津田直士「名曲の理由」 My Hair is Bad(後編)

前回に引き続き「名曲の理由」My Hair is Badの作品を紹介して、その名曲の理由を見てみたいと思います。

 

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My Hair is Bad

『woman’s』

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多くの人に愛されるアーティストの作品には、多くの人が共感する、という共通点があります。

リスナーが日頃感じるテーマや感覚が作品になっていると、共感を呼ぶわけです。

では、もし多くの人に自分の作品を聴いて欲しいクリエイターが、多くの人が共感しそうなテーマで作品を創ればすぐに多くの人から共感を得られのか・・・というと、そう簡単にはいきません。

なぜならば、作者が作品に込める想いや感情が相当濃く、強く、豊かで、それらがちゃんと作品に刻まれなければ、作品からそのエネルギーがリスナーに伝わらないからです。
そして、濃く、強く、豊かな想いや感情が作品に刻み込まれるためには、作者のしっかりとしたイメージやビジョンが必要とされます。

前回も触れたように、椎木知仁の心の中にはどんな世界を描きたいか、というイメージがとてもクリアにあるのでしょう、曲を聴いた瞬間、リスナーに椎木知仁の描きたい世界が伝わってきます。

mendo_931』を聴いてみましょう。

「めんどくさい」という言葉を、そのまま曲にしたような痛快な作品です。

「めんどくさい」という気分がわからない人はおそらくいないでしょう。
つまり誰でも共感できるテーマです。

その誰でも共感できるテーマを、見事にわかりやすく作品にしている様子を、ちょっと確認してみましょう。

まず、この曲の場合、歌についてはメロディーがないので、椎木知仁は歌っていません。
かといってラップとも少し違います。
強いて言うなら《わめいて》います。

そう、この作品はボーカルが歌詞を《わめく》曲なのです。

ポイント1・・・《色々なめんどくさい》が書き散らされた歌詞を、歌わず、わめく。

ポイント2・・・3度抜き、つまり1度と5度だけで構成されるパワーコードのギターが F B♭A♭B というコードを激しくかき鳴らすサウンドは、リズムも含めてほぼハードコアパンク。

ポイント3・・・曲の長さは1分未満。

これらがすべて《めんどくさい》気分を端的に表現しています。

その結果、椎木知仁の描きたい世界がそのまま伝わってくるわけです。

 

 

椎木知仁が、これまで紹介してきた激しい曲とは違って、バラードをこの《イメージを巧みに伝える能力》を使って生み出すと、切ない感情が実に強く心に響く、素晴らしい作品になります。

バラードの名曲『恋人ができたんだ』を聴いてみましょう。

 

 

何か理由があって恋が終わりを告げ、別れてしまった相手への想い。

たとえ《恋が薄まって》も、《愛はまだ残って》いる・・・つまり
別れた相手への気持ちを消そうと思っても消せない状態の主人公は、
何度も何度も「恋人ができたんだ」という言葉をモノローグでくり返します。

けれども、繰り返せば繰り返すほど、逆に消えない別れた相手への強い気持ちが浮き彫りになっていきます。

そう、この『恋人ができたんだ』という作品は、恋人ができた、という状況とはうらはらに《消そうとしてもなかなか消えない恋心の、痛いほどの切なさ》を描いているわけです。

まず歌詞を見てみましょう。

新しくできた恋人が「君には似ても似つかない」ことは、《君から離れようとしている意識》の表れですが、その直後には「君の調子はどう?」と、つい別れた相手を気にしてしまう様子が描かれます。

新しい恋人と「遊園地に一緒に行った」ことも、「街ですれ違ったって 思い出したって 話しかけないでね」と胸に呟くことも、むしろ別れた相手を気にし過ぎてしまっている証です。

「番号も 指輪も 下着の場所も 写真も 録画していたあのドラマも」《忘れたいのに忘れられない》ことから、そんな《消したいのに消せない相手への想い》が、聴いている人の心に切々と伝わってきます。

「恋は薄まって でも愛はまだ残っている」わけですから、結局、新しい恋人の存在は、《別れた相手への気持を消そうと必死になっている表れ》で、そもそも果たして本当に恋をしているのかすら、怪しい状態です。
ですから「もしも君を知らなかったら 今の恋人も好きになってなかったんだろう」と思うのです。
主人公にとっては、その恋人が「顔も 年も 話し方も 好きな物さえも違う」ことがひたすら重要なのです。

そんな風に、《消したいのに消せない相手への想い》にもがく主人公は、「出会ってしまった 通じ合ってしまった それは消せないけど 奪ってしまった 奪われていった 心を返してもう眠ろう」と、気持をおさめようと懸命になります。そして「もう会えないよ」と呟き、その理由を「だって 恋人ができたんだ」と、やはりあくまで新しい恋人の存在に託します。

そもそも相手はどうしているのか、というと、《どうやら恋人ができたらしい》ことを主人公は彼女の口からではなく風の噂で聞き、「どうか幸せに」と心の中で無理やりメッセージを送り、
「時間が経って 思い出せなくなって 忘れてもいいよね」と心の中で尋ね、
《もう会えない》理由を「僕ら 恋人ができたんだ」と、2人とも恋人がいることに託します。

というわけで、未練たらたらにも見えるこの主人公の気持ちが語っているのは、 明らかに
《消そうとしてもなかなか消えない恋心の、痛いほどの切なさ》なのですが、このような気持を、椎木知仁は音楽的に、どのように表現しているのでしょうか。

 

鍵を握っているのは、最初の歌詞「恋人ができたんだ 本気で好きと思う子なんだ 君の調子はどう?君の調子はどうだい? 」の中の、《好きと思う子なんだ》の部分で流れている音を支えるコードです。
この曲はキーがBなので、このAメロは次のようなコード進行になります。

|B    | E♭7  |E    |E    |

この中の《E♭7》というコードが、鍵です。

このコードは、耳にした時に《切なくて少し悲しみを感じるコード》なのですが、それがこの曲の《消そうとしてもなかなか消えない恋心の、痛いほどの切なさ》を実にうまく引き出しています。
(厳密には主和音=トニックコードがBの時の3度のコードであるE♭がメジャーであること。つまり半音上、Cのキーだと、Cがトニックコードで3度の和音はE7となります。過去掲載のこちらを参照してみて下さい。→ http://mora.jp/topics/rensai/tsuda-naoshi-03/

「恋人ができたんだ・・・」で始まるAメロのパターンが4回繰り返される間、このコード進行も、切なさを畳み掛けるようにずっと繰り返されるのです。

その後、少し違ったニュアンスのコード進行によるBメロが続き、サビが始まります。

そしてこのサビでもまた、《E♭7》というコードが印象的に登場します。

歌詞の「出会ってしまった 通じ合ってしまった それは消せないけど」のコードは

|B    | E♭7  |G♯m    |C♯7    |

ですが、この中の《合ってしまった》にあたる部分が、E♭7です。

ここでは、「出会ってしまった 通じ合ってしまった」というところでメロディーが上がっていくことで、聴いている人の気持も高ぶっていくのですが、《合って》の部分は、メロディーの音が、切ない気持になる E♭7というコードの《特性音》である《G》の音になっています。
そのことが、さらに聴いている人の心を震わせる結果になっているわけです。

続く「奪ってしまった 奪われていった 心を返してもう眠ろう」のコードは

|E    | E♭7  |E    |F♯7    |

ですが、この中の《(奪)われていった》にあたる部分が、E♭7です。

そして、1~2小節目のコードが、Aメロとサビどちらも同じで、コード進行の持つ雰囲気が同じであるため、ドラマティックになった最後のサビの後、ストリングスが美しく響く感動的なサウンドの中、Aメロのフレーズが繰り返されていきます。

一番盛り上がる最後のサビの後で、歌詞的にAメロ最初の歌詞「恋人ができたんだ 本気で好きと思う子なんだ 君の調子はどう?君の調子はどうだい? 」を繰り返すことに大きな意味があることから、音楽的にもAメロの繰返しをスムーズに持ってくる、このようなセンスは、まさに椎木知仁の《イメージを巧みに伝える能力》の賜物です。

 

このような、実に効果的な作用をもたらすメロディーを、決して狙ったり計算したりしたわけではなく、心の震えをそのままメロディーとして生み出し、結果的にそうなっている・・・そんな風に美しいメロディーを『生む』ことができるのは、日本の音楽シーンでは、松任谷由実やYOSHIKI、桜井和寿など、本当に限られたごく一部のアーティストだけです。

2回にわたってご紹介した通り、ラップと歌詞やバンドサウンドなどを縦横無尽に使い分ける圧倒的なセンスと能力を持ちながら、このような美しい名曲を生むことのできる、1992年生まれという新しい世代の椎木知仁という才能あるアーティストと、彼のバンドMy Hair is Badの登場は、日本の音楽シーンにとって、とても素晴らしいことだと、僕は思います。

 


 

【プロフィール】

津田直士 (作曲家 / 音楽プロデューサー)

小4の時、バッハの「小フーガ・ト短調」を聴き音楽に目覚め、中2でピアノを触っているうちに “音の謎” が解け て突然ピアノが弾けるようになり、作曲を始める。 大学在学中よりプロ・ミュージシャン活動を始め、’85年よ りSonyMusicのディレクターとしてX(現 X JAPAN)、大貫亜美(Puffy)を始め、数々のアーティストをプロデュ ース。 ‘03年よりフリーの作曲家・プロデューサーとして活動。牧野由依(Epic/Sony)や臼澤みさき(TEICHIKU RECORDS)、アニメ『BLEACH』のキャラソン、 ION化粧品のCM音楽など、多くの作品を手がける。 Xのメンバーと共にインディーズから東京ドームまでを駆け抜けた軌跡を描いた著書『すべての始まり』や、ドワンゴ公式ニコニコチャンネルのブロマガ連載などの執筆、Sony Musicによる音楽人育成講座フェス「ソニアカ」の講義など、文化的な活動も行う。

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