津田直士「名曲の理由」 File07.「ムーンリバー 」

 

※先に動画を再生してからお読みください。津田氏が実際にピアノを弾きながら解説しています。

 

今回はヘンリー・マンシーニが生んだ名曲「ムーンリバー」をご紹介します。

「ムーンリバー」はオードリー・ヘプバーンの代表作のひとつ『ティファニーで朝食を』の主題歌です。劇中でオードリー・ヘプバーンが歌う姿を見ることもできます。アカデミー歌曲賞に加え、グラミー賞最優秀レコード賞、最優秀楽曲賞、最優秀編曲賞の3部門を受賞するなど、当時とても高い評価を得たこの作品はやがてスタンダードナンバーとなり、数えきれないほどのカバー作品が発表されていきます。

作曲したのはアメリカ映画音楽の巨匠、ヘンリー・マンシーニ。 同じくオードリー・ヘプバーン主演の「シャレード」や「酒とバラの日々」など、有名な作品がたくさんありますが、私は『刑事コロンボ』のテーマが大好きでした。

それでは早速、名曲としての魅力を確認していきましょう。
(※ 以降、移動ドで音階を表します)

まず最初は「ソーーーレドーー」と とても素直で美しいメロディーで始まります。 明るい和音で始まり、「レドーー」のところで和音が暗くなるところもポイントです。

続いて再び明るい和音にのせて、 「シーーラソファソーー」と、降りてくる 美しいメロディーが登場します。なぜなら、最初の「シ」は支える和音にとって『タブー』の音なのです。だからこそこのメロディーが光るのです。 

その『輝くメロディー』の直後、「ドーーレーー …」のメロディーに導かれるように、悲しみに満ちた和音が響きます。このように、輝くメロディーから憂いを帯びた世界に変わる、といった変化の美しさが名曲には共通して備わっているんですね。 そしてその変化が、聴いている人の心を優しく揺り動かしてくれるのです。

美しい変化は続きます。「ミドーーー」で少し寂しい感じになった直後に、まるで突然 「ソミーーー」で陽が差すかのように明るくなり、 「レドーーー」はそのまま穏やかだけど 「ソミーーー」では迷うような、どこか浮遊した感じに変化します。

そして結局、和音は再び暗めの雰囲気に落ち着くのですが、 その瞬間、直前で穏やかに動いていたメロディーが、下から上へ「ドーミーソー」と一気に昇ります。

和音だけではなく、このメロディーの動きの変化にも注目してもらえれば、と思います。「ドーミーソー」に続いて 「ドーシーーラ」と切なく下がるメロディーに合わせて和音はとても切なく響きます。

そして音程が1度(全音)下がって 「シーラーーソ」と同じようにメロディーが動くのですが、たたみかけるように反復するメロディーも、音程が1度下がったからなのか、切なさから愛のある感じに変化しています。 その雰囲気に合わせるように、和音も愛のある感じに変化しています。

そして「ラーーソ」ともはや優しさが溢れるような落ち着きを取り戻したメロディーを、ちゃんと優しい和音が包んでいます。この一連のメロディーと和音のコンビネーションの素晴らしさも、この曲が名曲であることを物語っています。

その後しばらく、「ソーーーレドーー」の素直なメロディーから「シーーラソファソーー」輝くメロディー、「ドーーレーー …」と悲しみに満ちた和音までが繰り返されますが、続く「ミドーーー」で少し寂しい感じになった次のメロディーは「ミーーソーードーー…」と、高く高くメロディーが昇って、切ない感情の高まりを 豊かに表現します。 この感情を支えている和音は、ちょうど先ほど (「ドーミーソー」に続いて「ドーシーーラ」と切なく下がるメロディーに合わせて和音はとても切なく響きます。) と書いたところの「ドー」を支えている和音なのです。

つまりこの和音は切なさの表情を醸し出す和音のひとつなのですが、優れた作曲家はこのような和音の表情をメロディーに合わせて巧みに使い分けているわけです。

そして、「ミーーソーードーー…」の「ド」よりさらに高い「レ」から始まることによって、 「レドソーーー」と降りてくるメロディーがさらに強い感情を表現しますが、もはやその感情は切なさから、そして悲しみから、まるで決別するかのような強さに満ちています。 悲しみから希望に変化していく予兆を感じさせているわけです。

その、強さと共に降りてきたメロディーはこのキー(調)の中で最も明るいエネルギーを持つ、ホームの和音(トニックコード)に守られながら、次のメロディーにつながっていきます。そのメロディーは、「シラソファソーー」と、降りてくるメロディーです。

実はこのメロディー、最初の一音の長さこそ短めですが、曲の最初の方に登場する、あの『輝くメロディー』と同じなのです。 この曲の最大のポイントである『輝くメロディー』が、僅かに形を変えて、別の役割を担ってここに再び登場しているのです。

悲しみと決別した今、『輝くメロディー』は平和な和音に支えられながら、大切だからでしょうか、2回繰り返されます。

そして最後にメロディー「ド」で落ち着いたあと、 「ファレーーー……ミードーーー……」 と優しさに溢れたメロディーが、このキーで一番優しさに満ちた和音に包み込まれながら、曲は終わります。

いかがでしょうか。 こうして世界的なスタンダードナンバーの美しさ、素晴らしさを見ていくと、名曲である理由がちゃんと存在していることがわかりますね。 そして、このような「名曲の理由」というのは、決して理論や頭で作れるものではなく、作曲した人の心の震えや豊かな感情が、そのまま音となって生まれた瞬間にだけ訪れる奇跡の結果なのです。 

名曲を聴くと心が浄化され豊かになるのは、生んだ人の美しい心と聴く人の心がそのままつながるから……なのかも知れません。

 


 

■津田直士プロデュース作品のご紹介■

DSD配信専門レーベル “Onebitious Records” 第3弾アルバム
Anming Piano Songs ~聴いてるうちに夢の中~

1. G線上のアリア / 2. 白鳥~組曲『動物の謝肉祭』より / 3. ムーン・リバー / 4. アヴェ・マリア / 5. 見上げてごらん夜の星を / 6. 心の灯 / 7. ブラームスの子守歌 / 8. Over The Rainbow / 9. 夜 想曲(第2番変ホ長調) / 10. 優しい恋~Anming バージョン / 11. ベンのテーマ /12. LaLaLu

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【プロフィール】

津田直士 (作曲家 / 音楽プロデューサー)
小4の時、バッハの「小フーガ・ト短調」を聴き音楽に目覚め、中2でピアノを触っているうちに “音の謎” が解け て突然ピアノが弾けるようになり、作曲を始める。 大学在学中よりプロ・ミュージシャン活動を始め、’85年よ りSonyMusicのディレクターとしてX(現 X JAPAN)、大貫亜美(Puffy)を始め、数々のアーティストをプロデュ ース。 ‘03年よりフリーの作曲家・プロデューサーとして活動。牧野由依(Epic/Sony)や臼澤みさき(TEICHIKU RECORDS)、アニメ『BLEACH』のキャラソン、 ION化粧品のCM音楽など、多くの作品を手がける。 Xのメンバーと共にインディーズから東京ドームまでを駆け抜けた軌跡を描いた著書『すべての始まり』や、ドワンゴ公式ニコニコチャンネルのブロマガ連載などの執筆、Sony Musicによる音楽人育成講座フェス「ソニアカ」の講義など、文化的な活動も行う。2017年7月7日、ソニー・ミュージックグループの配信特化型レーベルmora/Onebitious Recordsから男女ユニット“ツダミア”としてデビュー。

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