牧野良幸のハイレゾ一本釣り! 第34回

第34回: 『第九』広島から世界に向けた平和の願い

〜DSD配信で一期一会の生コンサートを聴く〜

 

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 私事であるが、最近アンプをアキュフェーズE-370に換えた。さすがアキュフェーズ、透明で繊細、奥行き感のある音に大満足している。これで「高音質のクラシックを聴きたーい!」と思っていたところ、ドンピシャのハイレゾが出た。DSDによる配信『「第九」広島から世界に向けた平和の願い』である。

 これはmoraが立ち上げたDSD専門の自主レーベル“Onebitious Records”のハイレゾ。日本各地のオーケストラや吹奏楽団のコンサートをDSDでライヴ録音して、moraが独占配信する「mora Classical」プロジェクトのひとつだ。これまで商品レベルではあまり聴く事のできなかった、地方のオーケストラが聴けるのである。とはいえ演奏者は一流である。各タイトルをご覧になれば有名な指揮者や演奏家に気づくだろう。

 このシリーズはDSD 2.8MHzによるワンポイントステレオ収録が魅力だ。オーディオ心を非常にくすぐる。楽章間の音や会場のノイズがそのまま入っているところも好みだ。あまりに編集で修正されたものよりも、咳払いや物音がそのまま入っているほうがライヴらしさを感じるからだ。

 こういうライヴ音源になると商品というよりも、一期一会の演奏を収録した生録音を、ちょっと聴かせてもらう感じに近い。昔で言うなら、ツートラサンパチの生録テープとか、NHK-FMがよく流す海外音楽祭の放送用テープとか、そんなナマっぽさがある。

 それがDSD録音によるワンポイントステレオ収録なのだから、クオリティに関しては昔の比ではない。それが、moraで見てみれば分かるけど、すごくリーズナブルな価格で配信されているのだから驚く。このシリーズを聴きたくなるのは、アンプを新しくした僕だけではあるまい。

 

 ということで『《第九》広島から世界に向けた平和の願い』(DSD 2.8MHz)を聴いてみた。参考までにハイレゾの再生はソニーのプレーヤー、HAP-S1である。

 収録は2016年7月23日の広島文化学園HBGホールでのコンサート。指揮は秋山和慶だ。オーケストラには日本、アメリカ、ドイツ、ポーランドの音楽家が参加したらしい。広島交響楽団とシンフォニア・ヴァルソヴィアである。プログラムは小林愛実のピアノで、まずショパンのピアノ協奏曲第1番。そのあとがベートーヴェンの「第九」。コンサートを丸ごとパッケージである。

 

 オーケストラの音はワンポイント録音らしい自然な広がりだ。実際にコンサート会場で聴くような音場で、楽器の音色がまろやかに溶けあっている。DSDに特徴的なざらりとした肌触り(アナログ感)も期待どおり。弦楽器が今までになく透明な音で広がるのはE-370の威力もあろうが、温かみを保持しているところはさすがDSDだなあと思う。 

 ショパンのピアノ協奏曲第1番では、そのオーケストラ音にキラキラとしたピアノの音が現れる。小林愛実というピアニストは初めて聴いたけれど、なかなか頑強なピアニズムで、DSD風味のオーケストラとマッチしている。ショパンなのに、ラフマニノフのピアノ協奏曲を聴いているような重厚さとロマンチックさ。

 これだけで元は取った気分であるが、さらにはベートーヴェンの「第九」だ。これもワンポイント録音らしい自然な広がり。なかでも遠近感を感じるのは第4楽章の“歓喜の歌”で、日本の誇るメゾソプラノ、藤村実穂子さんを含む独唱者4人が奥の方に位置するのがリアル。

 演奏も本当に素晴らしい。そりゃあベルリン・フィルやウィーン・フィルの「第九」もいいだろうが、最近は地方のオーケストラを聴いて感動することも多い。僕だけでなく、何十年も聴き込んできたコテコテのクラシック・ファンである友人も同じことを言っていた。地方のオーケストラのレベルが上がったこともあるだろうし、オーディオ・ファイルにはDSDの音で聴けるから、とも言える。とにかくDSD配信によって、こういう演奏を聴けたことをうれしく思う。

 

 他には大阪フィルハーモニー交響楽団の『スペイン奇想曲/バレエ音楽《ガイーヌ》』(井上道義指揮)と、仙台フィルハーモニー管弦楽団の『カルミナ・ブラーナ』(山田和樹指揮)のDSD配信も聴いた。これらも同じワンポイントステレオ収録ながら、楽団や会場の違いによって響きが違うところが面白い。《ガイーヌ》の大阪フィルなど、華やかな音ですよ。迫ってくるような飛び出し方をする。みなさんもいろいろ聴いてみてはいかがか。

 

『第九』広島から世界に向けた平和の願い ピース・アーチ・ひろしま 2016 クラシック・コンサート/広島交響楽団

DSD(DSF)|2.8MHz/1bit

FLAC|96.0kHz/24bit

 

▼「Onebitious Records」公式サイトはこちら▼

GNRSP01000163350106

 

 


 

牧野 良幸 プロフィール

1958年 愛知県岡崎市生まれ。
1980関西大学社会学部卒業。
大学卒業後、81年に上京。銅版画、石版画の制作と平行して、イラストレーション、レコード・ジャケット、絵本の仕事をおこなっている。
近年は音楽エッセイを雑誌に連載するようになり、今までの音楽遍歴を綴った『僕の音盤青春記1971-1976』『同1977-1981』『オーディオ小僧の食いのこし』などを出版している。
2015年5月には『僕のビートルズ音盤青春記 Part1 1962-1975』を上梓。

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