【新譜】「楽器の魅力と可能性を引き出すには、口をつぐまないといけないんです」──『J.S.バッハ: トッカータ Vol.2』(家喜美子/レグルス・レーベル)

 わー!久しぶりー!と喋りまくるみたいに弾いても、だめなんですね。“ちがうよ”“そんな弾き方では響かないよ”と、楽器の方から拒否されてしまう」────

耳の肥えたハイレゾ・リスナーからも大反響。レグルス・レーベル発、家喜美子のチェンバロ・シリーズ最新作が配信開始されました。

J.S.バッハ: トッカータ Vol.2

家喜美子(チェンバロ)

AAC[320kbps] FLAC[96.0kHz/24bit]

 

レグルス・レーベルがおくる大人気チェンバロ・シリーズ

長年CDに強くこだわってきたレグルス・レーベルが、はじめての配信に踏み切ったのが2018年4月。

・スコットランド:エディンバラ大学内「ラッセル・コレクション」

・同「バーンズ・コレクション」

・フランス・コルマール:「ウンターリンデン美術館」

これら3箇所に収蔵された17~18世紀制作の貴重なオリジナル・チェンバロをレコーディングした4アルバムは、またたく間にハイレゾダウンロードサイトで話題になりました。

 

J.S. バッハ:ゴルトベルク変奏曲

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J.S. バッハ:インヴェンションとシンフォニア

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エディンバラの銘器

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J.S. バッハ:トッカータ集 1

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トッカータの無限の可能性を示す──第5作目『J.S.バッハ: トッカータ Vol.2』

 このたび配信スタートしたのは、『J.S.バッハ: トッカータ Vol.1』の続編『J.S.バッハ: トッカータ Vol.2』。

ヨハン・セバスチャン・バッハが書いた鍵盤楽器のための「トッカータ」は全部で7曲。アルバム1枚におさめることも可能なボリュームですが、家喜はあえてそれをVol.1とVol.2の2集に分け、トッカータ以外の作品とともに収めました。

『J.S.バッハ: トッカータ Vol.2』は、

 1  プレリュード、フーガとアレグロ 変ホ長調 BWV998

 2  トッカータ ハ短調 BWV911

 3  トッカータ ニ長調 BWV912

 4  平均律クラヴィーア曲集第1巻 – No.24 ロ短調 BWV869

 5  平均律クラヴィーア曲集第2巻 – No.3 嬰ハ長調 BWV872

 6  平均律クラヴィーア曲集第2巻 – No.7 変ホ長調 BWV876

 7  トッカータ ト短調 BWV915

というトラック編成。「トッカータ」というアルバム・タイトルにもかかわらず、トラック1はトッカータではなく「プレリュード、フーガとアレグロ」という斬新な構成です。

 

バッハのトッカータは、統一されたコンセプトを持っているわけなく、ひとつひとつがまったく異なる方向性を持っている作品。こうした選曲には、組み合わせの妙によってトッカータのさまざまな可能性を感じてほしい、という想いがこめられています。

特にトラック1は、チェンバロのみならずリュートでも演奏可能な曲。家喜の志向性が特に強く感じられるセレクトです。

自らのチェンバロ演奏を、チェンバロの音の世界だけで完結させず、管・弦・打楽器、人声など、聴き手にさまざまなイメージを感じさせるように演奏したい」(『J.S.バッハ: トッカータ Vol.2』ブックレットより)

 

「楽器の魅力を引き出すには、口をつぐまないといけないんです」──家喜美子が語るチェンバロの銘器

レコーディングは『J.S.バッハ: トッカータ Vol.1』と同じく、フランス・コルマールのウンターリンデン美術館。 

使用されているのは、同美術館に収蔵されたこちらの楽器です。

 

二段鍵盤チェンバロ、ヨハネス・ルッカース製作、アントワープ、1624年(ウンターリンデン美術館収蔵)

 

チェンバロ製作で名高いルッカース一族のひとりによってアントワープで製作され、優秀な修復家によって今日まで命をつないできたこの楽器のことを、家喜は「弾き手の意識を遠いところへ連れて行ってくれる利休の思想のような楽器」と語ります。

音が美しいだけでなく、はかりしれない表現力がある楽器こそが銘器だと、私は思います。この楽器はまさにそのような銘器です

レコーディング日は、2018年4月21日から25日。前回の『J.S.バッハ: トッカータ Vol.1』の収録から約1年半後です。なじみのある環境ではありますが、レコーディングは決して楽ではなかったと語ります。

 

楽器の調律の様子

 

わー!久しぶりー!と喋りまくるみたいに弾いても、だめなんですね。“ちがうよ”“そんな弾き方じゃ響かないよ”と、楽器の方から拒否されてしまう

そんな風に拒否されて、そこから“どうしよう”という葛藤がはじまります。“まだダメ”“まだダメ”と言われ続けて、何日もかかって、余計なものをそぎ落としたところで、楽器との一体感が生まれ共振が起こる。楽器の魅力と可能性を引き出すには、口をつぐまないといけないんです。ここに至るまでが、すごく大変です。まるで修行です。でも、それがとっても楽しいんですけどね

 

加えて、周辺環境にも苦労させられたそうです。

 

美術館の閉館後でないと、レコーディングをはじめることはできません。そういうわけで20時くらいからスタンバイしますが、まだその時間は外もざわついていて、始めることができません。中庭の鳥もピピピピピーってものすごい勢いで鳴いているし……(笑)。21時、22時と、じっと待って、静かになったところでやっと始められます

体力のある男性なら、そこから明け方に鳥が鳴くまで演奏を続けるのでしょうが、私はそうもいかないので、2時くらいまでですね。普通は4日で録りますが、今回は5日かかってしまいました

 

大変な一方、マティアス・グリューネヴァルトの「イーゼンハイム祭壇画」やピカソの「ゲルニカ」(タペストリー版)などの名画や美しい陶磁器が並ぶ美術館でチェンバロを奏でるのはたいへんな喜びだった……とのこと。

美術館の回廊。録音はここで行われた

数々のこだわりと想い、そして葛藤の末に生まれた『J.S.バッハ: トッカータ Vol.2』。ぜひ他の4タイトルとともにお愉しみください。