原田和典の「すみません、Jazzなんですけど…」 第11回

~今月の一枚~

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Norah Jones 『Day Breaks』

 

 ノラ・ジョーンズの最新作『デイ・ブレイクス』が売れまくっています。オリコン週間アルバムランキング初登場4位、台湾と韓国ではナンバー・ワンに輝き、アメリカの「ビルボード」では初登場2位&ジャズ・アルバム部門1位。「もっといけ、もっと売れろ」と叫びたい気分です。この快挙はジャズ好きにとっても実に嬉しいことです。なぜなら、ジャズ通でもビビるであろうすごいジャズ・ミュージシャンが参加し、しかも彼らが“歌の伴奏”の域にとどまらず、ノラと一体となって新鮮なサウンドを創造しているからです。ここまでジャズの薫り高いノラは、あのレア盤『First Sessions』以来なのではないでしょうか。

 ぼくにノラ・ジョーンズという名を教えてくれたのは、ライターの山下泰司さんでした。もう15年ほど前のことになるでしょうか。その後、大ヒット曲「Don’t Know Why」を聴き、ファンになりました。当時ぼくはジャズ誌の編集長を務めていました。この雑誌は60年代に創業されて以来、年に4冊出す、いわゆる“季刊”フォーマットでした。しかしこのやり方は資金繰りに難点があり、ずいぶん前から広告主からも「せめて隔月にしてはどうか」という意見をいただいていました(なぜ“隔月”かというと、当時絶大な権威を誇っていた今は亡き月刊誌「スイングジャーナル」との関係があるのですが、それについては省略)。結果、隔月とし、文面も縦書きから横書きにしました(したがって左開きから右開きになりました)。そのリニューアル第1弾の目玉に、ノラを持ってきたい。ぼくはそう思いました。独占インタビュー、未公開フォトがあればさらに読者に喜ばれるぞ、と思ったものの、向こうは国際的な大スター。こちらの声は向こうのエージェントまで届きませんでした。そこでぼくは前述の山下さん(アンドレイ・タルコフスキー監督『ノスタルジア』の新マスターによるブルーレイ化など、映像界への貢献も絶大です)に「ぜひ」と寄稿をお願いし、さらに表紙用として、高名なイラストレーターの和田誠さん(TRICERATOPSの和田唱さんの父親です)にノラの肖像を描いていただきました。

 ノラ号は好調でした。このセールスが次号、その次の号と、ずっと続いてくれたらうれしかったのですが、現実の99.9%はいつだって苦く辛いものです。

 

 『デイ・ブレイクス』では、基本的にブライアン・ブレイドがドラムスを叩いています。彼の現代ジャズ界への貢献には計り知れないものがありますが、ここではざっと

 ① ルイジアナ州育ちであること
 ② ウェイン・ショーター・カルテットの一員であること

 を押さえていただけたらと思います。

 「ワンス・アイ・ハド・ア・ラフ」に漂うニューオリンズ風味、デューク・エリントン作「アフリカン・フラワー」はそれぞれブレイドが①②に属していることが最大限に生かされたトラックといっていいのではないでしょうか。なかでも硬派なジャズ・ファンには「アフリカン~」が飛び切りのプレゼントになることでしょう。実質ウェイン・ショーター・カルテットの演奏、しかしピアノはカルテットの一員であるダニーロ・ペレスではなく、ノラ自身が弾いています。このタッチやハーモニーが鋭いというか大胆不敵というか、耳をそばだたせずにおかないのです。「ノラ入りのウェイン・カルテットで大至急、アルバム1枚作ってほしい」と願う者は、ぼくだけではないと思います。

 8曲目「ピース」はこの世を去って久しいピアニスト/作曲家、ホレス・シルヴァーの自作です。彼が平和を願ってこれを書いたのは1950年代後半、米ソ冷戦の頃です。ノラは『First Sessions』でも取り上げているので、十数年ぶりの再演にあたりますが、こんなご時世じゃ、さらにこの曲に対する需要は増えるばかりでしょう。でも、もちろんこのアルバムはジャズばかり含有しているわけではありません。「オーガニックな椎名林檎」といいたくなる「フリップサイド」、思いっきりレイドバックした「ドント・ビー・ディナイド」等、どの曲にもその曲でしか味わえないノラがいます。加えて、録音もユニークです。歌ものの作品は当然ながらヴォーカルが際立つようにミキシングします。しかしこのアルバムは――とくにショーター・カルテットの面々を迎えた曲では――ミュージシャンがプレイする部屋まるごとの響きを捉えたような印象を与えます。歌も楽器もすべてまとめて、ひとつのサウンド。こうした音録りをハイレゾで、思いっきりボリュームをあげて楽しむのは快感のひとことに尽きます。

 去る10月、ノラはプロモーションのため来日し、いまではすっかり数少なくなった地上波の歌番組「ミュージックステーション」にも登場しました。司会のタモリは筋金入りのジャズ・ファンです。ノラとジャズ談義をしたら面白いなと思っていたのですが、残念ながらその場面はありませんでした。こんどは来年4月に来日し、7都市で公演します(東京は日本武道館2デイズ)。ジャズ・ミュージシャンは連れてくるのか、どんなパフォーマンスをしてくれるのか、今から興奮は高まるばかりです。

 


  

■執筆者プロフィール

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原田和典(はらだ・かずのり)

ジャズ誌編集長を経て、現在は音楽、映画、演芸など様々なエンタテインメントに関する話題やインタビューを新聞、雑誌、CDライナーノーツ、ウェブ他に執筆。ライナーノーツへの寄稿は1000点を超える。著書は『世界最高のジャズ』『清志郎を聴こうぜ!』『猫ジャケ』他多数、共著に『アイドル楽曲ディスクガイド』『昭和歌謡ポップスアルバムガイド 1959-1979』等。ミュージック・ペンクラブ(旧・音楽執筆者協議会)実行委員。ブログ(http://kazzharada.exblog.jp/)に近況を掲載。Twitterアカウントは@KazzHarada