『水曜どうでしょう』テーマソング「1/6の夢旅人2002」ハイレゾリマスタリング&アナログレコードカッティング作業に密着! 樋口了一さん×エンジニア鈴木浩二さんインタビュー

1996年に放送がスタートし、現在もスペシャル番組として製作が続けられている北海道テレビ制作の人気バラエティ『水曜どうでしょう』。そのテーマソングとして愛され続けている「1/6の夢旅人」「1/6の夢旅人2002」が、このたびハイレゾ音源、およびアナログレコードとしてリリースされることとなった。

今回、どういったいきさつでハイレゾ音源等をリリースするに至ったのか。また、既存のCD音源とはどういった表現の違いがあるのだろうか。実際のマスタリング現場にお伺いすることが出来たので、樋口了一氏本人と、ハイレゾ/アナログレコードのマスタリングを担当したソニー・ミュージックスタジオのチーフエンジニア鈴木浩二氏に直接お話を伺った。

インタビュー・文:野村ケンジ

 


 

1/6の夢旅人2002(オリジナル)/ 1/6の夢旅人/樋口 了一

樋口 了一
「1/6の夢旅人2002(オリジナル) / 1/6の夢旅人」

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――まず最初に、「1/6の夢旅人」と「1/6の夢旅人2002」を作るに至った経緯について、教えて下さい。

樋口 「1/6の夢旅人」の時ですが、ある日ヨーロッパにいた鈴井さんから電話がかかってきまして、その声があまりに疲れていたこともあって(笑)、じゃあ明日までに曲を作ってあげるよ、といって提供したのがきっかけです。だから、その曲を『水曜どうでしょう』でずっと使ってくれていたことを後から知ったくらいで(笑)。いっぽう「1/6の夢旅人2002」の方は、2002年にDVDが出ることになり、そのタイミングで改めて作らせていただきました。番組のこともよく知った後で作らせてもらった楽曲なので、よりイメージに沿った楽曲になっていると思っています。余談ですが、この「1/6の夢旅人2002」は札幌でレコーディングする際、ほどよい具合に喉が酒焼けしていまして、僕には珍しくらいエッジの立った声になっていたりします(笑)。

――続いて、今回「1/6の夢旅人」「1/6の夢旅人2002」のハイレゾ版(とアナログ盤)を作ることになった経緯も教えて下さい。

樋口 昔から、アナログ盤は作りたいと思っていたんですよ。実は、普段アナログレコードを聴く機会が多く、自分の作品もそのなかのひとつとなることが夢だったんです。いつかはやりたいと思っていたことが、実現したという感じですね。

――ハイレゾもほぼ同時期にリリースするというのは、アナログ盤と関連があるのでしょうか。

樋口 現在はアナログ盤を作る際に、いちどハイレゾ音源に纏め上げてから作ると聞き、だったらハイレゾとアナログ、両方作っちゃえ、という気持ちになりました。もちろん、ハイレゾ版に関しては以前から要望があり、いつかは作りたいと思っていたのですが。

――では、今回の作品に関しては、まずハイレゾ音源を作り、それからアナログレコードを作るという工程で行われたのですか?

鈴木 いえ、ソニー・ミュージックスタジオに導入したレコード原盤製作システムは、ハイレゾ音源を使ってラッカー版のカッティングを行うようになっていますが、音源はそれぞれ別のものを使っています。ハイレゾはハイレゾ、今回ですと96kHz/24bitというハイスペックのメリットを活用した音源作りを、アナログ盤はアナログ盤らしさが活きるものを、といった具合に、それぞれ別のマスタリングを行っています。単純にハイレゾ音源を使ったからといって、必ずアナログ盤の音が良くなる訳ではありません。そこには、アナログ盤に向けたマスタリングが求められますし、それには様々なノウハウが必要となってきます。

――ちなみに、マスター音源はどういったスペックだったのでしょう。

樋口 元の音源は「1/6の夢旅人」が48kHz/24bit、「1/6の夢旅人2002」が96kHz/24bitです。それを、今回のハイレゾ版では96kHz/24bitに揃えて作り直しています。

鈴木 マスタリングは、ソニー・スタジオのマスタリングルームで、デジタルとアナログ両方の機器を使い、最適なサウンドを作り上げました。

――樋口さん、完成したハイレゾ音源を聴いて、どういった感想を持ちましたか?

樋口 レコーディングされた音を久々に聴いたのですが、曲の持っているイメージや雰囲気をストレートに表現できているな、と思わず感心しました。実はこの曲(「1/6の夢旅人2002」)、ブリティッシュロックに憧れているアメリカ人が、イギリスのどんよりした雲や雨に憧れているんだけど、自分はカラッと晴れた西海岸に住んでいて、そんな音は出ないんだよなぁ分厚い音になっちゃうんだよなぁ、といったジレンマを持っている雰囲気を作り上げようとしてたことを思い出しました。そんな様子が、包み隠さず伝わってきます。そこまでしっかりと伝わってくるなんて、ハイレゾって素晴らしいですね。

――いっぽう、「1/6の夢旅人」はいかがでした?

樋口 「1/6の夢旅人2002」は構成も雰囲気も外に向かって広がり感のある楽曲になっているのですが、対して「1/6の夢旅人」は、顕微鏡でミクロの世界を見ているかのような、内側に向けて発見のあるサウンドに仕上がっていたのが印象的でした。たとえば、16分の裏で軽く入っているスネアのショットがよく聴こえてくるようになったり、ベースのうねりの様子が事細やかに感じられるようになり、独特のグルーヴ感が生まれています。実はこれ、CDではあまり見えていなかったんですけど、ハイレゾ版では本来の姿になってくれた。頭の中で鳴っている、記憶にある音により近づきました。個人的に「1/6の夢旅人」は優しいイメージなのでお母さん、「1/6の夢旅人2002」のほうは男っぽいイメージなのでお父さん、と呼んでいるのですが、ハイレゾ版ではそういった雰囲気が分かっていただけるかと思います。

――今回のマスタリングでは、スタジオのモニタースピーカーのほか、ヘッドホン(ソニー「MDR-Z1R」)でも試聴されていましたが、いかがでしたか?

樋口 ハイレゾってどういう環境で聴くのか分からなかったのですが、ヘッドホンなどで顕微鏡を覗くように、粒立ちのひとつひとつを聴くのも面白いな、と思いました。特に「1/6の夢旅人2002」の方は、ヘッドホンで聴いてみて欲しいです。いままで気がつかなかった様々な音を、新たに発見してもらえると思います。あともうひとつ、今回の作品はカーオーディオで聴いても楽しいので、是非試してみて下さい。

――鈴木さんは、今回の楽曲をマスタリングする上で特に意識されたことなどありますか?

鈴木 マスタリングを担当するにあたって、今回の楽曲はもちろん、それ以外のCDもいろいろと聴かせていただきました。結果、魅力として感じたのが歌の強さです。この、歌の力強さ、太さを保ちつつ、ハイレゾ音源ならではのメリットであるグルーヴ感の高さや、音の伸びやかさなどもしっかり表現できるよう、マスタリングでは強く意識しました。結果として、楽曲本来の良さを巧みに引き出すことができたと思います。

樋口 ハイレゾだからって、とにかく綺麗な音にすればいいというわけではないんですね。

鈴木 96kHz/24bitなどのハイレゾ音源は、器が大きい分表現の幅が広がるのですが、もともとの音楽性を崩すのではなく、こうあるべきという方向性を後押しするといいますか、本来の良さをしっかり引き出すことに使うことが重要なんです。今回の楽曲でも、そういったもともとの楽曲の良さを活かせるよう腐心しました。

――実際のマスタリング工程を拝見していたのですが、樋口さんの指示を聞きつつ、鈴木さんがいくつか調整を行っていました。結果として、「1/6の夢旅人」の空間表現などはずいぶん広がったように感じたのですが、どういった処理を行ったのでしょうか。

鈴木 単に位相を操作しただけではなく、イコライザーや音量バランスも含め複合的な操作を行っています。このあたりは、微妙なバランスで成り立っている部分があるため、楽曲の特徴次第ではあります。

――曲によって、ベストな調整が違ってくるのですね。そのあたりは、とても興味深いです。いっぽう、ハイレゾに加えて今回アナログ盤も試聴されていましたが、こちらはいかがでしたか?

樋口 嬉しくて、思わず涙が出ました(笑) アナログレコード、好きなんですよね。体全体で感じているような、包み込まれるような音がするので。自分の楽曲がそういった音を奏でてくれることに、思わず感動しました。いっぽうで、ハイレゾがアナログレコードに近いニュアンスを持っていることにも驚きました。今日自分の音を聴くまで、全く違う方向を持つ音源だと思っていたのですが、実際に聴いてみると、意外と近いニュアンスというか、共通する雰囲気があったりと、大変興味深いものがありました。いつかこの先、技術が発展していったら、このふたつはほとんど変わらない存在になるのかもしれませんね。今回の楽曲、「1/6の夢旅人」「1/6の夢旅人2002」は、CDなどで何回も聴き込んでくれている人がたくさんいると思いますが、是非ハイレゾ版やアナログレコードを聴いてください。表現力の高さやきめ細やかさに、驚いていただけると思います。

 

アナログレコードカッティングの様子。

 


 

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