10月に来日公演も。「ポスト・クラシカル」シーンに接近したニューアルバムを発表したペンギン・カフェにインタビュー

かつてブライアン・イーノのレーベル「OBSCURE」よりデビューしたペンギン・カフェ・オーケストラは、環境音楽やミニマル、ワールド・ミュージックなど、あらゆる要素を内包した無国籍なサウンドで70~80年代の若者たちのアンテナを刺激した。それから30年余、創設者である故サイモン・ジェフスの遺志を受け継いだ息子のアーサーを中心に新生「ペンギン・カフェ」が結成。2011年にファースト・アルバム『ア・マター・オブ・ライフ…』を発表し、これまでの2度にわたる来日公演でも着実にファンを増やしてきた。そしてこのたび、私たちのもとに届けられた3年ぶりとなる3枚目のアルバム『The Imperfect Sea~デラックス・エディション(+4)』は、一聴してブレイクスルーを感じさせる会心作である。プロモーションのため日本を訪れたアーサー・ジェフスと、ヴァイオリニストのダレン・ベリーに話を聞いた。

 


 

写真:石田昌隆 衣装:Herr von Eden

――新作はビートを意識したダンサブルなアルバムになっていますね。これまでにない新機軸を打ち出すにあたり、なにかきっかけはあったのでしょうか?

アーサー 「Rescue」(M7)という曲は、アルバム全体のコンセプトが決まるよりずっと前からあったんだけど、今思えば、この曲が鍵になっていろんな可能性が拓けていった気がする。というのも、ハウス・ミュージックという要素を一つのコンテクストとして用いるとすると、それにもしこの曲がはまれば新しい風景が見えてくるかもしれないと、ある日ふと気がついたんだよね。僕らはこれまでハウスの世界とのつながりもなかったし、そういった音楽を自分たちのテーブルに乗せようと考えたこともなかったけれど、あの曲をきっかけに、もしかしたらそっちに寄り添うことができるかもと思ったんだ。

ダレン 2年くらい前にコーネリアスとコラボしたのが、僕らとエレクトロ系の世界とのはじめての接点だったんじゃない?

アーサー ああ、そうだね。ただ、僕らがエレクトロ的なことをやるにしても、あくまでアコースティックな楽器で演奏するという部分は変わらないから、ある意味、エレクトロの世界にペンギンのかぶりものをしたまま入っていくようなものだけどね。

――今作は「アコースティック楽器によるエレクトロニック・ミュージックへのトリビュート」だとオフィシャル・インタビューでもおっしゃっていますが、アルバムを聴くと「本当にこれ全部アコースティック楽器で演奏してるの?!」と耳を疑いたくなるほど、ときにエレクトロニックな響きも出てきますよね。

ダレン もともとシンセサイザーっていうのは、アコースティック楽器の音を再現しよう、生音に近づけようと発達してきたものなのに、こっちは逆にアコースティック楽器でエレクトロニックな音を再現しようとしているんだから、なんだかヘンだよね(笑)

アーサー たとえば、最後の「The Track Of The Dull Sun」(M13, 国内盤ボーナス・トラック)という曲では、ピアノの音にコンプレッサーをかけているんだけど、リバーブも含めてコンプレスしているんだ。だから、普通はピアノの音ってポンと弾いたらだんだん弱くなっていくのに、弱くならずにずっと一定の音が鳴っている。エレクトロニックっぽい音を出すための哲学として、こういった手法をいろいろ試したよ。

ダレン ドラムでも、音の中のある特定の周波数をカットしたり調整したりすることで、広がりのあるサウンドを作り上げることができる。「Wheels Within Wheels」(M9)では教会の古びた床板を指で叩いているんだけど、周波数を調整することで、まるで大きなドラムを叩いているような低音の響きを出しているんだ。

――ピアノの中に石を入れて弾く試みは、サン・ドッグ(アーサーと、ペンギン・カフェのヴァイオリニストであるオリ・ラングフォードとのデュオ)でもされていましたよね。

アーサー 僕は世界各地の石を持っているんだけど、今回は「Control 1(Interlude)」(M3)で南アフリカの石を、「Now Nothing(Rock Music)」(M8)ではイタリアの石を使ったよ。それと、新しい試みとしてはソルト・パーカッションかな。マルドンっていうイギリスではポピュラーな塩があって、海水から作ったかなり粗い塩なんだ。それをメンバーのレベッカ(・ウォーターワース/チェロ)がたまたま触っている音を聴いて、“あ、面白い音がする!”と思って、さっそくレコーディングに使ってみた。雪を踏みしめて歩いているような音がするんだ。

ダレン レコーディングしたテープをカットするために昔使っていたメタル製のブロックがスタジオに置いてあって、それを放り投げてピンッて叩くとモワワワワ~~ンって不思議な音がするんだけど、それも使っていたよね。アーサーが“なんかフレンドリーな音がする”って言って(笑)

――スタジオにある物が全部楽器になっちゃうのですね。

アーサー ライヴではそうはいかないと思うけど、とにかく楽しかったね。

――今作にはクラフトワークやシミアン・モバイル・ディスコのカヴァーも入っていますが、具体的にどんなエレクトロニック・ミュージックにインスパイアされましたか?

アーサー ブライアン・イーノ、ロバート・フリップ、クラフトワーク……70年代の、実験的なんだけれども、どこか軽やかで楽観性がある音楽に惹かれるね。あとは、聴いていてサウンドスケープが浮かんでくるような音楽、テクスチャーが感じられるような音楽かな。

――「Ricercar」(M1)のような軽やかでダンサブルな曲があると同時に、「Control 1(Interlude)」(M3)のようなドローンの要素が強いアンビエントな曲もありますよね。ペンギン・カフェの中で、こういった一見相反する要素は共存し得るものなのでしょうか?

アーサー 90年代のはじめ頃にダンスとアンビエントが重なり合うように共存していた時期があって、その後また別々の道に分かれて進んでいくわけだけれども、僕の中ではその頃の音楽がすごく印象に残っているな。

ダレン 「Rescue」(M7)なんかでは、一曲の中にアンビエントとダンス、ふたつの要素が入っているよね。違うジャンルに聞こえる音楽も、深く掘り下げていくと意外と本質は同じだったりするから、共存することは可能だと思う。ただ、普通のポップスにおける曲作りでは、なかなかそこまで掘り下げる時間と余裕がないんだ。“2分35秒の尺の中ですべてをやりなさい”なんて言われても無理だからね。でも、僕らはそれをやる。1曲が7分になろうが10分になろうが、時間をかけることを恐れずに曲作りをすることで可能になる音楽のジャーニーっていうものがあると思う。ひとつの曲の中にあらゆるジャンルが共存していること、それが叶うのがペンギン・カフェなんじゃないかな。

写真:石田昌隆 衣装:Herr von Eden

――今作では、お父さんのペンギン・カフェ・オーケストラから受け継いだものも大切にしつつ、そのうえで「自分たちにしかできない音楽」を、はっきりとした確信をもって打ち出しているように感じます。

アーサー 飛躍したい、新境地を開拓したいっていう思いがあったので、そのあたりはすごく意識した。逆にそれができないなら、またアルバムを作る意味はないと思っていたから。新しい風景、進むべき方向性が見えてきたときの解放感みたいなものは鮮明に覚えているよ。じつは2014年に前作の活動が一段落したあと、“ちょっとここでひと休みしたいな”ということで、1年ぐらい休止期間があったんだ。その間に一旦すべてを白紙に戻して、テーブルの上をきれいにして、また何もないところからはじめられたのがよかったのかもしれない。でもそれは、当時の僕にとっては、うまくいくか分からないギャンブルのようなものだったけど。

ダレン やってみないと分からない、そういった状況に一回置いてみることって大事だと思う。やっぱり同じ楽器、同じメンバーでまたアルバムを作るとなると、放っておいたら同じような音になってしまうからね。それと今回は、メンバー全員で集まって作るのではなく、あえて少人数で集まって作っていったのがプラスに働いたと思う。たとえば僕の場合、まずアーサーを含めた2~3人で作業をしたあと、ちょっと離れている間に別のメンバーが集まって進めている。そうして僕が戻ったときに違うものになっているので、そこにまた付け加えていく、みたいな進め方をしてみたんだ。そうすることで、個々のメンバーのカラーが色濃く出たように思う。

――それぞれがほかのフィールドでも活躍するスーパー・プレイヤーであり、しかも大所帯のペンギン・カフェで、どうやってひとつの音楽をまとめ上げていくのかと不思議に思っていたのですが、その話を聞いて納得しました。

ダレン みんな、いくつもの顔を持っているからね。それに、2~3人で音を出すときって、全員でやるときと違って、自分の担当楽器以外のものにもちょっと手を出してみようとするじゃない。だからスタジオにある物を何でも楽器にしちゃえ、みたいなことにもなるわけで。そうやっていろいろやってみることで、豊かで広がりのあるサウンドスケープになったんじゃないかな。

――ポスト・クラシカル・シーンの中心的存在であるErased Tapesというレーベルからのリリースであることも、今作のポイントですね。

アーサー レーベルを変えたことで、“今回はこっちへ行くんだよ”と示すことができたと思うし、なにより新しいフィールドで、新しいお客さんに出会えるのがすごくエキサイティングだよ。

ダレン それが、このアルバムの肝なんじゃない?

アーサー もしかしたら、今回ダンスっぽいアルバムを作ったことで、これまでのペンギン・カフェのお客さんの中には、ちょっと取っつきにくいと感じる人もいるかもしれない。けれど、ときには暗闇の中にポンと自分を放り込んで、その中で模索していくことも必要だと思うんだ。そうやって前に進んでいかないとね。

――最後に、ハイレゾについてお伺いしたいと思います。ご自身では普段、ハイレゾの環境で音楽を聴いていらっしゃいますか?

アーサー プレイヤーは持ってるんだけど、UKではまだ日本ほどハイレゾ配信が普及していないんじゃないかな。ただ、今回のアルバムでもハイレゾで配信されることを念頭に置いてマスタリングをしたので、やっぱり次の波として確実にきているなという感じはするよね。

ダレン ミュージシャンとしては、つねにいちばんいい音の状態で録音しているからには、やっぱりそれをいちばんいい状態で聴いてほしいと思うのは当然だよね。リスナーとしても、いい音で聴きたいという欲求は誰にでもあると思うので、よりクオリティの高いものが求められるのは自然な流れじゃないかな。

――ありがとうございました。10月の来日公演も楽しみにしています!

 

(取材・文/原 典子)

 


 

【作品情報】

 

The Imperfect Sea~デラックス・エディション (PCM 96kHz/24bit)/ペンギン・カフェ

The Imperfect Sea~デラックス・エディション(+4)

ハイレゾ 試聴・購入

70 年代のブライアン・イーノやロバート・フリップ、クラフトワークが表現したアンビエント/エレクトロニカの世界を、至高のアコースティック・サウンドで奏でる、3 年ぶりの新作アルバム完成!ポストクラシカル/アンビエントの名門レーベル「Erased Tapes」よりリリース!

★クラフトワーク(M4)、ペンギン・カフェ・オーケストラ(M8)、シミアン・モバイル・ディスコ(M9)のカバーを収録。
★日本盤は、ボーナス・トラック4曲を収録したデラックス・エディション。コーネリアスによるリミックス曲「ソラリス」を含む配信のみでリリースされた『Penguin Cafe Umbrella EP1』全4曲(M10~M13)を収録。

 

ペンギン・カフェ ディスコグラフィはこちら

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【ペンギン・カフェ『The Imperfect Sea』参加ミュージシャン】

 

 

M1. Ricercar
アーサー・ジェフス:piano、percussion
アンディ・ウォーターワース:double bass
デス・マーフィー:ukelele
トム・CC:cuatro
ピーター・ラドクリフ:percussion
キャス・ブラウン:percussion
オリ・ラングフォード:violin
ヴィンセント・グリーン:viola

 

M2. Cantorum
アーサー・ジェフス:piano
アンディ・ウォーターワース:double bass
デス・マーフィー:celeste
ピーター・ラドクリフ:percussion
キャス・ブラウン:percussion
オリ・ラングフォード:violin
レベッカ・ウォーターワース:cello
ヴィンセント・グリーン:viola
ダレン・ベリー:violin

 

M3. Control 1 (Interlude)
アーサー・ジェフス: piano、violin、rock、harmonium
ピーター・ラドクリフ:shruti
レベッカ・ウォーターワース:cello

 

M4. Franz Schubert
アーサー・ジェフス:dulcitone、celeste、harmonium
アンディ・ウォーターワース:double bass、electric bass guitar
ニール・コディング:kalimba
デス・マーフィー:ukelele
レベッカ・ウォーターワース:cello、salt bowl percussion
ヴィンセント・グリーン:viola

 

M5. Half Certainty
アーサー・ジェフス:dulcitone、tape block、Fender Rhodes、melodica
デス・マーフィー:tape block

 

M6. Protection
アーサー・ジェフス:piano、percussion、Fender Rhodes、Khono acoustic guitar
アンディ・ウォーターワース:double bass
ニール・コディング:Khono acoustic guitar、ukelele
トム・CC:cuatro
ピーター・ラドクリフ:percussion
オリ・ラングフォード:violin
ヴィンセント・グリーン:viola

 

M7. Rescue
アーサー・ジェフス:piano、electric bass guitar、harmonium
アンディ・ウォーターワース:electric bass guitar
デス・マーフィー:ukelele、celeste
トム・CC:cuatro
キャス・ブラウン:percussion
オリ・ラングフォード:violin、viola
レベッカ・ウォーターワース: cello
ヴィンセント・グリーン:viola
ダレン・ベリー:violin、percussion
プラハ・フィルハーモニー管弦楽団:Additional string
Composed by Arthur Jeffes、Oli Langford

 

M8. Now Nothing (Rock Music)
アーサー・ジェフス:piano、rock

 

M9. Wheels Within Wheels
アーサー・ジェフス:piano、percussion、dulcitone、celeste
ニール・コディング:ukelele
トム・CC:cuatro
ピーター・ラドクリフ:percussion
キャス・ブラウン:percussion
ヴィンセント・グリーン:viola
ダレン・ベリー:violin、percussion
プラハ・フィルハーモニー管弦楽団:Additional string
Composed by Arthur Jeffes

 


 

【ライブ情報】

 

10/05(木)東京・渋谷クラブクアトロ
18:30 開場/19:30 開演
前売6,000 円/当日6,500 円(全自由/税込)
※チケット発売日:7/8(土)より
問:渋谷クラブクアトロ 03-3477-8750

 

10/07(土)東京・すみだトリフォニーホール
special guest : やくしまるえつこ/永井聖一/山口元輝
16:30 開場/17:15 開演
前売S 席6,800 円/前売A 席5,800 円(全席指定/税込)
※チケット発売日:7/8(土)より
問:プランクトン 03-3498-2881

 

10/09(月・祝)まつもと市民芸術館主ホール
special guest:大貫妙子
14:30 開場/15:00 開演
一般:5,800 円/U25:3,800 円(全席指定/税込)
※6/24(土)よりチケット発売。
問:まつもと市民芸術館チケットセンター 0263-33- 2200

 

10/10(火)大阪・梅田クラブクアトロ
18:30 開場/19:30 開演
前売6,000 円/当日6,500 円(全自由/税込)
※チケット発売日:7/8(土)より
問:梅田クラブクアトロ 06-6311-8111

 

お客様用総合info:プランクトン03-3498-2881
マスコミ用問い合わせ/資料・写真のご請求:プランクトン 0303498-3270(担当:井内)