ECM Records DSD初配信! 試聴会レポート(絵と文:牧野良幸)

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タワーレコード渋谷店で行われた試聴会の様子。(イラスト:牧野良幸)

 

今年のオーディオ界もはや3か月が過ぎようとしているが、これまでの一番の話題はタワーレコードがECMのアルバムを初めてSACDハイブリッド化したことだろう。それもジャズ史に残る名盤、キース・ジャレット『ザ・ケルン・コンサート』、チック・コリア『リターン・トゥ・フォーエヴァー』、パット・メセニー『ブライト・サイズ・ライフ』なのだから話題になった。

ECMは創始者のマンフレート・アイヒャーの音に対するこだわりで有名だ。その証拠に今までリリースされたCDは今日までリマスターもされずにきた。よほどCDの音に自信があるのだろう。

しかしそんなECMも2015年からハイレゾ配信に乗り出したのである。たくさんのアルバムがハイレゾ化された。今回SACD化された3タイトルもハイレゾで配信される。それもFLACだけでなく、SACDと同等のDSDでも配信されるというから事件である。

まずはSACDハイブリッド盤の音を聴いた感想を書いてみよう。3月上旬にタワーレコード渋谷店でSACDの試聴イベントがおこなわれたのだ。今回のSACD化を監修したオーディオ評論家の和田博巳氏、同じく今回のSACDの作品解説を書いたライター/ジャーナリストの原田和典氏という当事者のお話をまじえての試聴である。

使用されたのはいずれもTADのシステム。SACDプレーヤーがTAD-D1000MK2。パワーアンプはTAD-M2500MK2。プリアンプはない。プレーヤーから直接パワーアンプに音が送られる高音質なシステムだ。スピーカーはTAD-ME1である。

 

 

キース・ジャレット『ザ・ケルン・コンサート』

ザ・ケルン・コンサート/Keith Jarrett

DSD 試聴・購入

まずは『ザ・ケルン・コンサート』である。最初にCD層を聴いたあとSACD層を聴く。CD層は従来からあるCDマスターである。

CD層の音が流れてきた。とうとうと流れるキースのピアノ。クリアでいい音だ。今回のオーディオシステムを選定した和田さんが「このプレーヤーはCDも24bitに変換して再生します。スピーカーも音像定位がいいですから、CDもかなりいい音に聴こえてしまうかもしれません」と言うだけあって、高音質な音が会場に広がった。

これにはSACDも苦戦するかも、と内心思ったが杞憂だった。SACD層が再生された瞬間にCDとの音質の違いは歴然だったからだ。仕事がらSACDとCDの聴き較べをする機会があるが、これほどCDがハイレベルにかかわらず、音の差が明瞭に分かる聴き較べも珍しい。

SACD層は空気感が違う。それもオリジナル・アナログ・マスターテープを使用して、ECM自らが制作したDSDマスターだけあって、空気中に混じるチリさえも再現するかのようなリアルな空気感だ。最初に聴いたCDはキラッと反射するような光沢ある音に耳を奪われるが、SACDはそのキラッだけで終わらないで、温かみ、深みのある音となる。この特徴はあとの2枚も同様だ。

かつてキース・ジャレットのソロピアノをPAなしで聴いた事がある和田氏も「会場の空気感が出てるよね」と感心していた。「CDを24bitで再生するプレーヤーを使っても、この差が出るくらいだから、普通のCDプレーヤーで比べたら差はもっと出るだろうね」とも。

 

 

チック・コリア『リターン・トゥ・フォーエヴァー』

リターン・トゥ・フォーエヴァー/Chick Corea

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続いて『リターン・トゥ・フォーエヴァー』である。アナログではB面の「ラ・フィエスタ」を試聴した。今回は聴き較べはなく、SACD層をさっそく聴いてみた。カスタネットがナマナマしい。ベースもビンビンとくる。まるでブルーノートのコンボの録音を聴くように厚味がある音。濃密だ。『ザ・ケルン・コンサート』もそうであったが、これまでのECMサウンドのイメージが変わるような音である。

原田氏が「カスタネットが凄いですね。それからシンバル、内側をカンカンと叩く、そのニュアンスまで分かるくらいです」と言えば、和田氏も「後ろで聴いていてもいい音なのが分かる。音がスピーカーにまつわりつかないんですよ」と言う。確かに前方で聴いている僕も、音の広がりには最初からビックリしていた。

「『リターン・トゥ・フォーエヴァー』は発売当時ね、硬派のジャズ喫茶にはチャラいレコードだと思われていたんだけど(笑)、こうして45年振りですか、SACDで聴くと凄かったんだなあと思いますよ。あとスタンリー・クラークのベースはダイナミック・レンジが広いんですよ。それも凄く出ている」とかつて、はちみつぱいでベースを弾いていた和田氏ならではのコメントも興味深かった。

 

 

パット・メセニー『ブライト・サイズ・ライフ』

ブライト・サイズ・ライフ/Pat Metheny

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最後はパット・メセニーの初リーダー作『ブライト・サイズ・ライフ』だ。伝説的ベーシスト、ジャコ・パストリアスが参加しており、彼がウェザー・リポートに加入する前の録音だ。再びCD層を聴いてからSACD層を聴くことにする。

まずはCD層。メセニーのギターが右スピーカーから、ジャコのベースが左のスピーカーから豊かに広がる。ううむ、やっぱりECMのCD恐るべしである。しかし『ブライト・サイズ・ライフ』もまたSACD層の音に感激することになる。これも最初の音が飛び出したところで明瞭だった。ジャコのベースが独特のウネリをもって飛び出す。空気感や音の温もりもやっぱり違う。

「ジャコはソロアルバムも出していますけど、このECM録音のほうがジャコのベースの特徴が出てますよ」と、これまたジャコのベース演奏を間近に見たことのある和田氏が言う(なんでも会場の一番前、ジャコの真ん前まで行って聴いていたとか。昔のコンサートはそれが許された)。

 

 

こうして1時間ほどのイベントが終わったのだった。最後に和田氏が「今日の試聴はちょっぴりで申し訳なかったけど……」と言ったけれど、いえいえ、こんなに分かりやすければ長時間の試聴は必要なし。むしろ一刻も早く家に帰ってこの音を聴きたいと思うばかりだった。

SACDはご存知のようにDSDによる再生方式であるから、SACDでの体験はそのままDSD配信で聴く体験でもある。ハイレゾ愛好家のみなさんもぜひ、DSD配信で(お好みならFLACでもかまわないけれど)、これまでにないECMの音を味わってほしいと思う。

 

 


 

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