津田直士「名曲の理由」 Mr.Children(後編)

前回に引き続き、Mr.Childrenの曲の魅力を、特に音楽面からご紹介したいと思います。

 

  • 『Mr.Children 1992-2002 Thanksgiving 25』

    ※該当の商品は販売停止となりました。ご了承ください。

  • 『Mr.Children 2003-2015 Thanksgiving 25』

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名曲というのは不思議です。

名曲は本当に多くの人の心を動かしますが、その源は、その曲を生んだ作者の心の動きそのものだからです。

ですから、もし「名曲を生み出したい……」と思う人がいたら、自分の心が強く動くメロディーとメロディーを支える和音(コード進行)を形にすれば良いわけです。

けれど、残念ながらそう容易に名曲を生めるわけではありません。既にある曲のマネでは人の心を動かすことはできませんし、自分の心が動くメロディーというのは、そう簡単には降ってきません。

 

そんな名曲の持つ不思議な力について、私が若いアーティストの卵たちに伝える際、よく例に出すのはMr.Childrenの「innocent world」です。

それは「innocent world」がポップスとして、あらゆる名曲の要素を満たしているからです。

 

それでは音楽的なその魅力を見てみましょう。
(この曲はキーが E ですが、和音の魅力を説明しやすくするために、キーを3度下の C にトランスポーズして説明していきます。ちなみに、桜井和寿は高い音域まで声が出るため E のキーで歌っていますが、一般的な男性の場合、少し下げたこの Cのキーの方が歌いやすくなります)

この曲は、大まかに Aメロ、Bメロ、サビ の3つの要素で構成されています。
(1番の歌詞でいうと、<黄昏の街……から 君はいないよ>までがAメロ、<窓に反射する……から mr.myself>までがBメロ、<いつの日も……から イノセントワールド>までがサビ です)

いいAメロは、すぐに曲の世界へ心を導いてくれるものですが、まさにこのAメロがそうです。優しく繊細にスタートするメロディーが微かに切なく心に響き、作品の世界に連れて行ってくれます。
コードも、C- Am という、とても素直に心が動かされるコード進行で始まっています。

続くBメロは、そのAメロから少し発展しつつ別の世界を見せてくれます。Aメロでは1小節ごとにコードが変わっていましたが、Bメロに入った途端、基本的にコードが2小節続くパターンへ変化します。このような違いも、Aメロから発展していく微妙な心の変化を伝えてくれます。

また、ここまでメロディーはAメロの最初、下の「ド」から始まり、その上の「ソ」位までを行ったり来たりしており、まだメロディー自体の高まりはさほどありません。

そして、<Ah 僕は僕のままで……>というBメロの後半(場合によっては、ここがBメロからさらに発展したCメロという見方もできます)では、メロディーが<僕のままで>と<夢を抱えて>と、相似形で少しずつ上に上がって行くのに合わせてコードもDm → Em と上がって行き、さらに F のコードに上がった途端、<「歩き」「続け」「ていくよ」>とまた相似形のメロディーが続きますが、メロディーの一番上(歩きの「き」、続けの「け」、いくよの「よ」)は、それまで登場しなかった上の「ド」まで上がり、一気にメロディー自体が心の高まりを表します。
そして一方、そのそれぞれメロディーの先頭、<「あ」「つ」「て」>の部分が、「ラ」「ソ」「ファ♯」と下がってきます。コードとベース音の組み合わせも、F C/E D7 と 下がってきます。
そしてそのあと、<いいだろう?>のメロディーで、Gsus4 G という、華やかで 音の中心へ心を動かすドミナントコードに落ち着いた瞬間、次に<Mr.Myself>のメロディーで、Esus4 E の繰返しという、「本来次に導かれる和声がマイナーのトニックであるAmへ向かうため、聴く人の気持を切なく悲しみを帯びた感じに導く」コードが支え、サビに向かって気持を大きく動かします。

 

いよいよサビに入ります。
<いつの日も この胸に>の部分は、少し展開した気持にさせる和音、サブドミナントコードの F に支えられる、「ドシドラシドレー ドシドー」というメロディーです。
聴く人の心を、まるで力強く未来へ導くような、素晴らしいメロディー、しかも過去にはなかった、完全なオリジナルメロディーです。
メロディーの音の高さは、サビの高まりを表すように、Bメロまでで一番高かった高い「ド」を中心に、その上の「レ」を含む高い音程で構成されています。

続く<流れてるメロディー>の部分は、基本となるメインの和音、心が強く安定し落ち着くトニックコードの C に支えられる、「ソファミレドーレードソー」というメロディーです。
低い「ソ」から、一気に今まで登場しなかった、とても高い上の「ファ」まで駆け上がり、「ミ」から降りてきます。作者の力強い気持が痛いほど伝わってきます。

ここまでのたった4小節で、これまで世の中に存在しなかった新しい、眼の覚めるような美しいメロディーが、FとCという、とてもシンプルな主要三和音の2つのコードにのせて歌われます。

続く<軽やかに穏やかに>の部分では、「いつの日も この胸に」と全く同じメロディーが繰り返されますが、支える和音が違います。D7 というコードなのですが、このコードの特徴は、構成する音に「ファ♯」が含まれているところです。
キーが C の場合、基本的な音はピアノでいうところの白鍵、つまりドレミファソラシドで構成されています。そこに、あえて黒鍵の音を登場させることで、豊かな音楽性を生み出すことができるのです。

 

ここで一つ、例を出してみましょう。
クリスマスソングのひとつ、「We Wish You a Merry Christmas」は、キーがCの場合、よく次のようなコード進行で歌われます。

C – F – D7 – G – E7 – Am – F G C

これらの和音には、D7の「ファ♯」、 E7の 「ソ♯」という、ドレミファソラシド にはない黒鍵の音が含まれていて、それら豊かな音の響きが心を動かすようになっています。
「We Wish You a Merry Christmas」はキャロルで、コード進行の設定は自由ですから、例えばもっとシンプルに黒鍵の音を使わない次のような演奏も可能です。

C – F – Dm – G – Em – Am – F G C

比べてみるとわかりますが、こちらのコード進行だと、先ほどのような豊かな情感は薄れます。

このように、シンプルな「ドレミファソラシド」にはない音を登場させて、豊かな音楽性を生み出す和音の使い方をまとめると、次のようになります。

普通はマイナー和音のEmであるところに、メジャー和音のE を使う。→ 「ソ♯」
普通はマイナー和音のDmであるところに、メジャー和音のD を使う。→ 「ファ♯」
普通はマイナー和音のAmであるところに、メジャー和音のA を使う。→ 「ド♯」
普通はメジャー和音のFであるところに、マイナー和音のFm を使う。→ 「ラ♭」

これらはみな、音楽理論的いうと、一時的な転調感が生み出す効果だといえます。

それぞれ、メロディーとの関係次第で、悲しかったり、希望に溢れたり、切なかったり、胸が詰まったり、といった感情を表現することができます。

 

さて、<軽やかに穏やかに>の部分に戻りましょう。
同じメロディーの繰返しにも関わらず、何か希望が溢れるような情感を感じるのは、この D7 というコードの響きによるものです。
そしてここでこの豊かな響きが生きるのは、まずメロディーがとても美しいこと、そして曲を生んだ桜井和寿の心が、このような豊かな情感で震えていたからです。
「人の心を打つ」ということは、曲を生んだ人の心の動きという必然性があって、はじめて可能になるわけです。

そして次の<心を伝うよ>は、ちょうどサビに入る直前の部分と同じ響きです。
華やかで 音の中心へ心を動かすGsus4 G から、聴く人の気持を切なく悲しみを帯びた感じに導くEsus4 E というコードにのせて、<歌うよ>という、叫びのような高い「ミーファミレ」というメロディーが聴いている人の心を打ちます。

続く<陽のあたる坂道を>は、サビ後半という形で、サビの最初の部分と同じメロディーと和音ですが、その次に登場する部分が前半とは異なります。
<昇るその前に>は、メロディーこそ「ソファミレドーレードミー」と、最後の1音「ミ」しか違いませんが、その「ミ」を支える和音が、それまでの C から A7 へ移るのです。

これは先ほど書いた通り、普通はマイナー和音のAmであるところに、「ド♯」を含むメジャー和音のA を使うことで、聴いている人に胸が震えるような何とも言えない切なさを感じさせる和音なのです。

この和音が効果的に使われている名曲に「見上げてごらん夜の星を」があります。ちょうど、「ごらん」の「ん」のあたりがそうです。
ショパンのノクターン「夜想曲第2番」など、この和音が効果的に使われている名曲は色々ありますが、みな、作者の心の震えによる、必然性のあるメロディーがあってはじめて名曲となっています。

そして、この「innocent world」の<昇るその前に>の部分も、やはりそういった理由から、名曲ならではの感動を聴く人に呼び覚ましてくれるわけです。

<昇るその前に>の部分をサビの最初と同じようにコードを C のままで歌ってみると、その違いがはっきりとわかるでしょう。

 

ここまでの12小節で、「innocent world」が圧倒的な名曲であることは明らかですが、この曲が凄いのは、この後に続く部分が、さらに聴く人の心を動かすところです。
<また何処かで>の部分で、Dm C/E と、力強く上に上がっていくコード進行に支えられて、高い「ファ」を含む<流れてる>や<昇るその>と同じメロディーによって心の高まりが歌われます。
そして次の< 会えるといいな>では、さらに高い、つまりこの曲で一番高い「ソ」が登場して、素晴らしいサビのフィナーレを飾ります。「ミファソファミレー」という、高まりの極致とも言うべきメロディーを支える和音は、Fmです。そう、先ほど書いた、普通はメジャー和音の F であるところに、あえてマイナー和音の Fm を使っているわけです。
<また会えると>……つまり、「また会いたい」という、苦しいほどの切なさが、 この豊かな和音によって強く心に響くのです。

そしてその響きが、<イノセントワールド>の「ワールド」のあたりで、C のキーの基本(土台)である C という和音に戻ることで、一気に昇華されます。

その響きの動きは、まさに「イノセントワールド」そのものです。

 

いかがでしょうか。

過去にない、全く新しいメロディーと、それを支える豊かな和音の響き。
そして何より、圧倒的な「作者の心の震えがそのまま作品に投影される」ことの素晴らしさ。

こうして名曲の理由がはっきりとわかるのにもかかわらず、決して考えたり計算したわけではなく、あくまでも作者、桜井和寿の強い心の動きから生まれた、命ある生きた曲……。

「innocent world」が日本の音楽史に残る名曲である理由です。

この作品を生み出したことで、桜井和寿は「名曲を生む才能」を光らせ、その後も「終わりなき旅」や「しるし」、「GIFT」など、日本の音楽史に残る名曲を、たくさん生み続けているのです。

 


 

【プロフィール】

津田直士 (作曲家 / 音楽プロデューサー)

小4の時、バッハの「小フーガ・ト短調」を聴き音楽に目覚め、中2でピアノを触っているうちに “音の謎” が解け て突然ピアノが弾けるようになり、作曲を始める。 大学在学中よりプロ・ミュージシャン活動を始め、’85年よ りSonyMusicのディレクターとしてX(現 X JAPAN)、大貫亜美(Puffy)を始め、数々のアーティストをプロデュ ース。 ‘03年よりフリーの作曲家・プロデューサーとして活動。牧野由依(Epic/Sony)や臼澤みさき(TEICHIKU RECORDS)、アニメ「BLEACH」のキャラソン、 ION化粧品のCM音楽など、多くの作品を手がける。 Xのメンバーと共にインディーズから東京ドームまでを駆け抜けた軌跡を描いた著書「すべての始まり」や、ドワンゴ公式ニコニコチャンネルのブロマガ連載などの執筆、Sony Musicによる音楽人育成講座フェス「ソニアカ」の講義など、文化的な活動も行う。2017年7月7日、ソニー・ミュージックグループの配信特化型レーベルmora/Onebitious Recordsから男女ユニット“ツダミア”としてデビュー。

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