タイチマスターの「サンプリングは文化です。」第1回
この度新しく連載を始めさせていただくDJ/トラックメイカーのタイチマスターです。この連載では古今東西のサンプリング・ミュージックにスポットを当て、サンプリングを使った楽曲とその元ネタとなった楽曲をABC順にペアでご紹介していこうと思ってます。
まずはAということで“Above The Clouds”(GANG STARR)を。GANG STARRはGuruとDJ Premierの2人組で、90年代のヒップホップ・シーンを代表するユニットと言えるでしょう。この曲は、名作との呼び声高い彼らの4thアルバム『Hard to Earn』(94年)から4年のブランクを空けてリリースされた5thアルバム『Moment of Truth』(98年)に収録されています。前作をリリース後にDJ PremierはGroup HomeやJeru The Damajaなどの新人のプロデュースでヒットを連発し、GuruはJazzmatazzプロジェクトでの活動があり、不仲説も囁かれて正直もうGANG STARRでのリリースはないんじゃないかという噂もあったなかで、突如リリースされたこのアルバム。数々のプロデュース・ワークで磨かれたDJ Premierのサンプリング・センスが爆発しており、なかでもこの曲は突出して凄いと思ってます。
元ネタは“Two Piece Flower”(John Dankworth)という曲。イギリスのジャズ・サキソフォニストで映画音楽なども数多く手掛けたJohn Dankworthのアルバム『The $1,000,000 Collection』(67年)に収録されています。(moraではこちらのアルバムに収録)この曲のアウトロでちょうどリズム隊が抜けたわずかなフレーズをDJ Premierが目ざとくサンプリングし、芸術的なチョップ&フリップで素晴らしいトラックに仕上げています。 そう、DJ Premierと言えばこのチョップ&フリップ。サンプリングしたフレーズをそのまま使うのではなくバラバラに分解(チョップ)し組み替えて(フリップ)全く別のフレーズを作り出すという手法の第一人者で、サンプリング・ミュージックを一段階上のレベルに押し上げたのがDJ Premierなのです。
それまでのサンプリングは、元ネタをそのままループ(繰り返し)で使うことがほとんどだったため、元ネタのフレーズありきでした。そうなると世の中にかっこいいフレーズの曲が入っているレコードは限られており、世界中のディガー達はこぞってかっこいいフレーズのレコードを探したわけですが、チョップ&フリップを使うと元ネタからかけ離れたオリジナルのフレーズを自分で作れるので、極端に言うと元ネタは何でもよくなり、自分のセンスがより重要になってきてトラックメイカーのクリエイティビティが上がったわけです。
そんなチョップ&フリップというサンプリングの手法は、その後ヒップホップ以外にも受け継がれ、古いディスコ・ソングをチョップ&フリップして世界的ヒットを飛ばしたのがDaft Punkだったりするわけですが、そんな話も追々この連載のなかでしていきましょう。ではまた!
〈サンプリング・ミュージック〉 | 〈元ネタ〉 |
“Above The Clouds” ※アルバムの5曲目に収録 |
“Two Piece Flower” ※アルバムの32曲目に収録 |
連載開始記念・特別企画!
“TB-303&TR-909 BEST 20 SONGS”
TB-303/TR-909とは:ローランド社より1980年代に発売されたシンセサイザー/ドラムマシンで、個性的な音色から黎明期のテクノミュージックの発展に大きく寄与したマシン。「アシッドハウス」と呼ばれる独自のジャンルを生み出すにも至った。ちなみにテクノミュージックからの引用が数多く行われた2005年のロボットアニメ『交響詩篇エウレカセブン』にもこれらの名を冠した機体が登場している。
1. Phuture – Acid Tracks (1987)
※アルバムの10曲目に収録
シカゴ・ハウスのDJ Pierreが、元々はギタリストの練習用バッキング・ベース・マシンだったRoland TB-303のツマミをリアルタイムでウニウニ動かしたらヤバい音になる、という発見をしてこの曲に使ったのがアシッド・ハウスの始まり。ちなみにこの曲のドラムはTR-909ではなくTR-707&727です。
2.PIERRE’S FANTASY CLUB – fantasy girl (1987)
※アルバムの16曲目に収録
大反響を呼んだAcid Tracksとそれに続くアシッド・ハウス・ブームに乗っかり、DJ Pierreがラジオヒットも狙って作った世界初のボーカル入りのアシッド・ハウス。ソウルフルな歌の合間にTB-303が唸ります。この曲のドラムはTR-707とTR-808ですね。
3. Armando – 151 (1988)
※moraでは配信なし
DJ Pierreとともにアシッド・ハウス・ブームの立役者だったArmando。TB-303をミニマリスティックに使用し、ジワジワとアゲていくスタイルは後述するアシッド・ハウス・リヴァイバルのヨーロッパ勢に大きな影響を与えています。この曲もドラムはTR-707ですね。初期シカゴ・ハウスでは、TR-909よりも値段が安く音色も似ていたためTR-707が使われることが多かったようです。
4. Hardfloor – Acperience 1(1993)
※アルバムの1曲目に収録
Trax Recordsの倒産などにより終わっ たかに見えたアシッド・ハウス・ブームがヨーロッパに飛び火し、90年代初頭にアシッド・ハウス・リヴァイバルが起こります。その立役者はなんといってもドイツの二人組Hardfloor。TB-303を2台使用してハモらせたり、ディストーションやディレイなどエフェクトを多用してシカゴ・ハウスよりハードな音になっているのが特徴です。ドラムはTR-909ですね。
5. Josh Wink – A Higher State Of Consciousness (1994)
※moraでは配信なし
Hardfloorと共にアシッド・ハウス・リヴァイバルでスターダムに登りつめたのがJosh Wink。レイヴ・カルチャーと密接な関係を持ち、とにかく派手でわかりやすいノリが特徴。トランスにも多大な影響を与えています。TB-303とTR-909を使用していますが、この頃になるとTR-909サウンドをブレイクビーツと混ぜてサンプラーで鳴らすことも多く、この曲も恐らくサンプラーではないかと思います。
6. 電気グルーヴ – ブラジルのカウボーイ (1994)
※アルバムの9曲目に収録
日本でイチ早くアシッド・ハウス・リヴァイバルに反応し、TB-303とTR-909を積極的に使用したのが電気グルーヴ。94年に発売された5thアルバム『DRAGON』に収録されたこの曲ではTB-303とTR-909が全開です。TB-303に関しては、ディストーションサウンドが出るように改造された「TB-303 Devilfish」も使用されていますね。
7. Susumu Yokota – Akafuji (1994)
※moraでは配信なし
その電気グルーヴと同時期に、アンダーグラウンドなシーンで活動していた日本人アーティスト、ススム・ヨコタ。ドイツのハートハウスからファースト・アルバムをリリースした翌年のセカンド・アルバム『Acid Mt.Fuji』に収録されているこの曲は、深いリヴァーヴのなかで遅いテンポのTB-303が鳴るという、当時のヨーロッパには無かった斬新な音作りが特徴。
8. Underground Resistance – 303 Sunset (1991)
※moraでは配信なし
ギタリストとしてファンカデリックに在籍していたMad Mikeと、ヒップホップDJとして活躍していたJeff Millsが結成したテクノ・ユニット。その出身地からデトロイト・テクノと呼ばれるこのジャンルにおいてもTR-909やTB-303などのRoland製品は多用されていて、この曲はタイトル通り303が全面的に使われています。ドラムは彼らにしては珍しくTR-707なのでシカゴ・ハウスへのオマージュの意味もあったのかも知れません。
9. Jeff Mills – The Bells (1996)
※アルバムの17曲目に収録
Underground Resistanceを離れたJeff Millsは、ソロでミニマル・テクノと呼ばれるジャンルを追求します。この曲に代表されるような、TR-909とわずかなシンセ音だけで構成されたハードで硬質な音作りが特徴です。Jeff MillsはDJプレイ時にもTR-909を使い、リアルタイムにレコードと混ぜたり、ときにはTR-909の音だけで何万人も踊らせるなどTR-909の操作に関しては世界一だと言われています。
10. Massive Attack – Protection (1994)
※アルバムの1曲目に収録
ダブ、レゲエ、ヒップホップといった黒人音楽の要素を継承し、トリップホップなどと呼ばれることも多かったMassive Attackのセカンド・アルバムから、タイトルにもなったこの曲。彼ららしいシンプルでゆったりとした曲調なのに、途中からジワジワとTB-303がフェード・インしてきて一気に幻覚感が出ます。TB-303が入っているのと入っていないのではまるで聴こえ方が変わってくるという見本のような曲ですね。
[執筆者プロフィール]
タイチマスター (DJ/Producer)
1995年にインディーズ・レーベルadjustmentを立ち上げ、KREVAが在籍していたユニットBY PHAR THE DOPESTやKICK THE CAN CREW、アルファらを続々とデビューさせ日本のヒップホップ・シーンに多大な影響を与える。2005年にケツメイシRyojiやライムスター宇多丸、ハナレグミ、MEG、LITTLE、G.RINAなど多彩なゲスト・ボーカルを迎えた自身初のオリジナル・アルバム「DISCO-NNECTION」でEMIよりメジャー・デビュー。近年はTOKYO No.1 SOULSETのBIKKEらと共に新ユニットHELクライムを結成し、2014年にアルバム「地獄」をリリース。その他にもナマコプリや大森靖子など様々なアーティストのサウンド・プロデュースやリミックス、アニメのサウンド・トラック制作などで精力的に活動中。