牧野良幸のハイレゾ一本釣り! 第21回

第21回:ボブ・ディラン「ブルーにこんがらがって」

~初めての“ディラン体験”は『血の轍』から~

 

 僕がボブ・ディランから1枚を選ぶとすると、どうしても1975年の作品『血の轍(Blood on the Tracks)』になってしまう。今でこそディランのほとんどのアルバムをSACDやアナログLPで持っているが(ブートレグまではさすがに追いかけていない)、長い間、僕の“ディラン体験”といえば『血の轍』だけだったのだ。

 僕が音楽を聴き始めた1970年代初め、ボブ・ディランは伝説的存在だった。しかし当時の洋楽はディランの存在を霞ませてしまうほど絢爛豪華だった。シンガーソングライター、プログレッシブロック、グラムロック、ハードロック、ブラスロック、ラテンロック……。過去を振り返る暇もないほどに毎日新しいロックが生まれていた。それを「新しい」とも思わず、ご飯のように当たり前に聴いていたのだから、いかに「風に吹かれて」で有名な“フォークの神様”といえども興奮しようがなかったのだった。

 この頃はディランも時期が悪かった。なにせ73年にCBSソニーがプッシュしたニューアルバムが『ビリー・ザ・キッド』という映画のサントラだったのだから。アルバム収録の「天国への扉」は今日有名であるが、僕には当時流行ったという記憶がどうもない。それよりも映画に出演したディランの姿ばかりが記憶に残っている。

 翌74年にはディラン初の全米1位となる『プラネット・ウェイブス』、そしてライヴ『偉大なる復活』も発売されたのだけれど、いかんせんこれらはCBSソニーから発売されなかったせいか惹き付けられなかった。(『プラネット・ウェイブス』はのちにCBSソニーから発売され、ハイレゾ配信もあり。これもいいアルバムです)。

 そしてようやく75年の『血の轍』である。レコード会社も再びCBSソニーになって、ロック雑誌に載った広告が派手だった気がする。あの頃のCBSソニーの広告って、他社を引き離してワクワクするものがあったのだ。

 しかしインパクトがあったのは広告だけではなく、ディランの音楽そのものだった。それまでちょいちょいカジっていたディランは、どうも音楽的興奮にかけると思っていたのであるが、『血の轍』にはディランらしからぬ(?)ポピュラーで親しみやすいメロディが沢山あったのである。つまり70年代ロック小僧にも、すんなりと聴けるアルバムだったのだ。

 といってもレコードを買ったわけではない。当時僕は高校3年生。『血の轍』はたぶんNHK-FMの「サウンド・オブ・ポップス」で放送されたのではないかと思う。新譜のLPを全曲放送することで有名な番組だ。僕としてはオープンリール・テープにとりあえず録音してみたわけであるが、これがすごく良かったのだ。特に最初の「ブルーにこんがらがって(Tangled Up in Blue )」。ディラン独特の単調な展開ながら、ぐいぐいと引込まれる緊張感のある音楽だった。「ブルーにこんがらがって」だけでノックアウトされたと言っていい。

 しかし、そのあともいい曲が続く。「運命のひとひねり(Simple Twist of Fate )」「愚かな風( Idiot Wind)」などなど。あえて邦題で書くのは、各曲につけられた日本語タイトルがなんとも詩的で、曲とピッタリ合っていたからである。バンドのサウンドも絢爛豪華な70年代ロックのまっただ中に登場したにもかかわらず、まったく遜色ない出来だった。

 

 

 しかしこの『血の轍』のみで僕の“ディラン体験”は終わってしまうのである。
 先に書いたようにディランのアルバムをほぼ揃えるのは、実は21世紀を迎えたSACDでリリースされた時だ。他のアルバムを聴きこんでみると、あの頃はやっぱり子どもだったなあと思う。今では『血の轍』以前のフォーク調の作品、ロックに転向した頃の作品も素晴らしいと思う。『血の轍』以降の今日にいたるまでのアルバムも、もちろんディランらしさがあって好きである。

 ただ、こうしてディランの全部が好きになっても『血の轍』は特別な一枚だ。やはり高校生の時に回転するオープンリールを眺めながら聴いた印象は強い。社会人になった時は中古のアナログレコードを買い求めた。オヤジになった頃はSACDハイブリッド盤で買い求めた。『血の轍』との付き合いは長いのだ。

 そして今はハイレゾでの付き合いになった。それも高音質なSACDと同じDSD(DSF)での配信である。音をビシッとクリアに表現するPCM系のflacもいいけれど、オリジナルの音の濁り、厚味までも伝えるDSD(DSF)がやっぱりディランには合う。

 DSDのハイレゾを聴いてみると、やっぱり「ブルーにこんがらかって」が格別である。アコースティック楽器が多様されているけれど、へんに胃もたれしないで、ナチュラルに広がるところがハイレゾならではだ。ディランのヴォーカルも明るくのびやか。もちろん、次の「運命のひとひねり」も聴いてしまう。そしてそのあとの曲も、これまた昔どおり聴いてしまう。

 ひっきょう『血の轍』のアピール度は昔と変わらない。だから、初めて“ディラン体験”をする若いリスナーに、僕としては『血の轍』をおススメしたい。そしてそのむこうには数々の歴史的アルバムがハイレゾで用意されている。よかったらそれらも聴いてみてほしい。

 


 

~今回紹介した一枚~

BOB DYLAN
『Blood on the Tracks』(邦題:血の轍)

DSD(DSF)|2.8MHz/1bit

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牧野 良幸 プロフィール

1958年 愛知県岡崎市生まれ。

1980関西大学社会学部卒業。

大学卒業後、81年に上京。銅版画、石版画の制作と平行して、イラストレーション、レコード・ジャケット、絵本の仕事をおこなっている。

近年は音楽エッセイを雑誌に連載するようになり、今までの音楽遍歴を綴った『僕の音盤青春記1971-1976』『同1977-1981』『オーディオ小僧の食いのこし』などを出版している。
2015年5月には『僕のビートルズ音盤青春記 Part1 1962-1975』を上梓。

マッキーjp:牧野良幸公式サイト