スティングのバンドなどで活躍。ギタリスト ドミニク・ミラー 新作リリース&来日記念インタビュー

スティングのバンド等で活躍するギタリスト、ドミニク・ミラーがなんとECMからデビューした。アコースティックギターを手に、エグベルト・ジスモンチバーデン・パウエルバート・ヤンシュパット・メセニーなど、様々なギタリストへのオマージュを表現した本作『サイレント・ライト』は、ギタリストとしての圧倒的なテクニックを少ない音数に込めて、驚異的なギターコントロールでひたすら美しい響きを鳴らす傑作だ。まるでドミニク・ミラーのギタリストとしてのコアの部分が凝縮されたような作品なだけでなく、今年のECMのリリースの中でも屈指の作品かもしれないとさえ思う。今回、来日公演の合間を縫って行われたインタビューでは、ドミニクがこの作品に込めたものだけでなく、彼が書いたセルフライナーノーツの話をもとに、彼のルーツなどについても聴くことが出来た貴重な記事になった。

インタビュー・文:柳樂光隆

 


 

――まず、本作『サイレント・ライト』ではアコースティックギターを弾いていますが、元々あなたはブラジルの名ギタリストのセバスチャン・タパジョスにギターを習っていたことがあるそうですね。その時の話を聞かせてもらえますか?

「19歳のころ、ブラジルにギターを勉強しに行きたくて、セバスチャン・タパジョスにギターを師事したいって父に頼んだら、「リオにセバスチャンに会いに行って、これで2か月暮らせ」と300ドルを渡されてね。まぁ、それは2日間で使い切ったんだけど笑 とにかくセバスチャンを探さなきゃいけなくて、リオで探したけど、彼はいなくてね。その頃、ブラジルの優れたミュージシャンはみんなサンパウロにいたから、彼もサンパウロにいたんだ。だから、サンパウロに行って、なんとか彼の家を探し出して、彼の家のドアを叩いて、「僕はあなたの弟子です、天啓です、あなたから教わるべきだからここに来ました」って言ったんだけど、「いやいや、人にギターを教えたこともないし、弟子もいないし、僕は教えないよ」って言われて、「でも、ここまで来たからとりあえず教えてくれよ」って強引に押し切ってね。「ところでどこに泊まってるの」って言われたけど、泊るところなんてないよって言ったら、結局、安いラブホテルみたいなところに行かされちゃったんだけどさ笑。そこに泊まりながら、何週間か彼の周りにいて、ギターを教わったり、奥さんや子供と遊んだり、バーデン・パウエルのコンサートに連れて行ってもらったりしたね。実際はテクニカルなところよりも、彼のような一流のミュージシャンがどんな活動をしているのか、つまりミュージシャンとしてのライフスタイルのようなものを学んだ気がするね」

 

4/22に行われた東京・丸の内「コットンクラブ」でのライヴの模様
(写真提供/COTTON CLUB, 撮影/米田泰久)

 

――あなたは当時、アルゼンチンに住んでいたんですよね。わざわざブラジルに行ったのはなぜですか?

「僕はアルゼンチン生まれだけど、南米にいたらブラジル音楽を通らないことは不可能なんだ。ブラジル音楽の影響力は大きい。アルゼンチンだけの独特な音楽もあるんだけど、南米にいたら、ブラジル音楽を通らないわけにはいかないよね。一度は学ばなきゃって思ったんだ」

――ちなみにアルゼンチンのギタリストで影響を受けた人はいますか?

「アルゼンチンにいた頃はアルゼンチンの音楽はあまり聞かなかったね。でも、後になって聴くようにはなったよ。チャーリー・ガルシアや彼がいたスイ・ヘネリスとか、そのメンバーだったニコ・メストレとかが好きだね。だから、けっしてギターヒーローみたいな人が好きだったわけではないんだ。その頃、僕が好きだったのは、ジミ・ヘンドリクスだからね。僕がアルゼンチンで育ったころには、クラシックのギタリストでもあるエドゥアルド・ファルーみたいなフォルクローレのプレイヤーは少しだけ聴いていたけど、僕自身はあまり興味がなくてね。聴くようになったのはかなり後になってからだね」

――じゃ、ユパンキみたいな伝統的なフォルクローレにはあまり興味がなかったんですね?

「そうだね」

――エドゥアルド・ファルーの名前が出ましたけど、若い頃にクラシックギターをやっていたことの影響は今も残っていますか?

「うーん、僕にとっていまだに影響があるのはクラシックギターの技術的な部分に関してだね。例えば、ギターの持ち方や運指、フレージングなどには間違いなくあるよ。でも、音楽的にはクラシックギターの影響はあまりないんだよね。クラシックを学んでいた時には、あまりいろんなことを考えずに言われたことの真逆のことばかりやっていたんだ笑。言われたことをやらずに、自分の中で自分の独自の音楽大学を作ってその中で学んでいたと言えばいいかな。だから、クラシックの中でも自分がいいと思ったものをチョイスして、それを使って自分の音楽を作りだしたって感じだね」

――なるほど。では、アルバムの話に入らせてください。本作のライナーノーツではエグベルト・ジスモンチの名前を何度も出されてますが、あなたにとってジスモンチはどんなギタリストですか?

ジスモンチと言えば、まずは作曲だよね。彼はピアノとギターを同じように奏でるんだ。最終的にはフレージングや音楽性はどっちを弾いても変わらない。彼は何を弾いても同じ音楽になる。ギタリストとしてはいうまでもなくあまりに素晴らしい、スキルはグレイトだ、サウンドは言うまでもない。でも僕は彼の音楽を「ギターミュージック」として聴いたことはないね、「ミュージック」だと思って聴いている」

――ライナーでジスモンチに言及してはいても、アルバムで鳴っているのはドミニク・ミラーのギターサウンドそのものですよね。では、どのあたりにジスモンチの影響を聞くことができるのでしょうか。

「僕が聴いているのは、ジスモンチのブラジリアンの側面ではないんだ。パリジャンの側面。つまり彼の音楽の中にあるクラシック的な要素を聴いているんだ。ジスモンチは僕の中ではアストル・ピアソラと近い。ピアソラもジスモンチもパリでクラシックを勉強していた。パリっていうのは近代的なクラシック音楽のハーモニーやミュージックの中心地だったと思う。ジスモンチがパリに行く前には、パリにはサティやドビュッシー、プーランクがいた。ジスモンチは彼らから影響を受けていると思う。さらにさかのぼるとショパンがいる。ジスモンチはそこからも影響を受けたのは言うまでもない。僕はその部分をジスモンチから受け継いでいる気がする。もちろん、彼の音楽にはグルーヴ的な側面もあって、シンコペーションの凄さもある。でも、そこに関しては、ロックにもファンクにもジャズにもそういう部分はあって、その部分はジスモンチからの影響はあまり受けてないんだ。つまり、僕が惹かれるのはそこじゃなくてクラシック的な要素ってことだね」

――ピアソラジスモンチってフランスで同じ先生に習っていたんですよね。ナディア・ブーランジェという人ですが。

「あ、そうなの?知らなかったよ。僕は彼らの音楽からそれを感じ取っていたってことだね」

――わかって言ってるのかと思ってました笑

「あはは、本当に知らなかったんだ。アメイジングだね!」

――このアルバムはすごく無国籍で、どこの国でもどこの地域でもない感じの不思議な音だと思うんです。それであなたのセルフライナーを読んでみたら、グレイトフルデッドの話をされていたのが気になって。ちなみにグレイトフルデッドにはギタリストが2人いますよね。どっちが好きなんですか?

「もちろんジェリー・ガルシアだよ」

――やっぱり。ところで、あそこでグレイトフルデッドの名前を出したのはなぜですか?

「僕が14,15歳の時に、初めて聞いて世界最高のバンドだって思ったんだ。とにかくあのカリフォルニアっぽさが最高なんだ。もともとカリフォルニアに興味があってね、ドアーズとかジミ・ヘンドリクスが大好きだったから。とにかくカリフォルニアっぽい音楽とサイケデリックな音楽なら何でも聴きたかった時期に出会ったんだけど、その時に、彼らはサイケデリックのチャンピオンだと思ったんだ。彼らはムーブメントの土台を作ったと思う、偉大なバンドだ。その頃は周りの友達でデッドが好きなやつがいっぱいいたんだ。でも、ミュージシャンになってから全然いないんだよ笑 いろんなミュージシャンに聴かてせるんだけどさ、「なにこれ…」みたいな反応だよ。誰も聴いてないんだ。きっと僕はグレイトフルデッドを聴いているオンリーワンのミュージシャンだね笑 僕の中ではジェリー・ガルシアはジョン・コルトレーンに聴こえるんだ。彼の音楽はモーダルなんだ。あんな演奏は聴いたことがないよ、天才だと思う。一方で、ボブ・ウェアの音楽は、ビールがあって、マリファながあって、みんなで騒いでみたいな雰囲気だよね笑。グレイトフルデッドはその二人がいる二面性が最高なんだよ」

 

(写真提供/COTTON CLUB, 撮影/米田泰久)

 

――例えば、オフィシャルブートレッグの『Digs Picks』などを聴くと、モーダルで、空間をすごくうまく使った演奏をしているライブの音源がたくさんありますよね。あなたの音楽性と同じではないけど、通じる部分はある気がしますね。

「僕はヒプノティックで催眠的なもの好きだし、オスティナートで、同じパターンをリピートし続けたりしてトランス感がある音楽が好きだからね。そういうものは今でも出てしまうよ。自分の音楽はグレイトフルデッドのサウンドとは違うけど、あの哲学が僕の中には入っていると思うんだ。あれは手離せないよ。どうしても自分から離れていかないと思う。自分の中に自分の音楽を支えている柱があるとしたら、その中には間違いなくグレイトフルデットがあるね」

――もう一つ気になったのが、バート・ヤンシュのことです。確かに『サイレント・ライト』にはUKのトラッドっぽい雰囲気がありますね。

「僕の中のまた別の音楽的なアングルがフォークやケルトの音楽だからね。バート・ヤンシュやディック・ゴーハンの影響を受けているのは間違いないよ。バートのオープンチューニングはジミー・ペイジ=レッド・ツェッペリンに影響を与えていると言われているけど、あれはジミー・ペイジにとっての秘密兵器って感じがするね。ジミー・ペイジを聴いているとバートの音楽がモロに聴こえてくるよ」

――ところで、このアルバムはものすごく録音がいいし、マジカルな瞬間があるくらいギターの音が素晴らしいと思うんですよ。

「それは素晴らしいエンジニアと素晴らしいマイクロフォンのおかげだね。エンジニアのヤン・エリック・コングスハウクが素晴らしい仕事をしたんだ。秘密はないよ。そういうものが全部そろって、そこに経験値が合わさるといいサウンドが生まれるんだよ」

――でも、あなたがコントロールするアコースティックギターの音がすごく立体的に響いていたのがマジカルだと思ったんです。あなたの繊細なコントロールを録音で完璧に拾ったってことですよね。

「そうだね。それはおそらくオーヴァートーンだよ。マンフレート・アイヒャーはそれを求めていて、音楽の中からそれを探す人なんだ。このアルバムの録音では僕のギターのところにノイマンのマイク2本とソニーのマイク2本の計4本があって、マンフレートは常にフェーダーに手をかけて、その4つを両手の4本の指で常にコントロールしてミックスして、僕の音楽の中にあるオーヴァートーンをなんとか拾おうとしていた。君が立体的に聞こえた理由はきっとそれだと思うんだよね。マンフレートも素晴らしい仕事をしたんだ」

 


 

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『サイレント・ライト』

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<作品解説>

アルゼンチンの出身でアメリカとイギリスにおいてギターの教育を受け、現在はフランスをベースに様々なアーティストのツアーやレコーディングで活躍するギタリスト、ドミニク・ミラーのECMデビュー作。
ツアーやレコーディングを共にしている盟友=スティングの名曲「フィールズ・オブ・ゴールド」を収録!その他は様々なレコーディングに参加しているキャリアを反映させるかのように、ブラジルの伝説的ギタリスト=バーデン・パウエルにささげた「バーデン」や、フランス音楽に影響を受けた「ル・ポン」、バート・ヤンシュのスコットランドのスタイルを継承した「ヴァリウム」などオリジナル曲が並びます。
スティングの他に、ドミニクがキャリアを支えているといっても過言ではない大御所=ポール・サイモンがライナーノーツを寄稿。「ドミニクは私のお気に入りのギタリストの一人。(中略)彼の音色は美しいタッチと、ジャズとイングリッシュ・フォークの香りがする」と絶賛。

 


 

インタビュアー

柳樂 光隆(なぎら・みつたか)

79年、島根・出雲生まれ。音楽評論家。2010年代のためのマイルス・デイヴィス・ガイド『MILES:Reimagined』、21世紀以降のジャズをまとめた世界初のジャズ本「Jazz The New Chapter」監修者。WIRED、ユリイカ、&Premiumなどに寄稿。

Twitterアカウント: @Elis_ragiNa

 


 

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