牧野良幸のハイレゾ一本釣り! 第32回

第32回: ボブ・ディラン『フリーホーリン・ボブ・ディラン』

〜ディランの腕をつかんで踏み込んでいきたい世界〜

 

makino-dylan 

 

 ボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞した。このことについては、もういろいろなところで書かれているし、読んでもいるだろうから、ここでは触れない。それにノーベル文学賞について書くには、とても僕の筆力が及ばない。これが「ノーベル ハイレゾ賞」だったなら、何かしら書くことができたであろうが。

 ということで今までどおりにボブ・ディランのハイレゾを紹介する。今回は代表作『フリーホーリン・ボブ・ディラン』だ。FLAC(96kHz/24bit)で配信されている。

 オリジナルは1963年発表、ディランのセカンド・アルバムである。有名な「風に吹かれて」が1曲目に収録されている。ほかにも「北国の少女」「はげしい雨が降る」「くよくよするなよ」など、ディラン初期の代表曲が多数収録されているのが特徴だ。

 このアルバムは1曲を除いてボブ・ディランの弾き語りである。ギターとハーモニカによる素朴な演奏が続く。今日のポップ・ミュージックに慣れた耳には、かなり物足りないサウンドに思われるかもしれない。というか同じ60年代のロックと比べても、いち時代前の音楽のように思える。ディランがフォーク・ロックに踏み出すのはこのあとのことだ。

 しかし『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』は決して古くさい音楽ではない。それどころか60年代のサイケデリックや70年代のハード・ロック、80年代のテクノやAOR、90年代のグランジの間も生き続けて、今やそれら以上の輝きを放っているような気がする。

 ギター1本とハーモニカだけなのに、どうしてこんなに強く、そして優しく響くのだろう。僕も『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』を初めて聴いた時は、刺激が薄い音楽に思えたものだ(たいがいのディランのアルバムは最初そう感じる)。有名な「風に吹かれて」にしても、音楽の教科書に載っていそうなくらい真面目な曲に思えた。正直どうして『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』が名盤と言われるのか分からなかった。

 しかし『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』は何度も聴くと近しくなるアルバムなのだ。ちょうどジャケットに写る当時の恋人スーズ・ロスロのように、しっかり腕を組んで連れ添っていくと、どんどんその良さが分かってくる。メロディ・ラインは霧が晴れるように鮮明になるし、ギターの味わい深さも耳に入ってくる(「北国の少女」のアルペジオとか)。当時21歳の若者とは思えないディランのだみ声もトンガリが薄れ、親しみのあるヴォーカルとなってくる。

 さらにハイレゾでは音質面でより味わい深くなる。思った以上にギターとヴォーカル、ハーモニカが生々しく聴こえるのだ。そりぁあ初期のステレオだから、ギターとヴォーカルは左右に分かれてしまうけれど、1963年のアルバムとは思えないほど存在感のある音がスピーカーから出る。ギターは細かいニュアンスが伝わるから、S&Gの曲でのポール・サイモンのギターに負けないくらいポップで情緒のあるアルペジオと分かる。

 高音質のせいでもあるまいが、ディランの歌う歌詞も頭に入るようになってきた。以前は日本語対訳とにらめっこして聴いていたけれど、今ではディランのだみ声で聴き取ることに喜びを見い出している。もちろん英語だから全部は分からない。しかし結構歌われている内容が分かるものだ。今のところノーベル文学賞の「ノ」の字にも行かないレベルであるが、これもディランの腕をつかんで、ゆっくりと踏み込んでいきたい世界だ。

 

BOB DYLAN

『The Freewheelin’ Bob Dylan』

FLAC|96.0kHz/24bit

 


 

牧野 良幸 プロフィール

1958年 愛知県岡崎市生まれ。
1980関西大学社会学部卒業。
大学卒業後、81年に上京。銅版画、石版画の制作と平行して、イラストレーション、レコード・ジャケット、絵本の仕事をおこなっている。
近年は音楽エッセイを雑誌に連載するようになり、今までの音楽遍歴を綴った『僕の音盤青春記1971-1976』『同1977-1981』『オーディオ小僧の食いのこし』などを出版している。
2015年5月には『僕のビートルズ音盤青春記 Part1 1962-1975』を上梓。

マッキーjp:牧野良幸公式サイト