原田和典の「すみません、Jazzなんですけど…」 第15回

~今月の一枚~

harada15

The Miles Davis Quintet
『Cookin’ With The Miles Davis Quintet』

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バレンタインデーが近づいてきました。

「女性が男性にチョコレートをプレゼントする」というやり方は日本独自の考案です。お菓子会社がチョコレートの売り上げを伸ばすために、でっちあげたのだと伝え聞きました。自分が小学生の頃にはもう、この風習がありました。北海道の片田舎だというのに、です。「義理チョコ」という言葉も、すでにありました。クラスには、いっぱいもらえる男子と、まるでもらえない男子がいました。ぼくはもちろん後者です。「別にいいよ、もらえなくても。俺、チョコ好きじゃないし」というのが正直な気持ちだったので別にもらえなくてもなんとも思いませんでしたが、これが“ブルーノート・レコード1500番台のオリジナル盤”だったり“デヴィッド・ストーン・マーチンの原画”だったら、青筋立てて「くれ!」と迫ったことでしょう。

しかしバレンタインデーという名称自体は昔からあり、全世界的にそれは2月14日です。以前サックス奏者のメイシオ・パーカー(ジェームス・ブラウンのバンドで長く活動していました)にインタビューしたとき、どういう流れか忘れてしまいましたが彼が2月14日生まれであるという話になり、「バレンタインデーに生まれたんですね」というと「そうなんだ。だから俺は音楽で愛を伝えているんだよ」というようなことを返してくれました。日本的ではなく地球的な見地でいえば、バレンタインデーというものは性別問わず、「愛する人に感謝を込めて贈り物をする日」です。

バレンタインがらみの曲も、クリスマス・ソングほどではないとはいえ数えきれないほどあります。Perfumeの「チョコレイト・ディスコ」(もう10年前のリリースです)、虹のコンキスタドール「戦場の聖バレンタイン」が個人的にはとてもいいなあと思うのですが、ジャズ関連であれば永遠のスタンダード・ナンバー「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」が挙がります。ロレンツ・ハート(詞)とリチャード・ロジャース(曲)のコンビが1937年上演のミュージカル「ベイブス・イン・アームズ」で発表したナンバーです。多くの男性歌手も取り上げていますが、もともとは女性の主人公が自分の彼氏“ヴァレンタイン”に歌いかける曲です。

あなたは決してかっこよくないし、ハンサムじゃないし、しゃべり上手でもない。だけどそこも好きなの。だからそのままでいて。髪の毛一本、変えないで。あなたといると毎日がバレンタインデーだから。

ビリー・ジョエルの大ヒット曲「Just The Way You Are」も、この詞にインスパイアされているような気がします。

流行りの恰好をする必要もないし、髪の色を変えることもない。ただそのままの君でいてほしい。

「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」には、数多くの名演名唱があります。トランペット奏者としても知られるチェット・ベイカーが持つ必殺のヴォーカル・ナンバーでもありました(音源はこちら)。昨年、イーサン・ホークがチェットに扮した伝記映画『ブルーに生まれついて』が日本公開されましたが、その中でも物語の鍵を握る楽曲として歌われていたことをご記憶の方もいらっしゃるでしょう。また、日本でも抜群の人気を誇るピアノ奏者ビル・エヴァンスは、『アンダーカレント』というアルバムの中で、ギター奏者のジム・ホールと壮絶な二重奏を繰り広げています。「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」はバラ―ドとしてプレイされることが圧倒的に多いのですが、エヴァンスとホールはテンポを思いっきりあげて、原曲のメロディを解体するかのようなアプローチで迫ります。ここまでハードコアな「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」は前代未聞ではないでしょうか。

インストものではもうひとつ、トランペット奏者マイルス・デイヴィスがアルバム『クッキン』に入れたヴァージョンも忘れることができません。録音当時、マイルスはサックス奏者ジョン・コルトレーンを入れた5人組グループで活動していました。のちにジャズ界を震撼させるほどのカリスマになるコルトレーンですが、このころはまだ無名に近く、時代の先を行っていたアグレッシヴなスタイルに戸惑ったのでしょうか、とあるファンは直にマイルスに「あのヘタクソなサックスをクビにしろ」と迫ったそうです。だからというわけではないですが、スロー・テンポのこの曲ではコルトレーンは休憩。マイルスがミュートをつけたトランペットで、一音一音をじっくりと演奏します。

ミュートとは、簡単に言えば「弱音器」のことです。トランペットのベル(音の出る部分)に、パカッとはめます。トランペットを練習する時、近所迷惑にならないようにする目的で使うことも多いようですし、いろんな種類が市販されていますが、マイルスが愛用したのはアルミ製の、ハーマン・ミュートと呼ばれるものです。このミュートの中央には、“芯”があります。マイルスはこの“芯”を抜いたときにできる隙間を可能な限りマイクに近づけ、その小さなスペースから音をひねりだすように演奏しました。それは間もなく、“ジャズ・トランペットのミュート奏法”の定番となり、現在に至っています。マイルスは単なる“弱音器”を、“エフェクター”として活用したのです。まだファズもワウもフェイザーもなかった時代の話です。

なんという発想の転換でしょう。ジャズの帝王と呼ばれ、亡くなって四半世紀を経た今も何かと話題になるマイルスですが、帝王を帝王たらしめているひとつは断然、この“頭の冴え”にある。ぼくはそう信じてやみません。

 


  

■執筆者プロフィール

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原田和典(はらだ・かずのり)

ジャズ誌編集長を経て、現在は音楽、映画、演芸など様々なエンタテインメントに関する話題やインタビューを新聞、雑誌、CDライナーノーツ、ウェブ他に執筆。ライナーノーツへの寄稿は1000点を超える。著書は『世界最高のジャズ』『清志郎を聴こうぜ!』『猫ジャケ』他多数、共著に『アイドル楽曲ディスクガイド』『昭和歌謡ポップスアルバムガイド 1959-1979』等。ミュージック・ペンクラブ(旧・音楽執筆者協議会)実行委員。ブログ(http://kazzharada.exblog.jp/)に近況を掲載。Twitterアカウントは@KazzHarada