原田和典の「すみません、Jazzなんですけど…」 第9回

~今月の一枚~

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ライオネル・ハンプトン [アライヴ・アンド・ジャンピング]

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大橋巨泉氏が亡くなりました。

“ある程度の年代よりも下”からは「えっ、誰それ?」という声も多々あがったことでしょう。氏がテレビ・タレントとして多忙を極めていたのはせいぜい1990年代まで、この10数年は病気と闘いながら主に海外で生活していました。たまに日本に戻ってきてトーク番組のゲストで下にも置かない扱いをうけ、その丁寧なもてなされ方と全身から醸し出される偉そうな態度に「このひと、かつて大物だったんだろうなあ」と、まあ、それなりのパーセンテージでは感じさせる……それが晩年の巨泉氏だったような気がします。

ぼくは“ある程度の年代よりも上”の世代の“かなり下”に属していますので、巨泉氏が司会する番組はけっこうリアルタイムで楽しんでいます。テレビコマーシャルもいろいろ見ました。が、ぼくは、20歳を過ぎるまで、氏がジャズ評論家であったことを存じ上げていませんでした。

上京して少したって「ジャズ批評」という雑誌に雇われたとき、名物コーナーのひとつに「最後の珍盤を求めて」がありました。司会進行は当時レコード会社に勤めておられた岡村融さん。たしか巨泉氏と同じ昭和9年生まれだったと思います。ゲストは毎回、異なるのですが、内容は基本的には岡村さんの友人のジャズ評論家や重度のレコード・コレクターが雑談し、思い出のレコードやレア盤を紹介するというものでした。「大橋巨泉の司会で聴いた誰それの生演奏」とか「このミュージシャンは大橋巨泉が誉めていた」とか「巨泉のライナーノーツ(レコードの解説文)は~」という言葉が、一度ならず何度も飛び交うのです。昭和30年代から交友のあった故・岩浪洋三さんからも、巨泉氏が非常にセンスのいいジャズ評論家であったこと、ヴォーカルものに強かったが(最初の奥さんは三宅光子ことマーサ三宅でした。映画『美女と液体人間』で、ジャズ・シンガーに扮した白川由美の吹き替えをしています)インストゥルメンタルに対する造詣も深かったこと、まだ“模倣”といわれがちだった日本のジャズにもしっかり注目してライヴ現場に足を運んでいたこと等をうかがいました。

ぼくが巨泉氏の“ジャズ評論”を読んだのはそれから十数年後、独立してライター稼業を始めてからのことです。一時的に帰郷したときに親が保存していたスクラップやファイルを見て(ぼくの父は銀座「ACB」や横浜「ピーナッツ」などに出ていたバンドマンでした)、戦後日本のジャズとその周辺に対する興味が再燃し、資料を集めていくと、“ここにも巨泉、あそこにも巨泉”という感じで、氏の書いた文章が次々と目に飛び込んでくるのです。内容はわかりやすく詳しく、ユーモアがあり、ひとりよがりではなく、読み進めていくうちに、ぼくはすっかり“ジャズ評論家・巨泉”のファンになりました。そして「今より資料が遥かに少なかったであろう時代に(1ドル360円、一般人の海外渡航は夢のまた夢という時代です)、よくここまで書けたものだ」と感銘を受けると同時に、「当時のジャズ評論家は今よりもぜんぜんステイタスがあって、ギャラも良かったはず。ナオンにもテーモーでウハウハだったのではないか。そんなおいしい仕事をやめて、もったいない」という気持ちが沸きあがることも抑えられませんでした。

ジャズ評論家をやめた理由の一つとして、「60年代半ばにアルバート・アイラーのレコードを聴き、激しい嫌悪感を覚えたから」ということが語られています。そのレコードには『スピリチュアル・ユニティ』説、『スピリッツ・リジョイス』説がありますが、ぼくにはとても不思議です。50年代からいちはやくアート・ブレイキー、ソニー・ロリンズ、ホレス・シルヴァー、キャノンボール・アダレイなどの、いわゆる“ファンキー・ジャズ”を支持していた巨泉氏が、どうしてブラック・ミュージックがこだまして渦を描くアイラーに拒否反応を示したのか。それをぼくはいつか本人の口から聞きたいと願っていました。2014年上旬、某レコード会社のCDシリーズのパンフレット用に、巨泉氏に取材する手前までいったのですが……そのシリーズは発売中止となってしまいました。

今回とりあげるライオネル・ハンプトンも、巨泉氏が愛したジャズメンのひとりです。彼のハンプトン観は、動画サイトにアップされている映像「巨泉のジャズ・スタジオ」でふんだんに語られています。なにしろ1920年代から90年代まで活動したミュージシャンなので、名演・名盤も多数ですが、このアルバムでは元バンド・メンバーのミルト・バックナー(オルガン)との久々の再会という余禄も加味されています。コロコロと転がるヴィブラフォンの音、パイプ・オルガンや足踏みオルガンとはまったく異なるハモンド・オルガンならではのドライヴ感を、ハイレゾで心ゆくまで浴びようではありませんか。

 


 

■執筆者プロフィール

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原田和典(はらだ・かずのり)

ジャズ誌編集長を経て、現在は音楽、映画、演芸など様々なエンタテインメントに関する話題やインタビューを新聞、雑誌、CDライナーノーツ、ウェブ他に執筆。ライナーノーツへの寄稿は1000点を超える。著書は『世界最高のジャズ』『清志郎を聴こうぜ!』『猫ジャケ』他多数、共著に『アイドル楽曲ディスクガイド』『昭和歌謡ポップスアルバムガイド 1959-1979』等。ミュージック・ペンクラブ(旧・音楽執筆者協議会)実行委員。ブログ(http://kazzharada.exblog.jp/)に近況を掲載。Twitterアカウントは@KazzHarada