宇多田ヒカル・スタッフ、ハイレゾの魅力を大いに語る!

宇多田ヒカル、デビュー15周年を記念して、数々の代表曲を収録したシングル集『Utada Hikaru SINGLE COLLECTION VOL.1』(2004年発売)と、『Utada Hikaru SINGLE COLLECTION VOL.2』(2010年発売)のハイレゾ音源(96kHz/24bit:FLAC)がリリースされる。そこで、エンジニア界の巨匠テッド・ジェンセンによる最新マスタリングが施されたハイレゾ音源の魅力について、デビュー前から携わっているプロデューサーの三宅彰氏、ディレクターの沖田英宣氏、録音エンジニアの松井敦史氏、小森雅仁氏に聞いてみた。制作チームは、完成した作品をどんな視点で聴いているのか? 宇多田ヒカル秘蔵エピソードとともに、コアなトークをわかりやすく話されているので、“ハイレゾ音源入門講座”としてお楽しみあれ!

2014/12/9(火)~moraでハイレゾ配信開始!*ジャケ写 クリックでダウンロードページへ

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左)「Utada Hikaru Single Collection Vol.1(2014 Remastered)」(2014/12/9~配信)
中)「Utada Hikaru Single Collection Vol.2 HD(2014 Remastered)」(2014/12/9~配信)
右)「First Love [2014 Remastered Album]」(2014/3/10~配信)
cdハイレゾ|FLAC|96kHz/24bit

 


 

●聴き比べて頂いたらスピーカーの位置が違って聴こえると思います。

——宇多田ヒカルのCDアルバムといえば、音楽ファンの間で音が良いことが知られています。
皆さんは、音や歌へのこだわりが強くあるチームだと思いますが、今回のハイレゾ化リリースの意義について教えてください。

沖田:宇多田ヒカルは、今年がデビュー15周年です。なのですが、ご存知のように本人は活動休止中です。
そこで、ファンの皆様に対して15周年の感謝の気持ちを、ハイレゾ化であらわしたかったんですね。

 

——完成した作品をあらためて聴かれてみていかがでしたか?

沖田:今回のリマスタリング音源は、宇多田ヒカルの曲の90%くらいをミックスしている、渋谷のBunkamura StudioのCスタで、つまり僕らにとって一番なじみのあるスタジオでリファレンスを聴きました。

三宅:細部にわたる細かいところがしっかり聴こえる感じがしましたね。テッドが、良いマスタリングをしてくれているのも、新たに楽しめるポイントです。わかりやすくいえば、空間の奥行きが出ていると思います。テッドに頼む理由は、歌を大事にしてくれるからなんですよ。

松井:音域が上下に伸びた感じがしましたね。CDも持っている方は、聴き比べて頂いたらスピーカーの位置が違って聴こえると思います。ハイレゾ版は、流したときにスピーカーの位置がちょっとわからなくなる感覚がするんですよ。それくらい広がって聴こえますね。

小森:今回のリリースは、新たにリマスタリングしたことによる良さと、ハイレゾというフォーマットによる良さの二つがあると思います。ハイレゾになったことによる良さは、スタジオでアーティストやスタッフが聴いていた音をそのままリスナーに届けられるという点です。初期のアルバムはアナログテープがマスターだったんですが、ハイレゾ化によりマスターテープに限りなく近い音をリスナーに届けられるというのは大きな変化だと思います。リマスタリングに関しては、オリジナルの『Utada Hikaru SINGLE COLLECTION』よりもリミッターが弱めなんですよ。今回は、ちっちゃいところはよりちっちゃく、大きいところはより大きく、ダイナミックレンジを広く保って、ローエンドもハイエンドもレンジが伸びて、かわりに耳にキンとくる帯域がちょっと優しくなっていたりして、大きい音で聴いても耳に痛くなく、何回でも聴けるような音にリマスタリングされている印象ですね。

 

——なるほど、わかりやすいですね。

沖田:僕らは、ハイレゾを念頭においたオリジナル作品は、宇多田ヒカルではまだ作ってないんです。ですけど、今後出口がここになるとしたら、音の録り方、ミックスの最終地点は変わってくる気がします。たとえるなら、温かいそばを出前で頼んだとき、今までは30分待ったそばしか味わったことないわけじゃないですか? それが、本当に出来立てが食べられるってことなんですよね。

 

——あ〜、ハイレゾが持つ距離感や情報密度の濃さって、そういうことですよね。

三宅:僕はあまり気にしていなかったんだけど、沖田がハイレゾになる素材や記録を残しつづけてくれたのがえらいよね。

沖田:宇多田ヒカルは、デビューして一年もたたずして、誰も成し遂げないようなセールスを記録してしまったので、これはすべてをアーカイブしておかないといけないと思ったんです。たとえばビートルズが「何月何日に何スタに入って何やった」っていう記録だけでも、僕のような後追い世代にとっては貴重な情報じゃないですか? 宇多田ヒカルも次の世代に向けて当時の記録を残していくことは意味があると思ってました。

 

 

●テクニックで勝負をしはじめると、あの繊細な感じがなくなっちゃうんだよね。

——宇多田ヒカルの歴史を追体験出来る作品『Utada Hikaru SINGLE COLLECTION』収録曲で、音のこだわりをあらわすようなエピソードがあったら教えてください。

沖田:どの曲も、ミックスにかける時間をとにかく長くとっていましたね。一日に2曲なんて絶対にやったことなかったから。

三宅:そうだね。3日かかることもあったかな。クオリティを守るために、余裕を持ったスケジュールとバジェットを、常に用意してました。

 

——エンジニアとして松井さんは、初期から担当されていたんですよね? この個性的な宇多田チームを、どのように見られていますか?

松井:純粋に音楽好きで、音楽ありきで産み出せるチームだと思います。レコーディング時に、何かをあきらめるとかそういう発想が無いんですよ。アイディアがあったら一回やってみようというのが必ずあって。たとえば、普通のレコーディングだと、宇多田ヒカル本人が自宅で打ち込んできたプログラミングを、生のプレイヤーで音源差し替えたりするんですけど、雰囲気が違ったら、戻すんですよ。普通のセッションだったら、せっかく演奏してもらったんだから不採用にはなかなかしないのですが。

 

——なるほど、小森さんはいつごろから参加したのですか?

小森:僕は『ULTRA BLUE』というアルバムの制作の途中から、Bunkamura Studioに就職しまして、最初は松井さんのアシスタントとして活動していました。この仕事をはじめてから一番お世話になっているのが宇多田ヒカルさんです。

三宅:はじめて現場で、宇多田ヒカルの年下ができたんだよね。現場では珍しく、ヒカルが「小森くん」って言って、小森が「ヒカルさん」っていう関係なんだよね(笑)。

小森:最初はとてもプレッシャーを感じていました。ヒカルさんの現場は、歌録りのテンポが早いんです。
コーラスを重ねるのとかもめちゃくちゃ早くて、ついていくのが大変なぐらい(苦笑)。

三宅:それは、僕がせっかちだからかな(苦笑)。あ、でもヒカルも似てて、同じ歌を何回も歌ったら飽きちゃうよね。ヒカルとか、一時間くらい歌うとだんだん歌がうまくなっていくの。うまくなりすぎて今度は伝わらなくなる。テクニックで勝負をしはじめると、あの繊細な感じがなくなっちゃうんだよね。だから極力100%にならない、8割くらいでね。でも、コーラスにはとても時間をかけます。
不思議なのは、コーラスはたとえ何十時間やっててもぜんぜん疲れないんだけど、歌入れは違う集中力が必要だから、一時間でもものすごい疲れる。

 

 

●同じ曲でも完コピ完カバーみたいに聴こえるんですよ。

——今回の収録曲で、ハイレゾをテーマに思い入れあるナンバーを教えていただけますか?

小森:オリジナルと今回のハイレゾを聴き比べて、特に違うなと思ったのが「First Love」、「FINAL DISTANCE」、「SAKURAドロップス」ですね。ハイレゾ化もなんですけど、リマスタリングによる違いが大きいですね。ダイナミックレンジを広くとっているので、たとえば家にちゃんとしたスピーカーがなくても、ヘッドホンでも違いが楽しめると思います。現場で立ち会っていた曲でいえば「Hymne à l’amour 〜愛のアンセム〜」 ですね。あの曲は、他の曲と違ってシンセサイザーが全くはいってないんです。クリックも使っていないフリーテンポの曲で、音数もほかの曲より少ないので、他の曲よりサンプルレートをあげて録音しています。それを44.1khz/16bitのCDフォーマットに落とす事なくお届けできるのはハイレゾならではですよね。

松井:僕は今回のハイレゾ化だと、「Beautiful World」、「This Is Love」ですね。一番オススメな「This Is Love」は、ものすごくクオリティがあがっていると思います。素直に音が良いなと思ったし、広がり感も良いなと。「Beautiful World」は、完コピの新録音といったらいいんですかね? 同じ曲でも完コピ完カバーみたいに聴こえるんですよ。これはちょっと面白いなと思います。

 

——それはとても聴いてみたくなりますね! 三宅さんは?

三宅:ハイレゾに関していえば、ハイレゾという文字をみて思ったんだけど、ハイレゾってハイレグだなって(笑)。

一同:爆笑

三宅:普通の水着と違ってハイレグはちょっと見えすぎちゃって恥ずかしいじゃん? 今回のハイレゾ化を聴いたときに思い出したのは、当時の録音の頃の風景ですよ。もちろん、歌のクオリティの良い悪いのレベルの話ではないんだけど、デビューした頃の、彼女は文武両道で忙しかったので、声の調子とかいろいろあったんですよ。それがハイレゾだと見えすぎて「あー、恥ずかしい!」って思い出しちゃって。なのでハイレゾはハイレグ!? 恥ずかしいところまで聴こえちゃう(笑)。

沖田:ははは、それはあるかもしれませんね(笑)。今回の、ハイレゾ化の楽しみ方としては、時代的にマスターテープが、アナログのハーフインチマスターの曲と、Pro Toolsベースの96kHz/24bitという二つに分かれるんですよ。シングルコレクション1の方は、ほとんどアナログのハーフインチでした。2は、だいたい96kHz/24bitになってくる。今回、マスターは何を使っているというのを全部つまびらかにしているので、その違いも楽しんで欲しいですね。

 

 

●ショーウィンドウにあった絵が、ショーウィンドウのガラスが外されたっていう感覚。

三宅:そうそう、誤解を恐れずにいえばハイレゾになったから急に音が良くなったワケではないんですよ。ショーウィンドウにあった絵が、ショーウィンドウのガラスが外されたっていう感覚ですね。手に届く距離感が近づきましたって感じ。ハイレゾはCDの3倍の情報量というのは、そういうことなんです。曲でいえば「traveling」で、汽車が走っている感じをコーラスで表現してるので、そのこだわりに注目して欲しいですね。

沖田:あとは「FINAL DISTANCE」。やっぱりバラードは空間が違うんですよ。音の粒子が見える気がしました。「Flavor Of Life」もいいですね。「First Love」と「FINAL DISTANCE」は、マスターテープがアナログハーフなんです。「Flavor Of Life」は96khz/24bit。時代でいうとアルバム『DEEP RIVER』までがハーフインチです。でも、いくつかの曲は、当時からデジタルになってたんだよね。今回は入ってないけど「嘘みたいなI Love You」とかね。あの頃が過渡期で、ミックスエンジニアが変わったアルバム『ULTRA BLUE』からは全部デジタルフォーマットになりました。

 

——ちょうど宇多田ヒカルさん本人が、編曲も担当されてきた頃ですね。

沖田:そうなんです。完璧にアレンジ込みで自分を表現することを宣言したのがアルバム『ULTRA BLUE』でした。

 

——今回このハイレゾに関して、宇多田ヒカルさんや、宇多田照實さんはどんなことを話してましたか?

沖田:照實さんは「ハイレゾには未来がある!」と言ってました。ヒカルはもうちょっと感覚的というか「自分のようなポジションのアーティストが、新しいことにチャレンジしていく姿勢が大事だと思う」って。数日前に彼女から聞いたリアルトークです。
ぜひ、スタジオで鳴っていた音を、ハイレゾで楽しんでもらえると嬉しいです。

 

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Utada Hikaru Single Collection Vol.1
01. time will tell -Alternate Version- (**)
02. Automatic (*)
03. Movin’ on without you (*)
04. First Love (*)
05. Addicted To You [UP-IN-HEAVEN MIX] (***)
06. Wait & See ~リスク~ (***)
07. For You (*)
08. タイム・リミット (*)
09. Can You Keep A Secret? (*)
10. FINAL DISTANCE (*)
11. traveling (*)
12. 光 (*)
13. SAKURAドロップス (*)
14. Letters (*)
15. COLORS (*)

オリジナルマスター
・ 1/2 inch Analog Tape (*)
・24bit / 48kHz WAV file (**)
・24bit / 44.1kHz WAV file (***)

 

Utada Hikaru Single Collection Vol.2
01. Prisoner Of Love (*)
02. Stay Gold (*)
03. HEART STATION (*)
04. Kiss & Cry (*)
05. Beautiful World (*)
06. Flavor Of Life -Ballad Version- (*)
07. ぼくはくま (**)
08. This Is Love (*)
09. Keep Tryin’ (*)
10. Passion (***)
11. Be My Last (****)
12. 誰かの願いが叶うころ (*)
13. Beautiful World -PLANiTb Acoustica Mix- (*)
14. 嵐の女神 (*)
15. Show Me Love (Not A Dream) (*)
16. Goodbye Happiness (*)
17. Hymne à l’amour ~愛のアンセム~ (*****)
18. Can’t Wait ‘Til Christmas (*)

オリジナルマスター
・ 24bit / 96kHz WAV file (*)
・24bit / 48kHz WAV file (**)
・1/2 inch Analog Tape (***)
・24bit / 192kHz WAV file (****)
・24bit / 88.2kHz WAV file (*****)

<宇多田ヒカル・スタッフ>
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■三宅彰
宇多田ヒカル プロデューサー
株式会社アレグロ・モデラート
代表取締役社長

■沖田英宣
宇多田ヒカル ディレクター
ユニバーサル ミュージック合同会社
Virgin Records

■松井敦史
レコーディングエンジニア

■小森雅仁
レコーディングエンジニア

 

<インタビュー>
ふくりゅう
・・・音楽コンシェルジュ。
音楽ライター、エディター、音楽プロデュース、音楽プランナー,WEBプランナー、選曲家など多岐にわたり活躍。近著は「ソーシャルネットワーク革命がみるみるわかる本」

<イラスト>
牧野良幸
・・・・大学卒業後、81年に上京。銅版画、石版画の制作と平行して、 イラストレーション、レコード・ジャケット、絵本の仕事をおこなっている。近年は音楽エッセイを雑誌に連載するようになり、『僕の音盤青春記1971-1976』『同1977-1981』『牧野式高音質生活のすゝめ』などを出版。

 


 

2014/11/30(日)宇多田ヒカル先行試聴会レポートはこちら!
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