津田直士「名曲の理由」 2nd Season 第1回 菅野よう子(前編)

今シーズンから、オリジナリティ溢れる作曲家やアーティストの作品に焦点をあてて名曲をご紹介していくスタイルとして新装オープンとなった「名曲の理由」。

その第一弾は、オリジナリティに満ちた独自の音楽性でアニメ音楽を中心に素晴らしい音楽を生み出し続ける菅野よう子特集です。

 

僕がエレファントカシマシやX JAPANよりも前、1985年にソニーミュージックの新人発掘担当者として世に送り出すきっかけを担った「てつ100%」。菅野よう子は、そのバンドメンバー(作/編曲、Key担当)でした。

 

公式ホームページには、

 

COWBOY BEBOPサウンドトラックで第13回日本ゴールドディスク大賞「アニメーションアルバム オブザイヤー」受賞、2011年には「第62回紅白歌合戦」のオープニングテーマを担当、2012年はNHKの東日本大震災復興支援ソング「花は咲く」を作曲、「第63回紅白歌合戦」に出演。2013年、同局の連続テレビ小説「ごちそうさん」の音楽を担当。

 

といった、最近の輝かしい実績が記載されていますが、他にも1998年にCM音楽賞の最高峰である三木鶏郎広告音楽賞を受賞したり、10年以上にわたる声優・坂本真綾のプロデュースや今井美樹小泉今日子、SMAPなどの歌手への楽曲提供・プロデュースを手がけるなど、その音楽はあらゆる場面で人々の耳に届いています。

 

 

今回は、アニメ『攻殻機動隊』から「Rise」をご紹介します。

『攻殻機動隊STAND ALONE COMPLEX』は、2002年にアニメ作品として放送されてから、圧倒的な“刑事アニメ”の地位を確立し、電脳化・義体化の進んだ世界で起る、サイバー犯罪やテロ組織の検挙など多岐にわたる任務を遂行していく公安9課(攻殻機動隊)を描いた物語です。

アニメ2期にあたる作品のOPテーマであるこの「Rise」は、1期OP「Inner Universe」同様、英語とロシア語を織り交ぜられた歌詞と、ロシア出身のOrigaが歌っています。

 

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「Rise」収録

 『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX O.S.T.2』

 

 


 

それでは早速、名曲としての魅力を確認していきましょう。

 

まずイントロですが、歪んだ音のメロディーが繰り返されていきます。

このメロディーが曲線的であること、そしてそのディレイ成分(元の音が少し弱く遅れて鳴り続ける効果をもたらすエフェクトの音)が左寄りの原音に対して少し右寄りから聴こえることなどから、この曲の持つ映像的な特徴がいきなり伝わってきます。

 

この『曲線的』というのは、左脳的ではなく右脳的なアプローチで、僕の個人的な印象ですが、女性ならではの感性が活きる、管野よう子の優れた音楽性、そして魅力のひとつです。

また曲線的な音は、映像的という特徴も作り出しています。

 

そのリフレインが続く中、いつの間にか控えめにループのリズムが現れていたり、突然まさに曲線を描く高めの効果音が表れた直後に生ドラムによるブレイクビーツ的なシンコペーションリズムが始まり、畳み掛けるようにブルガリアンボイスのような女性コーラスがエフェクティブに登場する、という一連の音像は、限られた楽器から音楽を創るのではなく、頭や心の中ですでにでき上がっている音像を、そのまま音源化する才能を持つ音楽家だけに可能な技です。

菅野よう子はそのような才能が突出している音楽家で、映像に関わる音楽を手がけることが多いことも、オリジナリティが圧倒的であることも、この才能によるものだと、僕は思っています。

 

さて、印象的なイントロから突然切り替わって、マイナーのペンタトニックによるシンプルかつ力強いメロディーが繰り返される、Aメロが始まります。

その歌が、いきなりロシア出身のOrigaによる英語とロシア語が交じるもの。

この鋭いセンスが、「Rise」という曲の独特な世界観を形作っています。

 

さらにこのAメロは、ベースが存在せず、ドラムとリズムを刻むギターだけで構成されています。

意図的に和音感がほとんどない処理になっています。

そして次のBメロに移ったとき、初めてベースが登場することで、絶妙な変化を生むわけです。

 

続くBメロはベースも登場し、和音感がはっきりしてきます。

ただ、その和音進行はやはりありきたりではなく、緩やかに転調感を醸し出しながら進んでいきます。

 

そして8小節のBメロの後、いよいよサビに突入します。

サビでは、リズムが生ドラムから一気に強い4つ打ちのビートに変わります。

その強いビートに載せて、畳み掛けるように情熱的なメロディーの歌が響きます。

専門的には、その情熱的なメロディーを支えてエネルギーを伝えるコード進行が読み取れるのですが、このサビでは意図的にそのコード感がそのまま伝わらないようなアレンジが施されています。

おそらく映像作品の持つ世界観を表現するために、敢えてポップ過ぎる印象にならないよう、そのような音作りをしたのでしょう。

サビの終わり、歌のラストノートが伸び続ける8小節は、まさにその音作りの象徴です。

通常のアレンジで一番明確であるべき最後の和音が、耳で察知できないようにいくつかの音でマスキングされているのです。

そして、このようなアレンジにも関わらず、聴いている人に心地よい音楽的な情感がしっかり届くのは、単なるポップス音楽家の腕では不可能な、あらゆる音楽を自分のものにしている菅野よう子の才能があって初めて成立する、非常に高い音楽性の賜物です。

 

続く2番では、それぞれのセクションで1番よりも少しずつ支える楽器の音やエフェクト音が増えていき、サビの後は、それまでのアレンジに比べてずっとノーマルなバンドサウンドに変わり、ロックテイストの荒く強く印象的なリズムを刻んでいきます。

その音像が、直後に来るリズムの抜 けた空間的なアプローチの、Bメロとサビの美しさを際立てています。

 

やがて聴く人すべてに映像を浮かばせてくれるような、4つ打ちのリズム(Kick)の登場、そしてエフェクト音が主導的な音像に、オーケストラを思わせる美しいストリングス寄りの音が印象的に登場して広く美しい世界を見せながら、繰り返される歌と共にゆっくりとフェイドアウトしていきます。

フェイドアウトしていく中、音が消える最後の最後まで、新たに登場する音を聴いてみて下さい。

それぞれの音が皆、過去のクラシック音楽やポップ・ロックミュージックではほとんど見られない、菅野よう子のオリジナリティとセンスそのものが音になったものです。

 

いかがでしょうか。

オリジナリティ溢れる圧倒的な音世界。

この曲で味わうことのできる音楽の奥深さこそ、アニメ音楽を中心にあらゆるリスナーを惹きつける、菅野よう子の魅力なのです。

 


 

【プロフィール】

津田直士 (作曲家 / 音楽プロデューサー)

小4の時、バッハの「小フーガ・ト短調」を聴き音楽に目覚め、中2でピアノを触っているうちに “音の謎” が解け て突然ピアノが弾けるようになり、作曲を始める。 大学在学中よりプロ・ミュージシャン活動を始め、’85年よ りSonyMusicのディレクターとしてX(現 X JAPAN)、大貫亜美(Puffy)を始め、数々のアーティストをプロデュ ース。 ‘03年よりフリーの作曲家・プロデューサーとして活動。牧野由依(Epic/Sony)や臼澤みさき(TEICHIKU RECORDS)、アニメ『BLEACH』のキャラソン、 ION化粧品のCM音楽など、多くの作品を手がける。 Xのメンバーと共にインディーズから東京ドームまでを駆け抜けた軌跡を描いた著書『すべての始まり』や、ドワンゴ公式ニコニコチャンネルのブロマガ連載などの執筆、Sony Musicによる音楽人育成講座フェス「ソニアカ」の講義など、文化的な活動も行う。2017年7月7日、ソニー・ミュージックグループの配信特化型レーベルmora/Onebitious Recordsから男女ユニット“ツダミア”としてデビュー。

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