原田和典の「すみません、Jazzなんですけど…」 第1回

 

ハロー、エブリボディ!

音楽ライターの原田和典と申します。敷居が低くてわかりやすくて親しみやすい音楽「ジャズ」の魅力を、ハイレゾ化されているアイテムからブロロロロー、ズババババーン、ギュンギュギューンと水木一郎さんの歌声のように痛快に紹介していこうではないか、とたくらんでおります。

ぼくが選んでいるとどんどん社会性のないセレクションになっていくと思われますので、盤のセレクションは編集部のAさんに一任します。Aさんの投げた球を、とにかく俺は打つ! それがホームランになるかファウルになるかは風の吹くままだ!!

 

……今回のお題はハービー・ハンコックの『ヘッド・ハンターズ』です。

 

Head Hunters/HERBIE HANCOCK

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おお、これはなかなか楽しい1枚ですね。そしてぼくを音楽の世界に引きずり込んだきっかけとなる作品でもあります。

というのは3歳の頃でしょうか、両親からクリスマス・プレゼントにもらった記憶があるのです。なぜか? ぼくが「欲しい」と言ったからです。どこでその情報を知ったのか? それはすっぽりと記憶から抜け落ちています。ただどこかで、ウサギがピアノを弾くジャケットを見て、すごく強く印象に残っていたのは間違いありません。

子供にはおもちゃとか何かをプレゼントするのが普通なんじゃないかと思うのですが、ぼくの家は親がバンドマンだったこともあり、小学校3~4年ぐらいまでは毎年レコードをくれました(地球儀をもらったこともあります。「日本ってこんなに小さいのか」「地球って丸いんだ」ということをこの時に知りました)。12月25日の朝、しばらく真空管アンプを暖めて、ターンテーブルにLPを乗せて、流れてきたのがA面1曲目の「カメレオン」。ボンボンボンボンという低音のイントロを聴いた数秒後、幼いぼくは踊り出していたに違いありません。

思い出すと、その当時の原田家にはよく新しい音楽がかかっていました。クール&ザ・ギャングクイーンタワー・オブ・パワーといった“新人バンド”の“新譜”を、親の膝の上で聴きました。当時、同一の会社から国内盤が出ていたためかライバル視されることもあったディープ・パープルとレッド・ツェッペリンは叔父がファンだったので、彼の部屋で聴きました。猫を何匹も飼っていた親戚のお兄さんの部屋の壁にスリー・ディグリーズのポスターが貼ってあったことも、ありありと思い浮かびます。ほかにもフリーシカゴマウンテンサンタナなどなど、むさぼるように聴きました。

ぼくの父はジーン・クルーパ(元ベニー・グッドマン楽団のスター奏者で、昭和27年と28年に来日)に憧れてドラムを始めたのですが、リスナーとしては新しいものに貪欲でした。上京して四半世紀以上になる自分が、今も飽きずに“何か新しい発見はないか”とライヴ会場をうろちょろし、水曜日のカンパネラや3776やハイエイタス・カイヨーテにわくわくしているのは、このDNAによるものかもしれません。

話が飛んでしまいました。やがてぼくは幼稚園に入ります。コレクションにはマイルス・デイヴィス『パンゲアの刻印』やボブ・ジェームスの『2』も加わりました。しかし『ヘッド・ハンターズ』は相変わらず聴き続けていました。「ウォーターメロン・マン」に合わせて空き瓶を吹いたり、「スライ」にあわせて割りばしで雑誌を叩いたり。漢字もすこしずつ読めるようになってきたので、ライナーノーツ(解説文)にも目を通しました。執筆者は小倉エージ氏。ぼくが最初に認識した音楽評論家です。

編集部のAさんは、ぼくとは20歳ほど違います。彼は『ヘッド・ハンターズ』を聴いて、こんな感想を寄せました。

 

“まず、単純にシンセをフィーチャーしたエレクトリック・サウンドであることに驚きました。サックスやトランペット、ピアノなどアナログ楽器でメロディを奏でるのが「ジャズ」だと思っていました。また、リズムのグリッド感が非常に強いことも驚きでした。これも先入観なのですが、ジャズというのはインプロビゼーション、リズムに関しても「ゆらぎ」を重視するものだというイメージがあったので。そもそもスタジオ・ワークで作られたジャズ・アルバムというのがあるとは思っていなかったところがあります”

 

この意見に大いに触発されました。「ジャズはアナログ楽器によるもの」というイメージを、自分は一度も持ったことがないからです。それはぼくがエレクトリック・サウンドを導入した音楽の黄金期(といっていいでしょう)に、さまざまな音楽の洗礼を受けたからではないか、とも感じます。

『ヘッド・ハンターズ』は40数年前の
録音です。なのでいくらハイレゾであろうと「2015年の響き」はしません。あなたが当時を体験していないリスナーであれば、オールド・ファッションなサウンドの中から新鮮味をピックアップして聴く、という姿勢が求められるかもしれません。しかし参加メンバーは全員が今も生存しています。ハンコックはロバート・グラスパーに大きな影響を与え、ドラムで参加しているハーヴィー・メイソンのバンドには一時期カマシ・ワシントンが加わっていたりなど、現在の熱いジャズ・ムーヴメント(と断言しましょう)ともしっかりつながっています。そこを踏まえながらぜひ、『ヘッド・ハンターズ』を今の空気に解き放っていただきたいと思います。

 


 

■執筆者プロフィール

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原田和典(はらだ・かずのり)

ジャズ誌編集長を経て、現在は音楽、映画、演芸など様々なエンタテインメントに関する話題やインタビューを新聞、雑誌、CDライナーノーツ、ウェブ他に執筆。ライナーノーツへの寄稿は1000点を超える。著書は『世界最高のジャズ』『清志郎を聴こうぜ!』『猫ジャケ』他多数、共著に『アイドル楽曲ディスクガイド』『昭和歌謡ポップスアルバムガイド 1959-1979』等。ミュージック・ペンクラブ(旧・音楽執筆者協議会)実行委員。ブログ(http://kazzharada.exblog.jp/)に近況を掲載。Twitterアカウントは @KazzHarada