ジャズと映画 その蜜月を紐解く

ジャズと映画は昔から仲良しです。

いわゆるトーキー映画(発声映画)の第一号からして、『ザ・ジャズ・シンガー』というタイトルなのです。全米公開は1927年10月。なにしろ昭和2年という時点での“ジャズ”、しかも人種隔離が激しかったころに白人スタッフが制作したものなので、今日のそれとはかなり異なるサウンドであるなあとも思いますが、画面に登場する人物がしゃべったり歌ったりする姿は、無声映画に慣れた観客には驚き以外の何ものでもなかったはずです。当時最先端の技術と、時代のトップをゆく大衆音楽が初めて手を結んだ瞬間でした。

それからちょうど90年。嬉しいことにジャズを題材にした映画は増え続けるばかりです。しかもどんどん日本上映が実現しています。ジャズのすそ野は広がっていると、はっきり実感できる瞬間です。

 

ジャズを題材にした映画は、だいたい次の四つにわけることができます。

 

(A) 伝説のミュージシャンを主人公にしたドラマ

(B) 特定のミュージシャンを題材にしたドキュメンタリー

(C) ジャズをテーマにした創作物語

(D) ストーリー自体にジャズとの関連は薄いが、ジャズ・ミュージシャンが音楽を担当している

 

今回は11月25日公開の『永遠のジャンゴ』、12月16日公開の『I Called Him Morgan 私が殺したリー・モーガン~ヘレンは彼をモーガンと呼んだ~』について書きたいと思います。

 

 

『永遠のジャンゴ』は(A)に相当します。“ジャンゴ”とはベルギー出身、主にフランスで活動したギター奏者ジャンゴ・ラインハルトを示します。1953年に亡くなった後も信奉者は絶えず、今も毎年11月にニューヨークで「ジャンゴ・フェスティヴァル」が開催されています。

ヨーロッパ人のジャンゴを讃える催しを、なぜ米国ニューヨークで? 彼はおそらく生涯、一度しか渡米していないにも関わらず、存命の頃からデューク・エリントンコールマン・ホーキンスなどの大物アメリカ人ミュージシャンに支持されていました。理由は「アメリカ人のジャズの模倣をしないこと」「独創的な音楽をプレイしながらも、それでいて、それがしっかりジャズとして聴こえること」の2点に尽きるのではないかと思います。ようするにジャズの賦質(ふしつ)があるのです。

もっともジャンゴとて根無し草ではなく、活動初期のステファン・グラッペリ(ヴァイオリン)とのコンビネーションを聴いていると、イタリア系アメリカ人のエディ・ラング(ギター)とジョー・ヴェヌーティ(ヴァイオリン)のそれを意識しているのかな、と思うところもぼくにはありますが、あふれるほどの独創性ゆえか、左手の指が2本しか使えないということがコピーを断念させたのか、文字や譜面の読み書きができないということがクリエイティヴ方面に働いたのか、とにかく彼のプレイは一音聴いただけで“あっ、ジャンゴだ”と耳をそばだたせるものがあります。弦を弾くというより、しならせる感じ。息の長い単音フレーズと、余韻たっぷりに鳴る和音のせめぎあいは狂おしいほどです。

なにしろ65年も前に他界した奏者であり、映像は1曲分しかありません(声は残っていないのではないかと思います)。写真も白黒の、ぼけたものがほとんどです。そのぶん、監督・脚本を担当したエチエンヌ・コマールは自由に創作の翼を広げたようです。もっとも伝記『ジャンゴ・ラインハルトの伝説 音楽に愛されたジプシー・ギタリスト』に描かれている無頼で破滅的でスケベな人間像に比べて、ずいぶんヒーロー的ではあるのですが……。まさか「ナチス」との絡みが描かれるとは思っていませんでした。

ジャンゴに扮したのは『預言者』『ゼロ・ダーク・サーティ』などにも登場した俳優のレダ・カテブ。ジャンゴ・ミュージックを今日に伝える3人組“ローゼンバーグ・トリオ”がプレイするジャンゴ風の演奏に当てぶりするのですが、よくぞここまで、といいたくなるほど指の動きが鮮やかです。ライヴ・シーンも随所に登場しますが、カメラ・ワークも音質も臨場感抜群で、なんだかジャンゴのライヴをヴァーチャル体験しているような気持ちになりました。 

 

『永遠のジャンゴ』より、ジャンゴ・ラインハルトに扮するレダ・カテブ。

 

 

moraで配信されている音源では、『ブリュッセル広場』が『永遠のジャンゴ』の参考資料にもなるでしょう。収録は第二次世界大戦中の42年4月と5月、ベルギーのブリュッセルにて。映画の設定は1943年なので割と近い時期の吹き込みであり、42年当時のベルギーがどんな状態だったかを調べたうえで聴くと、このレコーディングは一種命がけで行なわれたのではないか、という推測も成り立ちます。

もっともジャンゴの生きていた時代はテープ録音すら未発達、蓄音機で聴く78回転モノラル・レコード主流だったので音質的には今日のようにはいきません。大昔の映画の画面にキズの雨が降るように、演奏に経年変化を示すノイズが混じることもあります。そういうときはジョー・パス『フォー・ジャンゴ』、バーニー・ケッセル『アイ・リメンバー・ジャンゴ』など後進ギタリストによるトリビュート・アルバムに耳を傾けるのも、ひとつのやり方でしょう。もちろんローゼンバーグ・トリオ、ブール―&エリオ・フェレ、ビレリ・ラグレーンなどヨーロッパ人ギタリストの作品も期待を裏切ることはないでしょう。ぼくが最も好きなジャンゴ・トリビュート作品は、ベースのチャーリー・ヘイデンとギタリストのクリスチャン・エスクーデが組んだ『ジタンの薫り』です(もっともこの邦題は間違いなので、ぜひとも改めてほしいものですが。原題は『Gitane』、ジプシーを意味するフランス語で、タバコのジタン(Gitanes)とは関係ありません)。四谷のジャズ喫茶「いーぐる」でオリジナル・アナログ盤を聴いて、演奏の充実と音質の図太さにしびれました。

 

永遠のジャンゴ (オリジナル・サウンドトラック)/Multi Interprètes

永遠のジャンゴ (オリジナル・サウンドトラック)
ローゼンバーグ・トリオの演奏を収録

 試聴・購入

試聴・購入

 

マークのある作品はハイレゾ音源(高音質音源、Hi-Res)商品です。

 

『I Called Him Morgan 私が殺したリー・モーガン~ヘレンは彼をモーガンと呼んだ~』は(B)に属します。1972年2月18日深夜、ニューヨークのジャズ・クラブで射殺されたトランペット奏者リー・モーガンに関する作品です。故人となったジャズマンの生涯を、現存するミュージシャン仲間の話や貴重な映像を挿入しながら辿る……というのはドキュメンタリーの常套手段ですが、「加害者が被害者の内縁の妻であること」「加害者の発言がフィーチャーされていること」が、なんともいえないひねりとねじれを付け加えます。よくぞ、もう刑期を終えていた加害者=内縁の妻=射殺犯の居場所をとらえ、話を聞き出したものだと驚きます。この女性が、モーガンに向けて32口径のリヴォルヴァーを発射したのです。

 

 

 

 

なぜ彼女を凶行に走らせたのか、については公開の日をぜひ待ってほしいところですが、とにかくモーガンはモテにモテました。1956年、18歳のときに彗星の如くジャズ界に登場した天才児。抜群におしゃれで、さらに音楽がかっこよくてわかりやすかった。良い誘惑もそうではない誘惑も多かったのでしょう、23歳の時には麻薬中毒を悪化させて引退同然となります。しかし25歳の時に復帰第一作アルバム『ザ・サイドワインダー』を録音(楽器は質屋に入っていたので同業者から借りたとか。しかもタイトル曲は、個室にこもってトイレットペーパーの上に音符を書いて完成させたといいます)、これがジャズのインストゥルメンタルとしては異例のヒットを記録しました。が、モーガンの所属していたブルーノート・レコードには当時、年2回の支払い日しかなく、盤が売れているというのにモーガンの生活が潤うことはしばらくありませんでした。さらに、また麻薬をやりたくなってきた。そんな彼と同居し、手料理をふるまい、悪癖と近づかないよう心を砕いたのが、前述した内縁の妻なのです。しかしモーガンは「好きな女ができた(すでに新しい住まいで同棲していた)。結婚を考えている。別れよう、じゃあな」という状態でしたから、彼女が激昂したのも無理はないというもの。しかも72年当時のニューヨークです。ハンドバッグには護身も兼ねて銃が入っていました。日本未刊行の伝記本を読むとモーガンは最後、「お前に俺が撃てるのか? やれるもんならやってみろよ」とすごんだといいます。

映画でフィーチャーされているのは、一般的に代表作と目されている『ザ・サイドワインダー』『キャンディ』ではなく、『サーチ・フォー・ザ・ニュー・ランド』のタイトル曲です。この機会にぜひ再評価してほしい一作です。

(原田和典)

 

 


 

映画公開情報

 

『永遠のジャンゴ』

11月25日(土)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開

監督・脚本:エチエンヌ・コマール
音楽:ローゼンバーグ・トリオ
出演:レダ・カテブ、セシル・ドゥ・フランス
配給:ブロードメディア・スタジオ
©2017 ARCHES FILMS – CURIOSA FILMS – MOANA FILMS – PATHE PRODUCTION – FRANCE 2 CINEMA – AUVERGNE-RHONE-ALPES CINEMA

公式サイト: www.eien-django.com

 

 

『I Called Him Morgan 私が殺したリー・モーガン~ヘレンは彼をモーガンと呼んだ~』

12月16日(土)より、アップリンク渋谷にて公開

監督:カスパー・コリン(2006『My Name Is Albert Ayler』ほか)
出演:リー・モーガン/ヘレン・モーガン/ビリー・ハーパー(サックス奏者)/ジミー・メリット(ベーシスト)/ベニー・モウピン(サックス、フルート奏者)/ウェイン・ショーター(サックス奏者)/ポール・ウエスト(ベーシスト)/チャーリー・パーシップ(ドラマー)/アル・ハリソン(ヘレンの息子)/リナ・シャーロッド(リーのガールフレンド)/ジェリー・シュルツ(スラッグスのオーナー)/ジュディス・ジョンソン(リーのガールフレンド)ほか
劇中曲:テーマ曲「サーチ・フォー・ザ・ニュー・ランド」from『Search for the New Land』(BLUE NOTE)/モーニン/チュニジアの夜/ダット・デア/ヘレンの儀式/トム・キャット/ギャザ・ストリップ/アブソリューションズ/アンジェラほか
製作:スウェーデン・アメリカ/2016年/モノクロ&カラー/91分/原題:I Called Him Morgan/日本語字幕:行方均
配給:株式会社ディスクユニオン
提供:株式会社タムト
協力:ユニバーサルミュージック合同会社
©2016 Kasper Collin Produktion AB

 


 

【プロフィール】

原田和典(はらだ・かずのり)

ジャズ誌編集長を経て、現在は音楽、映画、演芸など様々なエンタテインメントに関する話題やインタビューを新聞、雑誌、CDライナーノーツ、ウェブ他に執筆。ライナーノーツへの寄稿は1000点を超える。著書は『世界最高のジャズ』『清志郎を聴こうぜ!』『猫ジャケ』他多数、共著に『アイドル楽曲ディスクガイド』『昭和歌謡ポップスアルバムガイド 1959-1979』等。ミュージック・ペンクラブ(旧・音楽執筆者協議会)実行委員。ブログ(http://kazzharada.exblog.jp/)に近況を掲載。Twitterアカウントは@KazzHarada

原田和典さん 執筆記事一覧はこちら