牧野良幸のハイレゾ一本釣り! 第25回

第25回:ポール・サイモン(後編)『リズム・オブ・ザ・セインツ』~『ストレンジャー・トゥ・ストレンジャー』

~『サプライズ』の“サイモン節”にサプライズ~

 

 

ポール・サイモン、アルバムのジャケットデザインも毎回個性的。

 

 ポール・サイモンが2006年に発表した『サプライズ(Surprize)』はサプライズだった。これはシャレではない。本当に嬉しい驚きだったのだ。

 実のところポール・サイモンには、リズム嗜好になった86年の『グレイスランド(Graceland)』あたりから距離を置くようになっていった。やはりソロになった70年代の『ポール・サイモン(Paul Simon)』や『ひとりごと(There Goes Rhymin’ Simon0』などのような、大雑把に言ってしまえば、サイモンとガーファンクル時代の流れをくむ音楽が好きだったのだ。
 しかしポール・サイモンは新しい音楽を創造する道を進む。
 『グレイスランド』のあと、90年には『ザ・リズム・オブ・ザ・セインツ(The Rhythm Of The Saints)』を発表。その後も『ザ・ケープマン(Songs From The Capeman)』、2000年になって『ユー・アー・ザ・ワン(You’re The One)』と着実にアルバムをリリースしていった。

 そして2006年、僕が久々にポール・サイモンのCDを手に取ったが『サプライズ』だったのだ。赤ちゃんの顔が印象的なジャケット。このアルバムはブライアン・イーノが“ソニック・ランドスケープ”を制作。つまりサウンドにおいて全面参加。フォークや民族音楽のポール・サイモンと、電子音楽のブライアン・イーノという異色の顔合わせが話題だった。

 それでも聴くまでは、あまり期待はしていなかったのである。ポール・サイモンは、まるでパーティー衣裳を替えるかのように、自分のヴォーカル以外のサウンドを取り替えてきた。これまでのアフリカや南米の音楽から、今回は電子音楽へと。ザッツ・イット。それだけだと思っていたのだ。

 しかしこの『サプライズ』は僕にとってサプライズだったのである。
 まず、思った以上にサウンドがブライアン・イーノ色になっていることに驚いた。民族音楽からは真逆の方向だ。しかし、それでいながら、今まで以上にポール・サイモンらしい音楽になっていることに驚いた。

 嬉しいことに、僕はそこに70年代の“サイモン節”をすごく感じたのである。「シュア・ドント・フィール・ライク・ラヴ」などは「僕とフリオと校庭で」のようなノリ。 『サプライズ』は『ポール・サイモン』や『ひとりごと』を聴いていた10代の頃に戻ったかのように、よく聴いたものである。

 それでようやく気づいたのだが、ポール・サイモンのリズム嗜好、そしてアルバムによってサウンド・スタイルをごっそり取り替えていくやり方は、たんに表面的なものではなく、ポール・サイモン自身の音楽が成立するために根源的な方法なのだなあ、ということである。ちょうどレースのF1がエンジンを替えてさらに進化するように、新しいサウンドがサイモンの創造力を発火させる起爆剤になっている気がするのである。

 実際にポール・サイモンの発表する作品が、今日でもアルバム毎に緊張感とスリルがあるのは事実であろう。21世紀になって、かつての洋楽の偉大なアーティストたちが再び活躍しているけれども、ポール・サイモンほど昔に劣らず前向きでクリエイティブな活動をしている人は少ないと思う。
 この6月に発売になったばかりの新作『ストレンジャー・トゥ・ストレンジャー』も“新しい作品”だった。今度は「現代作曲家ハリー・パーチの影響を受けパーチ楽器も使用」とか「“アフロ×エレクトロ”のClap! Clap!が参加」とか、またも僕の知らない衣裳をまとって登場したサイモンであるが、これまで以上にクリエイティブ、そしてここにも“サイモン節”が健在なのだからまいってしまう。

 ひっきょう、どのようなサウンド・スタイルであろうとも、ポール・サイモンの音楽は強固な存在なのだ。仮にロバート・フィリップ率いるキング・クリムゾンをバックに起用しても、“サイモン節”は健在なのではないか(笑)。

 

■アルバム解説

The Rhythm Of The Saints(『リズム・オブ・ザ・セインツ』)

ブラジルの土着的なリズムが情熱的に押し寄せるアルバム。しかしハイレゾではそれが繊細で綺麗に響く。低域の厚みも十分。ポール・サイモンのアルバムはハイレゾでとても充実したものになっていると思う。

 

You’re The One(『ユー・アー・ザ・ワン』)

リズム路線がややお休みして、内省的なムードが漂う、どちらかというと昔のポール・サイモンに近いと言えるアルバムかもしれない……しかしここでもハイレゾの音は厚く、太い。

 

Surprise(『サプライズ』) 

エッセイにも書いたとおり、長年の愛聴盤がCDからハイレゾになった。44kHzという低めのスペックが逆にスピード感とワイルド感を殺していないところが好ましい。ブライアン・イーノの巧みな音作りがハイレゾでもやはり光る。

 

Stranger To Stranger(『ストレンジャー・トゥ・ストレンジャー』)

6月に配信になったばかりの新作はエレクトロ路線の混入で、これまで以上にリズムがパワフルになった。ちょうど『明日に架ける橋』の「いとしのセシリア」のようにに、はち切れんばかりの生命力を感じる。ハイレゾは他のアルバムと同じく、厚く太い音なのは当然としても、このアルバムではさらに食い込みがよく、粒立ちのいい音が飛び出してくる。ハイレゾ時代ならではのアルバムだと思う。

 

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牧野 良幸 プロフィール

1958年 愛知県岡崎市生まれ。

1980関西大学社会学部卒業。

大学卒業後、81年に上京。銅版画、石版画の制作と平行して、イラストレーション、レコード・ジャケット、絵本の仕事をおこなっている。

近年は音楽エッセイを雑誌に連載するようになり、今までの音楽遍歴を綴った『僕の音盤青春記1971-1976』『同1977-1981』『オーディオ小僧の食いのこし』などを出版している。
2015年5月には『僕のビートルズ音盤青春記 Part1 1962-1975』を上梓。

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