藤田恵美『camomile colors』リリース記念インタビュー

1997年Le Couple「ひだまりの詩」でミリオンセラーを記録。その後2001年からソロプロジェクトとして『camomile』シリーズをスタートさせた藤田恵美さん。その澄んだ歌声は“耳で聴く薬”として国内のみならず、香港や台湾、シンガポール、マレーシア、インドネシアなど、アジア各国へもファンを広げている。またこうしたアジアの国々ではプラチナディスク、ゴールドディスクを獲得するなど、『camomile』シリーズの人気も世界的なものとなってきているようだ。また2007年に販売したベストアルバム『camomile Best Audio』は、数々のオーディオ製品を設計してきた名エンジニア・金井隆さんの協力もあり、オーディオ用のリファレンス盤としても高く評価され、ハイレゾファイルとしても配信されている。また、2016年にはベストアルバムの第二弾『camomile Best Audio 2』も発売され、シリーズの人気は衰えておらず、新作への渇望が募っている状況でもあった。

そしてこの度、前作から8年ぶりに『camomile』シリーズの第5作目となるニューアルバム『camomile colors』が発売。同時に192kHz/24bit・5.6MHz/1bit ハイレゾ版も配信される。今回藤田恵美さんと、『camomile』シリーズの録音を手掛けているHD Impression LLCの阿部哲也さんに新作についてお話を伺った。

 

藤田恵美『camomile colors』

DSD[5.6MHz/1bit] FLAC[192kHz/24bit] FLAC[96kHz/24bit]

 

――『camomile colors』発売おめでとうございます。まずこの新作が誕生するまでの経緯を教えていただけますか?

藤田(以下、敬称略) はい、海外のファンの方を含めて、結構前から新しい『camomile』が聴きたいという声をいただいていました。この8年の間にシリーズとは違うアルバムも出していましたが、いつか『camomile』を出したいという思い、歌いたいなという曲が出てきている状況でもありました。ただ昨今の情勢もあり、手間もコストもかかる『camomile』シリーズはなかなか作ることができなかったのです。でも特にここ数年、制作意欲が盛り上がってきました。そのきっかけは私自身オーディオにこだわりのあるお店に出かけていって、その時に『camomile』がかかると、会話していたのがパッと止まったり、曲を聴いてくれるということが何度もありまして。ちゃんとした環境で聴いてもらうとみんな黙って楽曲に耳を傾けてくれるんだ、と思った時に“もう一度新作を作ってみたい”と感じたんですね。

――収録するための楽曲の候補はどのくらいあったのですか?

藤田 そうですね、『camomile』シリーズのコンセプトである“いつのまにか眠れるアルバム”という軸を基にして、入れてみたい曲や気になる曲など、候補はたくさんあったのですが、まずは自分自身で歌えるかどうか。それは自分の声や歌にあっているものだけではなく、まったく真逆にあるイメージできないものもあって、やってみたら面白そうというものも試しにデモを作ってみたりしましたね。何曲か決まっていたものもありましたが、ほとんどはデモを経て絞り込んでいます。試してみたものは30~40曲はあったんじゃないかな。デモで歌ってみたものの音域が合わなかったり、雰囲気が合わなかったりということで外したものもありました。

――楽曲の構成についてはどの段階で詰めていったのですか?

藤田 もうデモの段階で決めていましたね。事前にこういう感じで、とアレンジャーに伝えてデモのベースを作ってもらっていました。スタジオに入ってあれこれアレンジを試すのではなく、前もって決めたうえで録音に臨みました。

 

――では具体的な録音の方法について教えていただけますか?

阿部 『camomile』シリーズは1作目からアナログ録音を行ってきました。コンセプトである“いつのまにか眠れるアルバム”という点に直結する心地よさ、癒しという点で、生楽器にもこだわっています。今回はスタジオのアンビエンス(残響感)も生かしつつ、アナログ録音ができる環境として、以前から響きが好きな音響ハウスの2stを中心にして録音を行いました。録音用のアナログマルチテープには同時に24ch分収録できますが、76cm/sという最も音質の良いモードで録音をしている分、16分しか収録できません。

複数のテイクを残すためと、コーラスを重ねたりソロ楽器を加えるなどのオーバーダビング作業を想定し、同時録音した素材を確認作業で聴いているタイミングなどを使い、ProToolsへ192kHz/24bitでダビングしておきます。その後の作業はアナログマルチテープで録音しつつ(アナログテープは上書きして何度も利用)、その音をProToolsでも同時に録音し、重ねていくという手法を使っているので、アナログ録音でありながら無限にトラック数を作り出すことができるのです。アナログレコーダーをエフェクターのように活用するという、まさに現代ならではの録音方法ですよね。

――それでは収録曲について、ポイントを教えていただけますか?まずは1曲目のカーペンターズのカバー「Close to You」です。

藤田 ジャズアレンジで行こうと決めていましたね。

阿部 ジャズ畑の方達を集めたのですが、3テイクも録音するとある意味“飽き”がきて、一回演奏したものは出し切ってしまっているため、次では同じプレイとならないんですね。ある意味怖い部分ですが、主役である恵美さんの歌がどんな内容か聴きながら、みんなの演奏を聴いていかないといけないので、その点は大変でした。

――2曲目の「Colors of the Wind」はディズニー映画『ポカホンタス』のカバーですね。

藤田 世界の上では肌の色が白とか黒とか関係ない、動物だとか人間だとか関係ないというワールドワイドなものです。だから楽器も西洋のものもあれば日本的なものがあったら面白いよねと。そこで思いついたのが尺八でした。でもポップスに合わせた吹き方をしてもらわないと、尺八が主役になってしまうので(笑)。そうした演奏ができる方を探していただきました。

――3曲目は有名なビートルズの「Let It Be」ですね。

阿部 この曲は小編成で、マンドリンとコーラスを入れていますね。アレンジが恵美さんの頭の中にあったんですよね。

藤田 これまで色々とカバーされている、ある意味ベタな曲ですが、アルバムの中には皆さん知っている曲もいくつか散りばめないと、と考えているんですね。これはスタッフ側から提案されたもので、初めは私に合わないと思っていましたが、トライしてみてはまった楽曲ですね。ギタリストの西海孝さんはバンジョーもできるしマンドリンもできるという、今は珍しいスタイルの方。10代の頃から一緒にカントリーをやっていた仲間です。コーラスのShimeさんは英語の曲も良くて、私もリスペクトしている方です。初めて一緒に録音したのですが、歌声やグルーヴ感は合うと分かっていたので、安心してお任せしました。

――4曲目はスティングの「Shape of My Heart」です。

藤田 これはスティングのオリジナルとは雰囲気が違うものになっています。普通に考えたらあまり選ばないタイプのダークな楽曲ですね。だからこそ逆に私が歌ったらどうなるだろうという面白み、チャレンジです。西海孝さんにはバンジョーを弾いてもらっていますが、何も情報なく聴いていただいてバンジョーが入っているとは思えないかもしれませんね。

阿部 盛り上がる部分がないだけに、淡々と進んでいきます。だからこそパーカッションの朝倉真司さんはとにかくリズムをキープしながら、いい演奏を聴かせないといけないという。意外にシンプルでありながら難しい楽曲でもありますね。

――5曲目はドン・マクリーンのカバー「Vincent」ですね。

藤田 これは今回歌いたかった曲の一つです。元々のオリジナルも少ない編成で、ギターの他にマリンバ、最後にストリングスが入ってくるくらい。アレンジもギター一本に歌が寄り添うような雰囲気を出しています。アコースティックギターの小松原俊さんはソロギターリストで、変わった奏法を持っている方です。

阿部 爪で弾いているのですが、ネック側からも結構音が出ていて、右だけでなく左でも音が出るからギターは一本なのに、二人いるように聞こえる。この曲はその良さが出ていて、広がりが生まれていて面白いですね。

――6曲目はディズニー映画『ノートルダムの鐘』から「Someday」です。

藤田 ミッキー・マウス70周年記念でトリビュートアルバムが企画されたとき、Le Coupleでこの曲をカバーしたのですが、その時アレンジをしていただいた澤近泰輔さんの編曲が気に入っていて、もう一度自分のアルバムで歌いたいと思っていたんです。そこで今回澤近さんに聞いてみたら“いいよ”と答えてくださって、またお願いしました。今回はリズム楽器なしのストリングスとピアノだけですが、それでも当時のアレンジを彷彿とさせるものにしていただきました。ぜひ『camomile』シリーズで阿部さんと金井さんのタッグの中でこの曲もやってみたかったので、本当に良かったですね。

阿部 ストリングスは4人のカルテットでマイクも4本ずつ。そしてオリジナルの8chマイクアレイを組み合わせて、その残響成分も収録しました。あとピアノに3本とアンビエンスに4本、ボーカルに1本。併せて20ch分という、小編成でも豪華なマイキングとしました。今回は奇跡的なテイクが収録できて、合計で2回しか演奏していません。1回目もすごくよかったのですが、2回目の方が弦の盛り上がりと歌の盛り上がりの相乗効果があって、こちらをOKとしました。

――7曲目はランディ・ヴァンウォーマーの「Just When I Needed You Most」です。

阿部 これだけエレキベースが入っています。

藤田 ペダルスチールギターを入れたいという思いがあって、この曲だけ入れましたね。

阿部 電子系楽器はエレキベースの他に電子ピアノも入れたかったのですが、全部生のピアノで行くと却下されました(笑)。ベースはアンプも持ってきていただいていたんですが、ノイズの問題もあってライン収録としました。楽器も“ジャズベース”だったので、アンプを通さなくても良い感触でした。

 

――8曲目はシークレット・ガーデンの有名な楽曲「You Raise Me Up」のカバーです。

藤田 これも小編成で、ギターとピアノとバイオリンですね。ダビングで笛とアコーディオンを、アレンジャーの宇戸俊秀さんが一人で担当しています。。いつもライブでいろんな楽器を一人でやってくれているので、とても助かります(笑)。

阿部 曲の構成、雰囲気もアレンジャーですから一番わかっていますしね。

――9曲目はトラディショナルソングの「The Water Is Wide」です。

藤田 昔から演奏しているテイストのアレンジとなっています。カーラ・ボノフが演奏しているものがあって、それを好きで以前からカバーしていたんです。今回は昔の音楽仲間と一緒に、昔のことを思い出すというか、刺激を受けたスタイルでコーラスもそれと同じ、2人の男性コーラスが入っているというパターンで録ってみたいなと。

阿部 スライドギターも入っています。ただ奏法的に金属と金属が当たっているので痛い音も入るのですが、この辺は金井さんともノイズとなるかどうかで話し合いがもたれました(笑)。いいマイクで録っているから余計に気になるのですが、楽器から生まれるノイズも大事な要素なのでそのまま生かしています。

――10曲目はスコットランド民謡の「Ae Fond Kiss」です。

藤田 毎回スコットランドやアイルランドの民謡を入れています。私自身も好きですし。ただ結構やりつくしていて(笑)。なかなかいい曲が見つからなかったんですが、好きなアーティストであるフェアグランドアトラクションのエディ・リーダーが録音していたこの曲を思い出したんです。日本人はなかなか知らなくて、カバーする人も少ないかなと思っていますが。“こういういい曲もあるよ”という紹介をしたいというのも『camomile』の中に要素としてあって。毎回誰も知らないような曲を入れたり、知らない曲を入れるのは好きです(笑)。

阿部 この曲のアコースティックギターは小松原さんの変則チューニングです。ちゃんとルートに低音が来るように全部バラバラにしているんです。あと、この曲の時だけバイオリンの収録スタジオが小さめの部屋となってしまって、録音も工夫していますね。

――そして最後の11曲目は「ひだまりの詩」の英語カバーである「Wishes」ですね。

藤田 元々「ひだまりの詩」を初めていただいた時は、アメリカ人のブリット・サヴェージが歌っているこの英語のバージョンだったんです。こんな完璧なのに私が英語で歌う必要ないのでは?と思っていたら、後から日本語の歌詞が届いて日本語バージョンを歌うことになったという経緯があります。Le Coupleでも英語バージョンを録音していますが、バンド編成では初めてです。海外の方にも日本語の歌をそのまま楽しんでもらっていますが、これなら英語なので海外の方も素直に楽しめるだろうという思いもありました。そして『camomile』のアルバムに入れても馴染むし、金井さんと阿部さんとのタッグを組んだ中でも録っておきたかったから、今回挑んでみました。

阿部 トランペットを入れているのがポイントで、石川広行さんの出す音がすごく好きで、小さな音でも正確なピッチで、抑揚良く吹いてくれるんです。すごく柔らかい音色です。1曲目の「Close to You」と同じメンバーの録音で、フルートなしでトランペット入りという構成ですね。

藤田 「ひだまりの詩」でトランペットって結び付かないけど、見事にいい雰囲気に馴染んでいて、日本語では失恋の切ない内容だけど、こちらはタイトルのように希望を持てる雰囲気が出来上がったと思っています。トランペットの厳かに高らかな音色がいい世界観を作ってくれたなと。

阿部 最初と最後の楽曲で同じメンバーで囲むという、その雰囲気もまたこのアルバムを象徴している点かもしれませんね。

――なるほど、ありがとうございます。今回のアルバムタイトルの意味も教えていただけますか?

藤田 あまり考えずにつけたんですよね(笑)。気張らずにというか。タイトルを先に考えたりコンセプトに引っ張られるのは、アルバム制作の中で窮屈なところがあるから、作っていくうちに考えようと思っていました。コンセプトは“ゆっくり眠れる”とか“生楽器”という感じで、ちゃんとあるから良いだろうと。そして入れたかった楽曲の「Colors of the Wind」と「Vincent」にたまたまですが、両方とも“Color”という言葉があったんですね。音楽って目に見えないけれども、聴いていくうちに情景が見えたり、色がついていたりと、とても不思議なもの。ここに居ながらにしていろんなところに飛べたり、景色が見れたりという、そういう風に色が見えたりしたらいいなというところからColorをタイトルにしたらいいのではないかと思いました。そしてColorって個性という意味もありますよね。だからいろんな曲の中での自分の歌の演じ方、聴こえ方、曲それぞれのカラーもあるし、そういうものひっくるめて“colors”はとてもいいタイトルだと思いました。

――本当に色彩に満ちた素晴らしいアルバムだと思います。本日はありがとうございました。

 


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