これがaikoの到達点だ 20年目のアルバム収録曲「だから」の歌詞を読む

2018年、デビュー20周年を迎え、紅白歌合戦にも5年ぶりに出場するaiko。最新アルバム『湿った夏の始まり』も6月にリリースし、moraではハイレゾ音源を配信中です。

湿った夏の始まり

試聴・購入[FLAC]

このアルバムに収録されている、ある楽曲がaikoの20年の歩みを象徴するとのことで、aikoに関しては何家言もあるライターの上田啓太さんに、再び筆を執ってもらいました。


大変だ。いますぐaikoの話をしなければならない。

だから」を聴いたとき、即座にそう思った。これは一刻もはやく、aikoの話をしなければならないと。しかし、さすがにこの導入は唐突すぎる。最低限の説明が必要だろう。

今年の六月、aikoが十三枚目のアルバム『湿った夏の始まり』をリリースした。「だから」はその最後に置かれていた曲である。aikoのアルバムにおいて最後に置かれる曲には名曲が多いが、今回もそれは同じだった。

同時に、この曲の重要度はこれまでのキャリアの中でも飛び抜けているように感じられた。「だから」は『湿った夏の始まり』を締めくくる曲であると同時に、二十年間の集大成のような曲でもあったからだ。この歌詞は、aikoが描いてきた「あたしとあなた」の世界のひとつの到達点だ。

これから「だから」の歌詞について考えてみたいのだが、そのまえに補助線を引いておきたい。aikoの最初期の曲である「Power of Love」の歌詞である。この曲と比べることで、「だから」の歌詞の意味が分かってくるはずだ。

「あたしたち」から「あたしとあなた」へ

「Power of Love」は2000年発売の2ndアルバム『桜の木の下』に収録された曲だが、原曲はインディーズ時代のものであり、メジャーデビュー前の1997年には作られていたようだ。この曲はその後のaikoの楽曲とはすこし毛色がちがう。aikoのキャリアのなかでも一二をあらそうほどに歌唱のテンションは高く、パワフルだ。「Power of Love」におけるaikoは自信にあふれている。描かれているのは恋愛の高揚感である。そこにいるのは「あなた」との出会いによって爆発的な力を獲得したaikoだ。

「Power of Love」の歌詞では「あたしたち」という言葉が多用されている。自分たちを「今一番の恋人」と表現し、「世界中の二人なんて あたしたちに敵う人はきっといないね」と断言する。これはすさまじい自信だが、高揚感のピークはなんといっても「あなたが好き 好き 好き 大好き Power全開」という歌詞だろう。「Power of Love」の名のとおり、ここではまさに、「愛は力」なのである。

あなたの気持ち解っているわ
聞かなくたってそんなの承知よ

これも「Power of Love」を象徴する歌詞である。「あなたの気持ち」は「聞かなくたって承知」なのである。これを「あたしたち」の世界とするならば、その後のaikoは「あたしとあなた」の世界に移行したと言っていい。「あたしたち」は「あたしとあなた」へと分離した。「あたし」と「あなた」は別々の人間だという認識をかかえこんでしまった。それは、時の流れを知ったことによるのだろう。人の気持ちは時とともに変わる。恋愛の高揚はやがて終わる。強烈な一体感は永続しない。

この認識を持った時、真の意味での恋愛がはじまると言ってもいい。二度目の恋愛こそが真の恋愛のはじまりだ。もはや、「好き 好き 大好き Power全開」とは言えない。「好き」はストレートに力と結びつかず、むしろ不安と結びつくことになる。好きになるほどに不安になる。あなたの気持ちは分からない。

こうして、自信をもって「あたしたち」と言えなくなったaikoが歌うのは、たとえば、「あなたがあたしの事をどう思っているのか それはそれは毎日不安です」(「Aka」)という歌詞に象徴される世界である。aikoのラブソングが「せつない」と評されるのは、この残酷な時の認識ゆえだろう。

「あたしとあなた」の先へ

「だから」の歌詞に入ろう。冒頭で述べたように、この曲は長く歌われてきた「あたしとあなた」の世界の集大成である。曲の序盤で示されるのは、「あなた」が激しく涙を流しているという状況だ。

全部吐き出して涙も鼻水も
少し眠ればいい 起きていてもいいよ
あたしはあなたになれない
だからずっと楽しいんだよ
苦しくてもどんなに悲しくても

「少し眠ればいい」からの「起きていてもいいよ」という裏切り方にaiko的ユーモアを感じてうれしくなるが、それはそれとして、aikoの言う「あたしはあなたになれない」はずしんと重い。「あたしたち」と元気よく断言できていた頃の面影はない。しかしポイントは、ここでは「あたしはあなたになれない」という絶望的な認識が、「だから」という接続詞によって、「ずっと楽しい」とつながっていくことだろう。

これまでのaikoの世界において、「あたしはあなたになれない」は不安や苦しみを生み出すものだったが、ここでは、「あたし」と「あなた」は別の人間であるということが、二人でいることの理由になっているのだ。もちろん、それが苦しく悲しいことでもあるのは続く歌詞で書かれているが、あくまでもそれを肯定していることに大きな変化がある。

痛みを分けあえるメーターがあったら
目を見る事を忘れ目盛り見て
それはそれでうまくいかないさ
だからあなたの肌を触らせてよ
わからないから触らせてよ

「あなた」が激しく涙を流している時、「あたし」はその苦しみや痛みをどうすることもできない。痛みを均等に分けあうことはできない。「あたしがあなたになれる」ならば、痛みを均等に分けあえるかもしれないが、それは不可能だ。かわりにaikoは、目を見ることや肌を触ることを選ぶ。ここでも、「あなた」の苦しみを本当に理解することはできないという絶望的な認識が、「だから」という接続詞によって肯定につながっていく。

二人も一人も同じなんだと
思える日もあれば 孤独な日もあって

「Power of Love」で描かれた強い一体感は、「二人も一人も同じなんだと思える日」として、「だから」では時の流れのなかに置かれている。当然、その背後には「孤独な日」も存在するわけである。二人の関係は時の流れのなかで常に変化するゆえ、完全な一体感が永続することはありえない。それは日常の中で不意におとずれ、また去ってゆくものでしかない。

わがままにこれからも生きていこう
だらしないねと笑っていたいの
わからないからそばにいたいの

およそ二十年前、「あなたの気持ち解っているわ」と高らかに歌い上げたaikoは、現在、「わからないからそばにいたいの」と静かに歌っている。「Power of Love」において、愛はそのまま力となった。二十年の時を経て、その形は大きく変わったが、「だから」が描いているのもまた、愛の力なのだろう。

上田 啓太(うえだ・けいた)
ブログ『真顔日記』: http://diary.uedakeita.net
Twitter: @ueda_keita

 

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