カーペンターズとロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団が奇跡の共演! 『カーペンターズ・ウィズ・ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団』ハイレゾ配信開始

カーペンターズに、まさに王族の待遇。A&M / Umeは、12月7日に『カーペンターズ・ウィズ・ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団』(原題:『Carpenters With The Royal Philharmonic Orchestra』)を全世界でリリースする。時代を超越したヒット曲や誰もがお気に入りの名曲の数々を収録したこのアルバムは、カーペンターズのオリジナルのヴォーカルとインストゥルメンタル・トラックに、ロンドンのアビイ・ロード・スタジオで録音された、リチャード・カーペンター指揮によるロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団(以下 RPO)の演奏による新しいオーケストラ・サウンドが加えられている。

 

Carpenters With The Royal Philharmonic Orchestra

FLAC [192kHz/24bit] FLAC [96kHz/24bit] AAC [320kbps]

 

リチャードとカレン・カーペンターは、1970年に「遥かなる影」と「愛のプレリュード」にてチャートでの成功を達成して以来、不滅のメロディック・ポップの新しいスタンダードを確立した。1億枚以上のレコード売上を記録しているカーペンターズは、歴史の中で最も成功したアーティストの一つであり、長く続いたヒットのリストには、「雨の日と月曜日は」「トップ・オブ・ザ・ワールド」「イエスタデイ・ワンス・モア」「スーパースター」が含まれている。

エルヴィス・プレスリー、アレサ・フランクリン、ロイ・オービソン、そしてビーチ・ボーイズなどとのコラボレーションによるRPOの成功に続き、『カーペンターズ・ウィズ・ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団』は、レコーディングに初めて実際のアーティストがその過程で重要な役割を果たすことになる。リチャード・カーペンターは、アルバムのプロデューサー、アレンジャー、そして指揮者を務めている。
「結局はリチャードの音楽であり、最初から関わっていた本人がそこにいた、ということが特別なことなのだ」と、ロイヤル・フィルハーモニーのオーケストラ・マネージャー、イアン・マクレーは言う。「普通と違って、誰かによる解釈ではないんだ」。

リチャードの天与の才であるプロダクション、二人のハーモニー、そしてカレンの不朽のヴォーカルが融合することで、カーペンターズは長く愛され、不変の人気を誇っている。

2016年、カーペンターズの名前は再び英国のアルバム・チャートに戻ってきて、コンピレーション・アルバム『The Nation’s Favorite Carpenters Songs』は最高2位を記録。2017年にはベストセラーとなった12 LPボックス『Carpenters Vinyl Collection』が発売。また、2018年9月にはカーペンターズの1977年の世界的ヒット「星空に愛を(コーリング・オキュパンツ)」が、600万人近くが観たテレビ・ドラマ『アメリカン・ホラー・ストーリー』の新シーズンの挿入歌となっている。

 

【リチャード・カーペンター出演のトレイラー(日本語字幕付き)】

 

2018年8月13日~16日、リチャード・カーペンターとロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団(RPO)は、ビートルズ、ピンク・フロイドなどの伝説のアーティストたちが世界で最も愛された音楽を制作した歴史的なスタジオ、ロンドンのアビイ・ロード・スタジオのスタジオ2に集まった。

リチャードとRPOは、カレンのヴォーカルとドラムス、リチャードのキーボードとヴォーカル、ボブ・メッセンジャーの木管楽器、トニー・ペルソのギターを含む、カーペンターズのコア・バンドのオリジナル・レコーディングを補完する新しいアレンジを録音した。

カーペンターズのオリジナル・レコーディングには、ベースのジョー・オズボーン、ドラムスのハル・ブレイン、トランペットのチャック・フィンドレイ、オーボエのアール・ダムラー、ハーモニカのトミー・モーガン、ペダル・スチールのバディ・エモンズ、サックスにはトム・スコットとダグ・ストローンという大物ミュージシャンたちが参加している。

彼らの曲をもう一度、あるいは初めて聴こうとする人も多いだろう。『カーペンターズ・ウィズ・ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団』をデュオの15番目のスタジオ・アルバムと考えるファンもいるかも知れない。新作がフル・アルバムとして発表されたのは、2001年の『レインボウ・コネクション~アズ・タイム・ゴーズ・バイ』以来、初めてのことだ。

このプロジェクトにより、リチャード・カーペンターは自身の曲を大きな舞台に上げる機会を得た。オリジナルの「遥かなる影」を“すべてが完璧な楽曲”とする一方で、アレンジャーとして、70人を超える演奏者を擁するオーケストラという武器を手にした時の誘惑に抵抗することはできなかった。

「〈遥かなる影〉は、まばらなストリング・アレンジなんだ」と、リチャード・カーペンターは言う。本当はもっと豊かなサウンドにするために演奏者を集めたかったが、当時はその予算はなかったのだ。「第2節と第3節では10台のヴァイオリンしかないので、音が薄く聴こえる。今回はそれを4倍にしたんだ。気がつく人はすぐに気づくだろうね。旋律は同じでも、演奏者の数が多いので、より深い音になっているはずだよ」。

他にも「愛のプレリュード」や「メリー・クリスマス・ダーリン」などのカーペンターズの名曲も同じように適切なオーケストレーションが施された。
「これまで、何度となく、私は“もう一度この曲をやり直すことができたらいいのに”と思うことがあった」と、リチャード・カーペンターは言う。「さらに、細かいところをやりすぎることなく、修正をする機会ができたことが大事だ」。

カーペンターズの主要なシングル曲は、『カーペンターズ・ウィズ・ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団』でも聴くことができる。アン・マレーやジョージ・ベンソンによるヒットでも有名な「想い出にさよなら」や「マスカレード」も、カーペンターズによるオリジナルがアルバムに収録される。「これらのリフレッシュされた楽曲によって、改めてカレンの瑞々しいヴォーカルの魅力を感じることができる」と、リチャードは言う。「それこそが、このプロジェクトを進める一番の理由でしただったんだ」。

リチャード・カーペンターは、ニュー・アルバムの発売に合わせて、12月上旬にプロモーションで日本を訪れることも決定。また、今回のアルバムの日本盤ボーナス・トラックとして「プリーズ・ミスター・ポストマン」が追加収録される。さらに、日本盤の初回生産分にはリチャード・カーペンターの直筆サインが抽選で10名のラッキーなファンに当たるスペシャル・キャンペーンの応募券の封入も決定。リチャード・カーペンターが日本を訪れるのは、カーペンターズの結成40周年を記念して、2009年に日本でのみ発売された、日本のファンが選曲したCD2枚組のベスト・アルバム『カーペンターズ40/40~ベスト・セレクション』のプロモーション来日以来、実に9年ぶりになる。

これまでに聴いたことのないカーペンターズのサウンドが、『カーペンターズ・ウィズ・ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団』に収められている。

 

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■ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団について

1946年、トーマス・ビーチャム卿は、イギリス屈指のミュージシャンを集めたアンサンブルを結成しようと試みた。ビーチャムの構想は、世界各地で聴衆に最高の音楽を提供するオーケストラであり、今日まで、ビーチャムの遺産は、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団として残っている。長年にわたり、RPOは、コンサート・ホールでの伝統的なプログラムから古典的で壮大なイヴェント、アリーナでのクロスオーヴァー・コンサートまで、幅広い活動を展開し、優れたクォリティと多様性を重視している。オーケストラはロンドンを拠点とし、ロイヤル・アルバート・ホール、カドガン・ホール、サウスバンク・センターのロイヤル・フェスティヴァル・ホールで定期的に演奏するほか、英国内のコンサート、海外ツアー、CD、映画、テレビ用収録、コミュニティや教育関係など多岐に渡る活動を行っている。詳細については、www.rpo.co.ukを参照。

 

■数字でみるカーペンターズ

  • 1969年にA&Mレコーズと契約して以来、カーペンターズは全世界で1億枚以上のレコードを売り上げている。
  • カーペンターズは70年代の最も売れているアメリカン・アーティスト。
  • ベスト・アルバム『シングルス1969~1973』は、ビルボード誌のポップ・アルバムのチャートで第1位を獲得した。アメリカだけでも7回のプラチナ・セールス(700万枚達成)を記録している。イギリスでは、アルバムは17週間(連続ではない)第1位を獲得した。
  • カーペンターズは12のグラミー・ノミネーションを受け、そのうち3回受賞しており、「遥かなる影」と「愛のプレリュード」の2曲はグラミーの殿堂入りも果たしている。
  • カーペンターズは日本において、マライア・キャリー、ザ・ビートルズに続いて最も多く売れた外国アーティストの第3位になっている。1995年に日本でのみリリースされたベスト・アルバム『青春の輝き~ベスト・オブ・カーペンターズ』は、日本国内だけで300万枚を超える売上げを記録。これは日本で最も売れた洋楽ベストアルバムとなっている。

 

■アルバム収録曲 解説

① オーヴァーチュア
アルバムのオープニングを飾る、リチャード・カーペンター自らの指揮で、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団(以下RPO)と録音した導入的なトラック。「愛のプレリュード」のメロディが散りばめられた後に、続く「イエスタデイ・ワンス・モア」へと紡がれていく。イギリス人作編曲家のピーター・ナイトが共同ライターとしてリチャードと共作している。ふたりの関係は、1977年にリリースされたアルバム『パッセージ』まで遡る。同作に収められた「星空に愛を(コーリング・オキュパンツ)」「泣かないでアージェンティーナ」のオーケストレーションを担当した。

② イエスタデイ・ワンス・モア
1973年に発表されたアルバム『ナウ・アンド・ゼン』に収められたアルバム・ヴァージョンから数えて、少なくとも3種類のミックスが存在する。本作ではストリングスが大幅に書き加えられ、オリジナル・ヴァージョンにはなかったアコースティック・ギターやピアノ、オーボエなども新録。1980年代にリミックスされたヴァージョンでは、冒頭Aメロ(1コーラス目)の6小節目の3~4拍目にC#7のコードが挿入され、この楽曲に新たな色合いを添えたが、本ヴァージョンでは最新の技術を駆使して、2コーラス目の同じ箇所でもオリジナルのベース音(G#)を同様にC#7へとデジタル変換。より整合性の取れた編曲となった。また、オリジナルで聴かれたカレンのドラムスに追加する形で、よりパワフルな男性ドラマーも投入され、スケール感が大いに増している。

③ ハーティング・イーチ・アザー
これまで発表されたミックスの違う2ヴァージョンと比べ、大編成の弦楽器の力が遺憾なく発揮され、さらに豪華絢爛な楽曲に生まれ変わった。かのハル・ブレインが叩いていたオリジナルのドラムスをグレッグ・ビソネットというドラマーで完全に入れ替え、重厚さを増した「上モノ」を強固な「屋台骨」が支えている。デジタル編集技術を使い、エンディングは劇的なカットアウトになっている。

④ 青春の輝き
1976年に発売されたアルバム『見つめあう恋』に収録されたアルバム・ヴァージョンと、その頭4小節をミュートしたシングル・ヴァージョンが存在するが、本作はまさにその最終完成版。イントロのフルートは当初ロンドンでRPOのフルート奏者で録音されたが、満足のいかなかったリチャードは、後日ロサンゼルスのスタジオ・ミュージシャンで再チャレンジ。イングリッシュ・ホルンやリチャードのピアノも新録されている。

⑤ ふたりの誓い
本企画で最も劇的に生まれ変わった曲のひとつ。大編成のオーケストラの力は言うまでもないが、リチャードも自身のライナーノーツで語っているように、カレンのヴォーカルにデジタル処理を施すことにより、ノイズなどの不純物の除去に成功。清潔感に溢れる歌声が、まるで耳元で歌っているかのようだ。

⑥ タッチ・ミー
アレンジャー/プロデューサーとして、リチャードの凄みが如実に表れた一曲。地味なカントリー・バラードだった原曲を洗練の極みにまで昇華させている。兄妹だけによる一糸乱れぬ多重録音ハーモニーがトレードマークだった彼らにしては珍しく女性の黒人シンガーをコーラスに加えている。リチャードに理由を尋ねたところ、「ソウルっぽい音にしたかったから」と予期せぬ回答が。発売当時はディスコ全盛。バーブラ・ストライサンドもビーチボーイズもディスコ・サウンドに走っていた時代だ。

⑦ アイ・ビリーヴ・ユー
一時のブームが過ぎ、各々の健康問題も影響する中、新機軸を打ち出す必要の中で発表された、異色のシングル。カーペンターズとして発表された数あまたある楽曲の中で、外部アレンジャーを迎えて制作された例外中の例外。大編成のストリングスは、1978年に発売されたオリジナル・ヴァージョンでも聴かれたが、本作でもその威力は際立っている。

⑧ 想い出にさよなら
「愛にさよならを」のヒットで“パワー・バラード”という一ジャンルを確立させた、カーペンターズの進化系楽曲。オリジナル・ヴァージョンでも大編成のオーケストラを配していただけに、この企画にはうってつけの選曲と言える。ピアノは新録。

⑨ メリー・クリスマス・ダーリン
元々は1970年の録音だが、本作で聴かれるカレンのリード・ヴォーカルは、1978年に発表された初のクリスマス・アルバム『クリスマス・ポートレイト』のために録り直されたもの。書き加えられたフルートのラインやホルン隊、増強された弦、さりげなく変更されたコード(おそらくこれもデジタル処理)、新録のピアノ…リチャードの執念が感じられる出来栄え。

⑩ ベイビー・イッツ・ユー
確認できる範囲では、オリジナル・ヴァージョンの他にアコースティック・ピアノをエレピに差し替えたリミックス・ヴァージョンが発表されているが、この曲は本アルバムの中で“変身率”が最も高い楽曲と言える。特に1コーラス目はオリジナルからのオケ素材はほとんど聴かれず、カレンはまるでRPOとの共演のために歌っているようだ。

⑪ 遥かなる影
オリジナル・ヴァージョンでは10人しかいなかったストリングスが、本作では44人にまで増員。当時からリチャードの頭の中で鳴っていた音が、ようやく現実のものとなった。この曲は彼にとってまさに神聖不可侵なもので、ピアノのステレオ化はおろか、リミックスさえ1991年まで全く手付かずの状態が続いていた。本企画でそのすべてが整い、あの名作の完全な姿が48年の歳月を経て、遂にその全貌を現したのだ。

⑫ スーパースター
1971年にリリースされたアルバム・ヴァージョン、シングル・ヴァージョン、1991年のリミックス・ヴァージョンと3つのミックス違いを経て、4つ目のヴァージョンとなる。大幅に増やされたストリングスの他、同じく新録されたアコースティック・ギターやバスーンなど、この曲の持つ哀愁を過去ヴァージョンに比べて何倍も際立たせている。

⑬ 雨の日と月曜日は
過去ヴァージョンの変遷は「スーパースター」と同じ。本アルバムの他の曲同様、リチャードにとってカーペンターズは未だ現在進行形のライフワークなのだと痛感させられる。新しいアイデアが次々と浮かんできて、その進化はとどまるところを知らないかのようだ。

⑭ マスカレード
「やり過ぎは禁物だね」――今回のRPOとの共演に際し、リチャードが自らに言い聞かせるように繰り返していた言葉だ。これだけの人数のオーケストラを相手に「あれもやりたい、これもやりたい」と溢れる才気がかえって仇になる危険性を理解していたのだ。前半はほぼオリジナルの録音に忠実だが、後半、エンディングにかけて抑制的かつ効果的に現れるRPOの演奏。プロデューサーとアレンジャーという二足のわらじを見事に両立させている。

⑮ 涙の乗車券
1969年に発売された記念すべきデビュー・シングル。1973年のアルバム『シングルス1969~1973』収録のためにリード・ヴォーカルが再録され、同時に再ミックスされた。3つ目のヴァージョンとなる本作では、オーケストラの増量だけでなく、リチャードが長年温めてきたというオーボエのパートや念願かなってステレオで再録されたピアノが堪能できる。

⑯ 愛にさよならを
数あるヒット曲の中でも、和声の構造やドラマチックな展開など、大編成のオーケストラとの共演に最も適している楽曲。美しい旋律と相反する歪んだエレギ・ギターの組み合わせはリチャードならではのセンスだ。今回のヴァージョンではそのギターソロの手前であっと驚くピッコロ・トランペットが登場し、いきなりバロック時代へとタイムスリップ。引き出しの豊富さに脱帽するばかりだ。

⑰ トップ・オブ・ザ・ワールド
もともとは1972年に発表された通算4枚目のアルバム『ア・ソング・フォー・ユー』に収録された一曲。ファンからの熱い要望でシングル・カットされた際、リード・ヴォーカルを始め、スティール・ギターなど他のパートも再録音され、より“シングル向き”に生まれ変わった。その後一度再ミックスされ、これで通算4ヴァージョン目。

⑱ 愛のプレリュード
アレンジ展開の大きさでいうなら、こちらもオーケストラとの共演に最適な一曲。ピアノとフルートだけの静かなイントロから、ホーン・セクションが咆哮するサビまで。ダイナミクスに富んだ構成を盛り立てるストリングスは、まさに編曲家の腕の見せ所だ。華麗で壮大な音像がアルバムの最後を飾っている。
日本盤ボーナス・トラック

⑲ プリーズ・ミスター・ポストマン
1974年にシングルとして発売され、全米ナンバーワンを記録したが、翌年リリースされたアルバム『緑の地平線(ホライゾン)』に収録されたのは出だしのリード・ヴォーカルを一部差し替えた“アルバム・ヴァージョン”。
つのコードが延々と繰り返されるこの曲をどうやってオーケストラ・スコアにするのか? 興味津々だったが、セカンド・コーラスを聴いて大いに納得。モータウンからバロックへの瞬間移動にリチャードの遊び心が込められている。

解説: 塚原 顕

 

■最新オフィシャル・バイオグラフィー

甘い記憶。絶対的なお気に入り。最高の新発見。

「愛のプレリュード(原題:We’ve Only Just Begun)」「イエスタデイ・ワンスモア(原題:Yesterday Once More」「愛にさよならを(原題:Goodbye To Love)」。

兄リチャードが手掛ける重層的な音作りと、時代を超越した妹カレンの歌声とが彩る特徴的なサウンドで、メロディック・ポップの新たな基準を打ち立てたカーペンターズ。
すぐさま大人気を博したカーペンターズは、1970年代のアメリカを代表するベストセラー・アーティストとなった。

核心を突いたカーペンターズ評はデビュー当初から上がっていたが、やがて時代を経るにつれ、最終的には世論を形成する人々ほぼ全ての意見が一致。ローリング・ストーン誌は2017年、カレンとリチャードの業績について、「カレンの驚異的なコントラルトの歌声と、一連のカーペンターズ作品は、徐々に再評価され賞賛を得てきた」と述べている。

それから約50年。カーペンターズは今もなお、世界で最も高い売り上げを誇るレガシーに数えられている。

そして今回、オリジナル・レコーディングに新規のオーケストレーションを加えて増強し、新たなプロデュースを施したアルバム『カーペンターズ・ウィズ・ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団』(2018年12月7日、全世界同時発売)がリリースされることとなった。

このアルバムは、リチャード&カレン・カーペンターの音楽を懐かしく思い出す人々、長い間愛してきた人々、そして初めて触れる人々、その全てのための作品である。

カーペンターズの物語を短縮版で述べてみよう。米国コネチカット州ニューヘイヴンで、父ハロルドと母アグネスのもとに生まれ共に育った、リチャードとカレンの兄妹。熱心なレコード・コレクターだった父がニューイングランド地域の寒い冬を嫌っていたことから、1963年6月、一家はカリフォルニア州ロサンゼルス郊外の町ダウニーに引っ越した。カレンがドラムに夢中になり、リチャードがカレンの歌声の素晴らしさに気づいたのは、そこで暮らしていた時のことだ。 幾つかのグループでの活動を通じて成功の兆しを見出した彼らは、1960年代末までには2人組:カーペンターズとなっていた。

リチャードとカレンがA&Mレコードと契約したのは、1969年4月22日。その際、レーベルの共同設立者ハーブ・アルパートは「多少なりともヒットが出るよう、願おうではないか」と述べていた。その7ヶ月後、2人はファースト・シングルをリリース。それはザ・ビートルズの「涙の乗車券(原題:Ticket to Ride)」を大胆に解体したカヴァーであった。ザ・ビートルズによる粗削りなロックの名曲を、華やかな音作り(プロダクション)で飾り立てたバラードに変身させたリチャードとカレン。このカーペンターズのヴァージョンは、ビルボードの全米シングル総合チャートで最高位54位を記録した。

ファースト・アルバム『オファリング(原題:Offering)』(後に作り直されて『涙の乗車券(原題:Ticket to Ride)』に改題)は、多忙なセッション・ベース奏者ジョー・オズボーンが所有するガレージ・スタジオで当初録音していた楽曲を再レコーディングし直した曲を中心に、新曲とカヴァー曲を併せて収録。カーペンターズの将来を示唆する手掛かり、つまり傑出したプロダクションとアレンジ、そして最盛期を迎える寸前にあった空前絶後の歌声が、既にこの『オファリング』から聴いて取れる。

『オファリング』の発表後、カレンとリチャードはほぼ間髪入れずにスタジオへ戻り、次のアルバムに着手。アルパートはその際、バート・バカラック&ハル・デイヴィッドが作詞・作曲し、何年かの間しまい込まれていた曲「遥かなる影(原題:(They Long To Be) Close To You)」をレコーディングするよう提案した。カーペンターズの2人は、何れもその選択に乗り気ではなかったものの、アルパートは、リチャードのアレンジとカレンの奇跡的なアルト、そして2人の多重ハーモニーを以ってすれば、この曲には素晴らしい可能性があるはずだと信じていたのである。そして彼は100%正しかった。シングル「遥かなる影」は、一夜にしてブレイクを果たし、大ヒットとなったのだ。1970年7月25日、リチャードが再構築した「遥かなる影」は、全米シングル・チャート初の4週連続1位を記録。これを皮切りに、カーペンターズはその後6年間という驚くべき年月にわたって、トップ20ヒット・シングルを連発し続けた。そのヒット・シングルには、「ふたりの誓い(原題:For All We Know)」「雨の日と月曜日は(原題:Rainy Days And Mondays)」「スーパースター(原題:Superstar)」などの名曲が含まれている。

カーペンターズは、3度のグラミー賞と、アメリカン・ミュージック賞を受賞。コンピレーション・アルバム『シングルス1969~1973(原題:The Singles:1969-1973)』が全米アルバム総合チャート(ビルボード・トップ200)を制覇したほか、3枚のシングルが全米シングル総合チャート(ホット100)で1位を獲得した。世界的にも2人は非常に大きな成功を収め、1974年の日本ツアーでは、ビートルマニアに匹敵する熱狂的なファンの歓迎を受けている。

リチャードとカレン・カーペンターは、紛れもなく、世界の頂点(=“トップ・オブ・ザ・ワールド”)に立っていた。

それでも1971年から1975年にかけて、800公演以上のコンサートを行っていた2人。それはどんなアクトにとっても、仰天に値するライヴ数だ。ましてや彼らは、細部にまで凝ったプロデュースを施した、目が眩むようなスタジオ・レコーディング作品を最も得意とするアクトであるのだから、尚更である。

ツアーとレコーディングの両面でカーペンターズに対する需要は非常に高く、2人にとってそれは個人的に大きな負担を強いるものであったが、それでも2人はヒットを飛ばし続けた。

1976年12月には、カーペンターズ初のテレビ特別番組『The Carpenters’ Very First TV Special』がニールセン社の視聴率調査で6位にランクイン。それにより米ABCネットワークと契約が結ばれ、更に特別番組が4つ制作された。レコーディング・スタジオに戻ったカーペンターズは、1977年に発表した実験的なアルバム『パッセージ(原題:Passage)』で、作風を一新。同作に収録された別世界を思わせるクラトゥの「星空に愛を(コーリング・オキュパンツ)」(原題:Calling Occupants Of Interplanetary Craft (The Recognized Anthem Of World Contact Day))の壮大なカヴァーは、世界各国でヒットとなった。また『パッセージ』収録のジュース・ニュートンとの共作曲「スウィート・スマイル(原題:Sweet, Sweet Smile)」は、カーペンターの曲としては初めて米シングル・カントリー・チャートでトップ10入りを果たしている。

その1年後、カーペンターズにとって最大級となるヒット作が世に送り出された。ホリデイ・シーズンを一瞬にして鮮やかに飾った名曲「メリー・クリスマス・ダーリン(原題:Merry Christmas, Darling)」のシングル・リリースから約8年後、待望のクリスマス・アルバム『クリスマス・ポートレイト(原題:Christmas Portrait)』が発表されたのだ。このアルバムは今もなお、毎年ホリデイ・シーズンを迎える度に高いセールスを上げている。

リチャードが長らく切望していた休暇を取っている間、カレンはニューヨークに向かい、プロデューサーのフィル・ラモーンと共にソロ・アルバムに着手。しかしA&Mがあまり熱意を示さなかったため、このプロジェクトは棚上げされることとなった。やがてカーペンターズはスタジオに復帰し、アルバム『メイド・イン・アメリカ(原題:Made in America)』を完成。1981年にリリースされた同作からは、2人にとって最後の全米トップ20シングルとなった「タッチ・ミー(原題:Touch Me When We’re Dancing)」がリリースされた。またカーペンターズは、ビルボード・アダルト・コンテンポラリー・チャートの1位に15度輝いたが、これはその最後の1枚となっている。

カレンは神経性無食欲症の合併症により、1983年2月4日、この世を去った。

リチャードは歩みを止めることなく前進を続け、カーペンターズのアルバム未収録曲を集めたコンプリート・コレクションを更に4作制作し、カーペンターズの再発盤や、その他のカーペンターズ関連プロジェクトを監修、また自身のソロ・アルバムも2枚リリースし、遅ればせながらカレンのソロ作品を監修したのに加え、他アーティストのアルバムや楽曲のプロデュースを担当。折に触れてコンサートも行っている。

リチャードは2018年の大半を、アルバム『カーペンターズ・ウィズ・ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団』の制作に費やしてきた。彼はカーペンターズのオリジナル・レコーディング音源に新規のオーケストラ・アレンジを加えただけでなく、壮大な序曲(オーヴァーチュア)と曲間の間奏(インタールード)も新たに作曲。8月にはロンドンのアビイ・ロード・スタジオで、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団とのセッションを指揮した。その後、ロサンゼルスのハリウッドのキャピトル・スタジオで、更なる録音とポスト・プロダクションが行われている。

リチャードと妻メアリーは、カーペンター・ファミリー財団や、ウェストレイク・ビレッジのカーペンター・ファミリー・シアター、そしてカリフォルニア州ロング・ビーチのカリフォルニア州立大学リチャード&カレン・カーペンター・パフォーミング・アート・センターなど、様々な慈善活動にも忙しく取り組んでいる。

リチャード&メアリー・カーペンターは、サザン・カリフォルニアのロサンゼルスにほど近い郊外に在住。2人の間には5人の子供がいる。

翻訳: 今井スミ