【重厚かつ流麗な、弦楽六重奏の世界を堪能】ストリング・アンサンブル MT『 ブラームス:弦楽六重奏曲 第1番 』配信開始!

ブラームスの室内楽作品の中でも白眉といえる「弦楽六重奏」。
6本の弦楽器が表すブラームス独自 の世界観を、屈指の奏者による流麗な響きで堪能する1枚。

『 ブラームス:弦楽六重奏曲 第1番 』
ストリング・アンサンブル MT

DSD(DSF)[11.2MHz/1bit]   FLAC[384.0kHz/24bit]

FLAC[192.0kHz/24bit]  FLAC[96.0kHz/24bit]  AAC[320kbps]


◯アルバムについて               <木幡 一誠>

  日本の弦楽器界の重鎮と呼ぶにふさわしいヴィオラ奏者、店村眞積。彼が2022年11月に水戸芸術館で開いたリサイタルはブラームス・プログラム。それもヴィオラ・ソナタ2曲を前半に演奏した後(ピアノは長年のパートナー練木繁夫)、後半に弦楽六重奏曲第1番を配するというユニークなものだった。この楽器の弾き手にとって最も重要な作曲家を通じて、ソロイストおよび室内楽奏者として自らが極めた姿を聴衆(さらには気心の知れた共演陣)と分かち合う……。大家の域にしてなお進取の気性に富むステージの機微は、このアルバムによって確認できるとおりだ。

 そして何より編成の妙。ブラームスが弦楽六重奏というユニットをいかに使いこなし、オリジナリティも豊かな世界を構築してみせたか。そこで大きく物を言うのが、ヴァイオリンとチェロの間のレジスターで、旋律と内声の両方にまたがりながら存在感を発揮するヴィオラの音色的な特性や、響きの深みだ。第1ヴィオラ奏者がアンサンブルの中で求心力を発揮することにより、作品の真価はひときわ説得力の増す形で像を結ぶ。その再確認まで迫る演奏を堪能されたい。

 

 作曲家としてのヨハネス・ブラームス(1833-1897)は、持ち前の慎重癖や完璧主義も手伝って、自作のクオリティへの批判的精神の塊のような人物だった。交響曲第1番が着想を得てから形をなすまで、20年以上もの時間を要した事実は改めて言うに及ばず。室内楽のジャンルでいえば、第1番と第2番の弦楽四重奏曲を完成させたのが1873年のことであり、それまでに20曲を越える習作に手を染めては破棄したとされている。

 弦楽器を用いた、それもピアノを含まない編成の室内楽曲でブラームスが最も早く世に送り出したのが、1860年の所産にあたる「弦楽六重奏曲第1番 変ロ長調 作品18。ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロが各2パートという編成には目立った先行例がないため、若き日の彼も発想のおもむくまま自由に筆がふるえたと推察されよう。ヴィオラを2パート、あるいはチェロを2パート用いた弦楽五重奏曲にはそれぞれモーツァルトとシューベルトが名作を残しているが、そこで展開される音楽的発想やテクスチュアは幾分なりとも“弦楽四重奏の拡大形”という趣を伴う。対してブラームスの場合は、ヴァイオリンとヴィオラとチェロという3つのグループからなる6人の奏者を、実に多彩な組み合わせで対置ならびに融和させることでおりなす、響きの重層性と構築感も重要な要素となっている点が見逃せない。

 作曲が進められた1859年から翌年にかけては、自ら独奏者をつとめたピアノ協奏曲第1番の初演の失敗や、1858年に出会って婚約を結んだアガーテ・フォン・ジーボルトとの破局など、ブラームスにとって苦難続きの時期でもあった。この六重奏曲の明るく伸びやかな筆致の中にも、ふとよぎる陰りや苦悩の色が(第2楽章をはじめとして)、彼の心中を物語っているように思える。初演は1860年10月20日に、ブラームスの盟友ヨーゼフ・ヨアヒムが第1ヴァイオリンを受け持つアンサンブルによってハノーファーで行なわれた。

 第1楽章(アレグロ・マ・ノン・トロッポ)は息長く歌のラインを持続する柔和な第1主題に始まるソナタ形式。明暗の境を行き来するような推移主題の挙動はいかにもブラームスらしく、第2主題のリズム的な骨格との対比感も鮮やかだ。第2楽章(アンダンテ・マ・モデラート)は第1ヴィオラの提示する、バロック風にも映る装いのテーマに6つの変奏が続く。第1〜第3変奏は主題の構成要素を細分化しながら敷衍していき、長調に転じた第4変奏と第5変奏ではロマンティックな憧憬の念がひとしきり前面に出てくる。コーダの役割も果たす第6変奏を満たす寂しげな情調の中には、ほのかな諦観も漂う。この第2楽章はブラームスにとっても自信作だったと見え、六重奏曲が初演されるのに先立つ1860年9月には「主題と変奏 ニ短調」としてピアノ独奏版を編み、恩師シューマンの未亡人クララの誕生日へ捧げるものとした。

 第3楽章(スケルツォ、アレグロ・モルト)では律動性に富むリズムが充実した声部配置のもとに繰り広げられ、トリオは鮮やかな転調の効果を伴いながら力感を発散させていく。そのシンフォニックなまでの高揚からは、ブラームスが同時期に取り組んでいた管弦楽のための「セレナード第1番」も連想されよう。第4楽章(ロンド、ポコ・アレグレット・エ・グラツィオーソ)は牧歌的な情趣にも富むロンド形式の音楽だが、主題群が回帰する過程に張り巡らされた変奏や展開の技法は実に緻密で充実度が高い。コーダは第1ヴィオラが先導するリズム音型に乗って徐々に歩調を速めつつ、生命力に満ちた終結へ曲を導く。

 

 弦楽六重奏曲第1番の完成から4年を経た1864年の秋、バーデン=バーデン郊外のリヒテンタールに滞在しながら、ブラームスは同じ編成の作品に取り組み、第1楽章から第3楽章までを書き上げた。翌年の初夏には終楽章が脱稿し、「弦楽六重奏曲 第2番 ト長調 作品36として完成に至る。

 この作品によって「最後の恋から解放された」というコメントをブラームスが残したという逸話は有名だ。曲の構想自体は1855年頃にまでさかのぼるとされ、それから本格的な着手の間に経験した、前記のアガーテとの破局が反映された言葉だという解釈も通説ながら定着を見ている。アガーテのイニシャルに基づく(とみなすことが可能な)モチーフが第1楽章で印象的に登場するのも理由として指摘されることだが、真相は詳らかでない。

 当アルバムには、その六重奏曲から第2楽章(アンダンティーノ〜アレグレット・スケルツァンド)を収録。憂いを帯びたテーマで始まり、ハンガリー的な素材に基づいた中間部を挟む、ブラームスらしい間奏曲風の装いのスケルツォである。その性格からアンコール・ピースとして用いられることも多く、この演奏のライヴ収録となったリサイタルでも然り。


<演奏家プロフィール>

 

フェデリコ・アゴスティーニ  ヴァイオリン 

 伊・トリエステ生まれ。16歳でカルロ・ゼッキ指揮でモーツァルトの協奏曲を弾いてデビュー。1986年から伝説的な「イ・ムジチ合奏団」のコンサートマスターを務め、世界中でツアーをする。またソリストとして世界のオーケストラから招聘され、室内楽奏者としても長年国際的な音楽祭などで活躍。独・トロッシンゲン、米国・インディアナ、イーストマン各音大にて教鞭をとった後、現在、愛知県立芸術大学、及び洗足学園音楽大学の客員教授を務める。

 

中村 静香  ヴァイオリン

 桐朋学園大学卒業。文化庁在外研修員としてジュリアード音楽院に留学。第52回日本音楽コンクール第一位、及び増沢賞。NHK交響楽団等各オーケストラと共演し、各地の音楽祭にも出演。2003年にヴィオラのソロ・デビューも果し、以来ヴァイオリンとヴィオラ双方で活躍。東京音楽大学准教授、フェリス女学院大学講師。桐五重奏団、水戸室内管弦楽団、サイトウ・キネン・オーケストラのメンバー。日本音楽コンクール等の審査員も務める。

 

店村 眞積  ヴィオラ

 桐朋学園大学に学びコンクール歴を重ね、イタリアに渡りP. ファルッリに師事。ムーティに認められてフィレンツェ市立歌劇場オーケストラ首席ヴィオラ奏者に就任。1977年ジュネーヴ国際音楽コンクールヴィオラ部門第2位。帰国後は、読響ソロ首席、N響ソロ首席を歴任。現在、都響特任首席、京響ソロ首席を務める。サイトウキネン、水戸室内管のメンバーでもある。第30回有馬賞、令和2年度 京都市文化功労者受賞。東京音楽大学客員教授、桐朋学園大学非常勤講師。

 

村上 淳一郎  ヴィオラ

 桐朋学園にてヴィオラを店村眞積氏、室内楽を山崎伸子、ゴールドベルク山根美代子の各氏に師事。文化庁新進芸術家海外派遣員としてイタリア、フィレンツェに留学。ケルビーニ音楽院にてヴィオラをアウグスト・ヴィスマーラ氏に師事。トリエステ国際コンクール第1位。ヴィットリオ・グイ国際コンクール第1位。2009年ケルン放送交響楽団ソロヴィオリストに就任、ゲヴァントハウス管弦楽団、バイエルン放送交響楽団、バンベルク交響楽団等で客演首席奏者として出演の他、ヨーロッパ各地の音楽祭に出演。2021年よりNHK交響楽団首席ヴィオラ奏者。

 

上村 昇  チェロ

 1975年京都市立芸術大学卒業。第46回日本音楽コンクール優勝。第6回カサド国際チェロ・コンクール優勝。これまでNHK交響楽団をはじめ国内の殆どのオーケストラと共演。ノイマン指揮チェコ・フィルハーモニー管弦楽団、プラハ交響楽団からもソリストとして招かれ共演している。又室内楽の分野でも、アイザック・スターン、ピンカス・ズーカーマン、ヤン・パネンカ、レオン・フライシャー、ピーター・ゼルキンらと共演、国内外の著名アーティストからの信頼も厚い。

 

山本 裕康  チェロ

 桐朋学園大学卒業。在学中第56回日本音楽コンクール第1位等数々の受賞歴を持つ。卒業後キジアーナ音楽院で室内楽のディプロマを取得。都響首席奏者、広響客演ソロ奏者、神奈川フィル首席奏者を歴任、現在京都市交響楽団特別首席チェロ奏者。サイトウ・キネン・オーケストラ、宮崎国際音楽祭、三島せせらぎ音楽祭に毎年参加。東京音楽大学教授、東京藝術大学非常勤講師、スズキ・メソード特別講師。日本チェロ協会理事。