津田直士「名曲の理由」 File11.「Over The Rainbow」

■津田直士プロデュース作品『Anming Piano Songs ~聴いてるうちに夢の中~』に収録の名曲たちをご紹介していきます。

 

※津田氏が実際にピアノを弾きながら解説しています

 

今回は、ハロルド・アーレンが1939年頃に生んだ「Over The Rainbow」をご紹介します。

『Over The Rainbow』(日本語タイトルは「虹の彼方に」)について
この曲は1939年にアメリカで公開されたミュージカル映画『オズの魔法使い』で主役のジュディ・ガーランドが歌うシーンが有名な劇中歌です。同年、アカデミー歌曲賞を受賞して大ヒットしました。その後、美しいメロディーが評価され、スタンダードナンバーとして世界中でカバーされています。

ハロルド・アーレンはアメリカの作曲家で、多くのジャズ歌手にカバーされている「Blues in the Night」や「GET HAPPY」、「Happiness Is a Thing Called Joe」などのヒット曲を始めとして、映画や舞台の音楽を中心に、500以上の作品を残しています。

ちなみに、この『Over The Rainbow』は全米レコード工業会(RIAA)と全米芸術基金(NEA)により「二十世紀の1曲」に選ばれ、投票の結果、第一位となっています。まさにスタンダードナンバーを象徴するような楽曲ですね。

 

それでは早速、名曲としての魅力を確認していきましょう。
(※以降、メロディーは移動ドで音階を表します)

まず最初は、冒頭、低い「ド」から高い「ド」へ一気にあがるメロディーがこの曲の一番の特徴です。

メロディーというは本当に不思議なもので、たった7つの音、(低い)「ド」(高い)「ド」「シ」「ソ」「ラ」「シ」「ド」だけで、人の心が動くのです。
そこには理屈も理論もありません。でも、そのメロディーを生んだ人に心の震えや感動がなければ、決して聴く人の心を打つことはないんですね。

メロディーを生む人にとって、心の震えや感動は、生きている、いわば生命のようなものです。
一方、7つの音の羅列は、もともとは当然、生命のように生きているものではありません。メロディーを生んだ人が、メロディーというかたちでその命を吹き込むことができた、と確信した瞬間から、そのメロディーは命を宿すのです。

とても不思議なことです。確かに不思議ですが、少なくともそのメロディーが聴く人の心を打ち、揺り動かすことで、まさに曲を生んだ人の命がちゃんと生きて伝わっていることが証明されるのです(そういう意味で、この「ドードー シーソラ シード」というメロディーは、とても強い命を持って生まれたのだ、と言えるでしょう)。

さて、「ドードー シーソラ シード」という命が溢れたメロディーの後すぐに、それを受けるようなメロディー「ドーラーソー」が続きます。 「ドードー シーソラ シード」というメロディーに対して、最初の音は同じ「ド」で始まりながら、同じリズムで今度は「ラ」まで上がります。 でもこれは最初のメロディーの高い「ド」より少し低い音程ですから、緊張感は緩和されて柔らかい印象になります。

その後も、「シーソラ シード」というメロディーと比べると、「ソー」とひとつの音だけが伸びていて、ゆったりとした感じがします。
つまり突然、誰もが心を動かされる7つの音のつながりで始まったメロディーが、少し柔らかい感じの3つの音に変化してつながり、受けとめるような感じになっているわけですね。

こういったメロディーの音程の違いとメロディーの持つリズムの違いによって、聴いている人がどのような印象を受けるか、どんな気持になるか、というところが、その曲を名曲にさせているひとつのポイントなのです。

 

続きを見てみましょう。
最初のメロディー「ドードー シーソラ シード」と、ちょうど対になるような「ラーファー ミードレ ミーファ」が登場します。

メロディーのリズムは全く同じ。でも音程は全体的に5度くらい低くなっています。
その結果、最初のメロディーよりもずっと優しく、愛情のある感じが聴いている人に伝わります。

さらに続くメロディーは、「ラーファー ミードレ ミーファ」の後半、「ミードレ ミーファ」と同じリズムで音程が1度ほど低い「レーシド レーミ」となり、その後「ド」で落ち着きます。

以上、たった8小節で、聴く人の心を動かしてしまう……まるで名曲の象徴のようなメロディーだといえるでしょう。

さて、実はこの曲が名曲である理由には、さらに和声の素晴らしさもあるのです。
最初のメロディー「ドードー シーソラ シード」の和声を見てみましょう。

参考の音源はキーがAですから、コード進行はこうなります。(私のピアノ演奏は、ジャズ的なアプローチを交えて少し複雑なコードを使っていますが、ここでは原曲をもとにシンプルなコードを記載しています)

A C♯m A7 

まず、明るい主和音が、低い「ド」から高い「ド」へ一気にあがるメロディーの高まりをしっかり支え、
続く「シーソラ シー」までを、主和音が前進した感じのするC♯m が支え、
次の「ド」でコードが A7 になった瞬間、陽が当たるように明るさが差し込みます。

これは次に登場するDというコードの登場を促す力を持った和音です。そのため、陽が当たるような明るさを感じるのです。

続く「ドーラーソー」を支えるコード進行は、D A/C♯です。「ドーラー」を、世界が展開した感じのする Dという和音が支え、「ソー」でまた主和音に戻ります。

さて、次はここまでのメロディーの対になるような「ラーファー ミードレ ミーファ」ですが、メロディーがリズムは同じ、音程が5度ほど低い、という分りやすい「対」の感じであるのに対して、和音は違います。
これまでの和声進行から、ぐっと叙情的な和声進行に変わるのです。

「ラーファー」を支えるのは、D Dm
先ほども登場した、世界が展開した感じのする Dというコードが支えながら、突然そのままマイナーコードであるDmに変化することで、とても切ない感じになります。

続く「ミードレ ミーファ」を支えるのは、 A/E F♯7
まず一度主和音に戻りながら、次の F♯7で、心が泣きたくなるような感じに、強く揺さぶられます。
これは、本来 F♯m というマイナーコードであるべきところが、メジャーコー ドになっているために、起きる現象です。

(実はこの連載では、これまでもこのコードの魅力を何度も取り上げています。このコードが効果的に使われている曲は、今回私がピアノ演奏したアルバム『Anming Piano Songs』全12曲中、7曲……。実に、半分以上で使われているんですね。それほど強い効果のあるコードが、この絶妙なタイミングでメロディーを支えているのです)

続く「レーシド レーミ」を支えるのは、 B7 E7、そして「ド」で主和音 A に落ち着きます。
このB7も、本来ならBm7というマイナーコードであるべきなのですが、そこをあえてメジャーコードにすることで、夢を見るような感じを強調しているのです。

先ほど書いたように、7つの音のつながりでメロディーが直接心を揺さぶる前半4小節に対して、後半4小節のメロディーは音程が低く、ずっと柔らかくなります。その分、和声進行は後半の方がずっと叙情的で心を揺さぶる感じになっています。

このように、メロディーと和声進行がそれぞれ巧みに交錯して、聴いている人の心を打つために、たった8小節のテーマ部分が、聴いている人を夢の世界へ連れて行ってくれるのです。

まさにこれこそ名曲の理由……という感じがします。

 

この曲には、このテーマの他に、違う展開をするセクションが2回登場します。

メロディーは「ミソ」をくり返し、続いて「ファソ」をくり返し、最後に「ラ」が伸びます。
次に再び「ミソ」をくり返した後、「ファ♯ ラ」のくり返しになりますが、ここでファがシャープしているのは、ここで緩やかな一時転調がなされているからです。

この部分のコード進行は、A G♯7 C♯m です。
そう、一時的にC♯mつまり3度上のキーに柔らかく転調しているのです。

このセクションは、名曲性に溢れたテーマの部分のあと、セリフのような淡々とした世界を展開するのが目的ですから、「ミソ」や「ファソ」を繰り返すように、メロディーはあえてシンプルで単調に抑えているのですが、その流れであえてこの瞬間だけ、一時的な転調を施すことで、ここでまた夢のような世界に、聴いている人を誘ってくれるわけです。

このように、曲のいたるところで「夢の世界に連れて行ってくれるような音楽的な魅力」に満ちているのは、やはりこの曲がミュージカル映画『オズの魔法使』の劇中歌だからでしょう。

ただ一方で、ミュージカル映画『オズの魔法使』に縛られることなく、あらゆる国のあらゆる音楽ジャンルでこの曲がカバーされ、世界中の人たちの心を優しく揺らしてくれるのは、今回、メロディーや和声を見ていてわかったように、そこに名曲の理由がちゃんとあるからなのです。

そして毎回お伝えしているように、その名曲の理由の源は、結局のところ理論でも組み立てでもなく、その曲を生んだ作曲家の心の震えや熱い感情の表れに尽きるのです。

生んだ人の心の震えが、そのまま聴く人に伝わる……。
これが名曲の素晴らしさです。

 


 

■津田直士プロデュース作品のご紹介■

DSD配信専門レーベル “Onebitious Records” 第3弾アルバム
Anming Piano Songs ~聴いてるうちに夢の中~

1. G線上のアリア / 2. 白鳥~組曲『動物の謝肉祭』より / 3. ムーン・リバー / 4. アヴェ・マリア / 5. 見上げてごらん夜の星を / 6. 心の灯 / 7. ブラームスの子守歌 / 8. Over The Rainbow / 9. 夜想曲(第2番変ホ長調) / 10. 優しい恋~Anming バージョン / 11. ベンのテーマ /12. LaLaLu

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【プロフィール】

津田直士 (作曲家 / 音楽プロデューサー)
小4の時、バッハの「小フーガ・ト短調」を聴き音楽に目覚め、中2でピアノを触っているうちに “音の謎” が解け て突然ピアノが弾けるようになり、作曲を始める。 大学在学中よりプロ・ミュージシャン活動を始め、’85年よ りSonyMusicのディレクターとしてX(現 X JAPAN)、大貫亜美(Puffy)を始め、数々のアーティストをプロデュ ース。 ‘03年よりフリーの作曲家・プロデューサーとして活動。牧野由依(Epic/Sony)や臼澤みさき(TEICHIKU RECORDS)、アニメ『BLEACH』のキャラソン、 ION化粧品のCM音楽など、多くの作品を手がける。 Xのメンバーと共にインディーズから東京ドームまでを駆け抜けた軌跡を描いた著書『すべての始まり』や、ドワンゴ公式ニコニコチャンネルのブロマガ連載などの執筆、Sony Musicによる音楽人育成講座フェス「ソニアカ」の講義など、文化的な活動も行う。2017年7月7日、ソニー・ミュージックグループの配信特化型レーベルmora/Onebitious Recordsから男女ユニット“ツダミア”としてデビュー。

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