オーディオ&ヴィジュアル評論家 小原由夫さんが語る「ジャズ録音の100年」

2017年は、商業的なジャズ作品が録音されて100年の節目を迎える年とされています。この100年の間に、ジャズという音楽と、それをめぐる録音環境・トレンドはどのように変遷してきたのでしょうか。オーディオ&ヴィジュアル評論家の小原由夫さんに、9つの区分にてそれぞれの特徴と、代表的な作品をピックアップしていただきました。

 


 

①ディキシー期

 初めて商業的なジャズが録音されてから100年といわれている。記念すべきその第1弾録音が、1917年の『オリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンド』だ。コルネット、トロンボーン、クラリネット、ピアノ、ドラムの5人のメンバーは、意外にも全員白人。ビクターレコードが録音を仕切った。
 この時代の録音は、直接音を刻んでいた。つまり、蓄音機の集音器(いわゆるラッパ)の前に演奏者が並び、機械的に音を刻むアコースティック録音である。ソロ等を奏でる場合は、立ち位置を入れ替わったりしながら収録に臨んでいたのかもしれない。もちろんステレオはまだ影も形もなく、モノラルサウンドの時代。録音可能な周波数レンジは、人の声の帯域とほぼ一緒で、より本格的な録音は1925年の電気録音の誕生まで待たねばならなかった。
 とはいえ『オリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンド』の音源は、ビートは明瞭でメロディーも聴き取りやすく、想像以上にいい音という印象である。

 

●オリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンド

1917-36/Original Dixieland Jazz Band

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②スウィング期

 時代としては、1930年代から40年代始めにかけてがスウィングジャズの全盛期だ。この時期のジャズはダンスミュージックと縁が深い。“スウィング”(揺れる)と称される所以はそこにあり、アンサンブルによって分厚く優雅なハーモニーを生み出すべく、ジャズが”オーケストラ”化したのである。
 有名なところでは、クラリネットのベニー・グッドマンをリーダーとしたバンドのほか、デューク・エリントングレン・ミラーカウント・ベイシー等のバンドが活躍した。
 ここで採り上げたグッドマンやエリントンの作品は、SPからLPへと記録媒体が移行する過渡期に収録されたものだが、既に電気録音が確立された後の時代で、今聴いても充分に満足できる音質といえよう。

 

●ベニー・グッドマン

Supreme Jazz - Benny Goodman/Benny Goodman

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●デューク・エリントン

The Popular Duke Ellington/Duke Ellington & His Orchestra

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③ バップ期

 スウィングジャズの殻をいい意味で打ち破ったのが、チャーリー・パーカーを中心としたバップ系ジャズミュージシャンの活動である。メロディーやアンサンブルに縛られる演奏から、演奏家個々の技量に応じて、「コード」(2つ以上の高さの異なる音を同時に鳴らした際の和音)を軸とした即興演奏(アドリブ)がもてはやされた。つまり、かなり自由なスペースが演奏に持ち込まれたのである。
 紹介したチャーリー・パーカーのビッグ・バンド・セッションは、1957年の録音。完全にLPが定着した時代(LPの登場は1948年で、SPに比べて音溝を約1/3まで細くできたおか げで、長時間の収録が可能となった)で、スケールの大きなビッグ・バンドのアンサンブルを背にして、パーカーを筆頭に時代の最先端のミュージシャンの豊かなアドリブが展開する。
 また、スウィング系歌手の代表格であるエラ・フィッツジェラルドルイ・アームストロングのデュオ「エラ&ルイ」も、この時代を象徴するヴォーカル作品として印象深い。

 

●チャーリー・パーカー

The Genius Of Charlie Parker #1: Night And Day/Charlie Parker

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●エラ・フィッツジェラルド&ルイ・アームストロング(エラ&ルイ)

Ella & Louis/Ella Fitzgerald, Louis Armstrong

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④ ハードバップ期

 ジャズが広く認知されるようになったのが、1950年代半ばから60年代にかけてといってよい。チャーリー・パーカーの死に呼応するように、その影響下にあった演奏家たちは、アドリブソロにおいて、よりホットでフレーズを重視した演奏を志向していった。また、アフロ・キューバン等のラテン音楽の影響を受けたのも、ハードバップ期のジャズの特徴といわれる。
 同時にこの時期は、録音方法にも革新があった。よりワイドレンジな録音と、モノーラルからステレオ録音への移行期でもあったのだ。つまり、「ハイファイ化」(高忠実度)が進んだのである。
 そうした動きは、録音エンジニアの技量に左右される側面もあり、彼らの名がクローズアップされ始めたのもこの頃だ。その代表には、ブルーノートやプレスティッジ、インパルスの一連の作品を手掛けたルディ・ヴァン・ゲルダーと、ウェストコーストを代表するレーベル、コンテンポラリーのハウスエンジニア、ロイ・デュナンが挙げられる。
 ニュージャージーの自宅に天井の高いスタジオを設けたヴァン・ゲルダーは、ソロ楽器をクローズアップしたような生々しい音像再現にその個性的録音手法が垣間見える。ここで紹介したキャノンボール・アダレイマイルス・デイヴィスをフィーチャー)やバド・パウエル(収録曲の「クレオパトラの夢」はテレビCM等にも頻繁に使われている)の作品は、いずれもブルーノートを代表するアルバム。プロデューサー兼創業者のアルフレッド・ライオンと共に、ヴァン・ゲルダーはジャズ史上の最重要人物に数えられる。
 一方のデュナンは、自作のアンプやマルチトラックレコーダーを携え、レコードの発送等を行なう倉庫内で、ナチュラルな楽器の質感と立体的なプレゼンス感の味わえる優秀録音を多数輩出した。

 

●キャノンボール・アダレイ&マイルス・デイヴィス

Somethin' Else/Cannonball Adderley

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●バド・パウエル

The Scene Changes: The Amazing Bud Powell (Vol. 5)/Bud Powell

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⑥クール期

 ハードバップの反動から1940年代後半に生まれたのが、クール・ジャズと呼ばれる白人主導のジャズだ。奏法や展開に抑制の効いた理知的なスタイルが持ち込まれた。また、アドリブやリズムよりも、アンサンブルが重視される傾向も強かった。
 代表的な演奏家に、スタン・ゲッツジェリー・マリガンリー・コニッツがいるが、スタン・ゲッツは後にボサノヴァとジャズの融合に活路を見出だし、『ゲッツ/ジルベルト』という大ヒット作を生んでいる。その爽やかで軽快なムードはとても心地よい。

 

●スタン・ゲッツ&ジョアン・ジルベルト

Getz/Gilberto/Stan Getz, João Gilberto

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⑦フリー期

 50年代後半には、いかなる音楽様式にも理論にも縛られない理念に基づくジャズ、いわゆるフリー・ジャズが勃興した。アルトサックスとヴァイオリンをメインに演奏したオーネット・コールマンの他、ピアノの鍵盤を拳で叩いたり、素早いパッセージで音を紡ぐセシル・テイラー、宗教的な感覚を刷り込ませたジョン・コルトレーン等がその潮流を牽引した。彼らは形式や調性、メロディやコード進行、リズムなど、既成の概念をすべて否定する演奏スタイルを70年代始め頃まで模索していった。
 オーネット・コールマンの「ジャズ来るべきもの」が吹き込まれた1959年は、その前年にステレオLPが登場し、ちょうど革命期といえる頃だ。従来のモノラルチャンネルから、右と左の2つのチャンネルが、「45/45」という新しい記録方式(それでも従来のLPと同じ1本の音溝という互換性を持っていたのが画期的だった)によって、より立体的で広がりのあるステレオイメージを得たのである。

 

●オーネット・コールマン

The Shape Of Jazz To Come/Ornette Coleman

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⑧フュージョン期

 60年代後半になると、ジャズはあらゆる音楽スタイルを吸収し、変容していった。ロックやリズム&ブルース、ソウル、ファンクのエッセンスが採り込まれ、化学反応を起こし始めたのである。それが今日のフュージョン(スムース・ジャズ)へとつながる。
 一方で、プロデューサー、録音エンジニア、マスタリング(カッティング)エンジニアといった制作サイドの裏方の力量に注目が集まったのも、この時代の特徴だ。採り上げたジョージ・ベンソンの76年作『ブリージン』は、トミー・リピューマをプロデューサーに、アル・シュミットの録音、ダグ・サックスのマスタリングと、当時の最高峰のチームによる最初の大ヒット作である。
 また、マイルス・デイヴィスのコロムビア時代のプロデューサーとして名を馳せたテオ・マセロは、スタジオでのセッションにおいてレコーダーを延々と回し続け、後でいい演奏部分を拾い出してつなぎ合わせていたことでも有名だ。
 つまり、この時代になるとマルチトラック録音は当たり前になった。各楽器パート毎に独立して録音し、後でミックスして2chステ レオにまとめるのだ。24トラックから48トラックへと倍々にトラック数が増えていき、またその記録方式も、アナログからデジタルへと移行していった。ただし、現在のようなハイレゾ方式とは若干異なり、50kHzサンプリ ング/12ビットなど、今日のスペックとはま だずいぶん隔たりがある。
 マルチトラック録音を重用したバンドのひとつに、ウェザー・リポートが挙げられる。リーダー兼キーボード奏者のジョー・ザビヌルは、シンセサイザーにピアノ、オルガンといった鍵盤楽器を複数トラック使って録音、パーカッション奏者においても様々な打楽器を数トラックに分けて録音したと思われる。1977年リリースの『ヘヴィ・ウェザー』は彼らの金字塔だ。
 マルチトラック録音・ミキシングが定着する一方で、ある意味で時代に逆行する録音手法が主にオーディオ市場から脚光を浴びた。それが「ダイレクト・ディスク(ダイレクト ・カッティング)」だ。
 マルチトラック録音は、テープレコーダーを介して後々の重ね合わせて仕上げることを前提としていたが、音の鮮度や臨場感という点では、多くの機材を通して編集を重ねていくことで音のリアリティがどんどん減退していくことが否めなかった。それに対して、編集工程の大半を省いた「ダイレクト・ディスク」は、演奏家が一堂に会して、「せーの!」という合図のもと一斉に演奏を始め、レコードのカッティングも同時進行で進める。これをレコード片面分、連続して演奏するわけだ。
 途中の編集プロセスを省いたことで、S/N のよい生々しい録音が実現できる一方で、ミスが許されず(不具合が生じれば、もう一度 始めからやり直しとなる)、演奏者にも製作 スタッフにも緊張を強いたことから、一般化しなかった。
 「ダイレクトディスク」を推し進めたレーベルには、JVC、イーストウィンド、米国のシ ェフィールド・ラボなどがある。リー・リトナーの『ジェントル・ソウツ』は、大ヒットしたダイレクトディスク盤のひとつだ。

 

●ジョージ・ベンソン

Breezin'/George Benson

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●ウェザー・リポート

Heavy Weather/Weather Report

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●リー・リトナー

ジェントル・ソウツ/リー・リトナー & ジェントル・ソウツ

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⑨ 現代ジャズ

 バンドの大所帯化とマルチトラック録音の進化は、例えばパット・メセニーのデビューから今日までのグループの変遷を俯瞰してみればわかりやすい。当初はギター、キーボード、ベース、ドラムスというカルテットの編成であったが、後にメセニーはギターシンセサイザーやアコースティックギターを重ね、パーカッションやヴォイス担当、マルチリード奏者(トランペットやサックス等)も加わった。最新作では、「オーケストリオン」という超大型オルゴールのような多重連奏楽器も加わっている。ここで紹介した「オフランプ」の楽器編成は、最新のそれと比べるとまだシンプルな方だ。
 近年のシャズ録音は、「DSD」という1ビットΔΣ方式による、一段と瑞々しくてナチュラルな質感が得やすいフォーマットで録られることが多くなってきた。世界を股に掛けて活躍する邦人ジャズピアニスト、上原ひろみの一連の録音を任せられているマイケル・ビショップは、DSD録音の第一人者のひとりで ある。15年作『Spark』もビショップが音を まとめた。
 現代最先端のジャズ・ミュージシャンに挙げられるピアニストのロバート・グラスパーが仕掛ける音楽は、ブルースやゴスペルの香りがある上に、今日のヒップホップやクラブミュージックの要素も積極的に採り入れられた非常に斬新なもの。これらの録音には、随所に最新の録音メソッドが導入されていることは明らかだ。『アートサイエンス』は、その最新の成果である。
 一方では、今回採り上げたような古い音源をハイレゾ化するマスタリングエンジニアの活動も見逃すことはできない。最良のアナログマスター音源を探し、最新機材を駆使しながら丁寧なプロセスによって今日のニーズにマッチさせているのは、ボブ・ラディック、グレッグ・カルビ、テッド・ジェンセンといった米国を拠点に活動するマスタリングエンジニアだ。彼らが今日のハイレゾ市場のエヴァーグリーンなニーズを支えているといっても過言ではない。

 

●パット・メセニー

Offramp/Pat Metheny Group

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●上原ひろみ

Spark (feat. Anthony Jackson, Simon Phillips)/Hiromi

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●ロバート・グラスパー

ArtScience/Robert Glasper Experiment

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小原由夫 プロフィール

1964年、東京生まれ。理工系大学卒業後、測定器エンジニア、雑誌編集者を経て、92年よりオーディオ&ヴィジュアル評論家として独立。自宅には30帖の視聴室に200インチのスクリーンを設置。サラウンド再生を実践する一方で、6000枚以上のレコードを所持し、超弩級プレーヤーでアナログオーディオ再生にもこだわる。主な執筆雑誌は、「HiVi」「Digi-Fi」「管球王国」 (以上ステレオサウンド)、「アナログ」「ネットオーディオ」「オーディオアクセサリー」 (音元出版)、「CDジャーナル」(音楽出版社)など。