『MISIA SOUL JAZZ SESSION』を紐解く! 原田和典の「ずっとジャズが好きでした」

ハイレゾも好評配信中のMISIA初のSoul Jazzアルバム『MISIA SOUL JAZZ SESSION』。

ライターの原田和典さんから、参加プレイヤー陣に注目した、より深く作品を楽しむためのテキストが到着しました!

 


 

NEW RELEASE

『MISIA SOUL JAZZ SESSION』

ハイレゾ 通常音源

 


 

夏フェス真っ盛りの今日このごろ、いかがお過ごしでしょうか。

ここ数年の夏の壮絶な熱気と湿気に対しては、どこかの神様が人間どもを思いっきりサディスティックな「適者生存」にかけようとしているのではないか、と思うことすらありますが、それでも、すくなくともぼくは、夏が好きだし楽しみにしています。その理由のひとつは、もちろんいうまでもなく夏フェスの存在です。おなじみのアーティストの聴き慣れたナンバーを灼熱の下でみんなとワイワイ楽しむことも良い、しかし誰もが夢見たことのあるであろうコラボレーションが遂に目の前で実現し、さらに予想を超えるサウンドの化学反応が味わえた時に我々にもたらされる“すごく尊いものに出会ってしまった感”はまた、格別です。ざっくりいえば、「うわー、歴史的な瞬間を目撃してしまった!」ということです。客席はどよめき、盛大な拍手や歓声が巻き起こり、会場ごと大きく揺れるような“沸き”の中に放り込まれたような気分になります。

ぼくはそれを昨年、横浜赤レンガ倉庫特設会場で開催された「Blue Note JAZZ FESTIVAL in JAPAN 2016」で感じました。もっと細かくいうと9月17日、午後2時50分からのステージです。この時間のパフォーマンスはMISIA黒田卓也バンドの共演。もう時効だと思うので書きますが、フェスのホームページで彼らの紹介文を担当したのはぼくです。「圧倒的な歌唱力、ポップで親しみやすい楽曲で幅広い人気を集めるMISIA。盟友ホセ・ジェイムズのプロデュースで米ブルーノート・レコーズからメジャー・デビューを果たし、日本のポップス界とも交流を図る黒田卓也。初顔合わせのふたりによる全く予想のつかない未知のステージに期待が高まる」

「期待が高まる」というのは自分の気持ちそのものです。果たしてステージは一瞬一瞬を永久保存したくなるかのような迫力と美に満ちていました。MISIAの力強くうるおいのある歌声に黒田卓也の鮮烈なトランペットがからみ、猛烈なうねりを表出します。そして他のバンド・メンバーの技の細かさにも聴きほれてしまいました。一歩下がって歌をサポートするのではなく、歌と同じ地平に立ち、一体となって良い音楽を創造していくという感じなのです。だから歌に聴き入っても、楽器に耳を傾けても満足できる。「これはいい組み合わせだなあ」と、自分がその場にいたことを幸せに思いました。しかもラストの「オルフェンズの涙」では超サプライズ・ゲストとしてマーカス・ミラーが登場し、ブリブリのベースを響かせたのです。これは本当に予想外のものでした。というのはこのセットが始まる直前まで、マーカスは同フェス内の別の会場で自身のグループによる演奏を繰り広げていたからです。延々とアンサンブルをリードし、ロング・ソロでオーディエンスを沸かせ、全力を出し切っていたはずなのです。なのに彼はベース片手にフラッと別会場のMISIA+黒田のセッションに飛び入りし、観客だけではなくバンド・メンバーも大喜びのなか、華やかな存在感をまきちらしながら重低音を轟かせました。「これはすごいものを見てしまった。もう二度と実現することがないかもしれない、音源化されるはずもないだろう音に触れてしまった」という熱い気持ちが、終演後もぼくの心に残りました。

 

マーカス・ミラー
『ルネッサンス』

ハイレゾ 通常音源

 

フェスから3か月後の12月、黒田卓也は自身のバンドで「ブルーノート東京」単独公演を行ないます。アルバム『ジグザガー』発表直後の来日でした。ぼくの中に彼の名前が入り込んだのは、Pヴァインという会社から出たタクヤ・クロダ・セクステット名義のアルバム『シックス・エイシズ』(2013年、インディーズでの通算第3弾)からです。「ホセ・ジェイムズ・バンドのトランペット奏者のソロ作」という打ち出し方だったと記憶しております。その後、米国のブルーノートやコンコードといった大レーベルからアルバムを出すようになって、逆輸入のような形で黒田卓也の名は急速に広まっていきます。トランペットの師匠に嶋本高之の名をあげているところにも、「なるほど」とうなずかせるものがありました。嶋本のアルバム『ジャイアント・ステップス』(1997年)はアントワーヌ・ロニー、カルロス・マッキニー、井上陽介、ナシート・ウェイツという、当時のニューヨーク・ジャズきっての気鋭たちとの共演盤です(現在は嶋本も井上も日本を拠点に活動)。この力作、「黒田卓也の先生の演奏」として、いま改めて聴くのも一興ではないかと思います。

 

Six Aces/TAKUYA KURODA SEXTET

TAKUYA KURODA SEXTET
『Six Aces』

通常音源

 

話を戻しましょう。黒田バンドの「ブルーノート東京」公演はスリルの連続でした。そしてぼくが今のジャズに求めるガッツがガッツリありました。「ああ、爽快なライヴだったなあ」と思い、メモとペンをしまおうとした頃(ぼくはブルーノート東京のライヴ・レポートのレギュラー・ライターでもあるのです)、黒田はおもむろにMISIAを呼び出しました。そして始まったセッションは、あの9月の興奮をまざまざと蘇らせてくれました。「もう、いますぐにでも共演アルバムを出してくれ」、おそらくその場にいた全オーディエンスが心の中で叫んだはずです。

それから半年あまり、MISIAと黒田のコラボがついに音源化されました。題して『MISIA SOUL JAZZ SESSION』。スタジオ録音であっても歌とバンドの一体感はライヴと変わることなく、妖艶な歌声とホーン・アンサンブルの絡みはよくチューニングされたオーディオで聴けばさらに効果倍増でしょう。しかも「運命loop (feat.Marcus Miller)」ではマーカス・ミラーが参加、ワン&オンリーのスラッピングで音楽を引っ張っていきます。この曲、今冬発売予定の歴史シミュレーションゲーム『信長の野望・大志』のゲーム内やエンディングで使用されるそうです。これはすごくファンキーなゲーム体験になりそう、想像するだけでわくわくしてきます。さらにこのアルバム、「来るぞスリリング」ではラウル・ミドンが素晴らしいスキャットで華を添えています。ぼくは2003年、ルイ・ヴェガ(マスターズ・アット・ワーク)の来日公演で初めてラウルに接し、たちまちファンになりました。現在はソロ活動を軌道に乗せ、アメリカを代表するシンガー・ソングライターの座をほしいままにしていますが、このちょっと塩辛い歌声も、MISIAや黒田の醸し出す世界に、ごく自然に融合しているのです。

 


 

■執筆者プロフィール

原田和典(はらだ・かずのり)

ジャズ誌編集長を経て、現在は音楽、映画、演芸など様々なエンタテインメントに関する話題やインタビューを新聞、雑誌、CDライナーノーツ、ウェブ他に執筆。ライナーノーツへの寄稿は1000点を超える。著書は『世界最高のジャズ』『清志郎を聴こうぜ!』『猫ジャケ』他多数、共著に『アイドル楽曲ディスクガイド』『昭和歌謡ポップスアルバムガイド 1959-1979』等。ミュージック・ペンクラブ(旧・音楽執筆者協議会)実行委員。ブログ(http://kazzharada.exblog.jp/)に近況を掲載。Twitterアカウントは@KazzHarada

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