【レビュー】ユカリサ「WATER」をハイレゾで聴く

2019年に山崎ゆかり(空気公団)、吉野友加(tico moom)、中川理沙(ザ・なつやすみバンド)の三人で結成された音楽グループ『ユカリサ』の1stアルバム『WATER』がリリースされた。

ユカリサ「WATER」

AAC[320kbps] FLAC[48.0kHz/24bit]

楽器的な編成としては主に、オルガン、シンセベースを山崎が担当、中川はピアノ、吉野はハープを奏でつつ、ボーカルに関しては3人がボーカル/コーラスをとる形で紡がれる全10曲。アルバム全編を通してアートワークの海、そしてアルバムタイトル「WATER」のイメージにも通じる、水のように淀みなく流れる歌と生楽器のハーモニーを感じることが出来る。

また本作はハイレゾ音源(FLAC 48.0kHz/24bit)でも配信されている。前述のような構成要素一つ一つの響きで成り立つこれらの楽曲は、まさに”ハイレゾで聴いてみたい”と思わせてくれるものだ。本稿では、moraスタッフがハイレゾを中心に本作を聴いてみた感想を中心に、この「WATER」というアルバムを紹介したい。

もちろん音の良さ、心地よさというものは非常に主観的な感覚であり、CDやレコード、あるいは配信でいう通常/圧縮音源であるAACの方が好み、というリスナーもいて当然だと思う。そういった意味では必ずしも、ハイレゾ音源はそれらの上位互換というわけではないのだが、本作のような音楽を聴いた時に「もっと楽器一つ一つを堪能したい」「演奏者たちの実際に出していた音、聴こえていた音に少しでも近づいてみたい」など、より作品の音を深く知りたい欲求が芽生えたら、ハイレゾ音源を一つの選択肢として提案したい。

 

コーラス、楽器の響きを全て収めても飽和しない、空間の広さ

1曲目「musuitai」の冒頭では、1音目のハープが鐘の音のようにアルバムの始まりを告げる。そしてピアノとのアンサンブルに導かれて柔らかなコーラスが入ってくる。作品全体の世界観を端的に伝えつつリスナーの耳を掴む、導入として申し分ないトラックだ。ハイレゾで聴いた際にまず思うのは、ハープ⇒ピアノ⇒コーラスと、パートが増えていっても全体が飽和せず、それぞれの音が響く余裕が残されている空間の広さだ。限られたスペースにギュッと詰め込まれるのではなく、手を伸ばせば触れ合う程度の心地よい距離間で、響きの端々が緩やかに重なりあっているように感じる。

しばしばロック等のジャンルでは飽和感が好まれたり、バンドサウンドの一体感を求めてモノラルミックスが採用されたりする。しかし、ユカリサのような音像はやはり音同士が押し合うようなものよりも、それぞれの響きが活きる有機的なサウンドがマッチするだろう。ボリュームを思い切ってぐっと上げて本作を聴いてみても、率直な感想として「うるさくない」。大音量と聞いてイメージするような、音に圧迫されるような感覚はなく、響きの奥行をより心地よく感じることが出来た。コーラスも、ハイレゾではより「3人の人間が歌っている」というイメージが鮮明になる。これも前述のように音の空間に余裕があり、分離感と奥行きが感じやすい事によると思う。

ピアノの弾き語りから始まる「みずうみ」などの楽曲でも、これは十分に感じられるはずだ。

 

「深海に降る」の深いこだま

6曲目「深海に降る」は曲数で言えばちょうど半分を過ぎたところ、レコードならば盤面を裏返してB面の1曲目という事になるだろうか。最も長い曲で、最も声が深くこだまする曲だ。アルバム全編を通して、歌や楽器のナチュラルな響きが堪能できるのは既に述べた通りだが、この曲のボーカルは”エコー”と呼べるレベルの深い処理が施されている。タイトルと相まって海に沈んでゆくような感覚も覚える、アルバム中盤の緩急として絶妙なトラックと言えるだろう。

 

聴き手を陸地に上げる「いらない」のバンドサウンド

アルバムを聴き進めていくと、サウンドは1曲目で提示されたように3人の演奏する楽器、コーラスという統一感が保たれている。1曲ごとに目まぐるしく曲調が変わるようなタイプの作品ではなく、あくまで連綿と続く流れに漂うように聴けるアルバムだと感じる。しかし終盤、9曲目の「いらない」が始まった途端、イントロのオルガンとリズムが織りなすこれまでなかった質感にハッとする。そしてドラムとベースの入った、一気に視界の開けるようなバンドサウンドが展開する。アルバムタイトルになぞらえるならば、水に漂っていた状態から、陸に上がって地を踏みしめたような感覚だ。この流れはちょっとしたカタルシスであり、ぜひとも1曲目から順を追っての視聴をおすすめしたい。もっとも7曲目に既に「浜辺にて」という楽曲があるので、筆者の感想と制作者の意図はまた違うのかもしれない……それもまた楽しい。

また、ドラムの有無で楽曲間の音量には差が出てしまいがちだが、本作をハイレゾで聴いた際は、決して他の曲と比べてうるさくならず、あくまで音がグッと上がる心地よいダイナミクスとして楽しめた。

 

タイトル曲にして最後の一曲「WATER」での朗読と響きと定位

アルバムの最後を締めくくるタイトルトラック「WATER」はこれまでの「歌」ではなく、物悲しくループするピアノの旋律に乗せた詩の朗読、ポエトリーリーディングとなっている。音の処理や質感も異彩の一曲だ。ナチュラルな響きを活かしてきた本作で、この楽曲ではかなり意識的にリバーブのない(=全く残響がない)ドライな声や、エフェクトのかかった声が様々な定位で鳴っている。ここは1曲目の「musuitai」と比較しながら、同じ3人の演者の声と楽器が、異なる響きで用いられているのを聴いてみるのも面白いかもしれない。こうして「いらない」で開けた視界が、また「WATER」で滲むようにしてアルバムが幕を閉じる。

 

個人的におすすめの聴き方

短く、断片的な本稿では、この「WATER」というアルバムの魅力はまだまだ伝えられていないが、少しでも興味が湧いた方はぜひハイレゾ音源、かつ大音量で聴いてみて欲しい。BGMとしても心地よい音楽なのは間違いないが、繰り返し述べたようにボリュームを上げてもうるさくならず、一つ一つの響きをはっきり堪能することが出来るのでぜひお試しを。