原田和典の「すみません、Jazzなんですけど…」 第8回

~今月の一枚~

Ernest Ranglin [Below The Bassline]

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いきなり昔ばなしから始めます。
ぼくが上京した頃、つまり1980年代後半から90年代前半は野外ジャズ・フェスの全盛期でした。7月下旬は、よみうりランドオープンシアターイーストで「ライヴ・アンダー・ザ・スカイ」。翌週は斑尾高原まで鉄道とバスを乗り継いで「ニューポート・ジャズ・フェスティバル・イン斑尾」。さらに8月下旬になると山中湖の特設会場までバスに揺られて「マウント・フジ・ジャズ・フェスティバル・ウィズ・ブルーノート」。それらが”三大野外ジャズ・フェスティバル”とみなされていたと記憶します。どれもが昼から夜まで、数日間にわたる公演です。都内で行なわれる「ライヴ・アンダー」は別として、当然ながら取材陣は同じ宿で寝泊まりし、同じ時間帯に大広間に集合して朝メシを食います。当時ぼくは20歳前後で間違いなく最年少でしたが、「4ビートのアコースティック・ジャズが野外の大会場に響き渡り、4ケタの観客が熱狂的に沸く」瞬間を見ることができたのは、いまになって考えるととても貴重な経験だったのだろうと思います。日比谷野音では「サマージャズ」というイベントもありました。2つのバスドラを使ったジョージ川口の打ち上げ花火のようなドラム・プレイ、派手な衣装を着た松本英彦のサックス吹奏は、今もぼくの目と耳に焼き付いて離れません。

いまや”三大野外ジャズ・フェスティバル”は過去のものとなり、「サマージャズ」は室内に会場を移して現在に至っています。マイルス・デイヴィスアート・ブレイキーディジー・ガレスピーB.B.キングなど当時のフェスを沸かせた面々は、とっくに亡くなっています。そりゃそうです、もう25年以上も経っているのです。そして地球の温度も大きく上昇しました、というか、夏の暑さに”危険な”という形容動詞をつけないとヤバいような環境になってしまった。「東京の過去の天気」というサイトで調べてみましょう。たとえば1990年7月28日、「ライヴ・アンダー」に佐藤允彦ウェイン・ショーターアル・ジャロウジョー・サンプル等が登場した日(ぼくも見ました)の東京都の最高気温は29.8度です。では同じ第3土曜日である2016年7月16日の東京都の気温はどうか……と調べてみると、最高気温は28度。あれ? 35度ぐらい行っていると思ったのだがなあ……。「昔は過ごしやすくて涼しかった。それに比べて今の危険な暑さはなんだ! 地球、おかしいじゃないか!」とエコロジックにまとめたかったのですが、これではそうもいきません。植木等「地球温暖化進行曲」(”行進曲”ではありません)を聴いて、心を落ち着かせることにします。

ジャズ・フェスがどんどん(相対的に)下火になったことと関係あるのか、20世紀の末期から大きなロック系フェスが産声をあげて今に続いています。1997年に始まった「FUJI ROCK FESTIVAL」、2000年開始の「SUMMER SONIC」、やはり同年から続いている「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」などです。なかでもここ数年のフジロックの、ジャズ系アーティストに向けた情熱は生半可なものではありません。ロバート・グラスパー・エクスペリメント、カマシ・ワシントンの登場は客を盛り上げる音作り、高騰する人気からいっても当然でしょうが(ところでふたりの名前を初めてカタカナ表記したのは、おそらくぼくではないかと思います。グラスパーのファースト・アルバムのデモ音源が”フレッシュ・サウンド”というレーベルから届き、それを聴いて書いた10数年前の「ジャズ批評」のバックナンバーや、カマシの初期2作品のライナーノーツをごらんください)、ジャマイカの重鎮ギタリストであるアーネスト・ラングリンがラインナップに加わるとは、目が利いています。1932年生まれだそうですから、この前亡くなった永六輔や大橋巨泉よりも年上(!)、60年間にわたってジャズ、スカ、レゲエのレコ―ディングに加わり、自己名義の作品も多数。近年もますます元気で、来日回数も増えています。ぼくが彼のプレイを初めて聴いたのは確か90年代初頭、日比谷野音で行なわれた「スカ・エクスプロージョン」というイベントでした。以降も、可能な限り見に行っていますが、太くて柔らかなトーン、軽快なカッティング、親しみやすいアドリブ・フレーズは、こちらの肩こりや血行の悪さを優しくもみほぐしてくれるようです。

『ビロウ・ザ・ベースライン』は、そんなラングリンの妙技が楽しめる音源です。沁み込んだレゲエとジャズのセンスが絶妙に融合されて、彼の指先に伝わり、それがギターを通じて流れ出ている、という印象を受けました。井上順に似た甘いルックスの持ち主であるためか、70年代に”ジャズ・ピアノ界の貴公子”と呼ばれた盟友モンティ・アレキサンダーもピアノやメロディカ(ピアニカ)で粋な合いの手を入れています。もしフジロックでこのアルバムのような気持ちよい世界が繰り広げられたら、その会場(フィールド・オブ・ヘヴン)の多幸感は従来比150%以上になるに違いありません。

ラングリンのサウンドは、今年のフジロックに出る面目ですと、ジャンプ・ウィズ・ジョーイリー・ペリーのファンは言うまでもなく、トータススペアザのファンにも強く響くはずです。BABYMETALのファンにも楽しんでほしいし、
逆にラングリン目当てのジャズ・ファンやジャマイカ音楽ファンには「BABYMETALもマスト案件だよ。家に帰ったら次はぜひ彼女たちの母校である”さくら学院”をチェックしてほしいし、SU-METALの姉がいる乃木坂46もかわいいよ」と薦めたくなります。人類も音楽も皆なかよし、それがクールだと思いませんか?

 
 

 

■執筆者プロフィール

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原田和典(はらだ・かずのり)

ジャズ誌編集長を経て、現在は音楽、映画、演芸など様々なエンタテインメントに関する話題やインタビューを新聞、雑誌、CDライナーノーツ、ウェブ他に執筆。ライナーノーツへの寄稿は1000点を超える。著書は『世界最高のジャズ』『清志郎を聴こうぜ!』『猫ジャケ』他多数、共著に『アイドル楽曲ディスクガイド』『昭和歌謡ポップスアルバムガイド 1959-1979』等。ミュージック・ペンクラブ(旧・音楽執筆者協議会)実行委員。ブログ(http://kazzharada.exblog.jp/)に近況を掲載。Twitterアカウントは@KazzHarada