サカナクションが6年間向き合い続けた2つの「やるべきこと」

サカナクションの約6年ぶりとなるアルバム「834.194」が、遂に配信開始となりました。
「834.194」のリリースを記念して、著書『夏フェス革命 -音楽が変わる、社会が変わる-』や音楽ブログ『レジーのブログ』などで知られるレジーさんに、筆を執っていただきました。本作に刻まれたサカナクションの「二正面作戦」を読み解きます。

 

 


 

6年前にサカナクションが成し遂げた功績

 

「待望のニューアルバム」という手垢のついたフレーズがここまで似合う作品もなかなかないだろう。サカナクションの実に6年ぶりとなるアルバム『834.194』が2019年6月19日(水)にリリースされた。

 

生まれたばかりの赤ん坊が小学校に入学し、中学校に入学した少年が高校を卒業する。人間であれば、人生の節目を迎えるのに十分な6年という歳月。サカナクションにとっても、この6年間は決して「空白の時間」だったわけではなく、バンドとしていろいろな局面と向き合ってきた。

 

「当時、6年前の僕らっていうのはイケイケだったんですよ。今でいう……えっとー、あいみょんみたいな(笑)」
(サカナLOCKS! 5/24放送回より:https://www.tfm.co.jp/lock/sakana/

 

自身のラジオ番組で山口一郎は冗談めかしてこんなふうに語っていたが、2018年の紅白歌合戦にあいみょんが「今年の新星」的な位置づけで出演して「マリーゴールド」を披露したのと同様に、サカナクションも2013年の紅白歌合戦に出場していた。強烈な緊張感の中で披露された「ミュージック」(今では彼らの代表曲の一つである)の最後のサビに突入する直前のブレイクを切り裂くように発せられた「こうはくうたがっせーん!!」というシャウトは、今思えばロックシーンと「お茶の間」に橋を架ける号砲として機能したように思う。その2年後の2015年にはBUMP OF CHICKENが「Ray」で、2016年にはRADWIMPSが「前前前世」で、そして2018年には米津玄師が「Lemon」で紅白歌合戦に登場したが(NHKホールでの演奏はRADWIMPSだけではあるものの)、もしもサカナクションの躍進がなければ彼らの出演は実現しなかったのではないだろうか。

 

 

834.194』に刻まれる2つの戦い

 

2013年のサカナクションは、単に「イケイケ」だっただけでなく、「ライブやフェスで名を馳せたロックバンドが紅白に出る」という新たなモデルケースを生み出した。そんな「模範」としてのポジションを獲得したサカナクションは、その影響力を駆使して日本の音楽シーンにいかなる働きかけをしようとしてきたのか?『834.194』に収められているのは、彼らのこの6年間におけるそんなチャレンジの歴史である。

 

あくまでも傍から見た印象に過ぎないが、2014年以降のサカナクションは「サカナクションだからこそ向き合える課題」と「サカナクションだからこそ向き合わないといけない状況」という2つのテーマの中で様々な取り組みを行ってきたように見える。前者は「知名度を得たからこそできる新たな価値観の提示」、後者は「世間がサカナクションに期待するものとの折り合い」とも言い換えることもできるだろう。

 

『834.194』の収録で前者にあたるのは、既発曲で言えば、淡々とした雰囲気の中で徐々に盛り上がりを迎える「ユリイカ」、細かなビートが昨今の新しいジャズとの親和性も感じさせる「さよならはエモーション」、ネットリとした曲調と高音域のボーカルが絡み合う「蓮の花」、鍵盤がアンサンブルを引っ張る「聴きたかったダンスミュージック、リキッドルームに」など。サカナクションは紅白出演以降のバンド活動を通じて、「”フェスでジャンプして盛り上がる”以外の音楽の楽しみ方」を伝えようとしてきた。「さよならはエモーション」での「ミュージックステーション」出演時にはオーディエンスをわざわざ座らせて演奏するという演出を導入したこともあったが、特にリズム面において多様な工夫の見られるこれらの楽曲を通じて多くの若いリスナーが音楽との新たな向き合い方を手に入れたはずである。奥行きのある音像の中でギターのアルペジオとハンドクラップが響く神秘的な新曲「ナイロンの糸」もこの系譜に属する意欲的な一曲である。

 

一方、後者の筆頭として挙げることができるのが、2015年にリリースされて幅広い層に聴かれることとなった「新宝島」。派手なイントロに四つ打ちのアッパーなビート、サビの覚えやすいメロディという「サカナクション印」とも言うべきこの曲は、大型タイアップ(映画『バクマン。』主題歌)の中で「こういうサカナクションが聴きたい」というムードに真正面から応えたものとも言える。前述した「サカナクションのイメージを上書きするような楽曲」のリリースと並行して、彼らは「皆が求めるサカナクション」とも対峙してきた(もちろん、紅白の出場を経て「皆」のボリュームは大きくなっている)。既発曲で言えば「多分、風。」「陽炎」あたりもそんな役割を立派に果たしてきた楽曲であり、パーカッションの使い方と<マイノリティ>というフレーズから「アイデンティティ」を想起させる新曲「モス」の出来映えには「新宝島」でサカナクションを好きになった層も大いに満足すると思われる。

 

 

現時点での最高到達点、「忘れられないの」

 

2枚組でリリースされる今作だが、総じてDISC1には後者に関する楽曲が、DISC2には前者に関する楽曲が多く収められている(※)。そして、この二つの方向性が交差するところで生まれた楽曲と表現できそうなのが、アルバムの冒頭を飾る新曲「忘れられないの」である。<千年><永遠>と韻を踏む歌詞と高揚感のあるメロディが組み合わさったサビや隙間を大事にしたアレンジが印象的なこの曲は、「ゆったりしたテンポの中に」「それぞれの楽器と歌声を的確に配置することで」「単に速い曲では実現できないドラマチックな展開を呼び込む」というかなり高度なトライを見事に成功させている。時代に合わせた音楽のあり方を模索しつつ、バンドとしてのパブリックイメージからも逃げなかった今のサカナクションだからこそ作ることのできたこの曲は、2019年のJポップを代表する一曲になるを資格を十分に持っているのではないだろうか。

 

「(『834.194』について)”闇夜、行くよ”と略してください」
(サカナLOCKS! 5/24放送回より:https://www.tfm.co.jp/lock/sakana/

 

とは今作に対する山口の弁。6年間の二正面作戦を通じて明確な新境地に到達したサカナクションが、闇夜の先に向かうのはどこなのか。その答えはまた6年後なのか、それとも次なるフェーズが早々に示されるのか…楽しみに待ちたいところである。

 

※Tr.1~Tr.9にDISC1の楽曲、Tr.10~Tr.18にDISC2の楽曲を収録。

 

 

■レジー

1981年生まれ。会社勤務と並行して2012年7月に音楽ブログ「レジーのブログ」を開設。アーティスト/作品単体の批評にとどまらない「日本におけるポップミュージックの受容構造」を俯瞰した考察が話題に。現在の主な寄稿媒体は「Real Sound」「MUSICA」「M-ON! MUSIC」など。

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