【新譜発売】マリア・エステル・グスマン(ギター)『大聖堂』

名作「大聖堂」を含む、「ギター界の女王」待望の新録音

作曲家ロドリーゴにして「セゴビアの後継者」といわしめ、その完璧なテクニックと高い音楽性で、「ギター界の女王」と称えられるマリア・エステル・グスマン。
グスマン編のアルベニスに始まり、「私のレパートリーの中でも最も重要な作品の一つ」という『大聖堂』、近代のテルジやレイスによる興味深い作品、そして彼女へのリクエストが多いという映画音楽など、盛りだくさんな楽しめる内容。

アルバムについて <手塚 健旨>

I. アルベニス (M. E. グスマン 編) :エル・アルバイシン / カタルーニャ

 スペインの偉大な作曲家・ピアニストであるアルベニス(1860-1909)のピアノ曲は、ギターの貴重なレパートリーである。アルベニスはギターに編曲された彼の作品がピアノ曲と同等の名声を享受することになろうとは、思いもよらなかったであろう。〈エル・アルバイシン〉は晩年の傑作「イベリア組曲」からの一曲で、フラメンコのリズムと現代的な和声の妙技がミックスされている。〈カタルーニャ〉は「スペイン組曲」に含まれており、舞曲クーラントの形式で故郷カタルーニャを懐かしむかのような作風である。

J.S. バッハ (M. E. グスマン 編):G線上のアリア 〜 管弦楽組曲 第3番

バッハが残したBWV1066から1069の4曲は「管弦楽組曲」と呼ばれている。ここで聴かれるのは「管弦楽組曲 第3番」からのアリアで、様々な楽器により単独で弾かれることが多い。<G線上のアリア>の名の由来は、4本あるヴァイオリンの弦のうち、1本の弦だけで弾くことのできるからで、G線とはヴァイオリンの最低音域の弦を指す。マリア・エステル編のギターでは高音弦で清らかなメロディが歌われ、そこに優しい表情の伴奏が織り混ざる。

J.S. バッハ (M. E. グスマン 編) :主よ、人の望みの喜びよ

<主よ、人の望みの喜びよ>は、ヨハン・ゼバスティアン・バッハが1723年に作曲した教会カンタータ「心と口と行いと生活で」の終曲のコラール「イエスは変わらざるわが喜び」の、英語によるタイトル“Jesu, Joy of Man’s Desiring”に基づくタイトルである。バッハは、この曲を17世紀のドイツの詩人マルティン・ヤーンの詩に基づいて作曲したが、その内容はキリストへの信仰と愛である。穏やかで温かみのあるメロディと、透明感のあるハーモニーが絶妙に組み合わさり、ギターでも独特の美しさを醸し出している。

A. バリオス:大聖堂

 第1楽章 前奏曲 「郷愁」
 第2楽章 宗教的なアンダンテ
 第3楽章 荘厳なアレグロ

 パラグアイが生んだ南米最大のギタリスト兼作曲家のアグスティン・バリオス(1885-1944)の〈大聖堂〉は、初期の傑作として、つとに名高い。曲は1921年にモンテビデオ(ウルグアイ)のサン・ホセ大聖堂をモチーフとして書かれ、第2楽章〈アンダンテ・レリジオーソ〉は、聖堂内での敬虔な祈り、第3楽章〈アレグロ・ソレムネ〉はそこに響き渡るオルガンと人々のざわめきを表わしている。そこへ1938年キューバで書いた〈前奏曲「郷愁」〉を第1楽章〈Preludio(Saudade)〉として組み入れ〈大聖堂〉として完成させた。

B. テルツィ:雪のパストラル

 イタリアのベルガモに生まれたベンベヌート・テルツィ(1892-1980)は、早くから母親の手ほどきでアグアドとソルの教本でギターを学び、オーソドックスなスタイルを身につけた。その後セゴビアの影響を受けて、ソル、ターレガ、グラナドス、アルベニスの曲をメインにコンサートを行い名声を得た。35歳になると主にギターの指導に専念したが、同時にギター曲の作曲を手がけ、旋律の美しい曲を多く残している。その中でもよく知られるのが〈雪のパストラル〉で、ハーモニクスと左手のスラーを巧みに使い、雪が舞う情景を美しく表現している。

D. レイス:永遠のサウダージ

 アイコン、ディレルマンド・レイス(1916-1977)はブラジルのポピュラー・ギターの作曲家で、これまでギター曲では「もしも彼女が尋ねたら」が唯一知られていた。しかし、最近になり〈永遠のサウダージ〉の楽譜が出版されると、ギタリストはこぞってこの曲を取り上げるようになった。ショパンの影響を受けた作品で、内省的な性格が基盤になっているが、ブラジルのポピュラー音楽特有の香り豊かな作風も持ち合わせている。

A. ピアソラ:ブエノスアイレスの春

 現代モダン・タンゴを創作した今世紀を代表するアルゼンチンの作曲家で、バンドネオン奏者のアストル・ピアソラ(1921-1992)が残した数多くの作品はタンゴ界のみならず、すべてのジャンルの音楽家に愛されている。〈ブエノスアイレスの春〉は、劇音楽として書かれた作品。バンドネオンを含むオルケスタ(タンゴでのオーケストラや楽団)のための作品だが、その魅力的な作品ゆえ、多くの楽器でアレンジされ弾かれている。先端的な雰囲気を持った作品で、マリアエ・ステルのギター演奏はキビキビとして美しい。

カッチーニのアヴェ・マリア (M. E. グスマン 編)

 ジュリオ・カッチーニ(1545?-1618)はバッハやヘンデル(共に1685生)が活躍するさらに半世紀以上前、イタリア・ルネサンス末期からバロック初期にかけて活躍した作曲家。〈カッチーニのアヴェ・マリア〉として知られていたこの作品は、最近になりカッチーニの作ではなく、ウラディミール・ヴァヴィロフ(1925-73ソ連)によって1970年頃に作曲された歌曲と言われるようになった。確かに20世紀の中頃には、バロック期の著名な作曲家の名前を借りて売り出すことがしばしばあったのである。それはともかく、祈り、希望、慈愛、天上界の楽園など様々な表情が入り混じるメロディはロマンティックかつドラマティクに聴こえ、ギターにも実に似合っている。

M. ジャール (M. E. グスマン 編):ララのテーマ 〜 映画『ドクトル・ジバコ』

 映画『ドクトル・ジバコ』は、革命の嵐に翻弄される主人公がユーリと恋人ラーラの報われない愛に涙し、同時に、厳寒のロシアと花が咲き誇る春のロシアの対照的な美しさに目を奪われる。この年の映画のアカデミー賞では『サウンド・オブ・ミュージック』が5部門、『ドクトル・ジバゴ』が5部門受賞という対等の評価を得る。ロシアの楽器バラライカによる音楽が素晴らしいが、バラライカはビックでトレモロによりメロディを奏でる楽器である。マリア・エステルはそれにヒントを得て〈ララのテーマ〉をトレモロ曲に仕立て上げたに違いない。

E. モリコーネ (M. E. グスマン 編):ガブリエルのオーボエ 〜 映画「ミッション』より

 『ミッション』は、ローランド・ジョフェが監督し、ロバート・デ・ニーロ、ジェレミー・アイアンズ、レイ・マカナリー、エイダン・クインが主演した1986年のイギリス映画で、いくつかの国際映画賞を受賞している。その音楽を担当したのが『ニュー・シネマ・パラダイス』の音楽を担当したエンニオ・モリコーネ(1928-2020)である。ガブリエル神父がオーボエで奏でるシンプルなメロディーは、映画の緊張感のあるシーンで聞かれる。それゆえに、そこでの音楽は〈ガブリエルのオーボエ〉と呼ばれる。モリコーネは映画に描かれる様々な文化を捉え、典礼のコラール、ネイティブの太鼓、ギターをサウンドトラックに取り入れており、マリア・エステル編はそれらを多彩なギターテクニックを駆使して表現している。

アーティスト・プロフィール

マリア・エステル・グスマン

マリア・エステル・グスマン (ギター)

 マリア・エステル・グスマンはセビーリャに生れ、4歳で同地のロペ・デ・ベガ劇場でデビュー。11歳でスペイン国営放送局主催の音楽コンクールで優勝し、12歳の時に巨匠アンドレス・セゴビアにその演奏を讃えられ、アドバイスを受ける。

 スペイン国内の6つのコンクール及び13の国際ギターコンクールにて優勝。ヨーロッパ、アジア、アメリカの主要なホールにて演奏、また各地の著名オーケストラとも共演している。1994年アンダルシア青少年音楽賞、また、“フリアン・アルカス”のCDで音楽誌「リズム」より特別音楽賞を受賞。1998年にはセビーリャ音楽協会より、音楽家生活25周年(銀婚式)を表彰された。2002年にセビーリャのサンタ・イサベル・デ・フングリア王立アカデミーの会員に任命。バレンシア音楽堂にて芸術文化功労賞を受賞し、2012年末にはリナーレス市のアンドレス・セゴビア財団より、アンドレス・セゴビア賞のメダルを授与されている。

 セビリアの私立ギター学校で教鞭をとる他、2014年の終りには、自身の出版社を設立し、ソロ・ギターと室内楽の編曲譜を多数発売。UNIR(2017)による音楽研究の修士号を得る。現在までに、LP 1枚、CD 33枚、ビデオ4枚、DVD 1枚をリリースしている。