エルヴィス・コステロの魅力を評論家・天辰保文氏が語る

エルヴィス・コステロの名盤が一挙ハイレゾ配信開始。これを記念し音楽評論家の天辰保文さんに特別寄稿をいただきました。ぜひ音源とともにお楽しみください。

 


 

 見るからに度の強そうな厚いレンズの、それも黒縁のメガネ。短い髪。細いジーンズを短めに履いて、斜めにギターを構える。誰かに挑みかかるように。デビュー・アルバム『マイ・エイム・イズ・トゥルー』のジャケットの中で、エルヴィス・コステロは、不良を気取ったバディ・ホリーみたいだった。

 

『マイ・エイム・イズ・トゥルー』

 

 ファースト・ネームが、エルヴィスとなっていたからなおさらだ。もちろん、それはプレスリーに由来し、本名は、デクライン・パトリック・アロイシャス・マクマナスという。ちなみに、コステロは、父方の祖母の旧姓からとったらしい。

 一癖も二癖もあるというか、一筋縄ではいかなそうだなというのが、第一印象だった。そして、実際そうだった。その最たるものが、1978年11月の初来日公演にまつわるエピソードだろう。いまではすっかり有名で、先ごろも、米国のテレビ番組で本人が喋っていたが、宣伝のために、彼は、銀座でゲリラライヴをやったのだ。

 「今来日公演中」との垂れ幕をしたトラックで、歩行者天国に乗り込み、その荷台で演奏した。それも、学生服姿で。彼の思惑では、日本中に反響を巻き起こすか、国外追放を命じられるか、いずれにせよ一夜にして異国の地で有名になる予定だった。ところが、違反チケットをきられて、即座に撤退を命じられる。行き交う人たちの反応もなく、たいした騒ぎにはならなかったという。

 他にも、数々のエピソードがあり、とにもかくにも、屈折した皮肉屋で、突っ込みどころも満載の人だった。鼻にかかったような歌いかたからしてそうだったが、物腰にも鋭さがあった。当時、既存のロックに反旗を翻す形で、パンク、あるいはニューウェーブという動きが騒がれたが、そういった時代の気風もあった。

 だからと言って、音楽が突拍子もないものだったかと言えば、そうではない。むしろ、ロックンロールに、時代という棘を吹きかけたような音楽だった。そんなコステロを、アナログの懐かしいレコード盤で、そして、ハイレゾで比較しながら聴いた。

 近年は、アラン・トゥーサン、バート・バカラック、ビル・フリゼール、ブロースキー・カルテット等々、いろんなジャンルの人たちとの共演が多いが、基本的には、この人の音楽はシンプルだ。殊に、『マイ・エイム・イズ・トゥルー』や『ディス・イヤーズ・モデル』を含めて、初期の作品にはそれが目立つ。リンダ・ロンシュタットが取り上げて、彼の名前を広めた「アリスン」にしたってそうだ。かつての恋人への思いを愛憎交えながらつづった名曲を久しぶり聴いたが、このシンプルきわまりない歌に、ギター・ソロを含めていろんな情報が込められているのが手に取るようにわかる。これが、ハイレゾ効果なのか、と単純に驚いてしまった。

 その「アリスン」を含めて、『マイ・エイム・イズ・トゥルー』は、クローヴァーがバックの演奏を受け持っていた。ヒューイ・ルイスが在籍していたことで後に話題になるサンフランシスコのバンドだ。「レッド・シューズ」などは、ザ・バーズを思わせるようなギターがずっと背後で鳴っていて、そこに注いだアイディアのようなもの、彼らが頭で描いていたサウンドの青写真さえ見える気がした。

 『ディス・イヤーズ・モデル』以降の精鋭バンドを率いてのものになると、演奏がずっとタイトになるが、そちらでも楽器が細分化されて聞こえるので、表情は豊かだ。「アクシデント」のように、ギターやコーラスで比較的厚く重ね着した曲でも弾力が失われずに響き、サム&デイヴのソウル・カヴァー、「アイ・キャント・スタンド・アップ・フォーリングダウン」にしても、ビートとホーンがよく弾む。切々と歌い込まれた「シップビルディング」でも、表情の豊かさが目立った。「ニュー・アムステルダム」のように、薄着なのに、この人の歌の艶っぽさはなんだろうと思えるところもあった。

 

『ディス・イヤーズ・モデル』

 

 つまるところハイレゾ効果は、そうやって歌の背後の情報も伝えてくれるが、ぼくが本当に驚いたのは、それらを一切とっぱらった真っ裸の状態もみせてしまうということだ。だから、良いものはもっと良いし、つまらないものはつまらないのだとわかってしまう。「アリスン」がその典型で、この歌は、どんな形で聴いても優れた歌だと、楽曲としての体力の強さにつくづく驚かされた。

 かつては、怒れる若者と呼ばれた人も、現在61歳。最近では、歌や演奏に見事な成熟ぶりをみせる人だ。音楽の表現に深みが加わり、見識の広さに惚れ惚れさせられることも多い。だからと言って、物わかりのいい大人になったかと言えば、そうではなくて、そういうありきたりな表現からはみ出したところで、くだらない大人にはなりたくない、それをいまだに追い続けているようなところがあって、少なくともぼくは、新しい大人の在りかたみたいなものをこの人から問いかけ続けられている気がする。

 「大きな声でこぶしを振り上げながら脅すよりは、耳元でささやくように脅したほうが数倍効果がある」。その昔、彼が言ったというこの言葉が、いまもなお、彼の音楽とともに耳元で響 いて、震えることがある。

 

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エルヴィス・コステロのハイレゾ音源はこちらから

 


 

【執筆者プロフィール】

天辰保文(あまたつやすふみ)

1949年、福岡県生まれ。音楽評論家。音楽雑誌の編集を経て1976年独立、それ以降、新聞や雑誌を通じてロックを中心とする評論活動を行っている。レコードやCDのライナーノートも多数手掛ける。著書に「ロックの歴史~スーパースターの時代」、「ゴールドラッシュのあとで」、「音が聞こえる」等がある。