牧野良幸のハイレゾ一本釣り! 第39回

第39回: ビル・エヴァンス『オン・ア・マンデイ・イヴニング』

〜エヴァンスのピアノがガッツリくる76年の未発表ライヴ〜

 

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ビル・エヴァンスと言えば、ジャズ・ファンだけでなく、一般の音楽ファンにも広く人気のピアニストだ。特にベースのスコット・ラファロが参加していた60年代初頭のピアノ・トリオのアルバムは昔からジャンルを越えた人気盤だった。

しかしビル・エヴァンスは1980年、51歳の若さで亡くなっている。死後はいろいろ音源が発売になった。61年のヴィレッジ・ヴァンガードでのライヴの完全版とか、死の寸前に身体がボロボロになりながらもおこなったキーストン・コーナーのライヴなど。しかしエヴァンスの死から37年目を迎え、もうめぼしい音源は出ないだろうと思っていたところ、新たなライヴ音源が発掘された。それも全部が未発表音源だという。

それが『オン・ア・マンデイ・イヴニング』である。1976年11月15日、ウィスコンシン大学マジソン校のマジソン・ユニオン・シアターでおこなわれた演奏の録音だ。エヴァンスの死の4年前の演奏ということになる。メンバーはエディ・ゴメス(b)、エリオット・ジグムンド(ds)を迎えてのトリオ。このライヴの翌年、おなじ顔ぶれで『アイ・ウィル・セイ・グッドバイ』(※)、『ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング』(※)の2枚のアルバムを制作することになる。

『オン・ア・マンデイ・イヴニング』はFLACの192kHz/24bitでも、さっそく配信されるところが、ハイレゾ時代ならではだろう。さっそく聴いてみた。

1曲目の「シュガー・プラム」、導入部からビル・エヴァンスのソロピアノが全開である。とても力強いピアノだ。このアルバムはモノラルだと思うけれど、スピーカー中央にピアノの音がガッツリとあらわれる。この時期のエヴァンスは私生活の出来事や体調不良など、なにかと大変であったはずである。「そのせいで」と言うべきか、「それにもかかわらず」と言うべきか分からないけれど、このピアノの力強さ、エンジン全開の演奏には驚く。と、ここでベースとドラムが加わりトリオの演奏に突入していく。

2曲目以降もビル・エヴァンスの演奏は緊張感がある気がするのである。これが綺麗なステレオ録音でスピーカーの左右にピアノの低音から高音が広がる録り方だと、おなじみの聴き心地のいいエヴァンスのピアノになるだろうが、今回は中央から放射状にガッツリくる音だから、響きよりも動きのほうに耳を奪われて、心に強く突き刺さる。

もちろん聴き慣れた「いつか王子様が」ではロマンチックな雰囲気であるし、「サム・アザー・タイム」では、しっとりと叙情的なピアノを聴かせてくれる。僕の場合、ビル・エヴァンスでよく聴いたのは最初のピアノ・トリオのアルバムは当然としても、あとは最晩年の『ウィ・ウィル・ミート・アゲイン』とか死の直前のライヴ録音などだったから、ここに収められた70年代中頃の演奏も注目すべき演奏だと知った次第である。

最後に音質のことを書き加えておくと、ガッツリあらわれるピアノと同じくらいベースも鳴り響く。ただドラムはピアノとベースの向こうに、ちょっと弱めの音となる。解像度も心もとない。しかしピアノがガッツリと鳴るから聴きごたえは十分である。聴き終わるとエヴァンスの気迫に消耗させられたことを実感する。ハイレゾはオリジナル・テープの音を取りこぼしなく再現できると思うから、余計にそう感じるのかもしれない。

※マークの付いたアルバムはハイレゾ配信なし

 

billEvans

完全未発表コンサート音源
『On A Monday Evening (Live)』

FLAC|192.0kHz/24bit

※ジャケットをクリックで商品ページへ

 


 

牧野 良幸 プロフィール

1958年 愛知県岡崎市生まれ。
1980関西大学社会学部卒業。
大学卒業後、81年に上京。銅版画、石版画の制作と平行して、イラストレーション、レコード・ジャケット、絵本の仕事をおこなっている。
近年は音楽エッセイを雑誌に連載するようになり、今までの音楽遍歴を綴った『僕の音盤青春記1971-1976』『同1977-1981』『オーディオ小僧の食いのこし』などを出版している。
2015年5月には『僕のビートルズ音盤青春記 Part1 1962-1975』を上梓。

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