192KHz & DSDで聴くマエストロ・サンティ・オーケストラ・ワークス配信開始

FLAC[192.0kHz/24bit] DSD[11.2MHz/1bit]

「トスカニーニの衣鉢を継ぐ存在」と評された、伝説のマエストロ。 母国イタリアはもちろんのこと、チューリヒ歌劇場での音楽監督、メトロポリタンやコヴェント・ガーデンといった 屈指の劇場への客演などで活躍し、絶大な人気を誇った、マエストロ、サンティ。

膨大なレパートリーを全て暗譜で指揮する事でも知られ、ヴァイオリンを初めとするオーケストラのほとんど の楽器奏法に精通、オペラのリハーサルでは声楽パートを自ら歌い見本を示すなど、その破格の才能で、楽 団員や歌手たちからは畏敬の念を持って迎えられていました。

2020年2月6日、88歳で永眠した彼の貴重なオーケストラ・ワークスを集めたメモリアル 盤が配信開始。

ここで聴く2004~2010年の6年間に渡るレコーディングには、全て、世界に数十ペアしかない、真空管と 特殊な銅を使用したオール・ハンド・メイドの「ゲアール・マイク(周波数帯域:8Hz-200KHz)」を使用。今回の企 画のためにリマスタリングを行い、192KHzとDSD11.2での配信となりました。

録音データ・クレジット


1,2
96KHz-44bit / Live Recording
Recorded at
Yokohama Minatomirai Hall, Kanagawa, 10th Dec. 2005.
3,4
44KHz-16bit / Live Recording
Recorded at
Bunkamura Orchard Hall, Tokyo, 12th Sep. 2004.
5
192KHz-44bit / Live Recording
Recorded at
Suntory Hall, Tokyo, 27th&28th Oct. 2010.
6
192KHz-44bit / Live Recording
Recorded at
NHK Hall, Tokyo, 20th&21st Nov. 2010.
7
96KHz-44bit / Live Recording
Recorded at
Suntory Hall, Tokyo, 21st&22nd Nov. 2007.

One Point Stereo Recording.
Microphones ; “ Eterna Musicae ” made by Didrik De Geer.
Producer & Tonmeister : Yoshiya Hirai
Sound Designer : Ken Ohtsuki
Mastering Engineer : Dan Kuroda
Artist Photo : Toshiyuki Urano
Cover Design : MYM

※発売元・マイスターミュージックよりご提供頂いたデータです。

 

マエストロ・サンティを偲んで  木幡 一誠


ネッロ・サンティが天国へ旅立った。母国イタリアでの活躍はもちろん、メトロポリタンやコヴェント・ガーデンなど世界第一線のオペラハウスへの客演を通じて、数多の大歌手から“パパ・サンティ”の愛称で呼ばれた職人的名匠。

そのキャリアは、まさに歌劇場での“叩き上げ”でつちかわれたものだった。「コレペティトゥールから下稽古のピアノ伴奏から舞台上のエキストラまで、やれることは何でもこなした」と、若き日の修行時代を振り返る言葉をサンティは残している。

音楽院で学んだヴァイオリンはトシをとってからも相当の腕前で、管楽器の奏法にも通じていて(一説によれば、オーケストラの楽器はほとんどが器用にこなせたらしい)、つまりはそんな素地に支えられた芸風こそは彼の持ち味だった。リハー
サルには暗譜で臨み、オペラの声楽パートなどは当然のこと、伴奏パートの隅々まで頭に入っていて、自分で歌って見本を示しながら練習を進める。楽団員から畏敬の念で迎えられたのも無理はない。

オーケストラを統率する流儀も彼ならではのもの。昨今では珍しくなったタイプの長い指揮棒を無駄なく操り、その軌跡どおり無駄なく明確に音楽を造形していく。厳しい眼光で演奏の全体像をしかと見据えながら、しかしときには驚くほど人懐っこい笑みを満面にたたえ……。ここ十数年ほどの間、足しげく訪れてくれた日本のステージでの放送映像なども通じて、そんな彼の姿に親しんだ我々は本当に幸運だった。しかしそれも残念ながら、もはや過去のことと記すしかない。ちなみに某有名歌劇場のトロンボーン奏者から聞いた話なのだが、リハーサルの最中にセクションの全員がうっかり出番を間違え(業界用語で「落ちる」というやつ)、ゴッソリ音符が欠落してしまったことがあったらしい。そのときサンティは例の笑みを「ニーッ!」とトロンボーンに向けながら、「それでこそオペラのオーケストラだ」と言い放ったとか。どこか彼らしいエピソードではある。

サンティがキャリアの初期に得たポストで重要なものが、1958年から1969年までつとめあげたチューリヒ歌劇場の音楽監督。同地で彼は1959年に結婚式もあげており、終生にわたって深い縁で結ばれていた街にあたる。そのチューリヒ歌劇場でサンティが指揮をつとめた舞台に筆者が接することができたのは、2002年の秋だった。演目がヴォルフ=フェラーリの「四人の田舎者」というのはかなり地味目で渋い路線だったが、しかしそれゆえ逆に彼の音楽作りの機微が先入観抜きに像を結ぶような思いにもかられた。モーツァルトの「コジ」あたりを連想させる“アンサンブル・オペラ”的な面を備えた作品が、その音符はもちろん、歌唱言語の何たるかまで手中に収めた指揮者の手にかかれば、これほどまで生き生きと収斂の度も高く鳴り響くものか……。

十八番のヴェルディやプッチーニを扱うときでも、歌手たちの表現意欲を尊重する一方、過度に自由な振る舞いは戒めるような造形感覚重視の棒を振るのがサンティでもあり、彼が「トスカニーニの衣鉢を継ぐ存在」としての評価を受けてきたのも納得のいくことだ。

こうした指揮者が、いわゆるシンフォニックなレパートリーにまで大いなる実りをもたらすことは容易に想像がつく。1986年から1997年までスイスのバーゼル放送交響楽団の首席指揮者として腕をふるっていたほどだし、オペラ畑のみが得意分野では毛頭ない。何よりその事実は、読売日本交響楽団やNHK交響楽団への客演を通じて、我が国の聴衆の心に深く刻み込まれている。老境に達してなお若々しい生命感をたたえた音楽作りにいそしむサンティと、心から彼に共感を捧げるオーケストラの共同作業が一連のライヴ録音として残されたことは本当に喜ばしい。それは日本が世界へ発信するにもふさわしい、かけがえのない音楽遺産と呼べるものだろう。

※発売元・マイスターミュージックよりご提供頂きました。