【新譜紹介】熊谷俊之「トッカータ・ブラジリス」配信開始

クラシックはハイレゾ音源を楽しむのによく好まれるジャンルですが、フルオーケストラや弦楽だけでなく、クラシックギターももちろんファンとしては高音質で聴きたいもの。

今回ご紹介するのは、熊谷俊之による「トッカータ・ブラジリス」。

AAC[320kbps]

FLAC[96.0kHz/24bit] FLAC[192.0kHz/24bit] FLAC[384.0kHz/24bit]

DSD[11.2MHz/1bit]

 


熊谷俊之氏は、ウィーン国立音楽大学で、ウルグアイ出身のアルバロ・ピエッリに師事し、今年(2019年)3月にはボリビアとペルーから招聘を受け、国際交流基金の助成のもとコンサートやマスタークラスを開催し文化交流活動を行うなど、現在最も注目される実力派ギタリストの一人。

南米の音楽文化に深い見識を持つ熊谷氏が、今回、南米各地のオリジナル音楽の要素を持つ作品と、21世紀に書かれた同地の作曲家の作品を演奏し収録。前者と後者を対比することで、南米音楽の奥の深さと多様性を表現。

鮮やかなリズムと色彩感溢れる響き、緩急を織り交ぜた近現代の作品で構成されたプログラムには、ノブレ(ソナタは世界初録音)やコントレラスによる注目作品も組み入れられ、ハイセンスな1枚に仕上がっています。

レコーディングが難しいと言われるクラシック・ギターをDXD384KHzの高解像度ワン・ポイントで収録。
艶ややかで透明感のある高域と弦の振幅を肌で感じる力強い低域を両立した、リアルで奥行きある音場感が楽しめます。

本項では、CD収録のセルフライナーノーツを引用し、今作をご紹介いたします。

曲目について 熊谷 俊之


アストル・ピアソラ 1921-1992

コンパードレ(伊達男) / 天使の死

 アルゼンチンのギタリスト、ロベルト・アウセルが演奏する「5つのバガテル」(ウィリアム・ウォルトン作曲)からインスピレーションを受け作曲されたのが、この「5つの小品」。「Compadre」はギターのために書かれた「5つの小品」の第5曲目に位置し、「5つのバガテル」の第3曲目「Alla Cubana」の影響を強く感じる一曲です。今回は5つの作品の中から私が最も好きな「Compadre」のみを選び、それに続けてレオ・ブローウェル編の「La Muerte del Angel」を対にしてみました。

 

エイトール・ヴィラ=ロボス 1887-1959

<ブラジル民謡組曲>より
マズルカ・ショーロ / ショティッシュ・ショーロ
ワルツ・ショーロ / ガヴォット・ショーロ

 今年(2019)が没後60年にあたるエイトール・ヴィラ=ロボス。彼のギター作品は、楽器の特質を生かしたオリジナリティ溢れる響きで知られています。ショパンを彷彿とさせる美しい旋律のマズルカ・ショーロ(1908)、裏拍にアクセントを置きたくなる小洒落たスコットランド風のショティッシュ・ショーロ(1908)、重厚で豊潤な響きに満ちたワルツ・ショーロ(1912)、ヴィラ=ロボスが敬愛するバッハを連想したと思われるガヴォット・ショーロ(1912)、ヴィラ=ロボスのギター作品の中でも特に親しみやすいブラジル民謡組曲より4曲を選びました。

 

マヌエル・マリア・ポンセ 1882-1948

エストレリータ / 主題と変奏と終曲  

 メキシコ出身のマヌエル・マリア・ポンセは近現代のギター・レパートリーを語る上で最も重要な作曲家の一人です。41歳の時に、巨匠アンドレス・セゴビアとの出会いを経て、数々のギター曲が誕生しました。

 「エストレリータ」は本来は歌曲ですが、世界中で様々な楽器によって演奏されている名曲です。今回のギターでは、最も馴染みのあるホセ・ルイス・ゴンザレス編で。

 「主題と変奏と終曲」は1926年フランスにあるEvian-les-Bainsにてセゴビアの手によって初演されたと言われており、その後セゴビアはヨーロッパ中のコンサートや、初のアメリカ・ツアーでもこの曲を好んでコンサート・レパートリーにしていました。ポンセの作品はフレンチ・スタイル、メキシコ・スタイル、ネオ・クラシックやバロック・スタイル、様々な側面を持ち合わせていますが、この「主題と変奏と終曲」はポンセがパリで過ごしていた時代に書かれた、フランスの影響を強く受けている作品であると言えます。

 

ハビエル・コントレラス 1983-

感覚と理由 〜ビクトル・ハラ讃歌〜          

 チリの最南端プンタ・アレーナス出身のギタリスト兼作曲家のハビエル・コントレラスは現在チリ・ギター界における最高峰ギタリストの一人。2018年に日本ツアーで初来日した際に私も共演し、彼の優れた作曲能力と演奏技術の高さに驚きました。南米各地に根付く豊富なリズム、郷土文化からインスピレーションを得て作曲される曲たちはどれも斬新で革新的です。この「Sentido y Razon」という作品タイトルはチリが70年代の混乱の最中、殺害されてしまったチリのシンガー、ビクトル・ハラの歌詞の一部です。

 

セルジオ・アサド 1952-

思い出         

 1994年に公開された相米慎二監督の映画「夏の庭」のために書かれた「夏の庭組曲」の中からの一曲。全22曲はほとんどがデュオの為の曲だが、「Remembrance」は独奏作品。常に高い演奏技術を要求されるアサド作品だが、この曲に関しては叙情的な歌い回しのセンスが要求され、ポピュラーな作品として親しまれている。

 原作小説は湯本香樹実の「夏の庭 The Friends」(1992)。

 

世界初録音にあたって   マルロス・ノブレ

 熊谷俊之の深い解釈、洗練された表現力、そして作品への敬意は私に大きな喜びをもたらしてくれた。特筆すべきは、彼の類い稀なるギターの音色だ。この素晴らしいギタリスト熊谷俊之によって、私の「ソナタ」世界初録音がなされたことを心から嬉しく思う。

 この3つの楽章から成る「ソナタ 作品115」は、私の作曲したギター作品中最も新しいもので、2011年にGHAレコード(ベルギー)からの委嘱を受け、私の親愛なる友人であるオダイル・アサドのために書き下ろした。 

第1楽章(Impetuoso)冒頭、強力なコードと、アップダウンの激しいクロマチック・ラインが交互にバランスをとりながら鳴り響く。これは私のギターに対する新たなアプローチである。そして繰り返される上昇和音のセクションの後、下降とともに“dolche agitato”のセクションへと導かれていく。この楽章は大きくA(Vivo)-B(Calmando)-A’(Vivo)という構成で分類することができ、ある種のヴィルトゥオーゾ風なクロマチック・エチュードともいえるだろう。

第2楽章(Cantábile)はギターという楽器の可能性を最大限生かし、ポリフォニックな響きを多分に表現した“Cantábile”である。複雑に形を変えるリズムが響きを重ねながら、楽章を通して印象的に表れ続ける。主旋律は上声部ではあるが、全声部全てが重要な役割を担っており、それぞれがメロディアスであり、かつ和声的機能を持ち合わせている。曲中の大部分を占める“agitato”を経て、“morendo”へと続いていく。

第3楽章(Toccata Brasilis)は“トッカータ”。ブラジル、特にリオではポピュラー・ミュージシャンに最も人気の楽器、カヴァキーニョを模した音形から始まる。主にメロディー要素とリズム構造からなり、複雑なバリエーションをもった“トッカータ”と考えることができる。最も重要なのは、主にシンコペーションに乗せられた強力なアクセントである。

 私が重視しているのは、滑らかで自然に重なり合うハーモニー、そしてポリフォニーの発展である。それぞれの声部全てが重要であり、互いに重なり合いながら強力な和音へと変化し終結へと向かう。      

(翻訳:熊谷俊之)


熊谷 俊之 プロフィール

 ウィーン国立音楽大学大学院を審査員満場一致の最優秀で修了。第50回東京国際ギターコンクール2位をはじめ他多数の国際コンクールに入賞。

  国内はもとよりオーストリア、スペイン、チュニジア、ノルウェー、リヒテンシュタイン、ペルー、ボリビアなど世界各国の音楽祭に出演し好評を博す。ウィーン楽友協会ではYoung Musiciansに選ばれリサイタルを行った。2012年にソロ・アルバム「ソナタ〜ボッケリーニ賛歌〜」(レコード芸術特選盤)をリリース。

 ギターを斉藤治道、高田元太郎、アルバロ・ピエッリ各氏に師事。昭和音楽大学非常勤講師。