーション豊かなドラミング。コンピューターにはない、心地よい揺れがある。その味わいを決めるのはなんといってもキックの踏み込みだ。192kHzのFLACは、まるで震えるキックの皮の風圧を伝えるようだ。また、バーナード・エドワーズのゴリゴリしたベースも凄い。芯のしっかりした太い成分が塊で飛び込んでくる。筋肉感あふれるギター/ベース/ドラムというシンプルな構成が、音へのフェティシズムを満たす。その快感ポイントが、フュージョンとは異なる。
Cream
Wheels Of Fire
Wheels Of Fire/Cream
ハイレゾで際立つ三人の確かな力量
text by 井上 肇
 クリームの3作目となる本作はコテコテのブルース+サイケデリックの前2作と作風が少し異なる。前2作である程度の評価が与えられたことで、良い意味でリラックスした音作りとなっている。3人でのアンサンブルに厚みを持たせるためにいろいろな音が足されている。アルバム構成はスタジオ録音が1枚(エンジニアは後にオールマン・ブラザース・バンドを手がけることになるトム・ダウト)とアメリカでのライヴ4曲が収められた2枚組でのリリースとなった。作風も異なる2枚をまとめて出す意味があったのか疑問ではあるが、後にバラ売りもされたことを考えると必ずしも2枚組である必然性はなかったのではないかと思える。このあとオリジナル・アルバムとしては『グッバイ・クリーム』が出るわけだが、短い活動期間の中で本作がピークであることは疑う余地がない。今でもクリームを代表する名曲「ホワイト・ルーム」の印象的なイントロは頭に焼き付いて離れない。これを少しでも良い音で聴きたいと思うのは、当時クリームの音楽に魅了された人なら当然のことだ。元々のアルバムそのものは名曲のオンパレードで、スタジオ盤の方は前2作と比べると幾分ソフィスティケイトされた内容となっているが、ライヴの方はもの凄い演奏で、聴いた瞬間に68年にタイム・スリップできる。どの曲も素晴らしいが、最後の「いやな奴」における15分にもわたるドラム・ソロは歴史に残る名演だ。
 今回のハイレゾはセス・フォスターによるアナログ・マスターからの2013年リマスター。完全なフラット・トランスファーではなく、軽くエッジを効かせたEQ処理が施されている。97年のパラマッチオ版リマスターと比べると音圧、鮮度感が高い。音圧が高い分、曲によってはテープヒスが目立つ所もあるが、逆にあまり手を入れていないということで好感が持てる。手数の多いジンジャー・ベイカーのドラムとジャック・ブルースの繊細かつ噛み付くようなヴォーカルとゴリゴリのベース、この二人がエリック・クラプトンと絡む様は空前絶後のマジックだ。同じトリオでもジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスとはスタイルが異なる。エクスペリエンスの場合はジミが突出していて他の二人は目立たないがクリームの場合は各々が強い主張を持ったアンサンブルで対等に絡み合う。これこそがクリームの最大の魅力である。クラプトンだけがクリームではないのだ。本作をハイレゾで聴くと各パートが混濁せずに細かいニュアンスがよくわかる。改めて個々の確かな力量にクリームの凄さを再認識した。
Daft Punk
Random Access Memories
Random Access Memories/Daft Punk
究極に制御された生楽器サウンドの謎を解く楽しみ
text by サエキけんぞう
 現代のポップスで最もサウンドの探求がなされていながら、その制作プロセスがナゾなのは、このアルバムだ。若者から年寄り音楽オタクまでが揃って聴き、絶賛をしたが、はて?この新しいサウンドはどうやって作られたか? たくさんの音楽関係者に聞いたが、はっきりした答えは得られなかった。
 この88.2kHz/24bit FLAC音源を聴くことは、そんな謎解きの楽しみに満ちている。1曲目「ギヴ・ライフ・バック・トゥ・ミュージック」は「音楽に生命を戻す?生音に戻す?」と意味を連想させる象徴的なタイトル。元々はコンピューターの塊だった彼らが、ドラムにジョン・ロビンソン、ベースにネイザン・イースト、ギターにナイル・ロジャースとポール・ジャクソン・ジュニアなど生演奏を起用しまくってるからだ。しかし、そうしたミュージシャンの得意とした80年代フュージョン的サウンドとは全く違う音世界となっている。
 耳に至近距離で迫る心地よいリズム・ギター・リフ、その質感だけでノックアウトだ。ピッキングの細部を拡大鏡で覗いたよう。空間を支配するズバンと決まる4ツ打ちキック、そしてハウスの定番TR-808系のクラップ。その間をネイザン・イーストのモデリングしたように確かなベース音がはい回っていく。
 そうした音の立体構成が、かつてあったいかなるポップ音楽とも違う。例えばドラムは個々の音色が、全く独立した音色として捉えられている。スネアの響き線の音、二人のギターのピッキングの違いの妙など、すべての要素が別個に味わいを提供する。生演奏ならではの魅力を満載しながらも、音一つひとつを独立して扱うコンピューター音楽、クラブ音楽のノリなのである。究極に制御された生楽器サウンドなのである。
 ジョルジオ・モロダー参加の「ジョルジオ・バイ・モロダー」では、シンセ音のゴリゴリ、ピリピリしたフィルター的な倍音の切れも凄い。それも、往年のテクノのようにアヴァンギャルドな聴こえ方ではなく、極めて耳にコンフォタブルにアプローチしてくる。
 随所にフィーチャーされるストリングスやピアノなど、クラシック系の音も高音倍音が美しい。そうした音がクラブ・サウンドの中で鳴ると、新しい意義のニュアンスをたたえる。密室で鳴っている生命の美とでも言おうか。ハイレゾでは、その個性を微細に訴える。空間の異様な輝き、かつてなかった彫刻のような太い楽器の手ざわり、改めてチェックをオススメしたい。
Donald Fagen
The Nightfly
The Nightfly/Donald Fagen
明らかにCDよりも解像度が高く繊細な音色
text by 井上 肇
 ドナルド・フェイゲン名義で発表した本作は20世紀を代表する屈指の名盤となった。内容も素晴らしいが、何より音質の点ではその後サウンド・チェックのマスト・アイテムとなりプロのサウンド・マンにも極めて評価が高い。1982年に発表された本作は、当時珍しかったデジタル・レコーディングが採用され、3M製の32トラック・マシンで収録、デジタル・ミックスダウンがなされた。フォーマットは50kHz/16bitである。スティーリー・ダンの流れを汲む形でゲイリー・カッツのプロデュース、エリオット・シャイナーがエンジニアリングを、ハードウェア面はロジャー・ニコルズが担当している。オリジナルのアナログ盤と現行CDはボブ・ラディックがマスタリングを担当。本作には『ガウチョ』と同様、ニコルズが開発したと言われるドラム・サンプラーWendel(本作ではWendel II)が使われた。本作の超絶なドラム・サウンドはこれに依るところが大きい。ニコルズによると3Mのデジタルを導入する際にアナログ・マルチと比較試聴したが、3Mデジタルが圧倒的に良かったのでアナログ・マルチは道端に投げ捨てたとのことで、残念ながらアナログの素材は残っていないようだ。今回試聴したハイレゾ・ステレオのフォーマットは48kHz/24bitで、2003年にロジャー・ニコルズの手によってDVDオーディオ版が制作された時のマスターが使われている。この時は3MのマスターからApogeeのフォーマット・コンバーターを通してPro Toolsで編集したようだ。本作の元の収録フォーマットは16bitなので24bitにリマスタリングしても24bitの解像度は得られないわけだが、これをニセレゾと切り捨ててしまうのはあまりにももったいない。明らかにCDよりも解像度が高く繊細な音色で、ハイレゾの良さを十分に堪能できる。現時点で最新の機材を用いてリマスタリングを行なえば、さらに改善される可能性はあるが、オリジナルの3Mの機材やテープが今でも生きているとは限らない。リマスタリングは時間との戦いなのだ。デジタル機材は常に進化しているので、できるだけ待った方が良い反面、時間が経過するとオリジナルの素材がだめになってしまうリスクがある。本作の場合は3Mの機材がまだ生きていた2003年の時点でリマスタリングを行なった当時の判断は正しかったようにも思える。物理フォーマットよりも大事なのは音楽の中身そのものである。正しいプロダクションで制作されたものは物理フォーマットに関係なく素晴らしい音がするものだ。
Donny Hathaway
Live
Live/Donny Hathaway
ハイレゾが分かった編集技術の見事さ
text by 和田博巳
 ダニー・ハサウェイ『ライヴ』は、アナログ・レコードでいうとA面とB面とで、それぞれ異なるライヴ会場で録音された曲を収録する、ということをご存知のファンは多いと思う。A面(最初の4曲)はロサンゼルスのトルバトール、B面の4曲はニューヨークのビター・エンドにおけるライヴを収録するが、クレジットにはB面の「エヴリシング・イズ・エヴリシング」のベース・ソロのみトルバトールの演奏ともある。本アルバムはアトランティックの名プロデューサー、アリフ・マーデンによって入魂の編集がなされているが、その編集技術の見事さが192kHz/24bitハイレゾ・ファイルを聴くとよく分かるのだ。ということは今までよく分かっていなかったということであるが。しかも東西クラブにおける観客の熱気や興奮の度合いまで分かってしまうのだから、ハイレゾ恐るべしだ。過去の作品からこのような新たな発見があるのは、ファンにはこの上ない喜びだ。
The Doobie Brothers
The Captain And Me
The Captain And Me/The Doobie Brothers
重心が下がりメリハリが増した音に
text by 井上 肇
 名匠テッド・テンプルマンが最強のメンバー達と創り上げたアメリカン・ロックの雛形。冒頭3曲の流れには誰も逆らえない。ツイン・ドラムとぶっといベースに2本のギターがドライブしまくる。音の厚みが半端ない。その上トム・ジョンストンのヴォーカルが出てくると、もはや泣く子も黙るドゥービーズの世界だ。オリジナルは爽やかさと重厚さを兼ね備えた実にバランスの良い音質だった。本作のハイレゾは2013年のライノ・リマスター版だが、音源は2002年にDVDオーディオ化された時にデニー・パーセルによってリマスターされた192kHz/24bitのマスターからリメイクされたように思える。最近のライノのリマスターには過度のコンプレッサーで音が潰れているものがあるが、本作は問題なかった。2002年版に比べるとメリハリが増してレンジ・バランスは重心が低く仕上げられている。本作がハイレゾで聴ける日が来るとは夢のようだ。
The Eagles
Hotel California
Hotel California/Eagles
「器が大きくなる」ことの旨味がストレートに聴こえる音源
text by 炭山アキラ
 『ホテル・カリフォルニア』。1976年に発売されたイーグルス最大のヒット・アルバムとして、音楽ファンでご存じない人はほとんどおられないのではないか。タイトル・ソングの「ホテル・カリフォルニア」を初めて聴いたのは中学生の頃だったか、まだ“オーディオ”などととても呼べないちっぽけなモノラル・ラジカセから流れてきた曲に感銘を受け、高校になって隣町の貸しレコード屋(レンタル・レコードという名はまだなかった)から借りたアルバムで全曲を聴いてさらにハマり込み、その後CDを買って聴き続けた、個人的にも思い出の深い曲であり、アルバムである。その後LPレコードも改めて購入した。
 その間、全く同じ曲を何十回、何百回と聴いてきたわけだが、もちろんあの名曲たちはそのたびごとに違った相貌を見せてくれる。一つには私がオーディオ・マニアで、聴くたびごとに何かしら装置が変わっているせいもあるだろう。少年時分の玩具のようなラジカセから兄のお下がりでもらったシステム・コンポに移り、ソースもAMラジオからFM、レコード、CDと変遷していったからだ。初めて聴いたAMラジオの音声は、ガサガサしたヴォーカルに伴奏がちょっぴりついたようなものだった。システム・コンポのレコード・プレーヤーに載せた貸しレコードから流れたメロディは、一気にレンジが広がってステレオにもなったが、今思えばどんよりと濁って低音が膨らむだけ膨らんだ、だらしのない音だった。大学に入ってそれなりの情熱をかけてそろえたシステムで聴いたCD音源は、びっくりするほどクリアで整った音に感激したものだ。
 それからもう30年ほども過ぎ去り、今は専らLPレコードで聴いている。LPは、きちんとしたプレーヤーと針をそろえてきちんと調整し、盤も適切に磨くことができる人なら、CDなぞ及びもつかないサウンドを聴かせてくれる。CDの音にたまげた若い頃の私は、それができていなかったのだ。
 ところがこのハイレゾ音源は、私が何十年もかけて培ったアナログの技量など何の必要もなく、ただUSB-DACやネットワーク・プレーヤーなどをつなぐだけで、最善のアナログに肉薄する、あるいはそれらを上回るサウンドを聴かせてしまうのだから、本当にありがたい。実際のところそうレンジが広いわけではないのだが、「ソフトの器が大きくなる」ということの旨味がストレートに聴こえてくる音源と言ってよいだろう。
Elton John
Goodbye Yellow Brick Road
Goodbye Yellow Brick Road(40th Anniversary Celebration)/Elton John
脳裏に響く70年代シャリ的サウンドの最高峰
text by サエキけんぞう
 1973年に作られた本作には、多数の意義が存在する。エルトンは、シンガー・ソングライターであり、そのブームの最高潮の年だ。またエルトンは、その派手な格好のため、グラム・ロックのスターたちとも馴染んでいたが、グラムの爛熟した年でもある。さらに、冒頭の①が暗示させるようにプログレの当たり年でもあった。また翌年にはジョン・レノンと共演、亡きビートルズのフォロワー・スターという印象も強かった。ありとあらゆる73年当時のロック要素を満たし、その結果、セールスとしても最高となり、当時を代表する盤となった。前作までのシンプルなサウンドに代わり、リヴァーブがキラキラと、ゴージャス極まりない音になった。“キラキラ感”とは80年代に流行った言葉で、80年代末には極限まで発達した低音と高音の上がったドンシャリ・サウンド、その“シャリ”の側、ハイエンドの印象を指して言う。80年代はデジタル・リヴァーブの百花繚乱となったが、70年代のこの時期、アナログ・リヴァーブは独特の荘厳な美しさを醸し出している。70年代シャリ的サウンドの最高峰としても君臨するアルバムだ。ハイレゾでは頭脳の裏によく響くような印象。ベースなどの低音の落ち着いた響きとの同居ぐあいが非常に気持ちよい。広い部屋でノビノビと暮らしている感じになる。アコースティック・ギターの倍音もよい。73年頃のエフェクト機材とマルチ録音の最先端のドキュメントがここにあるのではないだろうか?
 冒頭に挙げた、流行のロックの諸要素はどうハイレゾで認識されるのか? ズバリ、ベース・ギターとキックだ。バンドが最高潮であった故、ベストなプレイの嵐であるが、ディー・マレイのベース・プレイは、⑥のようなアップ・テンポの曲では凄まじいほどの指さばきを体感できる。ベース・アンプの真ん前で聴いているかのようだ。アクロバットのようなフレージングの細かさを目の当たりにすると、こんな風に支えていたのかと目を丸くしてしまう。それと呼応するのがナイジェル・オルソンの凄まじいドラミングだ。特にキックが、皮の震えまでこれだけ克明に聴こえるとは。ギターのデイヴィー・ジョンストンのカッティング、怒濤の3人のコンビネーションには「これがロック・バンドだ!」と溜飲が下がる。マスター・テープからの素晴らしいリマスター音源。そうしたフレージングの数々は、ジャンルの分化をそれぞれに支え得る力量を示す。冒頭に挙げたすべてのジャンルを弾けちゃうその実力を、演奏の細部で体感させてくれるのだ。
Eric Clapton
461 Ocean Boulevard
461 Ocean Boulevard/Eric Clapton
加工を抑えた録音の良さはハイレゾでこそ味わいたい
text by 和田博巳
 エリック・クラプトン『461オーシャン・ブールヴァード』は前作(デレク&ザ・ドミノス名義の)『愛しのレイラ』から、スタジオ・レコーディング作品としては4年という時間を置いた1974年に制作された。ブランクがあったのは、デュアン・オールマンやジミ・ヘンドリックスらの死亡で、クラプトンも薬物依存症に陥ったからだと言われている。久々のスタジオ録音となった本作だったが、全米1位、全英3位という大ヒットとなり、世界中のファンに見事なカムバックを印象づけたのはご存知のとおり。
 さて、本作をハイレゾで聴く喜びは実に大きい。というのもこのアルバムはクラプトンをよく知るアトランティック・レコードの名プロデューサー/エンジニアのトム・ダウドによって制作されたことと、録音されたのがマイアミのクライテリア・スタジオというトム・ダウドお気に入りのスタジオだったことで、非常に良質なサウンドが得られているからだ。なおアルバム・タイトルの“461オーシャン・ブールヴァード”は、クライテリア・スタジオが所在する番地名である。
 録音の良い本アルバムだが、本作を聴いて特に録音が良いという印象を持たない人も少なくないかもしれない。逆に特徴のない、どちらかというと普通の音、と感じる方もいるかもしれないとは思う。
 録音の良い音とは、どういう音を指すのかということだが、基本はナチュラルで加工の少ない、できればほとんど加工のない音が望ましい。もちろんサイケデリック・ロックやヘヴィ・メタルだと、そうはいかない(大胆なエフェクト処理や極端なコンプレッションが必要だ)が、でも普通の音楽はそうではないし、普通のロックも基本はそうである。その意味で本作は極めてナチュラルに録音された優秀録音盤と(これまであまり語られたことはないが)言えるのだ。ただし、その良さがちゃんと分かるためには、このハイレゾ音源のような優れたソフトと、優れた再生環境があればモア・ベターだ。ハイレゾ・ファイルのように情報量が極めて多い(96kHz/24bitで CDの約3倍、192kHz/24bitなら6.5倍の情報量を収める)と、楽器の細やかな質感やスタジオに漂う濃密な空気感、ヴォーカルのニュアンスといった要素をよく感じさせて、あたかも自分がそのスタジオに居る、という気分が味わえるのである。ぜひ本作を良好なハイレゾ環境で聴いて欲しい。
Grateful Dead
American Beauty
American Beauty/Grateful Dead
弦楽器の豊かな倍音と美しいハーモニー
text by 和田博巳
 60年代から70年代にかけてのワーナーのロック・ポップス・アルバムは、どれも驚くほど録音がよいが、本作も例外ではない。
 デッドはバンドの長い歴史の中で『ワーキングマンズ・デッド』と本作『アメリカン・ビューティー』の2作だけがサイケデリック・ロックではなく、デッドでは珍しいフォーク・ロック・アルバムとなっている。クロスビー、スティルス&ナッシュの大ヒットに「よし、俺たちもフォークで一発当てよう」と作って両アルバムとも大ヒット。それまでのグループの借金を全て完済できたという嘘のような話が残っている。それもこれも、ジェリー・ガルシアがブルーグラスとカントリーにルーツを持ち、ペダル・スティールも達者であることがこの幸運につながったのではないかと。本作に聴く弦楽器が放出する豊かな倍音と美しいハーモニーを、ハイレゾ・ファイルを使って再生すれば、脳内に快感成分がジワーッと湧き出すこと必至である。
Led Zeppelin
Led Zeppelin II
Led Zeppelin II (Remastered)/Led Zeppelin
アナログ音源のハイレゾとして白眉の音質
text by 井上 肇
 ツェッペリンの初期作品は米アトランティックの契約ということもあり、オリジナル音源の所在が気になるところだが、本作に関しては米で最終的に仕上げられたことからオリジナル・マスターは米で、そこから英を含めた各国に音源が供給されたのではないかと考えられる。筆者が本作を初めて聴いたのは1971年。ポスター付きの日本盤だった。お世辞にもハイファイとは言えない音質だったが、楽曲はどれも素晴らしく、何度も何度も繰り返し聴いた。1985年に初めてCD化された時も音質は相変わらずでLPと大差なかった。その後、片っ端から高音質盤や英オリジナル盤を聴いたが鮮度のなさはどれも同じ。しかしある日、とんでもない音の盤に出くわした。それはボブ・ラディックの“ホット・ミックス”と言われる米初版盤だった。霧が晴れたような鮮やかな音色に、どこまでも抜けの良い爆音で鳴り響くボンゾのドラム。それに絡むヴォーカルとギター、重低音のベースがドドドド。こんな『ツェッペリンⅡ』は後にも先にも(今回のハイレゾが出るまでは)聴いたことがなかった。以来、このアナログ盤が私の『ツェッペリンⅡ』のリファレンスになった。2007年には『マザーシップ』の発売時に一度リマスターが行なわれたが、素材は1990年のジョージ・マリノ版デジタル・マスターが使われた。音質はコンプレッサーが強めに効いたマスタリングで好きになれなかった。今回のリマスター・プロジェクトは最初のCD化から実に24年振りとなる本格的なもので、最新技術を用いたアナログ・マスターからの192kHz/24bitのデジタル・トランスファーが実現した。リマスタリングは2007年と同じくジョン・デイヴィスが担当。将来のフォーマットを見越してハイレゾに主眼を置いて制作されたことは明白で、CD、LPと比べてもハイレゾが最良の音質となっている。また、ボーナス・トラックはマルチから新たにミックスダウンしたもの。本編よりも一層鮮度感の高い音質が楽しめる。今回ハイレゾ化された初期3作品ではこの『II』が最もリマスタリングの改善効果が高い。96kHz/24bitのハイレゾ音源はボブ・ラディックの米アナログ盤の印象に極めて近い音質だ。このことから今回のリマスターには米で使われたマスター・テープが採用されたと推測する。本作はこれまでにリリースされた全てのアナログ音源のハイレゾの中でもトップ・クラスの音質だ。これこそがハイレゾの恩恵というものである。ビートルズUSB以来のハイレゾの傑作だ。
Marvin Gaye
What's Going On
What's Going On/Marvin Gaye
クリアで躍動感のある見事な音
text by 和田博巳
 マーヴィン・ゲイの最高傑作にして泣く子も黙るソウルの超名盤だが、同時に録音も優れるアルバムとして、オーディオ・マニアにも本作はなかなかに人気が高い。
 本アルバムの制作は、モータウンの社長のベリー・ゴーディJr.によって大反対されたが、マーヴィンはセルフ・プロデュースという手段に出て、当時LAに拠点を移していたモータウンだったが、わざわざデトロイトのモータウン・スタジオに舞い戻って録音を行なった。スタジオはスネーク・ピットと呼ばれる細長い部屋を改装したブースを持ち、条件は決して良くなかったはずだが、どういうわけか素晴らしい音で録音された。本作はソウルのアルバムとしては世界で初めてジャケットにスタジオ・ミュージシャンの名がクレジットされたことでも有名だが、そのミュージシャン一人一人の顔が見えるようなクリアで躍動感のある音が見事だ。そしてハイレゾで聴くとさらにディテールが濃(こま)やかに感じられる。
Michael Jackson
Thriller
Thriller/Michael Jackson
ハイレゾで露わになるシンベの完璧な心地よさ
text by サエキけんぞう
 『スリラー』は、様々な運命を背負ったアルバムだ。サウンド面に関しては、最も初期の“テクノ”ソウル・アルバムとなった。詳しい分析については拙著『ロックの闘い 1965-1985』(小社刊)をお読みいただきたいが、そんな経過であるから、決定的な特徴がある。生演奏ディスコ・アルバムである『オフ・ザ・ウォール』にはなかった、シンセサイザーの役割が飛躍的に高くなった。特にシンセ・ベース(シンベ)が大活躍する。
 176.4kHz/24bitのFLACファイルを聴いて気づくのは、シンベを中心としたサウンド構成が、究極まで突き詰められていること。シンベと、キックとスネアとヴォーカル。ほぼそれだけでサウンドが作られる。その他はパーカッション、ギター・リフとか、キーボードも聴こえてはくるが、もう圧倒的にシンベ+キック+スネアに特化されてる。『インナーヴィジョンズ』を継ぐが、そうした構築のソウル音楽はこの時点まで他にはあまり存在しない。
 もちろん、ポール・マッカートニーとの「ガール・イズ・マイン」のように生ベースのアンサンブルも申し分なくカッコいい。しかし、生ベースによる曲だけでアルバムが作られていたら、モンスター・ヒットはなかったと容易に納得できる。ハイレゾで露わにされるシンベの完璧な心地よさが凄いからだ。シカゴ・ハウスの誕生とも平行している時期だが、圧倒的にクオリティが高く、クリエイティヴィティの次元が違う。改めてシンベの持つ強烈なサウンドのインパクトに気づかされる。マイケルのキャラクターとシンベという組み合わせのスパークが凄かった。
 例えばタイトル曲「スリラー」ではひたすら延々に同じシンベ・フレーズが続くが、それを飽きさせないための実に繊細な音色作りとフレーズのスピード感がある。ひょっとすると手弾き?と思わせる揺れもある。ギター、ローランドTR-808のクラップ、ヴィンセント・プライスによるナレーションなど様々な要素が百花繚乱し、左右にいっぱいに配置される華やかな定位の魔法も耳に心地よい。
 ダフト・パンクは、このアルバムにおけるクインシー・ジョーンズの功績を讃え、『ランダム・アクセス・メモリーズ』に大きな影響を与えられたと答えている。電子楽器の音色を黒人音楽的な快感原則に徹底的に落とし込む、その匠の技を、改めてハイレゾで体感し、サウンドの秘密に想いを馳せたい。
Nirvana
Nevermind
Nevermind/Nirvana
CDよりも生々しくゴツゴツとした手触りを感じるサウンド
text by 小野島 大
 90年代ロックの最重要バンドの出世作である。全米チャート1位を記録、全世界で4,000万枚を超える驚異的なヒットとなって、グランジ/オルタナティヴ・ロックのムーヴメントを世界中に広めた記念碑的な作品だ。当時ヒップホップ、ハウス、ワールド・ミュージックといった新しい音楽の波に飲み込まれ虫の息だったロックが、本作一発で息を吹き返した、との言い方も成り立つかもしれない。
 ラフでパワフルでエネルギッシュな最強のロック・トリオが叩き出す途方もないグルーヴ。荒れ果てた病んだ心は普遍的なメロディと荒々しくもキャッチーなリフで見事なポップ・ソングとして昇華したソングライティング。そしてこのアルバムを決定的なものとしたのが、プロデューサーのブッチ・ヴィグ、ミックス・エンジニアのアンディ・ウォレス、マスタリング・エンジニアのハウイー・ウエインバーグといった裏方たちの仕事である。
 ただ有り余る情熱を叩きつけるしかなかった粗野で荒々しいシアトルのガレージ・バンドに、的確で無駄のないアレンジや音色を示唆し、ポップ・ソングとしての明確な方向性を与えたのがヴィグであり、そうして録られた音を、そのヒリヒリした攻撃性や緊張感は残しながら、コンプレッサーを巧みに使い、より太く分厚くエネルギッシュで、かつ洗練されたモダンな音像に仕上げたウォレスとウエインバーグの緻密な仕事がなければ、本作のあれほどの成功はありえなかったろう。
 96kHz/24bitのハイレゾ音源では、あまりにも緻密で洗練されたポスト・プロダクションゆえ、CDではまるで無菌室で鳴っているかのように聴こえもしたバンド・サウンドが、CDよりもはるかに生々しくゴツゴツとした手触りで鳴っている。マキシマムなヴォリュームで鳴らされるラウドなバンド・サウンドを、CDというちっぽけなメディアに収めていく過程で削ぎ落とされたもの、ギザギザに尖った切っ先やざらざらとした棘のようなものが、ハイレゾ音源では確かに感じられるのだ。それはCDよりも広がりがあり、ゆったりとした余裕を感じさせる空間構成にもうかがえる。
 リーダーの故カート・コベインは、本作の洗練されたプロダクションに大きな不満を持っていたようだ。だがもしこのハイレゾ音源を聴く機会があれば、また考え方も変わっていたかもしれない。もっともここで鳴っている音は、彼がアルバム完成時のスタジオで聴いた音そのままのはずなのだが。
Paul McCartney
McCartney
McCartney/Paul McCartney
アコギの音も心地よいアンコンプレス版
text by 井上 肇
 本作のフォーマットには96kHz/24bitのコンプレス版とアンコンプレス版とがある(国内で配信されているのはアンコンプレス版のみ)。ポールの一連の作品群はアビイ・ロードのスタッフによるハイレゾ化プロジェクトが現在も進行中だ。本作はその第1弾として2011年にリリースされた。オリジナルを初めて聴いたのはかれこれ40年以上も前になるが、当時の日本盤の音色はしっかりと身に染みついている。元々音質がどうこうといった作品ではなく、今回のハイレゾも大した期待はしていなかった。「ラブリー・リンダ」はパロディにしか思えなかったし、他の曲もぱっとしない。しかし本作には絶対に外せない名曲が2つある。「ジャンク」と「恋することのもどかしさ」だ。本作はこの2曲のためだけに存在価値がある。ハイレゾのアンコンプレス版で聴いてみるとアコースティック・ギターの響きが妙に心地良い。
Paul McCartney & Wings
Band On The Run
Band On The Run/Paul McCartney, Wings
アーティストによるハイレゾの新しい楽しみ方の提示
text by 井上 肇
 本作が出るまでのポールはいまいち冴えがなかった。やはりジョンが相手だからこそ才能を発揮できたのではないか。正直、『ワイルド・ライフ』が出た時はもうだめだと覚悟したし、次作の『レッド・ローズ・スピードウェイ』も『ワイルド・ライフ』と大差ない印象しか持てなかった。なので本作が出て「ジェット」がヒットした時もすぐに買わなかった。それが実は世紀の大名盤だったとは。天才は突然傑作を作ることができる。ポールがラゴスでレコーディングするなんて言い出さなければメンバーが二人も抜けることはなかっただろうし、デニー・レーンがいたとはいえ、最悪一人でもアルバムを作るくらいの覚悟はあったはずだ。結果的にはこの追い込まれた状況が傑作を生んだ。最終的にエンジニアリングをジェフ・エメリックに、オーケストレーションをトニー・ヴィスコンティに任せたことが功を奏し、イギリスでは7週連続1位を記録するなど、空前の大ヒットになった。今でもリンダが弾くチープなシンセサイザーとポールのドラミングはどうにも好きになれないが、そんなことはおかまいなしに聴き手をぐいぐい引っ張っていく。極論すればベースとヴォーカルだけで音楽になる。ラゴスで収録された素材は最良とは言えないがエメリック必死のレストアのおかげで、しっかり聴けるレベルにまで仕上げられている。本作は1999年に一度リマスターがなされ、先行シングルの「愛しのヘレン」も収録された。2010年のハイレゾ・リマスターはアビイ・ロードのスタッフによって行なわれた。今回のハイレゾ・リマスターの特徴はほとんど手を加えていないことだ。本当のところはわからないが加工臭が無に等しく感じる。ポールのオフィシャル・サイトで配信されたのは96kHz/24bitフォーマットでコンプレス/アンコンプレスという2つのヴァージョンがあった。日本で配信されているのはアンコンプレスの方だ。コンプレスの方が全体的にレベルが高めでメリハリが効いている一方、アンコンプレスはドラム・サウンドやベースのゴリっとしたところがなくなり、まるでウエスト・コーストのロックを聴いているような音だ。アコースティックの「ブルーバード」や「マムーニア」はアンコンプレスの方が自然に響く。これまでの(コンプレッサー処理をした)LPやCDを聴き慣れた耳には違和感があるかもしれないが、両方のフォーマットをリリースすることでどちらを選ぶかはリスナーに選択肢があるというわけだ。これはアーティスト側からのハイレゾの新しい楽しみ方の提示ではないかと思う。
Pharrell Williams
Girl
G I R L/Pharrell Williams
低・中・高の各帯域が絶妙にバランスした音像
text by 小野島 大
 泣く子も黙るヒップホップ最強のプロデューサー・チーム“ネプチューンズ”の一員であり、アーティストとしても屈指の売れっ子であり、客演したダフト・パンクやロビン・シックをグラミー賞に導いたファレル・ウィリアムスの8年ぶり最新ソロ作のハイレゾ音源が登場。これが実に素晴らしい。
 打ち込み中心だが、適度に生音を絡ませた軽くポップなアレンジはセンス抜群で、古いソウルやファンクのテイストを現代ヒップホップのビート感覚でうまく生かしている。温かみのある太い低域と、ソリッドな中域、華やかで抜けのいい高域が絶妙にバランスした音像は、耳障りな音は一つもなく、再生装置のクオリティがアップした気になってしまうほど。ジャスティン・ティンバーレイクやアリシア・キーズといったゲストも豪華だが、ファレルの歌のうまさが際立ち、キャッチーなメロディを最大限に生かしている。現代ポップの最高峰を最高の音質で。
Pink Floyd
The Division Bell
The Division Bell (HD 24/96 Download Version)/Pink Floyd
伸びやかに空間に満ちる深い響き
text by 逆木 一
 白状すると、私はプログレの中でも、あまりにプログレッシヴなものや、過剰に暗いイメージを持つ楽曲は得意ではない。つまるところ、イエスは大好きだがキング・クリムゾンはちょっと……という具合に。その意味ではイエスの新譜『ヘヴン&アース』なんかも大好きである。ピンク・フロイドについても、『狂気』など、完成度の高さはわかるが、暗澹とした雰囲気があまり好きではなかった。
 一方で、現状ピンク・フロイド最後のスタジオ・アルバムである『対』は非常に好感が持てる。プログレ的な難解さは息を潜め、暗いトーンは残しつつも、素直に音楽として楽しめる領域にまで昇華されているあたり、私のようなリスナーにはありがたい。グラミー賞も獲った「極(きわみ)」、「転生」などを聴けば、本作のコンセプトが必ずしも絶望だけではなく、希望も含んでいるのだと感じ取ることができる。
 アルバムを通して、哀愁漂う音が深い響きを伴って展開する。そこにあるのは叛逆や攻撃性ではなく、むしろ切なさである。避け得ない対立への悲しみを歌い、それでもなお、もしかしたら存在するかもしれない希望を求めて楽曲は流れていく。そして、最後の「運命の鐘」の展開もやはりピンク・フロイドらしい。
 時に、“ハイレゾ”と言うと、High Resolution――高解像度という言葉のとおり、従来のCDとは一線を画した音の細かさや、圧倒的な情報量がイメージされる。しかし、ハイレゾがもたらす音質上の優位性は決してそれだけではない。空気感や解放感といった言葉で表現される、ストレスを感じさせない音の広がりもまた、ハイレゾの持つ大きな可能性である。その意味で、本作はハイレゾの恩恵を大いに受ける音源でもある。
 元来音響的にも優れた資質を有する本作は、ハイレゾ音源としてもそのポテンシャルをいかんなく発揮している。ハイレゾになることで、本作の持つ深い響きはさらなる叙情性を手に入れ、窮屈さも一切取り払われ、伸びやかに空間に満ちる。クリアに磨き込まれたヴォーカルや楽器も、豊かな奥行きとともに提示され、美しい存在感を示している。よい音はより深い感動を与えてくれるという一つの希望を、本作のハイレゾ音源は教えてくれている。
Robert Glasper Experiment
Black Radio 2
Black Radio 2(Deluxe)/Robert Glasper Experiment
新世代ジャズの旗手が放つ独創的な新作
text by 山本 昇
 新世代のジャズ・ミュージシャンとして各方面から絶賛されるロバート・グラスパー。2009年にブルー・ノートからリリースされた『ダブル・ブックド』では、ピアノ・トリオとしての演奏と、ヒップホップ・グループとしてのトラックを一つのアルバムに同居させるという離れ業を成功させた。そのヒップホップ方面の姿がエクスペリメントというバンドであり、本作はそちらの方の最新作だが、これまた音響的な新しさとR&Bの心地よさを合わせ持つ、非常に実験的な野心作と言えそうだ。また、多彩なゲストも話題の一つで、スヌープ・ドッグ、コモンなどラッパー勢、フェイス・エヴァンス、ジル・スコット、レイラ・ハサウェイ、ブランディ、ノラ・ジョーンズといったシンガーらが参加している。それはさて置き、注目したいのは、このバンドのスピード感と独創的な音作り。前後左右、自由に飛び交うそのサウンドは、ハイレゾでこそ追いかけることができる。
Steely Dan
Gaucho
Gaucho/Steely Dan
ダイナミック・レンジも広大な優秀録音
text by 井上 肇
 彼らの頂点と言える本作は、1曲目から異様に抜けのいいドラム・サウンドにまず驚く。前作『彩(エイジャ)』も優れた音質だったが、それと比べても本作は強烈。とにかくこんな音はそれまで聴いたことがなかった。音質に異常なまでのこだわりを持つエンジニアのロジャー・ニコルズが開発したと言われるドラム・サンプラー Wendelが作り出す音はそれまでのドラム・サウンドを過去のものにしてしまった。オリジナル盤のマスタリングはボブ・ラディック。アナログ盤ながら永らく本作のリファレンスとなる音質を誇っていた。今聴いても最新のデジタル録音のように感じるが、本作のマスターはアナログ・テープのようだ。ハイレゾ版はSACDと同傾向の音質で、LPやCDと比べると若干コンプレッサーを抑えてある。気持ち大きめの音量で再生すると広大なダイナミック・レンジを堪能できる。発表から34年経った現在でも、これを越える優秀録音盤に出会うのは極めて難しい。
Stevie Wonder
Innervisions
Innervisions/Stevie Wonder
ジャンル溶解の突破口で見せた無比のサウンド
text by サエキけんぞう
 1973年に発表された本作(何と16枚目)は、96kHz/24bit WAVで聴くと、その先駆的サウンドには改めて目が覚める想いだ。シンセ・ベース(シンベ)という時代にはるかに先んじた武器を駆使したモンスター的なサウンド。のっけから「トゥー・ハイ」のジャズの影響を受けた半音音階のコーラスのクールさと、それに相反するような悪戯的なファンキーさを持つシンベ・フレーズの応酬は、無敵な構造を持つ。ロックが一区切り付き、ファンクの登場とジャズの分解、フュージョンはまだ姿を現さないという時代の真空がポイントだ。そこにありったけのイマジネーションで切り込んだ。この前のロック時代、後のディスコ時代ではトライできないジャンル溶解の突破口。この構築の妙味は、空間性にこそ現れている。それがこのWAVファイルを聴いた印象だ。
 まずロックでサウンドを支配するエレキ・ギターというものがほとんど入っていない。音階を決定するのはベース、そしてエレピなどの鍵盤、コーラスだけである。まるでハウスのようにシンプルなクラブ音楽的構成だ。それだけでも早すぎる。音が少ないからヴォーカルを遊ばせる広大な空間がアルバム全体にみなぎる。音の薄さはスティーヴィーのアルバム歴代でも随一で、『トーキング・ブック』や『ファースト・フィナーレ』と比べても、圧倒的に間がある。
 メロディの美しさがたまらない「ゴールデン・レディ」では、左右に分かれたドラム・セットの特にスネアが得意なハネのリズムをそれぞれに叩き、絶妙なコンビネーションを聴かせる。また「ハイアー・グラウンド」は2~3台のクラヴィネットが同時に使われ、ヘンタイ的なアンサンブルになっている。その一つひとつのタッチ、役割の違いみたいなものも、はっきりと意識される。アルバムのハイライトでもある大ヒット曲、ラテンの「くよくよするなよ」(⑧)など、極めてメロディアスなのに、ピアノとシンベのみで音階伴奏が出来上がっていることも驚き。
 一人多重録音によって演出される自己の音楽への確信の深さが、異様な編曲を一つのグルーヴの絵の具でまとめており、その怒濤の勢いがたまらない。シンベの手くせと、自由極まりないドラミングの絡みが、無比のサウンドの奔流となっている。シンベはもとより、ハイハットやクラヴィネットなど、通常は脇役に甘んじる楽器の音色が、異様に味わい深い。他のアルバムではけして味わえない“楽器の手ざわり”を楽しむのがこのハイレゾ音源の楽しみとなるだろう。
Weather Report
Heavy Weather
Heavy Weather/Weather Report
ニュアンス豊かなサウンドはハイレゾならでは
text by 和田博巳
 数多いウェザー・リポートのアルバム中、『ヘヴィー・ウェザー』は同グループ最大のヒット作にして、最高傑作というのは衆目の一致するところだ。マイルス・デイヴィスが1976年から1981年まで一時引退していたこともあって、ウェザー・リポートはこの時期ジャズ界を代表する人気グループとして君臨していた。
 本アルバムの注目点は数多いが、一番はベースのジャコ・パストリアスがレギュラー・メンバーとなって全曲で演奏していることだろう。前作『ブラック・マーケット』でも2曲に参加していたが、本アルバムでは全曲で超絶的なベース・プレイを披露。加えてウエイン・ショーターとともにコ・プロデューサーとしてもクレジットされなど、早くもバンド内で重要な役割を担うようになったのは見逃せない。そのジャコとともに注目すべきはドラムのアレックス・アクーニャだ。前作ではパーカッション担当だったアクーニャが、本アルバムではドラマーとなって、南米人特有のリズム感でジャコとともにバンド全体に浮き浮きとしたグルーヴと勢いを与えている。
 もちろんウェザー・リポートは、キーボードのジョー・ザヴィヌルとサックスのウエイン・ショーターが作ったグループ。従来のソロを中心に置いたジャズを、二人が薫陶を得たマイルスの方法論を取り入れて、バンド全体が生みだす“サウンド”により重きを置いたハーモニックなアプローチを選択、 そこに緻密な構成と自由奔放なソロを加えることで、たいそう斬新なジャズを我々に提示した。
 本作は、デビュー当初は完全なアコースティック・バンドだったウェザー・リポートが、徐々に電気楽器やシンセサイザーを増やしていった時期の録音ということもあって、サウンドはカラフルで、高品位な再生は意外とハードルが高い。その点で、ドラム、パーカッションなど可聴帯域外まで倍音成分が豊かなアコースティック楽器系と、電気&電子楽器系のサウンドが融合したアンサンブルの質感を完璧に描き分けるには、ハイレゾはまことに相応しく、好条件下でのハイレゾ・ファイル再生が叶うと、CDで聴くよりも遥かにニュアンス豊かなサウンドと演奏が堪能できる。例えば「ティーン・タウン」の力強いジャコのベース・ソロのバックに漂うシンセサイザーの浮遊音、切れの良いハイハット、パワフルなフロア・タムの一撃など、ハイレゾはまことに緻密かつ鮮明なサウンドであることに驚く。
Yes
Close To The Edge
Close To The Edge/Yes
ハイレゾで提示される空前絶後の構築美
text by 逆木 一
 今さら説明するまでもないことだが、『危機』はイエスの最高傑作として真っ先に名前が上がるだけでなく、プログレッシヴ・ロックという大きな括りの中でも最高級の評価を受けているアルバムである。
 表題曲の「危機」。さえずりと水音の向こうから、かつてない音の予感が迫る。予感が最高潮に達したその瞬間、一気に音が弾ける。炸裂するギター、迸るキーボード、脈動するベース、乱れ飛ぶドラムが恐ろしいほどのテンションでフレーズを吐き出す。すべての楽器が凄まじい自己主張を繰り返しながらも、全体としては一糸乱れぬ完璧な融合を果たしているという神業。清廉なヴォーカルとともにアンサンブルはいったん繊細なまとまりを見せるものの、底知れぬ緊迫感は静寂の中にさえ維持され、爆発の時を待ち続ける。壮麗なオルガンの調べを貫いて再誕した灼熱の応酬はヴォーカルも巻き込みながら、未曽有の大団円へ突き進む。そして始まりがそうであったように、すべてはさえずりと水音の向こうへと静かに去っていく。
 「同志」と「シベリアン・カートゥル」もまた、荘厳さと大胆さが圧倒的な構築力の中に息づく珠玉のナンバーであり、本作に決して忘れられない華を添えている。
 究極的なレベルで両立させた静と動こそ本作の精髄であり、原題である「Close To The Edge」の名が示すものと言える。
 そんな本作のハイレゾ音源には、いかにもロック然とした厚みや、熱気と呼べるようなものは介在していない。これは幾度となくリリースされてきたリマスターCDと比べると明らかだ。しかし本作の場合、それは決して音楽的昂揚の不在を意味するものではない。ハイレゾ音源はあくまで冷静に、時として冷酷なまでに、一つひとつの音を克明に提示することに専念する。さらに輝きを増し、研ぎ澄まされた音が限りない緻密さで組み上げられ、煌めく音の奔流となって溢れ出す。イエスが生み出した空前絶後の構築美が、ハイレゾという器を得たことで、かつてない威容と鮮烈さをもって姿を現すのである。
 『危機』は、楽曲本来の素晴らしさと技術・音質の進歩が音楽を聴く楽しみとして結実した見事な例であり、ハイレゾの持つ可能性を如実に示す音源と言える。名盤との幸せな再会がもたらす感動を全身全霊で味わいたい。
Cornelius
Sensuous
Sensuous(MQS)/Cornelius
スタジオと同じ音が聴ける奇跡
text by 和田博巳
 今回ぼくが紹介するアルバムの中では、やや例外的な作品と言えるかもしれない。というのは単にグループの演奏を録音したものを音がいいとか、よくないとか言っているのではないからだ。
 本作は小山田圭吾のユニット、コーネリアスによって作り込まれた音を、小山田個人が研ぎすまされた感性でまとめあげた作品集である。一つひとつの音が超絶的に磨かれて輝いている一種神々しいサウンドの集積故に、2006年リリースの作品だが、かなり早い時期からハイレゾでの発売が望まれていた作品だ。そのハイレゾ・ファイルは、オリジナルの96kHz/24bitデータそのままをリリースしたというから、我々は小山田圭吾のスタジオで鳴っている音と同じ音源を手に入れることになるという、奇跡的な作品ということになる。広大な空間に繊細にして細密に描かれた、手で触ることができそうな、エコーの余韻のその先まで見えるスーパー・リアリズム。
宇多田ヒカル
First Love
First Love [2014 Remastered Album]/宇多田ヒカル
リラックスして聴ける音だが歌の訴求力は増している
text by 鈴木 裕
 元々CDとしては1999年3月のリリースで、マスターのアナログ・テープからマスタリングしたのはテッド・ジェンセンだった。2014年、そのテッドによってリマスタリングされ、メディアとしてはCDとここで紹介するハイレゾの形でリリースされたのがこのヴァージョンだ。ポップ・ミュージックは良くも悪くも時代のトレンドとか、その当時のレコーディング機材に影響される音楽だが、15年を経てリマスタリングされたこのハイレゾで聴き直してみるといろいろ興味深かった。オーディオ的には空間表現力が増し、音楽的にはより歌に寄り添ったサウンドになったように思う。その差は小さくもあり、大きくもありといったところなのだが。
 まずその具体的な差として認められるのはマスタリング・レベルの変化だ。同じヴォリュームでオリジナルのCDとこのハイレゾを聴き比べてみると、ハイレゾの方がおよそ6dB程度小さい。元々オジナルCDの音はパツパツにコンプレッサーのかかった状態ではなかったので変化量は少ないが、それでも楽器どうし、歌の間にある空間やそこを交錯するエコー成分の綾がきれいに見えるようになった。また、その要素のキメの細かい感じもハイレゾという器の大きさに起因しているのだろう。サウンド・ステージの見え方で言えば、より奥行きが深くなり、天井方向への響きの飛び方がきれいだ。総じて言えば、全体的に何か解放感のようなものが音にあり、よりリラックスして聴けて、しかし歌の訴える力は増している。これを聴いた後にオリジナルCDを聴くと、マッシヴでダイナミック、エネルギー感の高い音だが、たしかにそれはデビュー・アルバムとして相応しいものだった。
 ポップ・ミュージックはごく少しの例外を除いて、世代を越えることのできない音楽だと思っている。1970年代にユーミンを聴いて育った世代は60歳前後になってもユーミンを聴くし、たしかにその子供も一緒にコンサートに行ったりするので会場には若い世代も入ってくるが、本当に自分たちの音楽として聴いているのはやはりミュージシャンと同世代かその下10年くらいの年齢層じゃないだろうか。15年前にこのアルバムを聴きこんでいた世代も15歳、トシをとった。15年分人間として成長し、社会的な立場も変った現在、よりリラックスして、歌に浸れるこのハイレゾの世界、音の余裕と歌の深さはそれに相応しい変化に感じた。
美空ひばり
ひばりとシャープ
ひばりとシャープ-虹の彼方- (24bit/96kHz)/美空ひばり
ハイレゾでこそ聴きたいステレオ初期の名盤
text by 鈴木 裕
 この作品の元は8曲が収録された25センチのアナログ・レコードだった。発売は1961年。昭和36年という言い方をした方がリアリティを感じられる方もいらっしゃるかもしれない。美空ひばりにとって初のステレオ録音のアルバムである。
 ステレオ方式の普及状況について少し説明しておくと、アメリカにおいてはステレオのアナログLPは1950年代前半から存在していたが、大量生産できるようになったのが1957年、ステレオ用カートリッジが買いやすい値段になったのが翌年で、この段階からやっと一般的な普及が始まったという。日本ではステレオ録音への移行が遅れ、コロムビアレコードとしてこの方式のデモンストレーションのために行なったのが1961年の、この録音ということになる。収録は公会堂での中継方式で、ビッグバンドとひばりの歌を同時録音。そして、この時に収録されたものの25センチのアナログには収録されなかった2曲が後に足されて、現在聴ける10曲入りの作品になった。こんな説明をすると、音色の高いアキュラシーや音場空間の表現力の高いハイレゾ音源として相応しいマスターなのか、音として大丈夫かと訝る方もいるかもしれないが、実際はむしろ逆である。この時代の日本人は偉かった。それは演奏と歌、そして録音自体のクオリティ、この三つが素晴らしいものになっているからだ。
 まず演奏について言うと、バックは当時の日本のトップ・グループの一つだった原信夫とシャープス・アンド・フラッツ。アレンジがいいということもあるが、プレイに絶妙な色気があり、グルーヴ感も素晴らしい。歌は海外のスタンダード・ナンバーを日本語の訳詞で歌っているわけだが、その情緒の乗せ方が気持ちいい。ウェット過ぎずドライ過ぎず、美空ひばり24歳の艶のある声質でのびやかに歌っている。
 そして録音である。ステレオ初期であるにもかかわらずスピーカーからの音離れが良く、立体的な音場感を持っているし、歌とバックのバランスもいい。音場感としてはややオーケストラが大きめでその楽器どうしの分離もいいのだが、一部、ヴォーカルの音像と重なっている部分もある。しかしそれよりも楽器に近く、音のディテールを克明に捉えていて、50年以上の時の経過を感じさせない。うっとりするようなゴージャスさがありつつ、清潔な音楽だ。いい時代の名盤である。