津田直士「名曲の理由」 2nd Season 菅野よう子(後編)

今シーズンから、オリジナリティ溢れる作曲家やアーティストの作品に焦点をあてて名曲をご紹介していくスタイルとして新装オープンとなった「名曲の理由」。

その第一弾は、オリジナリティに満ちた独自の音楽性でアニメ音楽を中心に素晴らしい音楽を生み出し続ける菅野よう子特集です。

(前編はこちら

 

『残響のテロル』のアニメオリジナルストーリーでは、音楽全般を菅野よう子が担当しています。

 

『残響のテロル』の内容ですが、スピンクス1号・2号と名乗る青年2人組がとある計画のため、核燃料再処理施設からプルトニウムを強奪。数々の爆破事件を起こし、その都度動画サイトに謎解き形式で爆破予告をアップロードします。彼らは誰かを傷付けようとする愉快犯ではなく、周りに必死で何かを訴えるかの如く、自分たちに残された時間を削っていきます。

オリジナルストーリーで全11話と言う短い時間の中、題材がシリアスなため、1話1話が重要になっていきます。そしてこの曲で各話が終わるわけです。“残響のテロル”…まさに“残響”を思わせる一曲です。

 

zankyo

「誰か、海を。」収録

 『残響のテロル オリジナル・サウンドトラック 2 -crystalized-』

 

 

では名曲「誰か、海を。」の解説をしていきましょう。

 

この曲全体を覆っているのは、アニメというより奥の深い精神的で芸術的な「映画」といった雰囲気です。

そしてその雰囲気とぴったりとマッチしているのが、Aimerの声と歌唱です。

少し暗めで奥の深さを感じさせるAimerの独特の歌声は、この曲を歌うシンガーが他に考えられない程、この曲の世界観を的確に表現しています。

 

その世界観が、前述した『残響のテロル』のストーリーによるものであることは明らかです。

菅野よう子はその世界観を、一貫して流れ続ける、あたかもノイズが混じっているようにも聴こえる「精神的なリズムの音」と小編成の弦楽器(ストリングス)による音で巧みに表現しています。

 

演奏の基本を形づくっているのはピアノです。

そしてそのピアノは、「木のぬくもりが伝わってくる年代物のアップライトピアノ」(これは僕の感じた主観ですが)といった雰囲気の音です。この音も世界観を分りやすく表現しています。

 

イントロはありません。

突然、「誰か、海を撒いてはくれないか……」とAimerが歌い始める、強い歌詞に、耳が奪われます。

その言葉は、タイトルにもなっています。

 

構成上それがAメロだとしても、サビのように強く聴く人の心へ響き、歌詞にそのテーマそのものが託されている、このような形の名曲は、ジャズを中心として世界にたくさんあります。

邦楽でも、「上を向いて歩こう」などは代表的な例でしょう。

 

一方、こういったアプローチの曲は、一般的なJ-Popではさほど歓迎はされません。

一般的なポップスは、結局多くの人が好むように作られる傾向が強いため、やはりAメロはわかりやすくAメロ、そしてサビはいかにもサビ、といった典型的ポップスの構成が求められるわけです。

 

この「誰か、海を。」で、典型的ポップスの構成ではないアプローチがとられているのは、やはりこの曲の持つ雰囲気や『残響のテロル』という映像作品の持つ世界観が、一般的なポップスよりも遥かに「深く芸術的なイメージ」を大切にしているからだと思います。

 

Aメロは「B♭m」のキーで始まります。そして歌詞が「あざやかな……」となるBメロから、長3度上の「Dm」のキーに転調します。この「B♭m」から「Dm」への転調というのは、さほど一般的ではなく、比較的トリッキーな感じのする転調です。

その何ともいえない違和感がまた、この曲に託された世界観にマッチしているのです。

 

この転調による違和感と何ともいえない雰囲気は、その後もたびたび登場します。

「……越しに……」のところで一時的に「Gm」のキーに転調、「……ひび割れた空」の「空」の部分では、「Fm」のキーではなく本来「A♭m」のキーで使われる和音が独特な雰囲気を醸し出し、「辿り着く……」の部分はまた「Bm」のキーへ一時転調し、「囁き……」からはまた「Gm」のキーへ戻ります。

 

通常の曲ならサビにあたる部分で、「Gm」⇒「Bm」⇒「Gm」という長3度の転調が繰り返されるというのはとても珍しいことです。

ただ、この珍しい転調のくり返しというのは、あくまで結果であって、意図的なものではありません。

 

この「名曲の理由」で何度もお伝えして来た通り、人の心を打つ名曲は、その曲を生む人の心が震えていて、それが曲となって再び聴いている人の心を打つわけですから、この「誰か、海を。」でいえば、サビにあたるであろうこのセクションは、菅野よう子という作曲家の心の震えが音楽となり、その美しい震えがたまたま音楽的に見てみるととても珍しい転調のくり返しになっていただけのことなのです。

 

このように、理論や言葉では説明できないところに、音楽の持つ素晴らしさが隠れているのだと、僕は名曲に触れる度に感じるのです。

 

やがてAimerの素晴らしく感情のこもった、叫びのような歌が印象的なサビのリフレインが続く中、即興演奏的なアプローチのドラムスによるリズムと、悲しみを表現するような弦楽(ストリングス)の演奏が響き、その後すぐに、突然、複数のAimerの声だけが賛美歌のように響き渡るセクションに移ります。

 

このセクションの美しさは、この曲の持つ悲しみや苦悩に満ちた世界観を、さらに引き立たせます。

 

音楽には、このような不思議な効果があって、例えば質の高い映画で多くの人が命を落とすような、悲しみに溢れたシーンで、敢えて美しいクラシックを流した方が、不吉だったりおどろおどろしかったりする音楽を流すよりも効果的だったりします。

美しさの極地と悲しみの極地がどこかで繋がっているのも、人間の本質を 見るようですし、それを表現するのが芸術なのだ、といいう気持にもなってきます。

 

その後、再びAメロからサビまでが繰り返され、印象的なサウンドが徐々に激しくなって再びサビが繰り返され、曲は最後を迎えます。

 

イントロがなくて、いきなりAメロ、つまりタイトルと同じ歌詞の歌で始まったように、曲の最後はまた、曲の最初と同じ部分が繰り返されます。

 

まるでこの曲自体が一つの映像作品であるかのように、腑に落ちる構成です。

 

曲の一番最初と同じように終わり、ただ、最後の一言だけが違う。その違いが意味するものとは……。

 

何とも奥の深い作品です。

 

アニメというとても大衆的なジャンルを主な活動の場としながら、その作品はある意味、真の芸術である。

そんな菅野よう子の持つ才能が、アニメ作品自体に与えて来た豊かな影響はとても大きいと思いますし、さらには、その存在と才能、そしてその作品群が、菅野よう子に続く若いクリエイターや作曲家たちに大きな影響を与え続けていることに、僕はとても深い尊敬の気持を抱くのです。

 


 

【プロフィール】

津田直士 (作曲家 / 音楽プロデューサー)

小4の時、バッハの「小フーガ・ト短調」を聴き音楽に目覚め、中2でピアノを触っているうちに “音の謎” が解け て突然ピアノが弾けるようになり、作曲を始める。 大学在学中よりプロ・ミュージシャン活動を始め、’85年よ りSonyMusicのディレクターとしてX(現 X JAPAN)、大貫亜美(Puffy)を始め、数々のアーティストをプロデュ ース。 ‘03年よりフリーの作曲家・プロデューサーとして活動。牧野由依(Epic/Sony)や臼澤みさき(TEICHIKU RECORDS)、アニメ『BLEACH』のキャラソン、 ION化粧品のCM音楽など、多くの作品を手がける。 Xのメンバーと共にインディーズから東京ドームまでを駆け抜けた軌跡を描いた著書『すべての始まり』や、ドワンゴ公式ニコニコチャンネルのブロマガ連載などの執筆、Sony Musicによる音楽人育成講座フェス「ソニアカ」の講義など、文化的な活動も行う。2017年7月7日、ソニー・ミュージックグループの配信特化型レーベルmora/Onebitious Recordsから男女ユニット“ツダミア”としてデビュー。

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