【新譜発売】川田 知子(ヴァイオリン) 須田 祥子(ヴィオラ)『ユーカリ 〜ヴィオリンとヴィオラの二重奏〜』

優美な歌と超絶技巧そして、格別な響き

マイスターミュージックより、聴いて楽しい充実のプログラムが到着。

優美な歌と超絶技巧が魅力のタンゴ4曲に、多作家としても知られるマルティヌーの独自の 響きが美しいマドリガル、そして、デュオ・レパートリーとして近年、演奏機会も多いロッラの佳品を経て、モーツァルトの名作が最後を飾る。


曲目について<川田 知子>


K. ワイル :ユーカリ〜タンゴ・ハバネラ〜 (荒井 英治 編)

クルト・ワイルはドイツ生まれのユダヤ人作曲家で、ナチスの迫害を受けてパリに亡命中の1934年にこの「ユーカリ」を作曲しました。ジャック・ドゥヴァルの舞台劇「マリー・ギャラント」のために書かれたもので、のちにロジェ・フェルネによって歌詞が付けられて以来、多くの歌手に歌い継がれています。ユーカリとはコアラの好物の樹木ではなく、理想郷のような美しい島のことです。

ユーカリ それは私達の願望

ユーカリ それは幸せ、喜び

ユーカリ それは全ての憂いから解放される場所

 歌詞はこのように理想の国であるユーカリを謳っていきますが、最後にはそれは妄想、夢、ユーカリなど存在しない、と、どんなに行きたくても手の届かない場所への儚い思いが描かれています。

 編曲者の荒井英治氏は「この曲のヨーロッパ的な哀愁はタンゴの退廃さと結び付き、忘れ難い魅力があるので、是非アレンジしたいと思いました。幻想的な雰囲気になりました。」とコメントしています。

 もの憂げなメロディはきっと皆さんの懐かしい思い出を呼び起こす事でしょう。

A. ビジョルド :エル・チョクロ (荒井 英治 編)

 アンヘル・ビジョルドはタンゴの創始者と言われるアルゼンチンの作曲家で、代表作「エル・チョクロ」はタンゴが世界中で大流行するきっかけとなった名曲です。

 「エル・チョクロ」とはスペイン語で「とうもろこし」の意味で、曲名の由来には諸説あるようですが、ビジョルド本人がとうもろこしのシチューが好きだったから、という説が私は一番気に入っています。

 今回の編曲では、最初にヴァイオリンとヴィオラが交互に嵐のようなカデンツァを披露し、そこからすり足でそっと歩み寄るような動きでタンゴに入り、最後は火のように踊りあげます。

C. ガルデル: 首の差で (荒井 英治 編)

 カルロス・ガルデルはアルゼンチンの国民的タンゴ歌手で、ギタリスト。「首の差で」は競馬好きの男性が、あと一歩というところで最愛の女性を横取りされた悔しさや悲しみを競馬に例えて謳った歌です。

 この編曲には、心憎い演出が施されており、その点について荒井氏は次のように語っています。 「『首の差で』はそのバス進行からバロックのパッサカリアと同一のクリシェ(コード構成音が一音ずつ変化する進行)になっているのに目をつけ、冒頭でそれを意識したつくりにしました。」

 ヴィターリのシャコンヌを思わせる前奏から始まり、バロックから徐々にタンゴに変化する、まさに自由自在なアレンジに私達も心躍らせながら演奏しています。

J.C. サンダース: アディオス・ムチャーチョス (荒井 英治 編)

 アディオス・ムチャーチョスとはスペイン語で「さらば友よ」という意味。病に侵された男性が、母と恋人の待つ天国に行くと友人達に別れを告げるという悲しい歌ですが、この曲の明るい曲調からは想像出来ませんね。

 今回のアレンジではまず、ヴィオラの超絶技巧のカデンツァから始まります。荒井氏はこの編曲について「僕はアレンジするときにはいつも『当て書き』というのか、誰が弾くのか、ということが頭から離れることはありません。だから今回も、川田さんや須田さんが、こう書いたらどう弾いてくれるのか、という想像をしながら書きました。」

 私達にとって『当て書き』してもらうことがどれほど嬉しいか。演奏家として絶対に期待に応えたいという気持ちで臨みました。

B. マルティヌー :3つのマドリガル

 マドリガルとはイタリア発祥の多声部の歌曲のことで、のちにイギリスでも大流行し、マドリガル合唱団が幾つも出来ました。その一つが演奏旅行でチェコに行った時、マルティヌーがそのコンサートを聴いて大変深い印象を持ったそうです。

 新古典派(ストラヴィンスキーなど)の影響を受けてはいましたが、祖国チェコの民族音楽をとても大事にしていたマルティヌーは「三つのマドリガル」にも、民族音楽の要素を沢山とり入れています。

 第1曲目は緊張感溢れるめまぐるしい16分音符の連続で、息吐く暇もないくらいに2つの楽器が掛け合いを繰り広げます。

 第2曲目はトリルを用いた幻想的な曲。終わりの方に美しいコラールが鳴り響きます。

 第3曲目はアレグロ。楽しい曲ですが、まるで超高速餅つきのように、お互いのタイミングが少しでもズレるとアンサンブルが崩壊する危険があります。まさに丁々発止の演奏をお楽しみ下さい。

A. ロッラ: 3つのニ重奏曲 第3番 変ロ長調 作品13

 アレッサンドロ・ロッラはイタリアの名ヴァイオリニスト、ヴィオリスト、指揮者であり作曲家でもありました。特にヴィオラのテクニックは凄まじく、「悪魔」と言われていたそうです。ヴァイオリンの悪魔、と言えばパガニーニですが、ロッラは13歳のパガニーニにヴァイオリンを教えていました。さすが師弟ですね。

 ロッラは指揮者として、ミラノ・スカラ座の音楽監督を勤め、ロッシーニやドニゼッティの歌劇を数多く上演した事により、作品にはその影響が色濃く出ています。この二重奏曲 第3番はヴィオラがほぼ全てのメロディを担っており、須田祥子がとびきりの歌とヴィルトゥオーゾを披露しています。

W.A. モーツァルト:ヴァイオリンとヴィオラのための二重奏曲 変ロ長調 K. 424

 モーツァルトが病床のミヒャエル・ハイドンの代わりに書いたというエピソードはよく知られています。2曲の二重奏(K. 423、 K. 424)のうち、今回は第2番をお届けします。

 第1楽章はゆったりとした導入部から心浮き立つようなアレグロへ。第2楽章はまさにオペラアリアの世界。ヴァイオリンがメロディですが、それを支えるヴィオラの重音がとても難しいのです。第3楽章は主題と6つの変奏。クラリネット五重奏の終楽章によく似た作りになっています。変ロ長調という優雅な響きが、優しく温かいぬくもりを感じさせてくれる曲です。


アルバムについて <川田 知子>


1枚目のアルバム「スターライト」をリリースした後、2人で数多くのコンサートの機会に恵まれ、とても充実した2年間になりました。何度も本番を重ねる事により、2人のアンサンブルはどんどん進化して、何も言わなくてもお互いが考えている事を瞬時に理解し、2つの楽器がひとつの音楽を自然に奏でるようになったと自負しています。

今回収録の大事なポイントであるタンゴ4曲のアレンジを我々が最も尊敬するヴァイオリニストである荒井英治さんが引き受けて下さり、さまざまな時代とスタイルを持つ素敵なアルバムが出来上がりました。楽しんで聴いて頂ければ幸いです。


演奏家プロフィール

川田 知子 ヴァイオリン 

 東京藝術大学音楽学部器楽科を首席で卒業。1991年第5回シュポア国際コンクール優勝。NHK交響楽団や、モスクワフィルハーモニー交響楽団など、国内外のオーケストラにソリストとして起用され、好評を博している。また、アンサンブルなど室内楽の分野にも力を入れ、チェンバロの中野振一郎氏とのデュオも好評を博している。2003年度、第33回エクソンモービル音楽賞、洋楽部門奨励賞受賞。平成15年度国際交流基金日本文化紹介派遣事業でのトルコ、エジプトでのリサイタルを行い、2007年には、ハンガリーのブダペストでのリサイタルが絶賛された。2019年、J.S. バッハ無伴奏作品全曲演奏会を開催、大成功を収めた。マイスター・ミュージックより11枚のCDが発売されている。洗足学園音楽大学講師、東京藝術大学音楽学部非常勤講師。

須田 祥子 ヴィオラ 

 桐朋学園大学を首席で卒業。第23回ヴィットリオ・グイ国際コンクールを始め多数のコンクールで第1位優勝。「報道ステーション」での生中継、テレビ朝日「題名のない音楽会」やNHK「らららクラシック」、NHKFM「今日は一日ビオラ三昧」のビオラ特集でもそれぞれソロ演奏をフィーチャーされた。

 現在、東京フィルハーモニー交響楽団首席奏者、日本センチュリー交響楽団首席客演奏者、洗足学園音楽大学非常勤講師を務める他、ビオラ演奏集団「SDA48」を主宰。アクロス弦楽合奏団、ザ・シンフォニエッタみよしメンバー。

 CD「ビオラは歌う」シリーズ、「びおらざんまい」「VIOLA INFINITY」をリリース。レッシュ4スタンス理論マスター級トレーナー。