原田和典の「すみません、Jazzなんですけど…」 第7回

~今月の一枚~

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Paul Simon [Stranger To Stranger]

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 1973年、カリフォルニア州コンコードで、小さな小さなジャズ・レーベルが発足しました。レーベル名は地名をとって“コンコード・ジャズ”と名付けられました。オーナーは自動車会社に勤めていたカール・ジェファーソン。当時はエレクトリック楽器を使ったサウンド(のちにフュージョンと呼ばれるものの原型を想像していただければわかりやすいかと思います)や、ポスト・フリー・ジャズというべき音作りがジャズ界の新潮流として大きな話題を集めていました。しかしコンコードは昔ながらのアコースティック・ジャズ、スウィングする音作りにこだわりました。1930年代や40年代から活動してきた名手たちもまだ健在、彼らは久しぶりのレコーディングに大いに張り切り、「最近のジャズは難しくて」というベテラン・ファンは“新しく録音された、往年と変わらぬジャズ”に安堵を感じたはずです。コンコードは多くの老練を再生しましたが(“養老院ジャズ”とも呼ぶ向きもありました)、ミュージシャンの円熟期を捉えた功績は、決して過小評価されるものではないでしょう。女性歌手ローズマリー・クルーニー(俳優ジョージ・クルーニーの叔母)、夏に日本公開される映画『ソング・オブ・ラホール』で重要な役割を演じる楽曲「テイク・ファイヴ」を最初に大ヒットさせたピアノ奏者デイヴ・ブルーベックも、当時バリバリの若手ながら伝統的なスタイルにこだわったサックス奏者スコット・ハミルトン(OKAMOTO’Sのオカモトショウの父)もコンコード・ジャズの看板スターでした。ジェファーソンはすこしずつ会社の規模を大きくし、86年には日本のメーカーと提携して“富士通コンコード・ジャズ・フェスティバル”を始めました。

 ジェファーソンが亡くなったのは95年のことでした。「ひょっとして、つぶれるのでは。往年のジャズメンも次々と他界しているし」という懸念は、当時の日本のジャズ・ジャーナリズムの何割かにあったと思います。ぼくもそう考えたひとりでした。しかしコンコードは次世代ミュージシャンを数多く起用しながらさらなる発展をとげ、2004年にファンタジー・レコード(プレスティッジ、リヴァーサイドなどのジャズ・レーベルが属しています)を買収、コンコード・ミュージック・グループを設立しました。同グループにはさらに、テラークやヘッズ・アップやヒア・ミュージックといったレーベルも傘下に加わります。結果、コンコードは、ポール・マッカートニー、上原ひろみ、ケニー・G、エスペランサ・スポルディング、イギー・ポップ、ベン・ハーパー、ウィリアム・ベルなど大御所も気鋭も擁する現代最強のジャンル越境型メジャー・カンパニーのひとつへと躍進しました。そして今回、ポール・サイモン5年ぶりの新作が、この大会社から届けられました。前作に入っていた“ヒア・ミュージック”のロゴは、今回はなしです。

 作品のキーワードはハリー・パーチ、そしてフラメンコ系のリズムでしょうか。前者については“独自の楽器をつくったり、面白い音楽に取り組んでいた20世紀アメリカの作曲家”という記述にとどめます。ムーンドッグやジョン・ゾーンのファンにもぜひチェックしてほしいと思います。フラメンコを導入したいきさつに関しては、サイモン自身が書いたライナーノーツに詳しいです。「もともとフラメンコが好きだったこと」、「パーカッション奏者のジェイミー・ハダドにボストン在住のスペイン人フラメンコ・ミュージシャンを紹介してもらい、セッションを行なったこと」、「タイトル曲で、フラメンコ・ダンサーのステップ音を用いたこと」などなど。ジャズ・ファンとしてはここでジェイミーの名前が出たことが大いに気になります。彼は2000年代の半ばからサイモンの音作りに関わっているはずですが、デイヴ・リーブマン、フレッド・ハーシュ、ハービー・ハンコック、ボブ・ドローらともプレイを重ねる凄腕なのです。ほかにもジャック・ディジョネット、ワイクリフ・ゴードン(『ソング・オブ・ラホール』にも出てくるリンカーン・センター・ジャズ・オーケストラのトロンボーン奏者)など著名ジャズ・ミュージシャンが参加、あの大歌手ボビー・マクファーリン(テイラー・マクファーリンの父)がバック・コーラスに参加しているのも豪華です。

 ロックなのか? ポップスなのか? ジャズなのか? ワールド・ミュージックなのか? ぼくは――すこしお行儀がいいまとめ方かもしれませんが――シンプルに“現代の音響”という言葉で締めたくなりました。楽曲単位で考えるよりも、アルバムひとつ(国内盤は11曲目までが本編です)がまるごとかたまりとなって迫ってくる感じです。サイモンの歌謡センスをこよなく愛する方が何パーセントの満足を得るかどうかはわかりませんが、音楽監督としての彼の冴えには目の覚める思いがします。“歌+伴奏”ではなく、声も楽器もステップ音もすべて一体となった豊かな響きに、体ごと包みこまれるような気持ちになるのは自分だけではないはずです。

 リアルタイムでさまざまな新作を追っている音楽ファンのアンテナには黙っていてもこのサウンドが引っかかることでしょう。そしてぼくは、自分より年長の、サイモンと一緒に年齢を重ねてきた世代にも、これを、できればハイレゾのリアリティあふれる超高音質で、ガンガン聴き重ねてほしいと思うのです。サイモン&ガーファンクル時代の「サウンド・オブ・サイレンス」や「明日に架ける橋」で止まっている方、日本のリスナーとアフリカ音楽の距離を近づけた傑作『グレイスランド』で記憶が更新されたままのみなさん(もう30年前のリリースなのですが)、ポール・サイモンは今が(も)、圧倒的に旬です!

 


 

■執筆者プロフィール

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原田和典(はらだ・かずのり)

ジャズ誌編集長を経て、現在は音楽、映画、演芸など様々なエンタテインメントに関する話題やインタビューを新聞、雑誌、CDライナーノーツ、ウェブ他に執筆。ライナーノーツへの寄稿は1000点を超える。著書は『世界最高のジャズ』『清志郎を聴こうぜ!』『猫ジャケ』他多数、共著に『アイドル楽曲ディスクガイド』『昭和歌謡ポップスアルバムガイド 1959-1979』等。ミュージック・ペンクラブ(旧・音楽執筆者協議会)実行委員。ブログ(http://kazzharada.exblog.jp/)に近況を掲載。Twitterアカウントは @KazzHarada