津田直士「名曲の理由」 My Hair is Bad(前編)

今回「名曲の理由」でご紹介するのはMy Hair is Badの作品です。

My Hair is Badは、この「名曲の理由」がこれまでご紹介してきた中で最も若い、新しいアーティストです。

2013年2月にインディーズ・ミニアルバム『昨日になりたくて』をリリース、さらに昨年、2016年の5月11日にシングル『時代をあつめて』をEMI RECORDSからリリースし、これがメジャーデビューとなりました。

今回ご紹介するのは、その後、2016年10月19日にリリースされたアルバム『woman’s』に収録された曲です。

My Hair is Badの楽曲を創り出している椎木知仁の、突出した才能に焦点を当てるため、今回は複数の曲を取り上げ、名曲の理由を見ていきたいと思います。

 

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My Hair is Bad

『woman’s』

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椎木知仁は、My Hair is Badのボーカルとギターを担当する、1992年生まれの24才です。

彼の生み出す作品には、ジャンルの壁が一切ありません。
とても自由です。

また、作曲という行為にも、作詞という行為にも壁がありません。
とても自由です。

自由ということは、望むままどこへでも行ける、何でもできる、ということです。

具体的にどういうことなのか、曲で見てみましょう。

 

まずは突出したオリジナリティが分りやすく伝わってくる、

『戦争を知らない大人たち』

 

 

ギターロックバンドの醍醐味でもある、激しくパワーに溢れたサウンドのイントロに続く、Aメロにあたる部分はラップです。

椎木知仁の歌詞は、彼の心にひっかかるものを、すべてその目線のままリアルに描くのが特徴です。
リスナーもそのリアルさによって、あたかも自分が見ていたかのように、椎木知仁の見ている世界を体感することになります。
そしてその世界に共感を得た時、リスナーは深い感動を覚えます。
そんな歌詞の魅力が、メロディーにのった通常の歌詞と、このAメロのようにラップスタイルになっている歌詞の両方を使いこなすことで、リスナーに届くわけです。

ラップの魅力はメロディーに制約を受けないことによる言葉の自由さと、韻を踏むリズムの気持良さですが、椎木知仁の歌詞の場合、ヒップホップミュージック特有の言い回しやよく使われる言葉ではなく、「チェックつけた求人」や「行かなかった二次会」といった日常にあるごく普通の言葉や「僕は生乾きだった」や「死んじまった蝉の方が誇らしく見えて」といった無常観を感じさせる文学的な言葉によって、《リアリティーの強さ》が加わります。
歌詞に描かれている言葉の一つ一つが、メロディーというフィルターがない分、椎木知仁の心に浮かんだ時の気分や気持ち、感情などをそのままぬくもりを持ったまま伝えてくれます。

そして、サビにあたる部分は通常の歌詞です。
ただしこの曲の場合、歌詞は「Good night」ひとことだけです。
「Good night」というフレーズのくり返しは、ロックの名曲に相応しい普遍的で心に響くメロディーです。
通常の歌詞の魅力は、メロディーと共に何度も聴きたくなる普遍性とその美しさによって心に歌詞に込められた作者の気持ちが伝わるところにあります。
この「Good night」はまさにそうです。

このように、ラップの魅力と通常の歌詞の魅力をごく自然に使い分け、リスナーの心を動かす作品を、椎木知仁がいくつも生むことができる理由はどこにあるのでしょうか。

実は、その理由はそのまま「名曲の理由」なのです。

 

もう何曲かを鑑賞した後でその理由を説明したいと思います。

『 ワーカーインザダークネス』
歌詞に描かれている世界は、椎木知仁と同じ世代の数多くの若者が、仕事やアルバイトなど、キャリアを積む毎日の環境で感じている感覚です。
さまざまな言葉が飛び交う歌詞の世界と、火薬の香りがするような危険に満ちたファンクテイストのロックサウンド、ラップに登場する複数名による声、サビの「毎日、毎日、毎日、限界だ」というフレーズが完璧にシンクロして、心の底からうんざりするような気分、あるいは叫びたくなるようなやるせない気持を表現しています。

『グッバイ・マイマリー』
都会のワンルームマンションで同棲をしていたけれど、彼女がある日部屋を出て行ってしまい、残された主人公がその生活と恋の破綻の理由を考え、諦めきれない気持を持て余す様子を描いた曲です。
疾走感のあるタテノリの3ピースバンドサウンドと、どこかフォークロックの香りのするポップなメロディー。
振られた男の子の情けない感じと、歌詞に出てくる「どうしたらいいかわかんなかった」という男の子のぼんやりした気持に引き換え、首都高に象徴される世の中の早い動き、そして何よりも男の子がつかみきれない彼女の心と去っていってしまった事実が、疾走感のある早めのビートに託され、たった一人残された男の子の情けなさと、それでも毎日は続いていくという日常のあたたかさや未来に残された明るさが、フォークロック風のポップなメロディーに託されています。

いかがでしょうか。

どの作品も、世界観がはっきり伝わってくる作品です。
しかもその世界観を伝えるサウンドは、ドラムス・ベース・ギター、そしてボーカル。
実にシンプルです。

世界観がはっきり伝わってくるのは、そのシンプルな構成でどんなアレンジをしてどうパフォーマンスをすれば伝えたいイメージが表現できるか、椎木知仁にはわかっているからです。

また、どんな歌詞をどのようなアプローチで書き、どんなメロディーをどのようなコードで支えれば伝えたいイメージが表現できるか、椎木知仁にはわかっているからです。

わからなくて悩む、という壁がないから、彼は自由に表現できるわけです。

そして更に、最も大事なポイントがあります。

それは

どんな世界を描きたいか、というイメージが椎木知仁の中でとてもクリアにある

ということです。

これは、そのまま《名曲の理由》でもあります。

描きたい世界のイメージがはっきりしているからこそ、そこに作家の感情や想いがきちんと刻まれ、聴く人にしっかりと伝わるからです。

そんな、椎木知仁の描きたい世界が痛いほど伝わってくる名曲をご紹介しましょう。

『真赤』です。

 

 

鋭角的な恋心に《堕ちて》しまった男の子の気持を描いた曲です。
歌詞に描かれているのは、抗いようのない強い恋心が芽生えてしまった瞬間の気持や、その強い恋心故に相手の彼女の方がすっと強い立場となってしまっているもどかしさなどです。

この曲は、その歌詞が描く男の子の感情と、メロディー・サウンド・パフォーマンスが、恐ろしいくらいに一つになっています。
「ブラジャーのホックを・・・」と始まる細やかな心情を、歪みの少ないギターのアルペジオが伝え、「携帯なんか・・・」と徐々に焦燥感が募る様子を、刻むリズムが細かくなっていくギターのフレーズが伝え、「君は先に出ていった」の歌詞の直後にバンドの音が消え、「鍵、残して・・・」という歌詞が叫びのように響いた直後に始まる速いバンドリズムが、曲全体を包む男の子の、切なくて暴力的ともいえる、どうにもならない自分の心への苛立ちを伝えてくれます。
「夕立の止んだ・・・」で始まる歌詞が描く記憶の風景から、「三番線に・・・」で大きく広がるサウンドが別れる時の気持ちを伝え、心の中でしか叫べない痛い気持を、叫ぶように歌う声が伝えてくれます。
そしていよいよサビです。
《辛い恋心》をそのまま表現する歌詞を、一度聴いただけで心に残る強いメロディーと、演奏するメンバーの動きが目に浮かぶようなギターロックの真骨頂、荒くドライブするパフォーマンスがリスナーの心に飛び込んできます。

恋に大きく心を振り回される辛さと、それでも心を奪われ続ける恋の魔力を、痛いほど思い出させてくれる『真っ赤』という名曲は、心の中にある世界をそのまま作品にしてしまう椎木知仁の才能の、わかりやすい結果のひとつです。

 

(次回へつづく)

 


 

【プロフィール】

津田直士 (作曲家 / 音楽プロデューサー)

小4の時、バッハの「小フーガ・ト短調」を聴き音楽に目覚め、中2でピアノを触っているうちに “音の謎” が解け て突然ピアノが弾けるようになり、作曲を始める。 大学在学中よりプロ・ミュージシャン活動を始め、’85年よ りSonyMusicのディレクターとしてX(現 X JAPAN)、大貫亜美(Puffy)を始め、数々のアーティストをプロデュ ース。 ‘03年よりフリーの作曲家・プロデューサーとして活動。牧野由依(Epic/Sony)や臼澤みさき(TEICHIKU RECORDS)、アニメ『BLEACH』のキャラソン、 ION化粧品のCM音楽など、多くの作品を手がける。 Xのメンバーと共にインディーズから東京ドームまでを駆け抜けた軌跡を描いた著書『すべての始まり』や、ドワンゴ公式ニコニコチャンネルのブロマガ連載などの執筆、Sony Musicによる音楽人育成講座フェス「ソニアカ」の講義など、文化的な活動も行う。2017年7月7日、ソニー・ミュージックグループの配信特化型レーベルmora/Onebitious Recordsから男女ユニット“ツダミア”としてデビュー。

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