原田和典の「すみません、Jazzなんですけど…」 第5回

~今月の一枚~

Snarky Puppy, Metropole Orkest
[Sylva]

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 今年は4月になっても肌寒い日が続いていて、なんだか鼻もぐずぐずしてしまって、「春はまだ来ぬのかのう。早く出でよ、春」などと江戸口調でスズメやカラスに語りかける朝が続いていたものですが、ようやく少しずつコンスタントな暖かさが訪れはじめました。みなさんの新生活が軌道に乗っていることをお祈りします。ビバ、フレッシュライフ!

 というわけで今回はバリバリの気鋭グループ、スナーキー・パピーの登場です。といっても結成は2004年、テキサスにて。つまり新進というわけではないのですが、ここ数年、前年比250%ぐらいの知名度と人気を獲得しています。初来日は2013年です。ぼくは「ブルーノート東京」公演初日のファースト・セットに行き、ステージ狭しと広がる人数の多さと楽器類の多さに「おおっ!」を驚きながら演奏を楽しみましたが、正直言って動員数は満席というわけではありませんでした。しかし翌年の再登場では怒涛のような盛り上がりをみせ、2015年の野外フェス「ブルーノート・ジャズ・フェスティヴァル」では圧巻のパフォーマンスで、詰めかけた観客を踊らせ沸かせました。はっきり言ってしまうと同フェスのほかの出演者であるジェフ・ベックパット・メセニーより興奮させてくれました(もちろん彼らの半世紀に及ぶ音楽界への貢献には敬意を表します)。でも、それが自分にとっては音楽のあるべき姿なのです。地位を確立した大ベテランばかりが支持されていては、なんか面白くないじゃないですか。昨日と同じじゃ、生きてる価値が足りないじゃないですか。常に次世代、次々世代がワンサカ出てきてしのぎを削っている状態こそがシーンに活気を与え、リスナーに喜びをもたらすことにつながるんじゃないかと思うのです。講談だってそうです。宝井馬琴の歴史的録音に聴き入るのもよいですが、神田松之丞の溢れ出る切れ味をライヴで味わう、それができるのは今このときを生きている我々だけです。

 もう40代半ばになってしまった中年・原田が、自分より二世代下ぐらいであろうファンともみくちゃになりながら楽しんだスナーキー・パピー。昨年5月に発表されたアルバム『Sylva』はアメリカ「ビルボード」のヒートシーカーズ・アルバム・チャート、トップ・カレント・ジャズ・アルバム、コンテンポラリー・ジャズ・アルバムの各部門で1位に輝きました。大まかに言えば“ヒートシーカーズ”はこれまで総合チャートの100位に入ったことがないアーティストを対象にしたもの、“トップ・カレント”は“いま、巷で話題の”というような意味でしょうか。とにもかくにも、当アルバムでスナーキー・パピーの名声は確かなものとなったような気がします。そして彼らは、この『Sylva』で2年ぶり2度目のグラミー賞を獲得しています。前回は「ベストR&Bパフォーマンス」部門でしたが、今回は「ベスト・コンテンポラリー・インストゥルメンタル・アルバム」部門でのグランプリです。つまり両方ともジャズ部門ではないのですが、そんなスナーキー・パピーが半世紀以上の歴史を持つジャズの名門レーベル“インパルス”と契約したり、ジャズフェスに登場して、ジャズファンをも振り向かせているのですから、痛快です。

 ぼくより二世代ぐらい下にあたる編集部のAさんは『Sylva』を聴いて、こんな感想を寄せてくれました。

 「自分は、どちらかというとポストロック/マスロックの流れを好んでいて(バトルスとか、マーズ・ヴォルタとか)、完全に「その耳」で楽しく聴けてしまうのですが、それでいいのでしょうか…? 鍵盤楽器の飛び道具的な(歪ませた、リードギターにも匹敵する?)使い方と、変則的なリズム。ギターの音作りにしても、シンセの音色の選び方にしても、曲によっては思いっきり濁らせているところがありますし。インストなのですが、サウンドトラックというよりはこれ自体で一篇の映画を観ているような、ストーリー性のあるアルバムだと思います。ラスト曲前半のストリングスを入れた展開などは、日本のポストロックバンド「MONO」を思い出しました」

 うれしいじゃありませんか。オスカー・ピーターソン『We Get Requests』を聴いてもらった後に感想を求めたときとは、言葉の弾み方が違う。「同世代の音楽」として共感しているのでしょう。それに、こういう意見、なかなかオッサンからは沸いてこない。マーズ・ヴォルタといえば、ドラマーのディーントニ・パークスが8月にジョン・ケイルのバンドで来日しますが、「拍子抜けするほどさりげない形で、とんでもないミクスチャーをスッとなしとげてしまう。だけどサウンドの中身は熱い」あたり、大いに共通性ありなのではないかと思います。あと『Sylva』で個人的に気になったのは、弦楽オーケストラとの共演ということもあるのか、踊れる箇所やファンキーな箇所が皆無に近い、と感じられたことです。むしろじっくりと聴き入らせる、立ち止まって考えさせるようなサウンドが続くのです。つまりぼくはこのアルバムにスナーキー・パピーの新たな一面を見ました。こんな冒険的な音を、老舗ジャズ・レーベルとの契約第1弾にもってくるとは、リーダーのマイケル・リーグは相当な策士です。

 このところロバート”スパット”シーライト & ネイト・ワース『フォーティファイド』、ビル・ローレンス『アフターサン』、コリー・ヘンリー『リヴァイヴァル』(ゴリゴリのゴスペル・アルバム)など関連メンバーのソロ作品のリリースも色とりどりのスナーキー・パピー。このあたりの増殖具合、自分的にはEXILEやEXILE TRIBEや三代目 J Soul BrothersやGENERATIONS界隈を思い起こしますが、とにかく「次に何が出てくるかわからないワクワク感」を感じさせてくれる男たちです。6月には赤坂BLITZでワンマン・ライヴを開くとのこと。5月に行なわれるエスペランサ・スポルディングのZepp DiverCity公演に続く快挙となることでしょう。4ケタの観客を収容できる会場、基本オールスタンディングのはずです。「ジャズ系のアーティストとしても認知されている気鋭が、マスに支持される時代」が、苔のむすまで続くことを願います。

 


 

■執筆者プロフィール

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原田和典(はらだ・かずのり)

ジャズ誌編集長を経て、現在は音楽、映画、演芸など様々なエンタテインメントに関する話題やインタビューを新聞、雑誌、CDライナーノーツ、ウェブ他に執筆。ライナーノーツへの寄稿は1000点を超える。著書は『世界最高のジャズ』『清志郎を聴こうぜ!』『猫ジャケ』他多数、共著に『アイドル楽曲ディスクガイド』『昭和歌謡ポップスアルバムガイド 1959-1979』等。ミュージック・ペンクラブ(旧・音楽執筆者協議会)実行委員。ブログ(http://kazzharada.exblog.jp/)に近況を掲載。Twitterアカウントは @KazzHarada