牧野良幸のハイレゾ一本釣り! 第28回
第28回: U2『アクトン・ベイビー』
〜U2の傑作がハイレゾでさらなる新局面!?〜
ポップ・ミュージックのアーティストといえども表現者であるからには、自らの意思でスタイルを変えていくことが必要だろう。音楽の鮮度を保つには、古い服を脱ぎ捨てて新しい服に着替えることが時には必要だ。
ただ難しいのは「前のほうが良かった」と言われることだ。アーティストにとっては酷な話である。そもそもデビュー時の音楽にインパクトがあったのだから、今日の人気を勝ち得たのである。その音楽を捨てて、もっと素晴らしい音楽を作れと言われてもねえ。言うは易し。簡単にできることではない。
しかしアイルランドのバンド、U2は『アクトン・ベイビー』でのイメージ・チェンジ後も大活躍している。1991年に『アクトン・ベイビー』が出た時、多くのU2ファンがその変貌に戸惑ったと思う。それまで社会問題や政治問題を扱う正統派ロックだったU2が、当時流行のエレクトリック・ビート、テクノ、打ち込み(懐かしい言葉)などを導入した音楽へと、それまでとは正反対ともいえる路線に舵を切ったのだ。
彼らの名声が決定的になった『ヨシュア・トゥリー』を追いかけずに、『アクトン・ベイビー』で新たな道を選んだU2はすごい。音楽的に苦し紛れの路線変更をするバンドは多いけれど、U2の場合はまったく違う。自らの欲求のまま。ファンにさえ媚びない姿勢は表現者として本物だ。
そのU2の『アクトン・ベイビー』がハイレゾになった。通常盤とボーナス・トラックを含んだデラックス・エディションの2種類ある。
さっそく聴いてみたけれど、1曲目の「Zoo Station」から放出される音にウットリした。CDで『アクトン・ベイビー』を聴き込んでいた時は、前衛的なエレクトリック・サウンドにばかり気を取られていたけれど、ハイレゾでは音の鳴り方が“ハイ・ファイ”である。聴いていて非常に心地良く、美しくも思う。
音楽のタイプは違うけれども、連載の第17回で書いたマイケル・ジャクソンの『オフ・ザ・ウォール』のハイレゾの、凄まじい音の出方を連想させるものがある。とくに音が立体的に伸びてくるところが快感だ。大げさに書くなら、前方にサラウンド空間があるかのような空気感である。本作は2chであるけれども。
実のところ最初の予想では、『アクトン・ベイビー』をハイレゾで聴いたら、オリジナルCDが発売された当時の衝撃がナマナマしく蘇るのではないかと思っていた。
しかし、ハイレゾの音が僕を運んでくれたのは、昔の『アクトン・ベイビー』の世界ではなく、別の『アクトン・ベイビー』の世界だった。もちろん音楽自体の素晴らしさは変わらないけれども、オーディオ的な妙味が加わることで、『アクトン・ベイビー』は新たな局面を迎えた気がする。
こうなるとU2のデビュー時のアルバムもハイレゾで聴きたいし、『アクトン・ベイビー』以降のアルバムもハイレゾで聴きたくなるのであった。U2のアルバムが引き続きハイレゾでリリースされていくことを期待したい。
U2
『Achtung Baby』
牧野 良幸 プロフィール
1958年 愛知県岡崎市生まれ。
1980関西大学社会学部卒業。
大学卒業後、81年に上京。銅版画、石版画の制作と平行して、イラストレーション、レコード・ジャケット、絵本の仕事をおこなっている。
近年は音楽エッセイを雑誌に連載するようになり、今までの音楽遍歴を綴った『僕の音盤青春記1971-1976』『同1977-1981』『オーディオ小僧の食いのこし』などを出版している。
2015年5月には『僕のビートルズ音盤青春記 Part1 1962-1975』を上梓。