藤村俊介(チェロ) 星野英子(ピアノ)新譜 7/24(日)まで関連作品のプライスオフも開催

マイスター・ミュージックよりソリスト、N響奏者、ラ・クァルティーナのメンバーとして高い人気を誇る藤村俊介、待望の新録音が登場。古典派から後期ロマン派の名作を俯瞰する、聴き応えある作品集です。
R.シュトラウス:チェロとピアノのためのソナタ
藤村俊介(チェロ) 星野英子(ピアノ) 
 
 
 
ピアニストの星野英子はウィーン国立音楽大学を卒業しミュンヘン国際音楽コンクール二重奏部門(ヴァイオリンとピアノ)でセミ・ファイナルを獲得するなど数々の海外コンクールに入選、多方面で活躍する逸材で、藤村俊介とは、ウィーン・フィルのクラリネット奏者であったペーター・シューミードルを交えた三重奏などで多くのコンサートを重ねて来ました。

藤村俊介・チェロ関連旧譜のプライスオフが2022年7月24日まで開催



プログラムについて

 リヒャルト・シュトラウスのピアノ曲や室内楽といった小規模の器楽作品は青年期に集中していて、後に本領が発揮されるのは交響詩やオペラといった大掛かりな芸術作品と歌曲になる。R. シュトラウスのソナタを演奏するにあたって、ピアノとチェロの関係性をどう理解して弾くのか、18歳のシュトラウスがピアノに何を求めていたのかを考えた時、彩り豊かで壮大な管弦楽の響きがすでに彼の頭の中にあったのではないかと想像してみた。大編成オーケストラのようなピアノと希望に満ちた若者のような独奏楽器のチェロ、このような構成で挑んでみた演奏である。
 ベートーヴェンとブラームスのソナタについては、作曲家としての原点がピアノ奏者だったことからもわかるように、他の室内楽作品と同じようにピアノの存在は大きい。ピアノ・ソナタであれば一人だけで表現する世界観を、二重奏ソナタでは独奏楽器と対話させ、更に果てしない楽想の世界へ誘う。今回収録した2つのソナタは、チェロ・ソナタとして分類されることが多いが、本来は作曲家の意志で「ピアノとチェロのためのソナタ」とされていることから、このアルバムでもそれに従って表記した。当時よりはるかに豊かになった響きを持つ現代のピアノでは、チェロの弦の振動がより深く融合する。彼らの思い描いた物語の未来の姿になっているだろうか。
リヒャルト・シュトラウス (1864-1949)
チェロとピアノのためのソナタ ヘ長調 作品6
 リヒャルト・シュトラウスは、ミュンヘン宮廷管弦楽団のホルン奏者とビール製造業を営む一家の娘との間に生まれ、幼い頃から厳格な南ドイツ人気質の父のもとで、古典派至上主義の音楽教育を受けて育った。すでに10代にして過去の作曲様式に精通した作品を創作していたといい、健全で明るいこの頃の作風は、同じく富裕の環境で育ち天性の才能を持ったメンデルスゾーンにも似ている。17歳の頃父の音楽仲間であるチェリスト、ハンス・ヴィーハンと出会い、このソナタは彼に献呈されている。青年の意気揚々とした力強さと夢にあふれる第1楽章、恋に恋するような純真ささえ感じられる第2楽章、諧謔的な6/8拍子のテーマや二つの楽器の躊躇のない攻撃の仕掛け合いなど、後の交響詩の断片が聞こえてくるような第3楽章の3つの楽章で構成されている。全体を通してピアノは華々しく色彩豊かなオーケストラのような響きを持ち、チェロは共に突き進む若き英雄ともいえる。若者らしい躍動感は二つの楽器の魅力を存分に引き出し、演奏者も聴衆も熱狂させる要素の詰まったスケールの大きい作品である。 

ヨハネス・ブラームス(1833-1897)
ピアノとチェロのためのソナタ 第1番 ホ短調 作品38
 3つの楽章からなるこのソナタは、全曲を通して暗い色調で統一されていて、時折垣間見える光や希望もすぐに立ち消えてしまう北ドイツの厳しい冬の風景を連想させる。チェロの持つメランコリックな音色にふさわしく、多くのチェロ奏者たちによって最も頻繁に演奏されている。第1楽章に題名を付けるとするなら「孤独」であろうか。静かに語り始めるチェロにピアノは呼応しつつ、互いに戒め合いながら展開部に進む。重い歩みが次第に大地を踏みしめる足音にまで高まり、厳しさを増しフォルテッシモに向かう。ピアノの分厚い和音やチェロの跳躍で存在の強さを主張し合った後、諦めたように再びそれぞれの心の世界に戻っていき、再現部で物語は繰り返された後、やがて足音は消え去るように遠ざかっていく。第2楽章はメヌエットの3拍子のもつリズムの明るさとは裏腹に、終始寂しさと哀しみが漂っている。中間部Trioでは、チェロとピアノの抒情的なメロディは、ユニゾンでありながら背中を向け合って歌っているかのような切なさが浮かぶ。第3楽章はフーガの手法をとった、このソナタで最も挑戦的な楽章。最初にピアノで第1の旋律が登場し、次にチェロ、ピアノに第2の旋律、次にチェロ、そしてピアノの低音に第3の旋律といったように、ポリフォニックに厚みを増して行く。やがてそれぞれの旋律が形を変えてあふれ出し、音の神殿が立体的に立ち昇るようにみえる。チェロとピアノのたった二人で見事な音楽の構築物を作り上げるブラームスの手法は、素晴らしく圧巻である。

ルードヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン (1770-1827)
ピアノとチェロのためのソナタ 第4番 ハ長調 作品 102-1
 ベートーヴェンのピアノとチェロのための全5曲のソナタは、全32曲のピアノ・ソナタが彼のごく初期から後期の創作期全般にわたっているように、人生折々の作風の特徴が表れている。ベートーヴェンのピアノを含む室内楽作品は、どれもピアノを中心にそれぞれの楽器の良さを生かして作られていることから考えても、チェロ・ソナタはピアニストにとっても興味深いカテゴリーといえる。第4番はソナタとはいえ「楽章」という形式を持たない幻想曲のように途切れることなく進み、その深淵なる佇まいに後期らしい工夫を感じさせる。アンダンテでは品格あるハ長調の主題の透明感に引き込まれると思えば、次の場面のアレグロ・ヴィヴァーチェでは突然力強い符点のリズムのユニゾン、不気味なピアノの低音の反復、チェロの鋭いスフォルツァートなど変化は目まぐるしい。アダージョでは冒頭の瞑想的な空気と低音で唸る不気味なチェロ、そして天の声のように美しい旋律、シンプルに2つの楽器の対話は進む。テンポ・ディ・アンダンテで最初のテーマを再現した後、最終部のアレグロ・ヴィヴァーチェは軽妙にして不格好な動きが絡み合いながら進み、突然の静寂。思わぬ転調でのチェロの完全5度の伸ばしと呼応するピアノよって場面転換し、これを繰り返した後クライマックスを迎える。

ヨハネス・ブラームス (1833-1897)
6つの小品 第2番 間奏曲 イ長調 作品118-2
 ブラームス後期の一連のピアノ小品集Op. 116~Op. 119の中で最もよく演奏される、6つの小品Op. 118の第2曲目。アンダンテ・テネラメンテという表示があるように、終始優しく穏やかな曲想は、昔を懐かしむようにピアノに向かうブラームス自身の姿を想像させる。
フランツ・シューベルト (1797-1828)
アヴェ・マリア エレンの歌III 作品52-6 D. 839
 原曲はスコットランドの詩人のウォルター・スコット(1771-1832)の叙事詩に曲を付けた「湖上の美人」の中の「エレンの歌」の第3番。歌曲王シューベルトらしい美しい旋律は、癒しの音楽として様々な楽器によって演奏されている。

アルバムに寄せて

 初めてリヒャルト・シュトラウスの音楽に接したのは、ウィーン国立歌劇場での「サロメ」を観た時だった。日本ではピアノ・コンサートしか行ったことがない10代の留学生にとっては、歴史ある劇場の舞台で繰り広げられる幻想的な演出と、オーケストラの妖艶にして絢爛な演奏は衝撃的だったことを今も覚えている。
 その後、歌曲やヴァイオリン・ソナタなどを演奏することがあったが、いつか取り組みたいと思っていたリヒャルト・シュトラウスのチェロ・ソナタを録ることが出来た。チェリストの藤村俊介氏とは元ウィーン・フィル奏者のペーター・シュミードル氏との室内楽コンサートで何度も共演を重ねていて、オーストリア=ドイツの音楽に対する情熱と真摯な姿勢に深く感銘を受け共演していただいた。長年にわたりNHK交響楽団次席チェロ奏者として数々の薫陶を受けた、藤村氏の奥行きある表現力と常に新しさを受け入れる柔軟な感性により、生き生きとした芸術家たちのプロフィールが蘇ってくる。
 また彼の信頼を寄せているトーンマイスター平井義也さんの手によって、絶妙なバランスをとらえたセッティング、DXD384Khzという現存する最も高スペックなマイクでレコーディング出来たことはとても幸運だ。時代を超えて弾き継がれる「時間の芸術」を再現するのが演奏家の使命であるならば、その一瞬を最高の形で残せるのだから。

<星野 英子>

演奏家プロフィール

藤村 俊介 チェロ
 桐朋学園大学音楽学部卒業。チェロを安田謙一郎氏に師事。日本演奏連盟賞受賞。第21回東京国際室内楽コンクール入賞。第58回日本音楽コンクール チェロ部門第2位。1989年NHK交響楽団に入団。1993年アフィニス文化財団の研修員としてドイツに留学し、メロス・カルテットのペーター・ブック氏に師事。これまでにソロ・アルバム4枚、N響ヴァイオリン奏者、大宮臨太郎とのデュオ・アルバム2枚、師匠の安田謙一郎との2枚のアルバムを、また、チェロ四重奏のラ・クァルティーナとして10枚のアルバムを、2020年にはチェロ・クァルテットKとして1枚をリリースしている。現在NHK交響楽団の次席奏者、ラ・クァルティーナのメンバーを務める他、フェリス女学院大学非常勤講師、桐朋学園大学非常勤講師、洗足学園大学客員教授として後進の指導に当たるなど、ソロ、室内楽、オーケストラと多彩に活躍している。

星野 英子 ピアノ
 ウィーン国立音楽大学ピアノ科卒業。ピアノを瓜生幸子、 アレキサンダー・イェンナ-、室内楽を ヴァルター・パンホーファーの各氏に師事。1984年 ウィーンE. R. シュテパノフ・ピアノ・コンクール第 3 位。1985年、1989年ウィーン国際ベートーヴェンピアノ・コンクール入選。1990年ミュンヘン国際音楽コンクール ピアノ+ヴァイオリン二重奏部門でセミ・ファイナルなど、数々の海外コンクールに入選。ソリストとしてオーケストラや吹奏楽団と共演するほか、都内主要ホールにてソロ・リサイタルを開催。室内楽奏者として、元ウィーンフィル首席クラリネット奏者 P. シュミードルらと各地で共演を重ね好評を博すほか、内外のトップ・プレーヤー、新進演奏家とも多数共演し篤い信頼を得ている。ウィーン国立音楽大学器楽科伴奏講師を経て、現在、昭和音楽大学非常勤講師。