アダム・ラルーム レコーディングレポート&インタビュー公開!

クララ・ハスキル・コンクールの覇者アダム・ラルームのソニー・クラシカル第1弾作品の発売を記念して ベルリン西部に堂々とたたずむ歴史的放送ビルディング、ラジオ・ベルリン・ブランデンブルク放送(RBB)の放送ホールでのレコーディング風景と、今回のレコーディングを担当したペガサス・ミュージック・プロダクションのフローリアン・B・シュミット氏、アルバムのA&Rを務めた、Sony Classical Internationalのジャック・ライアン・スミス氏にメールインタビューを実施!

Brahms Piano Concertos

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Brahms Piano Concerto アダム・ラルーム 山田和樹指揮 RSB ベルリン放送交響楽団
レコーディングレポート

名古屋芸術大学 長江和哉

2017年8月・10月、ベルリン西部に堂々とたたずむ歴史的放送ビルディング、ラジオ・ベルリン・ブランデンブルク放送(RBB)の放送ホールで、フランス出身の若手ピアニスト、アダム・ラルームと日本が世界に誇る若手指揮者、山田和樹とベルリン放送交響楽団 (RSB) によるブラームスのピアノコンチェルトのセッションレコーディングが、ペガサス ミュージック プロダクションのフローリアン・B・シュミットとアキ・マトゥッシュによって行われた。

私は、2012年にベルリンに滞在した際、ペガサスのフローリアンと出会い、以来懇意にしているが、彼らから興味深いセレコーディングがあると聞き、幸運にも、そのセッションに立ち会うことができた。

アダム・ラルームは、1987年トゥールーズ生まれ、2009年クララ・ハスキル国際ピアノ・コンクールの優勝者として注目を集めているフランスの若手ピアニストで、セッションレコーディングとしては、今回が初のオーケストラとのコンチェルトレコーディングである。

 また、山田和樹とRSBは、これまでゲストコンダクターとしてのリレーションがあるが、セッションレコーディングとしては、今回が初の組み合わせとなる。そして、その曲として選ばれたのが、ブラームスの1番と2番。この曲は、双方とも50分近くに及ぶ長大な曲で、数ある様々な作曲家のピアノコンチェルトの中でも、技巧的に難易度が高く、また音楽の内容も、時には協奏曲という枠を超え、交響曲のように壮大で劇的なスケール感が感じられる曲であり、そのレコーディングとなると、演奏者にとってはもちろん、録音する側にとっても非常にチャレンジングなことである。

 

録音は、1931年に竣工したベルリンの歴史を物語る放送ビルディング、Haus des Rundfunksの中心にある、Großer Sendesaal (大放送ホール) で行われた。

現在のベルリンでのレコーディング・ベニューは、ポツダマープラッツのベルリンフィルハーモニー、ベルリン西部ダーレムのイエスキリスト教会、ベルリン東部、旧東ベルリンの放送ホール、フンクハウス・ナレパシュトラッセなど様々な選択があるが、私は、今回、初めてこのGroßer Sendesaalのアコースティックを体験することができた。

私が、まず、ホール内で音楽を一聴した際は、このホールの音響は、非常に明るくそして太く感じた。その後、しばらく客席で聴いていくと、ラルームのピアノはとてもふくよかで、時にきらびやかで、特に弱奏は、今までに聴いたどんなピアノより柔らかく響いているように感じた。そして、それは、氏のテクニックであることはもちろん、素晴らしく調整されたピアノとこのホールのアコースティックがサポートしていると察した。

図は今回の録音セッティングである。メインマイクシステムは、Decca Tree LCRとOutrigger LL–RRとgross ABを用いた典型的なDecca Treeのシステムが設置された。また、主要楽器には、スポットマイクも配置された。

収録機材は、マイクの微弱な信号をラインレベルにし、デジタル変換するHA / ADCに、DAD AX32 (Main Mic)、RME Micstasy、OctamicXTC (Spot Mic)が選択され、メインマイクに限りなく近い場所に設置された。そして、それらから出力されたMADI信号は、コントロールルームに設置された、MADI Audio Interface、RME Fireface UFX+まで、光ファィバーケーブルで伝達され、DAW MERGING Technologies Pyramixで、96kHz 24bitレコーディングされた。

オーケストラの録音は、メインマイクというオケ全体の直接音とホールからの間接音を収録するマイクがとても大切で、このマイクをどのように配置するかが、オーケストラ録音の技術的な部分で最も大切な要素となる。

 

そもそも、ピアノコンチェルトの録音は、ソロ楽器であるピアノにスポットライトが当たるべきであることは言うまでもないが、作曲者が考えた、オーケストラ全体とピアノとの対比や、弦楽や木管、金管楽器といったそれぞれの楽器群とピアノとの対比、また、トゥッティの際のピアノとオケのバランスというコントラストを録音でどのように表現していくかが、このメインマイク配置で決まると考える。簡単に言えば、メインマイクをピアノの前に置くと、ピアノはふさわしい音がするが、その奥のオーケストラは、メインマイクからの距離が離れるため、ふさわしいクリアさが得られず、その結果、楽器に近接したスポットマイクを多用せざるを得なくなる。

そうなると、どうしてもふさわしくない音色となることが多く、また、同時に多くのフェーダーワークが必要となる可能性がある。 今回、ピアノの奥にDecca Treeを用い、ピアノ前方の客席に広いAB、そして、ピアノの近くに無指向性のスポットマイクを用いたことについては、これらを考慮した意味があると考えたが、こちらについては後述のインタビューを参照されたい。

 

セッションレコーディングは、2017年8月に1番と10月に2番、それぞれ3日間ずつ行われ、いずれの日も午前中は、ラルームと山田とオーケストラはリハーサルを行い、午後より、トーンマイスター、フローリアンとアキにより、セッション録音の形式でテイクが録音されていった。フローリアンは録音プロデューサーとして、彼らの作り上げる音楽を尊重しながら、彼らの音楽が聴き手にとってもっともふさわしく届けられるように音楽的な助言を行い、アキはバランスエンジニアとして、高度な技術をコントロールし、フローリアンと共に録音を進めていったのが印象的であった。

 


 
 
<フローリアン・B・シュミット (Florian B. Schmidt)へのインタビュー>

Q. あなたのキャリアについて教えてください。
A. 私は20年間フリーランスのトーンマイスターとして活動しており、特に、ドイツ公共放送ドイチュラントフンク・クルトゥアを中心に、フリーランスの中継トーンマイスターとして働いています。その活動と並行しながら、4年前、アキと一緒に録音制作会社、ペガサス ミュージック プロダクションを設立しました。

Q. 今回の録音の録音哲学について教えてください。

A. 私たちは、最高品質のオーディオで音楽的な録音を成し遂げたいと思っています。そのためには、最高の収録機材や、慎重に配置されたマイクを用い、バランスがふさわしいことはもちろん、制作した作品が、芸術的な音楽再生となることを目指しています。

Q. 今回の録音を振り返ってみるといかかでしたか?
A. アダムは、若く才能が溢れるソリストです。彼がこのようなハイレベルなのオーケストラを演奏するのはとても素晴らしいことでした。

Q.なぜメインマイクシステムのDecca Treeをピアノの後ろ側に配置したのですか? 
A. Decca Treeは、弦楽器のために配置しています。なぜなら私はこの方法が、弦楽器を最も高潔な品質で捉えることができると思ったからです。ピアノ前方の客席に配置したgross ABは、互いのサウンドを結びつけることができます。例えばストリングスが孤立しすぎた時に、個々の音源をにじませることができます。また、ピアノとオーケストラを繋げることもできます。

 

Q. 録音の後にどのようなポストプロダクションを行いましたか?
A. 私たちトーンマイスターの「いつものビジネス」である、編集、ミキシング、マスタリングを行いました。私は、収録したテイクから音楽の大きなラインを破壊することなく、最高のアンサンブルで、最もふさわしいイントネーションの演奏を探す必要があると考えています。この各パッセージのベストテイクを選択することはいつもチャレンジングな課題です。ただ、私は、時には素晴らしいエネルギーを持っている演奏は、「ダーティー」でも、そのまま残します。私は、マーケットには、磨かれすぎて綺麗すぎるレコーディングが多すぎると思うので、私の許容の中で、スリルを探して行きます。また、楽曲によって、スコアの構造をうまくサポートするために、多かれ少なかれミキシングを行う必要があります。それは、ホールの響きは、ダイナミクスによって変化すると思うので、どうしても必要なことであると考えています。


 
<ジャック・ライアン・スミス氏 (Jack Ryan Smith)へのインタビュー>
Executive Producer, A&R, Sony Classical International

Q. この録音作品の魅力をおしらせください。
A. 2つのブラームスのピアノコンチェルトは、ピアニストのレパートリーのタイタン( = 巨大なもの)だけではなく、キャラクターとスタイルが異なるため、このアルバムは、アダムの能力と実力を証明していると言えると思います。これら2つのコンチェルトは、様々なアーティストのディスコグラフィーの大きな功績とマイルストーンであるだけでなく、アダムにとって初めてのコンチェルトのセッションレコーディングであり、フランスの若手ピアニストが国際的なステージでどのように発表するのかということを問う、次世代のブラームス作品であると思います。そしてそれを、山田和樹という素晴らしい指揮者と録音できたことは、大変光栄なことです。彼は、もっとも重要な日本人若手指揮者で、RSBと共にこれらの作品の力強い音楽解釈を提供しました。

Q. アダム・ラルームのピアノの魅力はどのようなところでしょうか?
A. アダムは、ピアノに劇的な稲妻と強烈な響きを抱かせることができ、それは、エクストリームに達することもできます。また、ピアノで可能な最も繊細な音や、親密な音を表現することもできます。コンチェルト1番の2楽章 アダージョでは、彼のピアノから、静かな力や感情的な深さなど、彼のピアニズムが伝わってきます。アダムが持つ能力は、あらゆることが考え抜かれた労作のように感じられ、感情の興奮や感受性を犠牲にすることなく、技術的に完璧なテクニックで音楽が表現されるところにあると思います。コンチェルト2番では、1番のような記念碑的で古典的な部分は少なく、ピアノとオーケストラとの対話は、ラージスケールな室内楽作品とほとんど同じであると考えられますが、その中でアダムは素晴らしい室内楽奏者のスキルを披露しています。彼のピアノは明るく、探求され、テーマやアイデアをオーケストラと、完全にバランスが取れたパートナーとして、敏感で遊び心を持ちながら呼応しあっています。ブラームスの音楽は、重く、不透明で高密度であることが多いと考えられますが、アダムの手にかかると、最も込み入ったフレーズでさえ明確に輝きを放っており、それが録音でキャプチャーされています。ぜひみなさんに聴いていただきたいです。

Q.今回のセッションレコーディングを振り返ってみるといかがでしたか?
A.このアルバムのセッションレコーディングは、本当に楽しく、仕事のように感じられませんでした。私たちは、コンサートやラジオ放送を録音する目的のホールである、Haus des Rundfunksで録音しました。ここは、RSBの本拠地であり、ホールのサイズなどの環境が、録音を行うために整っていました。フローリアンとアキは、ベルリンを拠点とし、RSBとこのホールをよく知っていたので、本当に高い精度で録音を行うことができました。同様に、ベルリンを拠点とする山田和樹も、RSBをよく知っていたので、ミュージシャンとのコミュニケーションを素早く確立することができました。そして、オーケストラ、指揮者、録音チームが、当初から良好な関係を保っていたため、今回の録音はアダムにとって、快適で素晴らしい環境となりました。アダムと山田は数年前にコンサートですでに演奏していましたが、アダムはこの録音に際して、山田に指揮を依頼しました。私は、ソリストと指揮者の偉大な化学反応は、レコーディング・セッションを行なっている時と、完成したアルバムを聴いていている時の両方で感じられると信じています。


今回、様々な方の配慮で、このようにセッションレコーディングについてのレポートを寄稿することがき、改めて感謝申し上げるとともに、私はこの録音が世界中の音楽ファンに届くことを心から願っている。


<CDリリース情報>

【CD】
アダム・ラルーム、山田和樹
Brahms Piano Concerto (2CD) [EU輸入盤]

\ 2,393(税込)
RELEASE DATE : 2018/02/23
NUMBER : 8898546081-2

【Blu-spec CD2】
アダム・ラルーム、山田和樹
ブラームス:ピアノ協奏曲第1番&第2番

\ 3,240(税込)
RELEASE DATE : 2018/03/21発売予定
NUMBER : SICC-30479
LABEL : SONY CLASSICAL

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