はるかなる16世紀に思いを馳せて…『〜空想 安土城御前演奏会〜 信長公ご所望の南蛮音楽 王のパヴァーヌ』

本日マイスター・ミュージックよりリリースされた作品をご紹介!一口に既存のジャンルの枠にはめ込む事が難しい(?)、独創的で大変興味深いコンセプトの作品です。

王のパヴァーヌ (※オリジナルスペック:44.1kHz/16bit)

DSD[5.6MHz/1bit] FLAC[96.0kHz/24bit] AAC[320kbps]

16世紀、ポルトガルやスペインなどから伝播した音楽は、当時日本のセミナリヨで、武士や有力町人の子弟によってラテン語などとともに学ばれました。そして、“もし西洋好みの信長公がここにいらしたら、当時の南蛮渡来の音楽としてご所望であったに違いない出し物”(平尾雅子、ライナーノーツより)とのコンセプトのもと、練り上げられた壮大でファンタジックなプログラムです。

多彩なルネサンス楽器にパーカッションを加えた独自の豊かな響きが、今回ハイクオリティ・リマスタリングを施されることで、よりクリアでダイナミックな音場感に仕上がっています。

収録楽曲の一部はAmazon Prime Videoで配信中の日本発グローバルドラマ『MAGI-天正遣欧少年使節』にて使用されています。16世紀、日本から遠くヨーロッパへ派遣され、天正遣欧少年使節と呼ばれた四人の若者―――彼らが歴史の渦の中に放り込まれ、やがて歴史の闇に葬り去られるドラマチックな生き様を描いたこのドラマには、同時代を描きつつも他に類を見ない、ロマン溢れる題材の本作がまさにうってつけと言えるのではないでしょうか。

MAGI 天正遣欧少年使節団 公式サイト

 

さらにここではCDに封入されたライナーノーツを引用する事で、本作をより興味深く味わうための一助と出来ればと思います。


平尾 雅子(CD「王のパヴァーヌ」ライナーノーツより)
*無断転載を禁じます

空想 安土城御前演奏会

 時は1582年、ここ安土城の大広間において、信長様御所望の南蛮音楽を、踊りも交えて披露する宴が催された。南蛮文化にお詳しい信長様の御前演奏とあって、選りすぐりの南蛮人奏者が、ヨーロッパ中で知られた名曲を揃えてこの名誉ある場に臨んだ。能舞のお得意な信長様は、特にイタリーの踊りに大層ご興味を示され、その振りをまねしてごらんになるほどであった。

 戦国の世、つかの間のやすらぎ。

アルバムについて

◯ヨーロッパ音楽事情

 織田信長(1534〜1582)が活躍した時代、ヨーロッパの宮廷では、優れた歌手や器楽奏者を様々な地方から呼び寄せ、豊かな音楽環境を作ることが、支配者としてのステータスを示すものの一つと考えられていました。雇い主に気に入られて、生涯一つの宮廷で過ごす音楽家もいれば、より良い待遇を求めて色々な宮廷を巡る名手達もいました。ですから、ヨーロッパ各地の流行り歌や舞曲が様々な国の音楽家によって異なる地方の宮廷に伝えられたことは、容易に想像することができます。また、印刷術の発達によって多くの出版業者による楽譜がヨーロッパ中に出回り、今日私たちが想像するよりずっと国際的な交流が行われていたのです。

 

◯日本における西洋音楽

 ポルトガルやスペインの宣教師や商人達が伝えた西洋文化の一つとして、音楽は大変珍重されました。グレゴリオ聖歌といった宗教音楽ばかりでなく、世俗音楽もかなり実際に演奏されていたようです。

 このような当時の南蛮渡来の音楽を西洋好みの信長公が受け入れぬわけがありません。しかし「どのような曲が御前演奏されたのか?」残念ながらそれについては殆ど何もわかっていません。ただ、例えばヨーロッパで大変長い期間愛唱、愛奏されたジョスカン・デプレの「千々の悲しみ」、別名「皇帝の歌」とも呼ばれた大ヒットソングが、遥か異国の、当時の「日本の皇帝」とも言うべき信長公の御前でも演奏されたとしたら・・・、想像力が膨らみます。(後に天正少年遣欧使節が帰国後、秀吉公の前で演奏した曲に関しても同様のことが考えられます。)

 武士や身分の高い町人の子弟が学んだ安土や有馬のセミナリヨでは、ラテン語、日本語等の学問と並んで、音楽が重要な教科の一つとして毎日の日課の中に取り入れられていました。天正少年遣欧使節のヨーロッパでの演奏でも証明されるように、彼等の中にもかなり音楽に長けた者がいたようです。

 使われた楽器としては、クラボ(小型チェンバロ、スピネットまたはクラヴィコード)、ヴィオラ(リュート)、ヴィオラ・ダルコ(ヴィオラ・ダ・ガンバ)、フラウタ(リコーダー)、アルパ(ハープ)、シャルマイ(ショーム=オーボエの前身)、オルガノ(オルガン)等々の記録が残っています。

 

◯曲目について

 これらの曲目は、ちょうど信長公が活躍した1550年から1580年代に、ヨーロッパ各地(主にイタリア、スペイン)で人気のあった美しい歌や変奏曲、そしてパヴァーヌやガリアルドといった舞曲等を厳選して集めたものです。今から四百数十年前、御前演奏されたかもしれない・・・、というよりも、もし信長公がここにいらしたら、御所望であったに違いない出し物を揃えました。「王のパヴァーヌ」、「騎士の歌」、「皇帝の歌」は、敢えて信長公を意識してプログラムに入れました。作曲家達の生没年は定かでないものが多いですが、「千々の悲しみ」のように息の長い、当時としては「いにしえの美しき流行歌」と言える曲や、それに対し大変斬新なボヴィチェッリの作品等も取り混ぜました。「信長公」を飽きさせないように!

 この録音において、沢山のルネサンス楽器を用いましたが、そのサウンドはバロック楽器とは違ったストレートな心地よさを持っています。これらの楽器に適時打楽器を加え、当時の演奏家に習って即興風に自由なアレンジを試みました。

<ディミニューション>

 16世紀後半、アルプス以北のフランドル地方出身の作曲家達による多声楽曲、美しいマドリガーレやシャンソンが、イタリア人によって、独奏、独唱用に変奏して演奏されるという一大ブームが沸き起こっていました。細かい音符を使ったこのような変奏法はディミニューションと呼ばれ、「甘き想い出」「またも旅立つことを」「私はこんなに傷ついて」はその典型的な例です。初期のオルティスによる「甘き想い出」のシンプルな美しさに対し、ボヴィチェッリはこの様式の極めつけとも言える巧みで複雑な装飾を見せています。スペインのカベソンによるディフェレンシャスもこの種の変奏曲であり、このCDの中に収録されている2曲とも基の旋律はとても有名で、色々な作曲家が変奏のテーマに取り上げています。

 また繰り返される低旋律、バッソ・オスティナートを持つ「フォリア」や「パッサメッゾ」等の舞曲は、ポルトガル、スペイン或いはイタリアを起源とするものですが、大変技巧的な変奏が施されました。このCDの中では当時の作曲家ばかりでなく、我々演奏者自身による、『できたてほやほや』の変奏もたくさん実施されています。

<編曲、作品集編纂>

 当時はある作曲家が別の作曲家達の作品を編曲したり、それらを集めて作品集を出版するということが、盛んに行われていました。2本のリュートのための2つのコントラプントは、有名な科学者ガリレオ・ガリレイの父、ヴィチェンツォが編纂したリュート曲集の中に含まれますが、このCDでは、それぞれリュートとダブルハープ、スピネットとリュートという組み合わせで演奏しています。当時はこれらの楽器は同様の楽譜で書かれどの楽器で演奏することも可能でした。ムダラのこのファンタジアもビウエラのために作曲されたものですが、ここではダブルハープで演奏しています。

 16世紀半ばの最も重要な作曲家の一人ヴィラールトは、他の作曲家の作品の編纂出版にも大変力を注ぎました。その中にはヴェルドゥロのマドリガーレやノーラのヴィラネッラも含まれています。ちなみにヴェルドゥロの「なんと幸せな日でしょう」はマキャヴェッリの詩に付けられたものです。

 スザートは有名な舞曲集出版業者で、今回はその曲集の中から、当時新しく発明された楽器、ミュゼット(ふいご付きバグパイプ)による独奏で1曲取り上げました。

<踊りとの関連>

 アレンジは演奏だけに留まらず、当時の踊りにも行われていました。例えば、今回録音した「若い娘」は、色々な歌詞が付けられ大変親しまれた歌ですが、この旋律をもとに拍子、テンポをかえてパッサメッゾ、ガリアルド、サルタレッロ、カナリオと変化させた踊り(F.カローゾ:天国のゆり)はその典型です。ちなみに有名なシャンソン「君への喜び」や「スパニョレッタ」、マドリガーレ「知ってるよ、誰がいい目を見てんのか」も、それぞれT. アルボー、F.カローゾ、C.ネグリといった舞踏教師による振り付けが存在します。

<ユーモアに満ちたヴィラネスカ>

 ヴィラネスカはもともと16世紀前半ナポリで流行った大衆娯楽歌曲で、方言を用いたかなり下品な表現の歌詞も頻繁に出てきます。マイオ、ノーラはその代表的作曲家です。このCDでは3声部中、上声部以外を楽器で演奏しています。その後ヴィラネスカはヴェネツィアでも流行しましたが、それは前述のヴィラールトの出版活動によるところが大きく、ヴェッキやガストルディの世俗歌曲マドリガーレやバレットもそこから影響を受けた分野で、当時の生き生きとした民衆の生活ぶりを垣間見る事が出来ます。