音楽評論家 小野島大氏による米津玄師「STRAY SHEEP」のレビューが到着!

8/5、待望のリリースとなり既に各チャートでの首位を記録している米津玄師の5thアルバム「STRAY SHEEP」。今作からハイレゾ音源での配信がスタートしているのも注目ポイント。

音楽評論家の小野島大氏に今回、「STRAY SHEEP」のハイレゾ音源レビュー記事を寄稿頂いた。ぜひ本稿も読みながら、このアルバム、そしてハイレゾ音源による音像を楽しんでもらいたい。

 

AAC[320kbps] FLAC[96.0KHz/24bit]

 


  本作は米津玄師にとって約2年9ヶ月ぶりの通算5枚目(メジャー4作目)のアルバムとなる。このアルバムは3つの点で彼にとってエポックメイキングなアルバムである。ひとつは、特大のヒット曲となった「Lemon」や紅白歌合戦への出演などで、日本のポップ・ミュージック・シーンの頂点に立って以降、初めてのアルバムであること。つまり本作はいま日本の音楽シーンでもっとも待たれているアルバムと言っても過言ではない。

 そして本作は新型コロナ・ウィルスのパンデミックという未曾有の事態に直面したひとりの表現者、それも日本のポップ・ミュージックの最前線にいる音楽家による、混乱する時代の様相に対しての処方箋とも言える作品であること。それは「STRAY SHEEP(迷える羊)」というアルバム・タイトルに表れている。本作には「Lemon」を始め、ドラマ主題歌、アニメーション映画主題歌、CMソング、あるいは他アーティストに提供した楽曲のセルフ・カヴァーなど、この2年9ヶ月の間にリリースしたヒット曲をすべて収めており、いわばここ最近の米津のベスト・ヒット集としての性格もある。だがにも関わらず寄せ集め感はまったくなく、アルバムとして強固な統一感があるのは、”二度とこの場所には戻れないとしても / あなたとなら いいよ”と歌われる「カナリヤ」に象徴されるように、先行き不透明な2020年の現実の中で生き抜いていく決意と、その中で迷い続ける人びとを救いたいという意思が、アルバム全体に貫かれているからだ。

 そしてもうひとつの本作のエポックメイクは、彼にとって初めて、サブスクリプション・サービスとともに高音質のハイレゾ音源でも配信されることだ。一般的なサブスクサービスでの配信が、より多くの人たちが彼の音楽に気軽に接するためのものであるなら、ハイレゾは彼の音楽をより深く、正確に理解するためのものだ。ハイレゾなら、米津がマスタリング・スタジオで実際に聴いている音源とほぼ、あるいはまったく同じ音質で聴くことができる。彼が表現し伝えようとした意図通りの音を自宅で再生できるのである。

 本作の録音は、キレのいい中高域と、重厚で分厚い低域を持った、いわば欧米のポップ・ミュージックの最新潮流と共振したものになっている。聴き手のリスニング・スタイルが、空気振動を伝えるスピーカーから、スマホのインイヤーイヤフォンによる聴取へと移りつつある今、演奏の空気感というより、より直接的に耳に響き、定位感がはっきりして緻密に構成された音像が重視される流れになっているが、米津の場合、そうしたトレンドを意識したというより、彼の目指していたアレンジやサウンドが、そうした音像を求めていたというほうが正しいかもしれない。ハイレゾなら、そうしたアーティストの意図をより深く的確にくみ取ることができるはず。

 たとえば、どことなく東欧風なエキゾティックなリフレインが印象的なデジタル・ファンク「カムパネルラ」、日本の童謡や民謡のような節回しと古語的な歌詞をファンクのビートに載せた「Flamingo」や、ホーンをフィーチュアしたジャズ・ファンク「感電」、よく動くベースが印象的なディスコ・ポップ「PLACEBO+野田洋次郎」(RADWIMPSの野田洋次郎との共演)、沖縄民謡とレゲエとダブステップを融合したようなポップ・チューン「パブリカ」、トラップ・ビートとネオクラシカルなストリングスが融合した「まちがいさがし」、フラメンコとJ-ROCKが正面衝突したような力強い「ひまわり」、教会音楽とインダストルアルとエキゾティックな東欧音楽とアンセミックでクラシカルなメロディが融合、ビリビリ震えるようなシンセ・ベースが強烈な「迷える羊」、アコーディオンをフィーチュアし、アルゼンチン・タンゴとジャズが融合したような、どこか昭和の香りが漂うエキゾティック歌謡「Decollete」、珍しく直情的でラウドなギター・ロック「TEENAGE RIOT」、重厚なストリングス・オーケストラとサブベースによる重低音、荘厳なゴスペル的メロディのクラシカルかつモダンなミクスチャー「海の幽霊」、J-POPの王道をいくようなポップな曲調でポジティヴな歌詞をうたう「カナリヤ」と、サウンドは多彩にして奔放、ミクスチャーの仕方も柔軟にして自由。さまざまな音楽性がモザイクのように折り重なったアレンジは音数も多く、隙間なく音が詰まったゴージャスなものだが、無駄な音は一切なく、あらゆる要素がしっかりと計算され配置されたアレンジは緻密で完成度が非常に高い。その中心に、米津の表現力に富む強力なヴォーカルと、どことなく切なさを伴ったメロディがしっかりと位置している。

 ハイレゾのクリアな音質だとその構造が非常によくわかり、各要素が曖昧になることなく聞こえ、しかも分厚くエモーショナルでかつエネルギーのある音像として迫力満点で迫ってくるのである。

 音楽的な完成度という意味でも、ポピュラリティという点でも、音楽的な冒険心や実験精神という面でも、繊細で内省的なリリシストとしても、頂点を極めた米津玄師の最高傑作『STRAY SHEEP』。ぜひハイレゾで堪能したい。

小野島 大


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