津田直士「名曲の理由」 File09.「見上げてごらん夜の星を」

■津田直士プロデュース作品『Anming Piano Songs ~聴いてるうちに夢の中~』に収録の名曲たちをご紹介していきます。

 

※津田氏が実際にピアノを弾きながら解説しています

 

今回は いずみたくさんが生んだ名曲 「見上げてごらん夜の星を」をご紹介します。

この曲はもともと、同名の夜間高校生の青春を描いたミュージカルのために創られた作品で、初演は1960年。台本・演出の永六輔さんもまだ20代、いずみたくさんはこの作品がミュージカル処女作ということですから、戦後日本、最初期のエンターテインメント、ミュージカルの先駆けですね。
そんなミュージカルの劇中主題歌であるこの曲が、いずれ日本の名曲のスタンダードになるわけです。ミュージカルに懸けたお二人の意気込みとエネルギーに感動します。

素晴らしいミュージカルだからでしょう、日本のミュージカルのスタンダードとなり、何度か再演もされています。
その最初の再演が1963年、坂本九さんの熱い希望から実現した坂本九主演による公演で、この時オリジナルの「見上げてごらん夜の星を」がシングルレコード化され、高い評価を得て第5回日本レコード大賞の作曲賞を受賞します。

既に「上を向いて歩こう」が大ヒットしていた坂本九さんですが、この1963年は「上を向いて歩こう」がアメリカのビルボードで3週連続ヒットとなった記念すべき年でもあります。
その笑顔のそのものの、優しさ溢れる歌で多くの人の心を明るくした坂本九さんは、歌の他にも俳優や司会など幅広く活動する当時の大スターでありながら、福祉活動、慈善活動を積極的に行うなど、人格者としても尊敬される存在でした。
しかし残念ながら1985年の日本航空123便墜落事故に遭遇し、43才という若さでこの世を去りました。
残されたこの「見上げてごらん夜の星を」や「上を向いて歩こう」、「明日があるさ」など数々の作品はスタンダードとなって未だに歌い継がれています。

「見上げてごらん夜の星を」は、発表10年後のフォーリーブスによるカバーから平井堅や槇原敬之によるカバーなど、非常に多くのアーティストやシンガーによるカバー作品が発表されています。作曲をしたいずみたくさんも生涯で1万5000作もの作品を残した素晴らしい作曲家で、「太陽がくれた季節」や「世界は二人のために」、「ふれあい」などは、僕の大好きな作品です。

それでは早速、名曲としての魅力を確認していきましょう。
 (※以降、メロディーは移動ドで音階を表します)

まず最初は「ソーミーミミーミファソー…」と美しく上がるメロディーを、泣きたくなるような、甘く切ない和声が支えます。
聴いている人がなぜそういう気持になるのか?その理由は2つ目の和音にあります。

本来マイナーつまり「ラ・ド・ミ・ソ」であるべき和音が、メジャーつまり「ド♯」の音を含む「ラ・ド♯・ミ・ソ」という和音になっているからです。和音を構成する「ド・ミ・ソ」の次が「ド♯・ミ・ソ」になっているわけです。このコンビネーションが絶妙なんですね。
しかも、よく見るとここまでの4小節で常に「ド♯」が重要な役割を果たしています。

そして「ファ」よりひとつ高い「ラ」の高まりを持って「ラソファーファ」とメロディーが降りてきて 今度は「レーレ♯ーミー」と半音が印象的なメロディーで上がっていきます。
続いて下の「ラソ」から始まる安定感のある「ラソレーミファファーソミーー」というメロディーを、和声が暖かく包みます。
ところがそのあと突然、切ない感じの和声が響き(0:35)その和音に支えられながら「ドドシ」というメロディーが低い「ラ」へ降り、一気に高い「ラ」へと昇ります。ここはこの曲のクライマックスだといえるでしょう。
そして、このクライマックス、メロディーでいうと「(低い)ラー(高い)ラー ミファソーソファーー」 を支える和音は、テーマのメロディー、歌詞も「見上げてごらん」の「ん」にあたる部分と同じ和音です。

そう、最初のところで
~ 本来マイナーつまり「ラ・ド・ミ・ソ」であるべき和音が、メジャーつまり「ド♯」の音を含む「ラ・ド♯・ミ・ソ」という和音になっている ~
と説明したあの和音です。
どうやらこの曲で表現したかったいずみたくさんの心の震えは、この和声と深く連動したようです。

この曲では、長調なのに甘く切なかったり泣きそうだったり……といった、心に響く豊かな感情を 表現してくれる半音の持つ繊細さが、見事に活かされています。
そんな豊かな表情に満ちあふれているのはこの曲が、ミュージカルの主題歌として生まれたことと無縁ではないでしょう。

以上、8小節で表現される世界が「見上げてごらん夜の星を」の基本的な世界です。
短い中に無駄が一切なく、感動が凝縮された素晴らしい世界です。

さて、歌で1回、続いてインストルメンタルでこの世界が表現された後、展開部分が登場します。   
キーが4度上に転調し、さらにこれまで長調だった世界が短調の世界へ変わります。  
寂しそうなメロディーが悲しい表情の和声に包まれて繰り返されます。 鮮やかな世界の変化もまた、この曲がミュージカルのために生まれたからでしょう。

やがて3回目の繰返しでは、後半がごく自然に希望ある感じへと変化していき、元のキーへ戻ります。
再び基本のテーマが2回表現されて、「見上げてごらん夜の星を」は幕を閉じます。

その理由は『一時的な転調感』にあります。
(厳密に言えば、耳が転調していると感じる状態。楽譜上に転調の表記はない)
D(Bm)のキーが5度上のA(F♯m)のキーに変わっているのです。メロディーが切なく美しく高まるのに合わせて、和音も一時的な転調感すら駆使して切なさを伝えてくれます。

甘く切なく、そして希望に向かう優しさと清らかさがひとつの歌に凝縮された名曲「見上げてごらん夜の星を」は、その世界をミュージカルの主演を通して表現した坂本九さんの笑顔や想い出と共に、これからもずっと多くの人の心を暖めてくれるでしょう。

 


 

■津田直士プロデュース作品のご紹介■

DSD配信専門レーベル “Onebitious Records” 第3弾アルバム
Anming Piano Songs ~聴いてるうちに夢の中~

1. G線上のアリア / 2. 白鳥~組曲『動物の謝肉祭』より / 3. ムーン・リバー / 4. アヴェ・マリア / 5. 見上げてごらん夜の星を / 6. 心の灯 / 7. ブラームスの子守歌 / 8. Over The Rainbow / 9. 夜想曲(第2番変ホ長調) / 10. 優しい恋~Anming バージョン / 11. ベンのテーマ /12. LaLaLu

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【プロフィール】

津田直士 (作曲家 / 音楽プロデューサー)
小4の時、バッハの「小フーガ・ト短調」を聴き音楽に目覚め、中2でピアノを触っているうちに “音の謎” が解け て突然ピアノが弾けるようになり、作曲を始める。 大学在学中よりプロ・ミュージシャン活動を始め、’85年よ りSonyMusicのディレクターとしてX(現 X JAPAN)、大貫亜美(Puffy)を始め、数々のアーティストをプロデュ ース。 ‘03年よりフリーの作曲家・プロデューサーとして活動。牧野由依(Epic/Sony)や臼澤みさき(TEICHIKU RECORDS)、アニメ『BLEACH』のキャラソン、 ION化粧品のCM音楽など、多くの作品を手がける。 Xのメンバーと共にインディーズから東京ドームまでを駆け抜けた軌跡を描いた著書『すべての始まり』や、ドワンゴ公式ニコニコチャンネルのブロマガ連載などの執筆、Sony Musicによる音楽人育成講座フェス「ソニアカ」の講義など、文化的な活動も行う。2017年7月7日、ソニー・ミュージックグループの配信特化型レーベルmora/Onebitious Recordsから男女ユニット“ツダミア”としてデビュー。

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