ミト(クラムボン)×佐藤純之介(アニメソングプロデューサー)ハイレゾ放談!

近年、急激に期待が高まっている高音質ハイレゾ・シーンにおいて、J-Pop、J-Rock界で開拓者的アクションを行うクラムボンのミトさんと、人気アニメ『ラブライブ!』でハイレゾ市場を広げたレコード会社ランティス系列の制作会社アイウィル所属の音楽プロデューサー、佐藤純之介さんによるハイレゾ雑談を実現。お互いが気になるハイレゾ作品をカードのように出し合い、魅力についてフェチ的に語り合うという対決方式でお届けします。音楽への愛に溢れ、マニアックながらも、ついつい聞き耳を立てたくなるトークを、完成したばかりの代々木ハイレゾBAR『Spincoaster Music Bar』からお届けしましょう!

インタビュー&テキスト:ふくりゅう(音楽コンシェルジュ)

 


 

【プロフィール】

ミト(クラムボン)
クラムボン(Clammbon)は、原田郁子、ミト、伊藤大助の3人による日本のバンド。1995年結成。ミトはバンドリーダー。1975年生まれ。ベース、ギター、鍵盤、その他を担当。
https://twitter.com/micromicrophone
http://www.clammbon.com
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佐藤純之介(音楽プロデューサー)
レコード会社ランティス系列の制作会社アイウィルの音楽制作部。1975年生まれ。自称カリスマ機材系男子にして音楽司書、テクノポップ考古学者にして三宿のトーマスドルビー。 https://twitter.com/junnoske_suite
http://www.iwill-music.co.jp

 


 

■ミト(クラムボン)×佐藤純之介、二人の出会いのきっかけ

――それでは、お二人の出会いのきっかけから。

ミト 佐藤さんが手がけられていたプロダクト(楽曲)を、ほとんど自分で買っていたんです。その中の1曲を「Amazonで2009年に自分が買ったトップワンをあげてくれ!」という趣旨の企画で、麻生夏子ちゃんの「Programming for non-fiction」を選びまして。方や、いろんなアーティストが洋楽だ邦楽だとあげている中で、ひとりだけアニソンをあげて大問題になって(笑)。そうしたら、Twitterで「あの曲のプロデュースをやっている僕です!」って声をかけられたんですね。すぐに会うことになりました。

佐藤 三茶に飲みに行って、最初の10分でTM NETWORKの話題で盛り上がって(笑)。

ミト 10何時間くらいずっとTMの話をしてましたよ(笑)。

――その後、雑誌『サウンド&レコーディング・マガジン』のTM表紙号で、対談もされてましたよね。

佐藤 サンレコでTKの次にページ数多かったですから(笑)。機材というか、音色の話で会話ができるという。

ミト あの対談をそのまま載っけたら、本になる内容だよね。

――なるほどです。ミトさんはなぜハイレゾにハマることになったのですか?

ミト 以前、僕と音楽業者の二人でハイエンド・オーディオシステムに作り替えたバーがありまして、クラシックを爆音でかけるイベントをやっていたんです。基本的にはCDをかけてたんですけど、中休み的な感じで24bit/48kHzで作っていた僕らのマスターをかけたんです。そうしたら、お客さんがみんなびっくりしたワケですよ。「すごい音が良いぞ!」という話になって。音の良さがこれだけわかりやすくお客さんに届くんだというのがあって、じゃあこれハイレゾで出せたら面白いなと思ったら、たまたまそこにいたお客さんのひとりが高橋健太郎(音楽評論家)さんだったんですよ。偶然も偶然で。彼が「実はototoyでハイレゾをやろうと思っているんだけど」という流れで、「じゃあプロトタイプとして僕らのヤツを出しますか?」ってなって。でも普通にハイレゾで出すだけだと面白くないから、「無料配信しましょうよ!」って出したのが2009年の「NOW!!!」なんです。なので、わたしのマイワークの基礎中の基礎というのは「NOW!!!」の24bit/48kHzというのが最初ですね。

――その後、e-onkyoやototoy、moraが配信でマーケットを広げて、ソニーのハイレゾ・ウォークマンNW-ZX1が決定打となって、市場が広がったというワケですね。

 

■ミトに聴く、最新クラムボン・ハイレゾ・ワークス

――moraで購入出来るクラムボンのアイテムとしたら、「yet(24bit/96kHz)」と「サラウンド-出戻Re-mix-(24bit/96kHz)」ですね。他にも高音質でアナログやBlu-rayオーディオでも盤を出されていますが、今回moraでのハイレゾ化はシングル的な感覚なのでしょうか?

ミト そうですね。「サラウンド-出戻Re-mix-(24bit/96kHz)」は、菅野さんのリミックスというか、菅野さんのアレンジした「サラウンド」を、僕がリミックスしたっていうややこしいやヤツが入ってます(笑)。

佐藤 もう弦が素晴らしくて。CDでもMP3でも、良いものは良いというのは大前提なんですけど、やっぱりこだわった環境で聴いたときの感動の倍増感はすごかったですね。

ミト ワイドレンジは確実に違いますね。ストリングスのステレオ感というか、サラウンド感ですね。

佐藤 クラムボン自体も前回のアルバムと比べてレコーディングのメソッドというか、アウトプットをどうするか。作り方も変わったように感じましたね。

ミト そうかもしれない。フォーマット自体も32bit floating/96khzなんですけど、よりハイスペックな状態に対応できるように考えています。実際Pro Toolsも内部処理は64bit対応になったわけじゃないですか? どこまで読解して吐き出せるかっていうこだわりですね。わたしたちはエンジニア同士でもあるから、32bit floatingの状態で聴く時には、それをダウンコンバートした時に、どれくらいレンジアウトするのかな?ということを気にしていますよね。

佐藤 いわゆるマスタリングの段階で、どう自分たちが聴いてきた音楽が変化するか?というのはすごいシビアに見てます。

ミト あと24bit/96khzでマスターを作るというのが通例化したというのも大きいかも。それによってちょっとした問題も起きてるんですけどね。

――ほぅ、それは?

ミト それを語ると業界にご迷惑が……(苦笑)。例えばハイレゾで「yet」を出したり、純之介さんが出している作品って、たぶん世で言う一般的な「ハイレゾで出そう!」という感覚とはまったく違うんですよ。

――あぁ、そこは大事なポイントなのですね。ちなみにハイレゾ化でいう、ミトさんならではのこだわりとは?

ミト 今回シングルのハイレゾ化することによるこだわりでいえば、ストリングスのレベルですね。ハイレゾならば壮大に広く聴かせられるんです。そしてこれはアルバムで3人バージョンを収録するということを前提の上で作っています。しかもシングルですし、菅野さんが絡むんだったら、もはや菅野さん主役でいいんじゃないかって思ってました。「もっとストリングスをあげてください!」って言うとエンジニアさんがすごく困った顔するんですよね。「こんなに上げたらバランス崩れちゃうような気がするんですけどね」って。でもハイレゾ化で聴かせられるのはその臨場感だから。それを体感できるという意味合いでミックスしているんです。

 

佐藤純之介さん(左)とミトさん(右)。

 

■ミト 1作品目: 花澤香菜「Make a Difference」

――では、本題に入ります。ミトさんワークスでオススメなハイレゾ楽曲は?

ミト 花澤香菜さんの「Make a Difference」ですね。ワイドレンジ幅は、シンセを使っているということもあるんですけど、圧巻です。そして、これはフェチ寄りな話になりますが、花澤さんの声がより輪郭として二次元を超えていく感がすごくありました。リアルで間近な声……ハイレゾの良さはそれですよね、結果的には。

佐藤 「Make a Difference」という曲では、実はシンセでお手伝いをしているんです。ハイレゾだハイレゾだって言っているのに、使っているサンプラーとかシンセが12bit/22khzとかなんです(笑)。なのでローレゾ感をハイレゾで再現したことも面白かったですね。

ミト アート・オブ・ノイズを、今に再現したみたいな状態ですよね。

佐藤 ハイレゾのアート・オブ・ノイズは存在していないですからね(笑)。

ミト それをうちらが代弁したみたいな感じだよね(笑)。

佐藤 しかもそれが声優さんの作品というところが面白いと思います。

――お二方で話すと、常にそういう特別な会話になるの?(苦笑)。

ミト ごめんなさい、これの何が特別なのかさえもわからない(苦笑)。

佐藤 どこがマニアックなのかすら判断できないですよね(笑)。

 

■「リアルサウンド」でバズったミトのインタビュー記事

――そういえば、先日は音楽情報サイト「Real Sound」での、音楽評論家の小野島大さんによるインタビュー記事『クラムボン・ミトが語る、バンド活動への危機意識「楽曲の強度を上げないと戦えない」』が、大きくバズりましたよね。

ミト バンド的にはたいしたことを喋っているつもりはないんですよ。今の今まで活動してきて、こういったバンド内変革や、接触はずっとお話ししてますし。フォーカスされたポイントの問題かなと。でも、みんなが興味を持ってくれたので全然それでいいかなと思っています。

――ちょうど昨日、ミトさんが「Real Sound」の記事で絶賛されていたじん(自然の敵P)さんと会ってたんですよ。彼は実はクラムボン・ファンでもあって。人気曲はもちろん、アルバム『2010』が好きだと語っていました。2011年に『カゲロウプロジェクト』が始まる前に、聴いていたみたいです。

ミト 俺は『2010』を出した後に、じんさんの作品を聴いて、もうげんなりしちゃったんですよ。うちらのリリックがどこまで当時の時代とかけ離れているか。だから逆に言えば、こちらこそインスパイアされているっていう。

――あのインタビューで名前があがったことを、すごい謙遜されてましたよ。

ミト 本当ですか? 今度ぜひお逢いしたいですね。彼の作品はとっても好きなんです。

 

佐藤純之介 1作品目: TECHNOBOYS PULCRAFT GREEN-FUND『TRINITY SEVEN : MAGUS MUSIC ARCHIVE』

――それでは佐藤さんワークスでオススメなハイレゾ楽曲は?

佐藤 2013年の10月に「ラブライブ!」のアニメシリーズのハイレゾ盤を出したんですけど、その時って、いわゆるスタジオで作った24bit/48khzのマスターをそのまま配信したんですよ。ミトさんが冒頭に話していたBARで24bit/48khzマスターを流したら良かったってのと同じ実験的な試みですね。すごく評価された部分もある一方で「24bit/48khzってフォーマットは果たしてハイレゾなのか?」みたいな論争もあって。

――いまでこそソニーが、24bit/48khz以上であればハイレゾと規定しましたもんね。

佐藤 当時は過渡期でした。それで、オーディオ・マニアが求める音圧感とか、広がり感をいろいろ研究した上で、マイワークスとして挙げたいのが『トリニティセブン』というアニメのサウンドトラックで『MAGUS MUSIC ARCHIVE』という作品をmoraさんでアルバム2枚組(1枚目2枚目)でリリースしているんですけど、実はこれミックスダウンまで自分でやっているんです。TECHNOBOYS PULCRAFT GREEN-FUNDが音楽を作って、声優さんの声をサンプリングして、それをまた楽曲に昇華するという形をとったんです。

――それはまたこだわりな制作スタイルですね。

佐藤 今でいうハイレゾ・ウォークマンなNW-ZX1やNW-ZX2や、人気のAK240とか、あの辺を含めたポータブル機器でも十分なレンジ感、音楽的な太さだったりグルーブ感を感じられることを前提にミックスしました。ビンテージシンセサイザーを使いながら、Pro Toolsの中で32bit floating/96khzですべて作って、ミックスをやって、最終的にCDと実はマスタリングをハイレゾ版では別々の人に頼んでマスタリングした作品なんですね。そんな意味では、今流通しているハイレゾ機器に完全にカスタマイズしたというか、オーディオにこだわる人たちにも喜んで貰える作り方を意識しました。僕の自信作です。アニメ音楽プロデューサーでミックスまで自分でやる人って現状ほぼいないんですね。最初に立てた自分のコンセプトとか意思を、徹頭徹尾突き通せたかなという作品なので、ぜひ聴いてほしいです。

 

■こだわりのポータブル機器とは?

――佐藤さんは、ポータブル機器や、ハイエンドなインナー・イヤー・ヘッドホンへのこだわりや、所有数がすごい多いじゃないですか? きっかけは?

佐藤 ハイレゾ配信をはじめたタイミングではイヤホンは1台しか持ってなかったですし、その当時はポータブル・プレイヤーもiPodを使ってました。もともと「ハイレゾ配信をしませんか?」という話を持ってきてくれたのは、オーディオ・ライターの野村ケンジさんという方で。その方に協力していただきハイレゾ分野でどんな曲が人気あるんだとか、マニアが納得する機器はどれだとか、どんな音源が求められているのか?いうのを完全にリサーチしたんですよ。なので気がついたらプレイヤーもイヤホンもいっぱい増えていました。こういうのって自分で試さないとわからないんですよね。

――凄い数をお持ちですよね。しかも、ケースに入れて持ち歩ける体制をされていて。歩くハイレゾ・エヴァンジェリストですよね。

佐藤 オーディオ雑誌の方とか、ユーザーの方とか、それこそ家に2000万円くらいのオーディオを組んでいるマニアの家にいって実際に曲を聴いてもらって、この音源の何がダメなんだとか、どこが良いんだとか、それこそPro Toolsを持ち込んで、こういうバランスだったらいいのかとか、評論家の人、ライターの人、ショップのオーナーの方とかに話を伺いまくったんです。その中で自分的に納得のいく手段をまとめて、それをノウハウに、ミックスやマスタリングなど、自身の制作の哲学にしている感じです。

――ミトさんはポータブルではどんな機器を使われているんですか?

ミト ソニーのNW-ZX1です。イヤホンはFitEar。それは普通に業者として買い入れてますね。もともと、日本のステージ用のインナー・イヤー・モニターとして一番のシェアがあるし、僕らもユーザーなんですよ。

――たしかに、インナー・イヤー・モニターの世界ではライブをされるアーティストが一番身近な世界ですよね。

佐藤 FitEarさんが面白いのが、社長がアニソン大好きで、アニソンにあわせてチューニングしているモデルもあるんです。

ミト 月一や月二のペースで、須山社長とオーディオ・チームが集まる会があるんですよ。そこで集まって何をやっているかってのは企業秘密なんですけど、須山社長のアニソン愛はハイレゾ界隈でも如何無く発揮されているんですよ。

――ハイレゾ・シーンで面白いと思うのが、日本のインフラな音楽周りってiTunesやAmazonなど海外勢に持ってかれているなか、ポップミュージックにおけるハイレゾって、日本中心で盛り上がっている気がするんですけど。

ミト 厳密にいうと、ヨーロッパのクラシック方面がすごいんですけどね。

佐藤 DSDが多いですね、あっちはね。

ミト 2008年とか10年代入る前に、24bit/96kHzでクラシックは普通に発売していたんですよ。ようするにあまたのオーディオ・ユーザーたちが好んで買い入れていたんですね。それがカジュアルにシフトしたきっかけは、クラブ系だったりテクノ・レーベルなんです。まさに配信サイトBeatportがそうですよね、Beatportが完全にハイレゾにシフトして。だけどおっしゃる通り、カジュアル・ジャンル、ポピュラー・ミュージックというマーケット市場での流通の多さは、確実に日本が優位だと思いますね。

――なるほどです。あ、トークが横道にそれすぎて、もう時間があまりないですね(汗)。それではミトさんオススメな80s90sハイレゾ楽曲を教えてください。

 

 

■ミト 2作品目: 薬師丸ひろ子「Woman “Wの悲劇”より」

ミト 1984年にリリースされた薬師丸ひろ子さんの「Woman “Wの悲劇”より」がめちゃくちゃ良かったんですよ。当時アナログで聴いていた曲なんですけど、CDパッケージになった瞬間に音像が奥まったんです。元がアナログテープというかアナログマスターだったろうから、ダイナミックレンジをとろうとすると音像が後ろになってしまう。こと16bit/44.1kHzだとそれがすごい顕著なんです。なのであの時代の作品って、CDで聴くのをけっこう敬遠していた時期があったんですよ。あとはエレドラのタムの大きさですけど、当時めっちゃでかかったんですよ。だからコンプで抑えられ歌がどんどん遠くなったり、オケが遠くなっていたんですね。それと同じように、ストリングスを使ったバラードで最大にサビでダイナミクスを持って行くような曲でも、いつもオケが遠い印象だったんです。今回、それが解消されていたんですね。この曲はミニマルというか、ピアノからフォルテに向かう音圧がスムーズだし、すごく音像も生き生きしてるんですよね、ハリがあるし。それは媒体の容量が多いからということなんですよ。あともうひとつ、これは蛇足な話ですけど、C-C-Bの「Romanticが止まらない」がこの前ハイレゾで出たんですけど、C-C-Bのシモンズのタムあるじゃないですか?あのタムがでかすぎていつも後ろに鳴っていた他の音が全部前に来るようになったんです。だからシンセの音がめっちゃ良い音で聴こえていて。

佐藤 もとのマスターもアナログテープでしょうしね。

ミト で、やっぱりレコードで聴こうとしても薬師丸さんのとかは、もう古いのでクラックルがのっちゃってるというか、けっこう使ってるから針乗っけるとノイズが、S/Nがあまり良くなかったんですよね。なので、よりまた後ろに行ってしまうという問題が解消されたんですよ。

――面白い。じゃあ佐藤さんは、80s90sでオススメなハイレゾ作品は?

 

佐藤純之介 2作品目: TM NETWORK『TWINKLE NIGHT』

佐藤 ここはやっぱり1985年にリリースされた、TM NETWORKのミニアルバム『TWINKLE NIGHT』ですね。アナログ・マスター・テープからハイレゾ用にリマスタリングされているんです。アナログの素のテープの音からのマスタリングというところで、やっぱり当時のCDのマスタリングって、もちろん大好きな音ではあるんですけど、技術的に今よりもいろいろとDAコンバーターの性能とか解像度が高性能ではなかった時代のマスタリングなワケですよ。で、今この現代の最新のデジタル技術で復元したTM NETWORKのアナログ音源というのが『TWINKLE NIGHT』ですね、DAコンバーターをデジタルにする時に、不要なものが削られず、立体感が残りつつ音圧もありつつ、ちゃんと小室さんのコーラスのひとつひとつまで聴こえるんですね。さっき花澤さん「Make a Difference」の時にお話したローファイの機材をハイファイで録音してたんですけど、まさにそれで、当時の機材のローファイな音がローファイのまま入っているんですよ。それをちゃんと聴き取れるというところで何回聴いても飽きないですね。

ミト 輪郭がはっきり見えるようになったんですよ、ようするに。しかも2曲目の「組曲 VAMPIRE HUNTER D」とか、SEの爆発音がしっかり聴こえるんですよ。これがCDだと余韻が鳴らせなかった。

佐藤 やっぱり広がり感とか音圧感とかが無理ないし、音圧があるのにダイナミック・レンジが損なわれていないっていうところで、やっぱりTMのハイレゾは画期的ですね。特に初期のものは変化が大きいので。

 

■ミト 3作品目: スフィア『Third Planet』

――では、最後はアニソン・テーマで1曲ずつピックアップお願いします。

ミト えーと、どこ入ったらいいんだろう。(佐藤さん)どれ挙げます?

佐藤 僕は『ラブライブ!』かなと思っているんですけど。

ミト じゃあ私は避けましょう。どうしようかな? わたしはアニソン周りだと声優さんの声をリアルに感じ取れるという意味でスフィアをあげようかな。一番3rdアルバム『Third Planet』が、密度がある音源がそろっていますね。あの時のスフィア音源には、彼女たちのみずみずしさと決意のしっかりした部分がすっごい聴こえてくるんです。いち声優ファンとしてもすごいし、その周りで作っている黒須(克彦)くんだったり、みんなが作り上げたトラックの良さが、アニソンという垣根を越えた部分で、しっかりクオリティ高く聴こえているというのは素晴らしいと思います。

――佐藤さんが担当されている作品ですね。

佐藤 がんばって良かった(泣)。

ミト 他で言えば、アニソンってテンポの速さだったり展開や情報量の多さに特徴がありますが、それがハイレゾだと可能な限りマックスで入れられるんですよ。だからテンポの速い曲とかがハイレゾになるとアドバンテージが凄いんですよ。それこそアニメ『境界の彼方』のOPである茅原実里さんの「境界の彼方」みたいなテンポの速い曲とか、アニメ『艦隊これくしょん -艦これ-』でいったらAKINOさんの曲(「海色」)とかね。ああいうギターのメロディックでハイパーな感じとかが過不足無くスコーンって前にくるんです。そういった部分がスフィアの作品にも入っているので、おすすめかな。

佐藤 乃木坂のソニーのマスタリング・スタジオでやっていただいたんですけど、レベルの管理とか方向性を事前に打ち合わせをしっかりやらせて頂いて、すごい良かったですね。

ミト あのみずみずしさは素晴らしいなと思います。

佐藤 スタジオで作った音を、まぁ変えてほしくないと言うと嘘なんですけど、良くしてもらえる分には良いんですけど、悪くしないでほしいという気持ちが作り手の正直な気持ちなんですね。いかに意思の疎通をはかって作業するかということに、時間をかけた思い出があります。

 

佐藤純之介 3作品目: μ’s「No brand girls」(※ハイレゾ配信なし)

佐藤 僕はアニメ『ラブライブ!』で、μ’sの「No brand girls」ですね。要はテレビアニメになってからの挿入歌の一曲なんです。もともと、テレビアニメでの音源は24bit/48kHzで納品しているんですよ。でも、ポータブルのハイレゾ再生機で聴いているうちに、自分は24bit/48kHzに物足りなくなってきたんですよ。もっといけるだろうと思って。実はPro Toolsのマルチの段階からアップコンバートして、そのアップコンバートした中でトラックダウンを全部やり直したんですね。もちろん、やれ20kHz以上がないだあるだって話にはなるんですけど。やっぱり音の広がり感とかダイナミックレンジをすごい拡張した中でミックスができるんです。やっぱり初期に配信した時に9人の声がそれぞれが独立して聴こえるみたいなポイントが評価されたので、ハイレゾ24bit/96kHzの世界でより9人の個性を際立たせる、際立たせるけどユニゾンで歌っているみたいな、そんな聴こえ方をゴールにこだわって作りました。苦労した思い出の曲なんですよ。それが、24bit/48kHzでハイレゾに入ってきた、アニメ好きなオーディオファンの方々に納得して頂けたというのが、僕にとってひとつ自信になりましたね。

ミト やっぱりコールとかあるじゃないですか? 合いの手周りのコールの部分って、奥に行きがちなんですよね。でもハイレゾだとレスポンスが速いから、しっかり聴き取れてなおかつ勢いが消えていかないんですね。特に「No brand girls」はコールのやりとりが命というか、あれの心地よさはすごくありましたよね。

佐藤 ボーカルをとにかく重ねている曲で、ひとり16トラックを9人分声を重ねているんですね。

ミト 今のPro Toolsの最高スペックでも同時再生数が足りなくなるっていうね(笑)。150トラック以上歌に使っているワケですから(苦笑)。

 

■成長した耳でもう一回、同じ曲を新しくして聴いてもらいたいなという気持ち

――音楽好き的に言えば、ケイト・ブッシュの傑作アルバム『THE DREAMING』的な病的なこだわりですよね。

佐藤 ハイレゾでやるとさらに倍になっちゃうんですよ。なのでうちのスタジオはハイレゾ配信で96kHzで9人組をやるようになってから、Pro Toolsの拡張カードを倍に増設したんです。トラック数を増やすために。

ミト 事故ですよもう(笑)。

佐藤 3つあるスタジオのPro Toolsを、全部倍のスペックにしたんですよ(笑)。

ミト Pro Toolsのトラックロール画面とかえげつないですからね。まだ終わらないのかよって(笑)。

佐藤 ハードウェア的なところからの取り組みも、ソフトウェア的な取り組みも全部やっていますね。

ミト 傍から聞いていたらバカだなと思われるかもしれないんですけど、ちゃんと成果として素晴らしいサウンドで聴こえてしまうというのがやっぱりいいんです。

佐藤 それこそ、初期に出した24bit/48kHzでのスタジオ・マスターのまま配信した作品を作り直したいんですよ。24bit/48kHzを聴いていて気づいたんですけど、アニソンでハイレゾって急激に広がった分野じゃないですか? 僕がこの2年間でリスナー的な耳が成長した自覚があるので、ユーザーの方も相当成長したと思うんですよ。その成長した耳でもう一回、同じ曲を新しくして聴いてもらいたいなという気持ちがあって。

ミト ミックス・バッファが64bitにあがるので、そうすると音への解説というか説明がしっかりつきやすいんですよね。余韻だったりなんだったりを。こうしたかったところを結局伝えられなくて、そこにさらに圧縮が加わってしまった部分ってけっこうあるので。

――BUCK-TICK『惡の華』のハイレゾ化は、さかのぼってやりなおしたみたいですね。

ミト 結果が歴然だからすごくいいんですよ。絶対に間違ってないはずです。

佐藤 ミックスのやり直しは時代によっても変わるのと、やっぱりサンプリング周波数をどの周波数でやるかでやり方がぜんぜん違うんですよね。

ミト ワークフローが64bitになって、実はふつうに昔のPro Tools6くらいで混ぜていた音源を立ち上げるだけでもサイズ・バランスがぜんぜん違うんですよね。それをコンディショニングするだけでもぜんぜん違うんです。プラグインの立ち上がりだってぜんぜん違いますし。

 

■耳が良くなったユーザーに「お叱りを受けたい!」みたいな、そんな感じです(笑)

佐藤 リスナーから支持の高い曲に関してはよりアップグレードという形で。CDと前のハイレゾと今のハイレゾを聴き比べるとかというところで耳を鍛えてもらえればと。ユーザーも関係者も含め、この業界の底上げがしたいですよね。底上げをして耳が良くなったユーザーに「お叱りを受けたい!」みたいな、そんな感じです(笑)。言われたら、「待っとけよお前ら!」みたいな(苦笑)。

ミト どんだけドMなんですか(笑)。

佐藤 ハハハ(笑)。そういう流れで192kHzやDSD11.2Mhzで作ってリリースした作品とかもあるので(笑)。

――簡単に一言でハイレゾ化と言ってもいろんな考え方、出し方があるということですね。過去の名盤とかでハイレゾ化されていない作品ってけっこうあると思うんですけど、いかがですか?

ミト 松任谷由実さん、ユーミンは確実に出してもらいたいですね。全時代欲しいですが、個人的に89年とか90年代は、松任谷正隆さんがシンクラヴィア(※シンセサイザーの一種)を使っていたので、かなり極上だと思いますよ。

佐藤 シンクラヴィアは100khzで収録できますからね。

ミト 絶対良いですよね。ユーミンはいろんなところを網羅してるんですよ、アニソンだってそうだし、ポップミュージックとしてもそうだし、洋楽的な発想でもリバイブできる作品もあるのと、あとアイドルとも噛んでますからね。実は相対的な意味で、歴史的価値があると思います。

佐藤 あとはめちゃくちゃベタなんですけどやっぱりビートルズですね。24bit/44.1kHzのUSBは存在してますけど、いわゆる今のクオリティのハイレゾ音質が無いんですよ。どうもいろんなことを調べると、アーカイブは24bit/192kHzでマスターテープをコピーしているという情報があったりするんですけど、世の中には出てないので……。

ミト マスターのコピーがまた果てしなくあるバンドだったりしますからね。

佐藤 やっぱりそういう作品をDSDとかでも聴きたいなと思いますね。

――DSD配信についてのお話も2人に伺いたいですね。

 

■自分がエンジニアをやりはじめてから、何か伝えきれていないという葛藤

ミト DSD配信の話になると、また別の話になりますからね(笑)。それもう1時間以上組まないと少なくとも終わらないですよ。しかも入り口を話すのに1時間ですから(笑)。実はクラムボンで、2003年に『imagination』をDSDで出したかったんですよ。恐らくアーティストで一番最初にソニーへ直談判したのは僕らなんです。でも、ソニー・レーベルで出さないといけないという制約があって、コロムビア所属である俺らは涙を呑み、その後坂本龍一さんが出されたんです。

――ミトさんの中で、音へのこだわりへのモチベーションって何なのですか?

ミト やっぱり当時スタジオを自分で立ち上げたというのが一番でかいですね。そして、自分がエンジニアをやりはじめてから、何か伝えきれていないという葛藤がはじまったんだと思います。

――そしてようやくハイレゾを聴けるプレイヤーが安価に全国の家電量販店で普通に売られる時代となりました。この状況は面白いですよね。また続編インタビューを、良きタイミングでお願いします。

ミト佐藤 そうしましょう(笑)。